予選通過祝勝会
「4人とも予選通過を祝して、かんぱーい!」
「乾杯!」
「乾杯」
「乾杯……」
ディーが音頭を取って杯を掲げた。
特に手こずるということもなく、全員、本戦への出場を決めた。
ダテに好き勝手に家出をしたり、その追手として差し向けられているわけではないのだ。ディーは魔技も魔法も使えるし、クラウスは父親の英才教育を受けて魔法戦に自信を持っているし、ラルフは獣人族の中でも特に身体能力に秀でている金狼族だ。誰も危うげはなかった。
本戦は1日置いて、明後日に開催される。
祭りは明日から始まるので今日は予選の疲れを取りつつ騒ぎ、明日はのんびりしてから臨もうということになっている。
「にしても、思っていたほど弱っちくはなかったよね」
「有象無象の中にちらほらはやれそうなのがいた」
大口を叩き始めるディーとラルフ。ちょっとした戦闘狂の気があってしょうがない。クラウスはその辺りは謙虚で、わたしと同じように2人の感想に何か言いたげな顔をしたが黙っていた。実際、そこまで勝てそうにないと思わせられる相手はいなかったのだ。
「ところで姉ちゃん」
「何?」
「予選で最後に戦ってた獣人族の人、どうだった?」
「良い尻尾だった」
「だよね、毛並みとかは?」
「そっちじゃないだろうが!」
ラルフがテーブルを叩く。
そっちもとても重要なことなのだが、伝わらないらしい。
「あの俊敏な動きと動体視力はラルフくらいはありそうだったよな」
「俺の方が上だ」
「確かにラルフほどはありそうだった」
「だから、俺の方が上だっ!」
「はいはい、ラルフの方がかわいいよ」
「撫でるな、ディー!」
折角誉めているのにつんけんしちゃって。
焼いた魚に葉ものの野菜を添えた料理を食べながら、クラウスは肩の力を抜いて明後日の方を眺めている。興味がないらしい。
「俺達と同世代くらいであんだけやれるって、ちょっと珍しいよね」
「リカルドというらしい」
「へえ、リカルドくんかあ。頼んだら尻尾触らせてくれないかな?」
「気持ち悪いぞ、ディー」
「下心からじゃないよ。心の癒しのためにそうしたいってだけなんだから、決めつけるのはよしなって」
「でも僕と同じ組だった全身鎧の人もなかなか強そうだったぞ。パワーがあって――」
「そういうのは興味ないから、クラウス。今はそのリカルドくんっていうのの話だからね」
「っ……」
「ドンマイ、クラウス」
ディーの言い方もやや冷たいが、空気を読めないのもいけない。
すっかりディーはリカルドに興味を持っているようで、ラルフと一緒になってどうやって戦うかなんて話を始めてしまう。それを聞き流しながら、わたしはクラウスと明日、カウリオドゥースの祭りを見て回る計画を練る。
ディーとラルフに酒が入ってきて大声で歌い始めるころ、酒場に物々しい一団がやって来た。
揃いの甲冑に身を包んだ10人ほどの団体だった。鎧には見慣れない紋章が入っている。祭りをしているのであちこちに出ているカウリオドゥースのものとは違っていた。
「入れないってのはどういうことだ?」
「見ての通り、今は込み合ってて10人は詰めても座れやしないのさ。分かるだろう?」
店主らしき男と甲冑団体のひとりが言葉を交わす。
しかし、どうやら甲冑団体は入れないから大人しく帰ろうというつもりにはなれないようだった。
「おい、そこのガキどもとジジイども」
眺めていたら、こっちを指差してきた。
わたし達と、そのすぐ隣のテーブルの地元の老人らしいグループを言っているらしい。盛り上がっていたディーとラルフが水を差され、不機嫌そうな顔になる。ラルフは尻尾と耳をピンと立てて臨戦態勢だ。なだめるべく背中を撫でさすっておくと、少しだけ耳と尻尾の角度が浅くなった。
「どけ、俺達に場所を寄越しな」
「ちょっとお客さん」
「うるせえな。見て分からねえか、俺らはコスタクルタだぞ」
「そう仰られましても……」
店主がなだめようとしている間に、ディーと目を合わせる。
「コスタクルタ、知ってる?」
「知らない」
「上顎最西端の国だ。竜口大河を挟んで、カウリオドゥースとは反目し合ってる。表面上は国交もあるけど関係は良くないらしい」
クラウスが知っていた。さすが勤勉なクラウス。
