カウリオドゥース闘技会
竜口大河下顎最西端にある、一大貿易国カウリオドゥース。
海を挟んだ西のラサグード大陸のみならず、竜口大河を挟んだ北側の都市国家や、西南西方面にある島国とも貿易をしている。竜口大河を運行する船もたくさんここに停泊し、外洋へと旅だっていく。120メートルもあるという高い灯台がシンボルの国だ。
ディーが聞きつけたという祭りは、このカウリオドゥースで開催されるらしい。
サフィラスとレストという2頭のワイバーンに分乗してわたし達はここへ到着した。祭りの準備でいつも以上に人が多く、賑わっているそうだ。
「祭りのメインは闘技会だって。優勝したら賞金として金貨50枚に加えて、カウリオドゥースのお城で開かれるダンスパーティーに参加ができて、しかもアーバイン作の武器までくれる! 出るしかないよ、これは」
「腕が鳴るぜ」
「金貨50枚は太っ腹だな……」
やれやれ、男の子というのはこれだから。
賞金は魅力的だけど、それだけ特典があるのならレベルも高いものになりそうだというのに。
「姉ちゃんも出るでしょ?」
「パス」
「ええ? どうして?」
「お金に困ってないし、ダンスパーティーなんてめんどくさいし、アーバインの武器なんていらない」
「でも名誉ももらえるよ」
「名誉なんてもっといらない」
「欲がないなあ。金貨50枚もあればヴェッカースタームで豪遊できるよ? 尻尾50本は一度にはべらせられるよ」
尻尾50本。
それはかなり、イイ。
「姉ちゃん、出るでしょ?」
「出よう」
「ラルフ、臭う?」
「ぷんぷんする、発情の匂いだ」
「違うよ、そういう下心じゃないよ、俺達は」
「そう、純粋に尻尾というものに心を惹かれてしまう性のようなもの」
闘技会の舞台となるのは海に面したすり鉢状の円形闘技場。周囲をぐるりと観客席が埋め尽くす。
ルールは降参するか、戦えないと判断をされれば負け。死亡事故というのも瀕発するらしいが、明らかに殺傷を狙う行為は禁止だ。カウリオドゥースに到着した翌日に、丁度、予選が開催されるということだった。
「ランダムに4つの組に分けられて、32人になるまで……1組につき、8人になるまでのバトルロイヤルが予選だって。32人が出揃ったらトーナメントで、5回勝ち抜けば優勝」
「余裕だな」
「ラルフは足元掬われやすいから気をつけろよ」
「そう言うクラウスこそ、腰が引けてちゃ戦いにもならないんだからな?」
「何だと?」
「2人とも仲いいね」
ディーが水を差すと、クラウスとラルフが互いにふんっと鳴らして顔を背けた。
仲が良いというのを互いに否定はしない。ただ喧嘩腰になった手前、ちゃんと認めるのはできないというところだ。いくつになってもかわいい子分達である。
予選は首尾よく4人とも別の組に振り分けられた。
1組につき100人以上ものライバルがいる。この中で8つしかない椅子を競って蹴落とし合うわけだ。
「おいおい、女が出てくるようなもんじゃないぜ?」
舞台で予選が始まるのを待っていたらねじれた角のある魔人族の男がニヤつきながら声をかけてきた。
「ましてガキじゃねえかよ。祭りの記念参加かあ? いいことしてくれんなら手加減してやってもいいぞ?」
「生憎とその必要はない」
「あ?」
言い返すとすごまれるが、迫力なんて感じられない。
「なんなら手加減をしてあげてもいい」
「……ああ、そうか。だったらこっちも、そのかわいいお顔がぼっこぼこになるまで遊んでやらあ」
「できるものならどうぞご自由に」
予選開始が迫り、再度のルール確認がされた。予選では8人が残るまで、舞台上からライバルを蹴落としていくのみだ。最後に8人残った時点で終了となる。そんな簡単なルール説明が終わると、開始の合図にラッパが吹き鳴らされた。
