共闘する姉弟
「さらに地下へ潜ってる……。匂いは辿れてる?」
「俺の鼻をなめんな、フィリア!」
「信頼してる」
「もう近い!」
階段を駆け下り、ラルフが扉を蹴破った。
3本の蝋燭が立てられた燭台のみが周囲を照らす、暗い部屋。口を押さえられている少女は盾にするかのように兵のひとりに後ろから抱えられていた。彼女がラウラか。華奢な娘に見える。金色の髪を2つの結って縦に巻いている。
「すんすん……6人。足りないな」
「だったら奇襲に備えておけばいいだけ」
鼻を鳴らしたラルフが前傾姿勢になった。対峙するのはコスタクルタ兵4人組と、彼らに囚われたラウラ。確かに1人足りない。
「近づけばこの娘を殺す、武器を捨てろ」
「ひっ……」
「殺したきゃ殺――」
「おバカ」
「何すんだ、フィリアっ」
ラルフの頭を軽く叩いて止める。
こういう追い詰められた状況では脅しが脅しで済まなくなるようなこともある。安易なことを口にするものではない。
「あなた達に勝ち目はないから、大人しく投降した方がいい。
これ以上続けてもムダに痛い目に遭い、ムダにプライドをへし折られ、ムダに再起不能に――」
「なめてんのか、てめえええっ!?」
そんなつもりはなかったが、何やら怒らせてしまったらしい。
「ハッ、フィリア、お前だって挑発してんじゃんか。俺より辛辣じゃねえの、それ?」
「むむ……」
「いつだってそうなんだよ、フィリアに取ったら正論だろうが上からすぎてムカつくんだっての」
「そこまで高圧的なことを言っているつもりはないのだけれど……」
「いーや、そうだ。ディーもクラウスも――」
「何をお喋りしてやがる、武器を捨てろぉっ!!」
「ラルフ、捨てて」
「ふんっ、まあ剣なんかなくっても余裕だけどな」
「挑発しない」
「あ痛っ。自分ばっか威張りやがって……」
ぶつぶつ言いながらラルフが腰の剣を鞘ごと外して床へ投げた。
「お前もだ、小娘」
「分かった。けれどこれは扱いに困るものだから、そっちに預かってほしい。ちゃんと受け取って」
ニゲルコルヌを軽く見せながら放り投げる。
考える時間を与えずにサッと投げてしまうのがコツで、安易に軽々しく受け取ろうとすると重みに負けて尻餅をついて倒れ込む。
「ラルフ!」
「ああっ!」
ニゲルコルヌを受け取り損ない、後ろにいた兵を巻き込みながら相手が倒れたところでラルフが飛び出していく。ラウラに剣を突きつけていた兵の顔面に拳を突き刺し、回し蹴りで敵を散らす。ラウラを保護したのを見届けて、魔縛をあらかじめてつけておいたニゲルコルヌを引いて手元に戻し、槍の柄でまとめて敵を薙ぎ払って壁へ叩きつけた。
「ラルフ、ナイス」
「ハッ、この程度、何でもねえぜ」
「詰めは甘いけど。――アクアスフィア」
「おおっ?」
起き上がりかけていたひとりを水球に閉じ込め、窒息寸前のところで解除して床に落とした。あとはどこかに隠れているという6人目。魔影ですでに居場所を掴んでいるが、目は向けずに気づいていないふりをしておく。天井に張りついているとは曲芸師のようだ。
「ラルフ、彼女を連れてクラウスと合流しておいて」
「フィリアは?」
「いいから」
「そうかよ。上もくっせーからな」
「分かってる」
とっくにラルフも気づいていたらしい。
頷き合うとすぐに地下室を出ていき、ニゲルコルヌを構える。
「あなたは何者? コスタクルタの者とも思えないし、こんなことに介入して何をしたいの?」
天井から降ってきて、音もなく着地した男。その双眸は赤く、逆手にナイフを構えている。容姿は異なるが、どことなく佇まいが父の忠臣――シオンに似ている。特に、あの赤い瞳が。
母に言われたことがある。
外を出歩くのはいいが、ヤマハミと、ヤマハミのような赤い瞳の人には気をつけろと。殺す術のない、不老不死の人と出くわしたら逃げろ、とも。それができないのであれば、殺そうとしても死なないのだから全力でかかれば良いとも。
「世界の混乱と滅亡を望んでいる」
「……そう。だったら悪いけれど、邪魔をしなければならない。あなたは強そうに見えるから、手加減も一切しない」
後ろへ跳び、地下室へ続く階段まで下がった。
そうしながらヴァイスロックを使う。変換せずに魔力を扱う魔技は、使えば使うほどに魔力容量・魔力変換器・魔力放出弁といった魔法を扱うための身体機能が刺激されて発達する。通常、日常的に魔法を使っていく中で少しずつ発達していき、個人差はあれど子どもの内だけと言われる。魔技を使って発達させていってもそれは同様なのだが――人間族と魔人族のハーフであるわたしとディーは、その成長も遅いので存分に発達させる時間があるし、今でさえ知らず知らずに強化されているはずだ。
よって。
