リカルド中隊長の悩み
カウリオドゥースの祭りが始まった。
朝からところせましと露店が立ち並び、大勢が行き交っている。
わたし達は灯台に登り、そこで待ち合わせていたリカルドと合流した。
「じゃあリカルドは、お父さんがコスタクルタ軍の将軍なんだ?」
「ああ、元がつくし、もう死んでしまったけど。……それで僕も今は中隊を預かるようになった。これはほとんど、父の功績によるものだけど。カウリオドゥースには友好関係をアピールするために、闘技会へ参加するために来たんだけど……コスタクルタの方が上だって、部下達は見下してて」
リカルドはちゃんとした人だった。
「中隊長って、どれくらい偉いんだ、クラウス?」
「規模にもよるけど……コスタクルタ軍は大きいって聞いてるし、多くて100人はいるんじゃないか?」
「100人分の強さか……」
「それは、ちょっと違う」
脇で交わされたクラウスとラルフの会話にはあえて口を挟まないでおいた。
リカルドによればカウリオドゥースとコスタクルタは、同じく貿易大国だが、国力としてはコスタクルタの方が上らしい。上顎の方が集まってくる人も荷物も金も上だ。単純にそちらの方が広く、下顎は東西に細長くなっているのだから。それにラサグード大陸はクセリニアから北よりにあるからコスタクルタからの方が近く、どうしても地理的な側面からカウリオドゥースは劣ってしまうようだ。
「本当は、両国とも本当に、友好な関係になれればいいと思ってるはずなんだ。いがみ合っていたって何も生まれない。競争は大事でも憎しみ合う必要はない」
「そうだね」
「僕はそれをちゃんと示すためにも、闘技会へ参加したんだ。全力で戦い合って、力を尽くし合えば勝ちも負けも心から認められる。そうしたら友情だって生まれるだろうし、本当の意味での友好に近づけると思っている。それなのに……」
悩めるリカルドにディーは頬をぽりぽりとかいていた。
ちゃんと伝わっているかは分からないが、リカルドの部下だったコスタクルタの軍人達を叩きのめしたのはディーとラルフだ。そういう引け目があるのだろう。友好どころか、暴力でねじ伏せて調子に乗って騒ぎ立てていたのだから、こうも真剣にリカルドが仲良くすることに悩んでいるとかける言葉が見つからなくなるんだろう。
「迷惑をかけて、すまなかった」
「い、いや……俺こそ、何だかやりすぎちゃったかも」
「そんなことない。いい薬だ、調子に乗ったから痛い目に遭った。それだけのことだから気にしないでくれ」
余計にディーがやりづらそうになっている。
もうちょっとそのままいたたまれなくなっていればいいと思う。
「こんなじゃ、ラウラに合わせる顔がない……」
「ラウラ?」
「……カウリオドゥースの、偉いところのお嬢さんだ」
「どんな関係があるの?」
「い、一応、その……許嫁の、婚約者で」
あ、照れた。
おお、とディーが目を大きくする。
「つまりさ、つまりさ。リカルドがそんなに仲良くしたいって思ってるのは、そのラウラちゃんっていうのともちゃんとやっていきたいってこと? そのために闘技会で優勝とかしちゃって、ダンスパーティーでラウラちゃんと胸を張って踊りたいみたいな、そういうこと?」
「それは……」
「そういうことだな、発情の匂いがした」
「ナイス、ラルフ!」
「うっ……そ、そうだよ」
まったく、自分にはガールフレンドなんていないくせに他人の色恋に興味は持っちゃって。
「で、どんな人?」
「あ、姉ちゃん、今俺に呆れかけたのに自分も興味津々じゃん」
「それはそれ、これはこれ。リカルド、そのラウラというのはどこがいい?」
「ちょっと気は強いけれど、芯の通った娘で……華奢だけど、それが守ってあげたくなるっていうか」
「ぞっこんだ! ひゅーひゅー!」
「ディーってそういう話好きだな。自分は尻尾にしか欲情しないくせに」
「欲情なんてしてませんー、俺は理想が高いだけなんですぅー」
「陛下も心配してたぞ、彼女くらい作ればいいって」
「知らないね、そんなの。姉ちゃんには恋人なんか絶対認めないとか言いながら俺にだけそういうの求めるってどうかと思うよ。しかもさあ、いざそういう相手ができたんなら遊びはよしておけとか、下半身でものを考えて動くんじゃないとか、尻尾にだまくらされて貢がされたりするなとか、注文多くって……」
