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ノーリグレット! 〜 after that 〜  作者: 田中一義
 4 A few years later ― 竜口大河の上下の顎で
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姉弟対決

「うーん、本戦になるとそこそこ強そうな人が多いね」

「チッ、ディーと当たるには決勝まで行かなきゃダメなのか」

「そんなに俺と戦いたかったの、ラルフ?」

「当然だ。209戦99勝110敗なんだ。100勝目はこれくらいの大舞台じゃないとな」

「あはは、ちゃんと数えてたんだ。感心、感心。記憶力がいいね」

「まあな!」


 さり気なくラルフの頭を撫でてあげると、3秒ほど悦に浸っていて振り払われなかった。でもすぐにハッとしたラルフに手を払いのけられた。こういうとこがラルフはかわいい。



「皆さん」

「ん? あっ、リカルド」

「おはようございます。フィリアさん、互いに勝ち進めれば3回戦ですね。先日の決着をつけさせていただきますので」

「分かった。こちらは負ける用意がないから安心してかかってくるといい」

「はい。他の皆さんとも、ぶつかれば全力でやらせてもらいます」


 一礼してからリカルドはゆったり尻尾を揺らして歩いて行ってしまった。

 礼儀正しい。だけど、あの尻尾を存分にもふってどんなとろけた顔になるかも見てみたいかも……。


「ディー、発情」

「っとと、いけないいけない。大丈夫だよ、ラルフ、1番のお気に入りはラルフだからね」

「そんな心配してないっ!」

「っていうか、初戦を忘れてるんじゃないのか、ディー?」

「忘れてるはずないじゃん。だよね、姉ちゃん?」

「忘れるはずがない」


 俺の初戦は、いきなり姉ちゃんだ。

 お互いに魔技が使えて、魔法戦もいけるし、獲物は同じ黒短槍ニゲルコルヌ。

 クラウスとラルフには俺も姉ちゃんも勝ち越してるけど、姉ちゃんとは今のところ、五分五分くらいのはず。この前捕まえた時みたいな油断はしないだろうから、いきなり激戦必須だ。



「クラウス、どっちが勝つと思う?」

「ディーに勝ってもらわないと決勝で戦えないからディー」

「じゃあ僕はフィリアだ。銀貨5枚でどうだ?」

「10枚だな」

「持ってるのか?」

「勝つんだから関係ない。もし賭けに負けてもお袋に言えば貸してくれるから大丈夫だ」


 勝手に賭けとか始めちゃってるし、この2人。


「どうせなら、決勝戦が良かったよね」

「どこで当たっても関係はない。ディーがわたしに勝とうなんて50年早い」

「ふぅぅーん? それはどうかな。あ、じゃあ、俺が勝ったら父さんに甘えるっていうのは?」

「は? 嫌だ」

「どうせ負けないならいいじゃん。それで『実はディーに説得されて父さんと仲良くなりたくなったんだ〜』みたいなこと言うのね。そしたら、俺の小遣いはきっと2、3倍に膨れ上がるから」

「……じゃあディーが負けたら、小遣い半年分献上」

「ええっ?」

「負けないならいいんじゃないの?」

「いいよ」

「約束」

「破ったら雷神の裁きで」

「オーケー」


 これは負けられない戦いになった。

 小遣いアップか、半年カットかがかかってしまうなんて。



 時間になり、闘技会が開催された。

 一回戦の第一試合が俺と姉ちゃんの戦いだ。

 ルールは降参させるか、戦闘不能にするかすれば勝ちっていうシンプルなもの。


「ディー、今ならまだ罰ゲームは撤回の余地を与えてもいい」

「いらないよ。姉ちゃんこそ、今の内だけど?」

「必要ない」

「あっそ」


 舞台上で向かい合い、互いにニゲルコルヌを構える。

 判定員が旗を僕らの間へ降ろした。


「試合――開始!」


 判定員の合図とともにラッパが吹き鳴らされた。

 互いの初撃は、ニゲルコルヌの一突き。穂先が僅かにぶつかり合った。穂先についている返し同士がぶつかり合って拮抗し、地面の石畳に互いの足元からヒビが入る。魔鎧を使った上で力は互角――。


