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ノーリグレット! 〜 after that 〜  作者: 田中一義
 4 A few years later ― 竜口大河の上下の顎で
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倒すべき敵

 リカルドの中隊が乗った船を制圧してから聞き出せば、姉ちゃん達は転移の魔法で別のところへ移送したということだった。本当に転移の魔法なんてものを実用したのかという疑問はあったが、一刻も早くこのコスタクルタの企みを打開しないと最悪の展開になりかねないのでレストですぐに向かった。


 かつてコスタクルタが使っていたという古い城塞。竜口大河の顎上にあって、コスタクルタ北方に位置していた。今は最低限の管理しかしていないところだとリカルドは言ったが、レストの背から眺めるにわざわざこのために人を配置していたらしい。


 すぐに行動を開始して城塞へ殴り込みにかかった。

 制空権を取るというのは非常に有利なもので、守りを固めている正面からの攻撃には備えていただろうが頭上から敵が降ってくるというのは想定外なようで簡単にいきすぎてしまった。あとは城塞を虱潰しに移動しながら姉ちゃん達を探しつつ、できるだけ混乱を広めていくだけだ。表を騒がしくしておけば、捕まえられていると想定している姉ちゃん達が自力で脱出する一助になれるかも知れない。



ここまでレストに乗って飛んでくる間に聞いたことだが、コスタクルタの軍内や政治には大きく2つの派閥があったらしい。積極的にカウリオドゥースへの侵攻を提唱し、西クセリニアの国々でも有数の貿易強国となることを目指す積極派。それと対するのはカウリオドゥースとは友好関係を築き、手を取り合うことで互いの発展を目指していこうと考える友好派だ。


 リカルドのお父さんの将軍は友好派の急先鋒だが、軍内部では積極派に賛同している者の方が多い。

 それで積極派支持者がカウリオドゥースの闘技会を起爆剤にして、強引に戦争へ持っていこうと動き出したのだろうとリカルドは説明してくれた。


 はた迷惑な話だ。

 だがコスタクルタは上顎の国で、陸続きの隣国の脅威には常にさらされているらしい。その点、カウリオドゥースはコスタクルタとの関係さえ悪化しなければ、そういう不安は少なく安定をしている。不安や心配はおうおうにして争いの種になる――とかつてエンセーラムのユーリエ学校で教わったことがあるが、それを実感してしまった。



「リカルド・カランカァッ!」


 城塞内部の中庭で戦っているところで一際大きな声がした。

 降りそそぐ矢を避け、ファイアボールで射手を攻撃すると魔人族らしいやたらに体の大きな軍人が出てくる。


「あれは?」

「積極派でも随一の武力を持ってるブライヤーズ将軍だ。彼は強い……」


 雰囲気は確かにある。

 2本の長大な剣を両手に持ち、見るからに頑丈で分厚そうな鎧を着込んでいる。すっぽりと頭にまでヘルムを被っていて、その威圧感でさらに一回りは大きく見えていそうだ。



「ここを嗅ぎつけたことは誉めてやる……。だが、ここまでだ。俺がここで葬ってくれる」

「望むところだ、ブライヤーズ」

「俺も手伝うよ」

「いや、いい。ディー、あいつは僕が倒す」


 前へ出ようとしたのを片手で制された。

 ニゲルコルヌを降ろし、下がっておくとブライヤーズが獰猛な笑みを浮かべる。


「ほう、ひとりでいいのか?」

「この常軌を逸した軍事行動はあなたの指揮ですね」

「だったら何だ?」

「……僕があなたを止めてみせる」

「ふっ、やってみろ、小僧がぁっ!」

「うおおおおおおおおっ!」



 リカルドが叫びながら駆ける。

 ラルフと同じく獣人族だが、一括りにすることはできない。虎のルーツを持っていると思しきリカルドは反射神経と瞬発力に特に秀でている。鋭いスイングで剣を叩き込んだが、ブライヤーズは鎧で悠々と受け止めて剣を振るい上げた。弾き飛ばされてもすぐに姿勢を立て直せるリカルドだが、ブライヤーズがその立ち上がりざまに剣を叩き落とす。


 地面が抉れて砂煙が舞い上がる。

 かろうじてリカルドが剣で受け流し、地面に落としていた。しかし、ブライヤーズはもう一本の剣を持っている。斜めに、鋭く切り上げられた左の剣をリカルドは低く低く身を伏せ、地に這うような姿勢になりながらもギリギリで避けきった。それから体のバネを使いながらブライヤーズに斬りかかるが、甲高い音がして剣は弾かれる。あの鎧は、やはりかなり硬いようだ。



「それでもカランカの息子か、小僧めがっ!」

「ぐ、うぅっ!?」


 明らかにリカルドには不利だ。

 まずあの鎧は並の攻撃力じゃ破壊することもできないし、見ている限りではリカルドにあれを打ち破る術があるようにも思えない。対してブライヤーズは怪力だ。単純な力というのは、圧倒的であればあるほど、あらゆる策を無効化してしまえる。まともに一撃でもリカルドが食らってしまえば一気に苦境へ立たされるだろう。


 相手の攻撃を避け続けなければならない上、有効な攻撃手段を有していないリカルドと、防御は鎧に任せて必殺の一撃を叩き込むことのみに専念していれば良いブライヤーズ。この戦いはあまりにもリカルドには厳しい。