上顎と下顎、それぞれのライバルということなのか。両方を押さえられれば西クセリニアからの貿易を一手に独占できてしまうから、その旨味を狙っているような感じ――なんだろうか。
「いいのかあ? このコスタクルタ軍を門前払いしたとでも言ってやることもできるんだぞ?」
「し、しかしですね……」
「ワシらは、それならもういいじゃろう。詰めれば10人でも座れるじゃろう?」
老人達がおもむろに腰を上げ始める。
「ガキども、ひっこめ」
「お若いの、そういきり立つこともなかろう。肩を寄せ合って酌み交わす酒というものも――」
「うるせえんだよ、とっとと帰っちまいなジジイども!」
席を譲ろうとした老人のひとりが宥めようとしたのを、コスタクルタの軍人という男が振り払った。その拍子に足腰も弱りかけで、酒も入っていた老人は近くのテーブルへ倒れ込んでしまう。倒れた杯から酒を被ったのをコスタクルタの軍人達が笑い合った。
「ねえ、おじさん達」
「ディー、ダメ」
「ダメじゃない」
立ち上がったディーが軍人達へ近づいていく。
何も言わず、ラルフも一緒になって歩いていっていた。止めたのに聞こうとしないんだから、この子は。
「何だ、小僧?」
「教わったことないの、自分より弱い人をいじめちゃいけないって」
「はああ? いいか、ここはガキの来る場所じゃあねえんだよ。そんないい子ちゃんはとっととお家に帰ってママのおっぱいでもしゃぶって――ぐおっ!?」
男がディーの胸ぐらへ手を伸ばした瞬間、それを横からラルフが掴んで止めた。後ろ姿だけでラルフもキレてるのが分かる。耳も尻尾もしゃっきりと立っている。手を止めた拍子に握りつぶそうとして思いきり力を込めたんだろう。腰から体をよじりながら男が掴まれた手首を押さえて前屈みになっている。
「何をする、小僧!?」
「ああっ?」
「ラルフ、放してあげなよ」
「だけどディー!」
「だってここでやったらお店壊れちゃうよ」
「っ――上等だ、表へ出ろガキども! 泣いて許しを乞いても遅えぞっ!?」
「ラルフ、行こう」
あーあ、喧嘩になった。
「フィリア、止めないのか?」
「止められると思う?」
「あんまり」
「じゃあ放っておくしかないと思うけれど?」
「……一応、見てくるよ」
心配性のクラウスだ。
軍人の10人とディー、ラルフ、そしてクラウスが戸外へ出ていくと酒場の酔客達もぞろぞろと表へ見に行った。帰ろうとしていた老人達が呆気に取られていたので、乾杯しておいた。
ものの5分もせず、ディーとラルフは10人の軍人達を叩きのめしたらしい。
口笛や手を叩く、囃し立てる音がちゃんと店内まで届いた。ひとりずつ、やられる度に野次も飛んでいた。横暴だったコスタクルタには悪感情を持っている人が多かったらしく、下品な言葉でバカにしているような声も多々あった。
「やあやあやあ、本日のヒーロー、ディートハルトですっ! 気軽にディーって呼んでください! それでこっちはラルフ! ヴェッカースタームに名高い戦士の一族である、金狼族なんです!」
「よぉっ、いいぞ小僧!」
「俺の奢りだ、飲んでけっ!」
「狼の坊主もこっち来て一緒に飲め! 肉いるか、肉!」
ほんとにディーは調子がいいんだから……。
コスタクルタの軍人はぶちのめされ、悪態をつきながら敗走したらしい。それに溜飲を下げて酒場は一気に賑わい始めた。隣のテーブルにいた老人達も退店せず、ディーとラルフに礼を言ったりして、飲食代を出すとまで言ってきた。ありがたくお言葉に甘えておいた。
そうして夜が更けていき、大盛り上がりも落ち着いてきて酔って寝る人が増えてきたころに酒場へリカルドが駆け込んできた。
「す、すみませんでした!」
そしていきなりの謝罪だった。
よく通った声に起きていた酔どれ達が注目し、何のことかと疑問を浮かべる。
「コスタクルタ軍、第4中隊長、リカルド・カランカです。
僕の部下達がここで無礼を働いたと聞いて……すみませんでした」
頭を下げる前のリカルドの顔は切羽詰まった必死なものだった。
それまでの陽気な空気が、それでさーっと冷めていく。たっぷり10秒以上も頭を下げていたリカルドが再び顔を上げると、何とも言い難いシラケた雰囲気ができあがっていた。