 姉ちゃんから槍を弾いてきた。

 その力に任せて横へ転がり、氷柱を射出するが姉ちゃんは炎の壁を作り上げてしまう。氷柱の攻撃を防ぐと同時に視界を塞いできた。魔影を使うが、感知した魔力の気配は多すぎた。わざと魔法を空撃ちして自分の居場所を特定させなくしたんだ。しかも放たれたファイアボールが左右から、後ろから回り込みながら俺に向かってくる。



「相変わらず、細々してるよね、芸が!」


 ウォーターフォールで対抗する。

 俺の真上だけを空け、周囲360度に水を落としてファイアボールをかき消した。だが、姉ちゃんがいないことに気づく。隠れるような場所はない――いや、あった。


「地面って!」


 姉ちゃんがいたところに穴が空いていた。

 地下は土や石が魔力を通さないと感知することができない。足元にニゲルコルヌを突き落として先手を打つが、手応えはない。タイミングをズラされたかと思った時、観客からのわあっとした声が聞こえた。上から衝撃。肩に思いきり、ニゲルコルヌを叩き落とされていた。


「ディーは相変わらず、観察力に欠く」


 言い返された。地面の穴はブラフ。

 炎の壁で視界を遮って、魔影で分からなくなるようにファイアボールを放った。さらに大穴を魔法で足元に穿っておいて、そこに意識を惹きつけて上からの奇襲。我が姉ながら小細工が多彩すぎてやりづらい。



「ヴァイスロック!」

「その場凌ぎでどうにかなるとでも思ってる?」


 追撃を逃れるために土魔法で突き上げようとした。

 だがそれを姉ちゃんは軽々とニゲルコルヌで突き砕き、魔弾を連射してくる。左手にニゲルコルヌを持って、真上からぶっ叩かれて砕けたか脱臼したかで動かせない右腕をぷらぷらさせながら弧を描くように走って避けていく。


 痛すぎる一撃を受けてしまった。

 とんでもなく右肩が痛くて上げられない。ニゲルコルヌは幸い、普通の槍に比べてリーチが短めだから左腕だけでも扱えなくはない。けれど、片腕でまともに打ち合って勝てそうにはない。魔法で反撃をしていくしかなさそうだけど、姉ちゃんの方が魔法は上かも知れない。使い方を含めて。



「降参したら? 弟をなぶって喜ぶ趣味はない」

「どうだかね! 泣かせるのは、好きなくせに!」


 降参を勧告してきたのをはねつけ、魔法を放つ。

 バインドチェーン。土魔法だ。地面から無数のアンカーつきの鎖を射出していく魔法で、これはお母さんに教わった。7本の鎖で姉ちゃんを四方八方から攻撃する。1本でも鎖が絡みつけばそのまま地面に縫いつけてやれる。そうして身動きを封じることを目的とした魔法だ。


「別に泣かせるのが好きなわけじゃない」


 鎖を避けていた姉ちゃんが足を止めた。

 何か企んでいるとは思っても、好機は逃せない。一気に鎖で絡め取ろうとしたが、不意に空気が冷えた。肌が凍てつくような強烈な冷気を感じると同時、俺の魔法が巨大な氷の塊に閉ざされて止まってしまった。空気中の水分ごと鎖を瞬時に凍結させやがった。


 そして姉ちゃんがニゲルコルヌを、その氷の塊に叩きつける。

 砕かれた大小の氷の礫が俺を目掛けて思いきり飛んでくる。ニゲルコルヌを前に出して回転させて弾き飛ばす。ニゲルコルヌの黒い残像の向こうから姉ちゃんがこっちに突っ込んできているのが見える。これは、ヤバい。確実に振り抜かれる。片腕で対抗できる威力じゃない。踏み込んでくる。