 やっぱり俺も加勢した方がいいんじゃないか――。

 ただ黙って見ているなんて、わざわざなぶり殺されるのを見物しているようで胸がざわつく。


 リカルドがブライヤーズの攻撃を掠める。それだけで皮膚が破れ、血を噴いた。怯まず果敢にリカルドが剣を突き出すが、鎧を破壊することは敵わずに止められてしまう。剣を握っている拳でブライヤーズがリカルドを叩きつけて強引に距離を空けさせ、2本の剣を同時に振り下ろす。かろうじて両手で剣を横に構えて受け止めたリカルドだったが、そのまま力で押し切られそうになる。ギチギチと計3本の剣がぶつかり合って音を立てる。



「どうした、カランカの息子よ……! しょせんはその程度か、父に似て非力だなぁっ!?」

「っ――リカルド!」


 いよいよ受け止めきれなくなったか、リカルドの腕が下がる。

 真上から力をかけられ、もう押し切られるのは時間の問題だが、俺が動きかけると足元に矢が刺さって牽制された。邪魔させるつもりはないらしい。このままだとリカルドが押し斬られる。


「父さんは、戦が起きるならば仕方ないと、言っていた。けれど国を守るためにいるんだと、何度も僕に言い聞かせた」

「ふんっ、そんな甘い考えだからあの男は死んでいったのだ!」

「専守防衛の何が悪い、いたずらに混乱を招いてっ、戦争に無辜の民を巻きもうとしてっ、それが国を守る軍人のやることかっ!」



 ブライヤーズの剣が地面に落ちた。一瞬だけ跳ね上げ、垂直に振り下ろされていた剣の間にリカルドが身を滑り込ませて避けたのだ。そしてリカルドの剣がブライヤーズのメイルに突き込まれる。狙われたのは視界確保のために空けられている、細長い隙間だ。丁度、リカルドの剣の幅ほどしかなさそうなところに、ピンポイントで突き込まれた。少しでも切っ先がぶれれば弾かれ、大きな隙を生んでしまいかねない攻撃だった。


「ぐあっ、ああああ、がああああああっ!?」


 メイルの隙間から、差し込まれた剣から血が滴り絶叫が上がった。

 そのままリカルドがブライヤーズの胸元を蹴って剣を引き抜くと顔を押さえるようにしながら転げ回り始める。


「目を潰しただけだ、死にはしない」

「ブライヤーズ様をっ、よくもぉぉっ!」

「しまっ――」

「パーティクルアイス!」


 氷の花が咲き乱れた。

 魔法で凝縮した冷気そのものの塊が無数の粒子のように周囲に満ち、それに触れた箇所は即座に氷の花を咲かせる。この氷の花は非常に脆く、すぐに壊れるが触れていたものを問答無用で抉り、破壊を引き起こすという魔法だ。リカルドに向かおうとした敵兵が俺の魔法で大量の氷の花を咲かせ、鎧も、皮膚も、肉も、位置によっては骨さえも抉り取られながら次々と倒れていった。


「っ……ディー」

「これくらいはしても良かったでしょ?」

「ああ、助かった。ありがとう」

「それでさ、――ブライヤーズさん、俺の姉ちゃんと弟分達は、どこにやったの?」


 うずくまっているブライヤーズのそばにしゃがんで声をかけると、片手を闇雲に振ってきた。それで払いのけようとかしたかったのかも知れないけど誰もいないところに手を振っている。


「む、ムダだ……今さら、我々の計画は止まらん……」

「何で? あなたがここの指揮官だったんじゃないの?」

「どれだけ強かろうとも……貴様らは不死の存在を殺せはしない……」

「不死の、存在……?」


 ブライヤーズの言葉にリカルドが眉をひそめる。

 それから、一本の線が繋がるような感覚がした。転移の魔法を自力でコスタクルタが実用化させたというのは信じがたかった。それができるのならばわざわざカウリオドゥースを侵略して手に入れずとも、いくらでも稼ぎようはある。


 だが、わざわざ戦争にこだわった。

 転移の魔法は他人にもたらされ、それを糧にカウリオドゥースとの戦争を企てた。

 後ろに控えているのは、ブライヤーズの言った不死の存在。かつて、エンセーラムを滅亡に追い込もうとした女エルフが率いていたという、不死者がいたという。殺すことのできない存在を殺すことはできない。彼らをどうしたかは知らないが、殺せないのならば生きているというのは必然の帰結で、女エルフが死しても彼女の意思を継いで行動を起こすというのは不自然なこととは思えない。



 詳しく聞いている話ではない。

 けれど酔っ払った父さんが話してくれたことはある。

 彼女はどうしようもなく哀れで、同時にひどく残酷な敵であったと。



 その時、突如として地面が揺らいだ。

 激しい破壊音がして後方を振り返ると巨大な何かが突き出ていた。山ひとつが地中から一気に迫り出てきたようにも見えた。あれは規模が桁外れなだけのヴァイスロックだ。あんなことをできるのは、知っている限りでは俺ともうひとりしかいない。


 その鋭角な山のてっぺんで何かが跳ねる。

 突き上げられたんだ。真っ赤な目をした、人がいた。――あれが不死者か。



「リカルド、あの敵はちょっとエンセーラムとも関わりがあるんだ」

「ディー?」

「だから手出しは無用だよ。生半可じゃ、逆に危ない」


 地面から迫り出ている土棘の斜面を駆け上がり、ニゲルコルヌで不死者を思いきり下に叩きつけた。さらに魔法を放って攻撃をしていく。


 不死者は全力で倒さないと危険だ。

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