ただのヴァイスロックであろうと、ただ一発の魔法だけで地上まで巨大な岩盤の槍を突き上げることもできる。
地下室を余すことなく、超巨大質量の土の棘が突き上げていった。
天井を穿ち、不死者ごと外まで突き抜けていく。地上までどれくらいかは分からないが、見事に天井全てをぶち抜いて眩しい陽光が射してきた。ヴァイスロックで穿った穴を魔縛を使って一気に登っていく。
「姉ちゃん、やりすぎじゃないっ!?」
元気な声がした。
地上へ出たところで、先ほどの不死者が猛烈な氷柱の暴風に全身を貫かれていくのが見える。
「ディー、無事だった?」
「こっちの台詞! あの不死者は?」
「見ての通り。例の連中の、残党みたいなものだと思う」
「やっぱりそうなんだ。裏で糸を引いてたのはあいつらしいよ」
「そうだろうと思った」
「んでさ、姉ちゃん。あいつ、本当に死なないっぽいね」
「大丈夫、死なずとも永遠に身動きを封じてやればいいだけのこと」
ここは城塞だろうか。
内壁に不死者が氷柱で打ちつけられ、触れたところから凍結していく。容赦ない魔法をディーもまた使っているものだ。ともあれ、折角覚えてもこういう時にしか使えないから気持ちは分かるものの。
「相変わらず細かい芸が得意みたいだね、姉ちゃん」
「ディーはもっと実用的なものを覚えた方がいい」
「ヴァイスロックでこんな大穴空けといて姉ちゃんが言えるぅ?」
「だったら見ておけばいい。まずは弱らせる。それから封印してしまうから」
「分かった。じゃあ、やろっか!」
ニゲルコルヌを構え、ディーが駆け出した。
壁に氷で張りつけられた不死者にニゲルコルヌを叩き込む。壁ごと豪快に破壊したが、不死者は腕をもがれながらすり抜けていた。不死であると同時に、傷も即座に治癒をしてしまうらしい。だからこそ、自身の肉体の欠損を気にせずに戦うことができる。なるほど。
「ま、治癒が追いつかなくなればいいだけなのだけれど――」
手加減なしの、凝縮した魔弾を不死者に放つ。
腹部に着弾して肉が弾け飛ぶ。衝撃で後ろによろめいたところへ、ディーが力任せにニゲルコルヌを叩き落とした。それと同時に不死者の足元からヴァイスロックで突き上げる。上下から力が加わってその体がちぎれかける。
「プロテクトキューブ」
青い半透明の箱の中へ不死者を隔離する。
外部と内部を断絶させる、防御に用いるのが一般的な魔法。だが、外からの攻撃を通さないのと同時に、内から外へ出ることも許さない。その性質を活かして、この中に魔法をぶち込めば威力を通常よりも高めることができる。強烈な気流を起こし、その風の刃で切り刻むアサルトホールゲイル。血飛沫がプロテクトキューブ内で舞い散って赤く染まっていく。たっぷりと風を送ったところで火種を放り込めば、たちまち今度は炎の赤色で染め上げられていく。
「ディー、トドメ」
「どうせ息の根は止められないんだろうけど、ねっ!」
プロテクトキューブを解除し、暴風と熱波が解き放たれた。
不死者はすでにボロボロだが念には念を入れておかねばならない。ディーが駆けて迫り、小さく飛んでニゲルコルヌを振り下ろす。わたしも同様に迫り、下からニゲルコルヌを振り上げた。2本のニゲルコルヌを上下から挟むように叩きつけられた不死者が激しいスピン回転をした。
「封印しても、誰かが解除しちゃったら意味なくない?」
「誰も手が届かないように、封印してから海にでも沈めてしまえばいい」
治癒が始まらぬ内に、炭のクズのようになった不死者に封印の魔法を施していった。
「あなた達は……」
封印をしてから腰を上げるとリカルドがいて、顔を引きつらせていた。
それから周囲を改めて確認する。地下室から地上までをぶち破って大穴が空いて、それをディーが魔法で追撃してくれてそこら中が凍結し、頑丈に作られているはずの壁が見事にぶち壊されていて、プロテクトキューブを使ったとは言え、解除した時の衝撃で暴風と熱波が吹き荒れて小火も起きてしまっている。
惨状――と言っても差し支えないかも知れない、この状況。
しかもかなり一方的に不死者を攻め立ててしまった。目撃者は多数。
「ふむ……」
「え、えーと、ほらあの……この人は、ただものじゃなかったっていうか、だから……ねっ、そうだよね、姉ちゃん」
首から提げている笛を吹き鳴らした。
音は出ないが、これを吹けばサフィラスが飛んできてくれる。青い宝石のような瞳が綺麗なワイバーンがサフィラスだ。空を飛べる上、水の中まで自在に泳げてしまう特異なワイバーンだ。
「ディー、後はよろしく」
「えっ? 姉ちゃんっ、ちょっ――逃げるのっ!?」
「がんばれ」
サフィラスが着地する前に飛び乗り、そのまま逃げることにした。
竜口大河のどこかでしばらく身を潜めて、落ち着いたころにディー達と合流すればいいだろう。面倒事には関わりたくないのだ。