「こ、降参!」


 手が痺れる痛みがした。ニゲルコルヌを一撃で叩き飛ばされ、それからぶわあっと風圧が顔に襲いかかってきて前髪がそよいだ。目の前に俺が使ってるのと同じ槍の穂先。ピントを穂先から奥の姉ちゃんへ移すと、底意地の悪い笑みを浮かべていた。


「小遣い半年分、献上」

「っ……ハイ」


 負けてしまった。

 左肩もがっくり落とすと、姉ちゃんが右肩を掴んだ。


「痛ったいっ!?」

「……大丈夫、これならハマるから」

「えっ? ハマるって……ま、待って待って、姉ちゃん、自分で、がんばるっていうかクラウスにやってもらうから待っ――」

「ふんっ」

「ひぎゃあああああああああ―――――――――――――――っ!」


 痛かった。すんごく痛かった。

 涙が出たら姉ちゃんがニタニタ笑ってた。

 やっぱり姉ちゃんはかわいい弟の泣き顔で喜ぶ極悪姉ちゃんだ。



「ラルフ、銀貨10枚はちゃんと後でもらうからな」

「そんなのない」

「ない? ないって……ラルフ!」

「おいディー、お前が負けたからだぞっ、代わりに払え!」

「勝手に賭けといて勝手なこと言わないでってば。さくっとこれ優勝したら金貨50枚なんだから、それで払ったら?」

「あ、そっか!」


 選手用に設けられた、最前列最下段の客席へ戻った。

 自信があったのに姉ちゃんに負けてちょっとショック。最初の攻防さえどうにかできてればやり合えたんだ。だけど魔影に頼り過ぎて目で周囲の確認を怠ったのが敗因かも知れない。ちゃんと冷静に周りを見渡せれば姉ちゃんに気づけたかも知れないのに。ああ、こうやって反省してると余計に悔しくなってくる。

 あと、猛烈に悔しかったり落ち込んだりしてる脇で姉ちゃんがニタニタしてるのがムカついてもくる。性格悪いんだよなあ、姉ちゃんって。


 絶対に内心で、俺やクラウスやラルフを子分だとかって思ってたりするはずだ。

 それくらいの横暴ぶりが板についてるし、振り回されるのはいつも俺達で、姉ちゃんだけが外から眺めてニタニタ笑ってたりするんだ。ああ、余計に悔しくなってきた。勝ちたかったなあ。勝ちたかった。ああ、悔しい悔しい悔しい。



「ディー、どうかした?」

「ちょっと頭冷やしてくる」


 席を立って会場を出ていくことにした。

 頭を冷やしておかないとしばらくもやもやし続けることになりそうだ。


 にしてもどうして負けちゃったかなあ。油断してたつもりはなかったけど、あれは油断だったのかな。いやでも、ううーん、リュカにまた今度手合わせしてもらおうかな。いや、リュカよりシオンの方がいいかな。それともマティアスおじさんの方が手堅いか。


 そんなことを考えながら会場を離れ、何となく灯台へ足を向けた。

 高くて風がよく吹いているから、けっこうあそこは心地よい場所だった。広い海を眺めればこのもやもやも晴れるはず。長い階段を登りきり、開けた場所へ出る。欄干に身を乗り出して西を見ればずっと青い海が広がっている。うん、やっぱり海は眺めてるだけで気分が良くなる。


 さて、会場の様子はどうだろうかと首を巡らせて周囲を眺め渡すと、爆発音が響いた。

 音のする方を見れば探していた会場が見える。そこから黒い煙がもうもうと立ち上っていて人がどんどん逃げ出していくのも見える。


 何あれ。

 ていうか、姉ちゃんとクラウスとラルフが……。


 魔鎧を使って灯台から飛び降りた。

 試合であんなことになるのは考えづらい。あれは多分、攻撃だ。あの会場が攻撃されたんだ。



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