ぶつぶつ言い始めたディーにリカルドが怪訝な顔をする。
「あっと、こんな話はどうでもいいよね。
リカルドは恋のために戦うのか、かっこいいなあ。ロマンだよね」
「あ、うん。まあ……ちょっと恥ずかしいけど」
「だけど明日は手加減とかしないよ。全力で競い合ってこそ、だもんね」
「……ああ」
景色を眺めるのに飽きたらしいラルフがそわそわし始めていたので、リカルドと別れて街へ繰り出した。ディーはラルフを連れて、わたしはクラウスと一緒に。リカルドは港に停泊しているコスタクルタの船で寝泊まりをしているらしいので、そこへ戻っていった。
「フィリア、リカルドのことどう思う?」
「どうというのは?」
ラサグードからの舶来品だという金細工を眺めている時にクラウスから尋ねられた。同じ質問がディーからだったならば毛並みだとか、尻尾だとかの話になるだろうが、クラウスからどう思うとだけ尋ねられても、何に関することかは読み取れない。
「聞いた話ではあるけど、本当にカウリオドゥースとコスタクルタは本当に仲は良くないんだ。個人同士の感情まで一概には言えないだろうけれど……過去にはこの竜口大河を舞台に海軍がぶつかり合って、そういう積み重ねがあったから、この二ヶ国の海軍はクセリニアでも屈指の強さを持ってるとまで言われている」
「海軍が強いの?」
「強いんだよ」
「そう。……それで、何を言いたいの?」
金細工がどうやらラサグードのヴラスウォーレン帝国から来ているものと知って、父の弟子の女性を思い出す。初恋を奪った女Bだ。
「リカルド自身に嘘はない……と思いたいし、嘘じゃないだろうって思える。
だけど、本当に両国が友好関係を築きたくて、互いの国の偉いところの子ども同士を婚約者にしたり、わざわざ闘技会に出場させて友好をアピールさせたがったりするか? 僕は何となく、嫌な予感がする。そもそも闘技会に出てこいっていうだけなら、リカルドだけを寄越せばいいのに……あんな粗暴な部下つきだなんて。エンセーラムみたいにできて間もない即席軍隊でもないんだから、上下関係は厳しいはずだっていうのに、リカルドの意思に反するような行動を取っていたのも気になる」
「クラウス」
「それにほら、周りを見ても今朝からコスタクルタの紋章をつけた軍人が無造作に歩き回って、威圧的っていうか、態度も悪くしているし、友好だなんて考えがあるのなら――」
「クラウス」
「っ……何だ?」
二度目の呼びかけでようやく、クラウスが口をつぐんでくれる。
大きな声や、張った声を出したくないから早めに分かってくれて良かった。
「それ以上はナンセンスな陰謀論」
「だけどさ……気にならないか?」
「往来でするような話でもない」
「それは……そうだな」
「仮に良くない企てがあったとして、わたし達がそれに関与をすることもない。
ここではよそ者で、ヘタに首を突っ込んでもわたし達の立場上、面倒臭いことが起きかねない。偶然にも巻き込まれる形だったとしても、おおごとになってしまえばあなたの父親が奔走することになってしまう。言っている意味は分かる?」
「分かるよ、それくらい。子どもじゃないんだ」
「まだ子ども」
「フィリアっ」
「そういう考えを持つのは悪いことではない。ただ、できることはないから、巻き込まれないように気をつけましょうっていうだけのこと。違う?」
口を尖らせ、クラウスは小さく頷いた。
「いい子のクラウスくんに、これ買ってあげようか?」
「っ……子ども扱いはけっこうです、姫様」
「姫様扱いもいらない」
「じゃあ子ども扱いもしないでくれよ」
「分かった、分かった。次を見に行こう」
「ああ」
クラウスの考えは分かる。
だがまだ、確たるものもない邪推としか言いようのない域を出ない話だ。
何かがあるとすれば明日。今は何もないことだけを祈っていれば良い。仮に何かあっても、動くことはない。家出をした王族が戦争の火種に巻き込まれて何かあったとなれば、エンセーラムでも一大事になってしまうのだから大人しくしておかなければならない。
巻き込まれて、しかもおおごとになってしまったら、無事に帰れたとしても気軽に外へ出て行けなくなってしまいかねないのだ。