「まずはお前からだ、クソガキがああああっ!」
最初に向かってきたのは、やはり先ほどの魔人族だった。
大振りの僅かに沿った剣を力任せに振り下ろしてくる。それを黒短槍ニゲルコルヌで受け止めると、目が見開かれた。自分よりも小さな、それでいて華奢でかわいくて無表情なところがキュートなわたしにあっさりと受け止められ、しかも少しも押し込めないのがよほど驚いたらしい。
ニゲルコルヌに角度をつけて相手の剣を重力に任せて落とした。
前屈みになった男の側頭部に軽い飛び蹴りを放つと、そのまま吹き飛んで場外に転がっていった。魔技の基本、魔鎧というものを使えばこの程度はちょろい。魔力で身体を覆い込んで身体能力を上げ、同時に密度を高めた魔力は矢も刃も通さない文字通りの鎧と化す。これだけあれば護身になってしまう。腕のいい戦士ならば魔鎧を切り裂いてしまうこともできるし、クラウスの父――マティアスおじさんは魔技の使い手との戦いにおける第一人者であると日頃から豪語していたりもするほどだ。そんなのはそうそういないだろうけど。
次から次へと、手当たり次第に魔鎧を使って吹っ飛ばしていくと、次第に警戒されるようになった。即席で徒党を組んで同時に襲いかかってこられる。それをいなして反対方向から着ていた相手にぶつけ、まとまって押し寄せてくれたのを利用して同時に薙ぎ払う。ネズミの群れを相手に蹴散らしていくような気分だった。
黒短槍ニゲルコルヌは、かつて父の使っていた武器だ。
随分と前に、ある戦いで破壊されてしまった残骸を再び溶かして、2本の短い槍へと姿を変えた。1本はわたしが、もう1本はディーが持っている。ただただ重くて、ひたすら頑丈というだけの槍で、これを持ち歩いているだけで勝手に力がついてしまう。魔鎧はその性質上、素の身体能力を増強するものなので元々の体が貧弱だと最大の効果を発揮しない。そこで、このニゲルコルヌを日頃から持ち歩いて振り回していれば、体を鍛えることにも繋がるという寸法だった。
グラビマイトという特殊な金属が用いられている。グラビマイトは特定の温度にまで熱し、その上で特殊な波長をぶつけることで加工ができるようになるらしい。密度が濃く、非常に重い。そして硬い。ただ硬いだけではなく弾性も備えているので、硬すぎて割れたりするということもない。魔鎧を使っていると武器が耐えられなくなるということもあるのだが、ニゲルコルヌならばどんな扱いをしたって壊れたりはしない。
父がかつて使っていた、という一点のみを除けば最高の相棒である。
ディーともお揃いだし。
「手合わせ願う!」
「っ……どうぞ」
半数以上が脱落し、舞台上に20人ほどまで残った。
そんな時に生真面目な声がして振り返ると、両手でオーソドックスな両刃の剣を構えた獣人族の少年がいた。成人前後くらいに年齢に見える。しなやかな尻尾は立ち気味なものの、ガチガチになっていない。程よい緊張状態を保っているのがそれで分かる。耳は丸く、尻尾は黄色と黒の縞模様になっている。虎、だろうか。
「…………」
彼は構えたまま、しばらくこちらの出方を窺っているようだった。
飛び出てきたところを叩く腹積もりでいるので、数秒ほど互いに動きはなかった。こちらに動く意思がないと見たのか、彼がわずかに膝を曲げ、一気に飛び出してくる。獣人族らしい素晴らしい瞬発力。戦いに手加減はしない主義なので容赦なく、その頭を叩きつけようとしたが、振るったニゲルコルヌを柔らかい体で強引に避けて踏み込んできた。
「でええええいっ!」
「っと――」
左下から剣を振り上げられる。魔鎧を使っている腕でその剣を横から叩いて逸らし、短く持ったニゲルコルヌで突き刺そうとしたが後ろに跳ねて避けられた。かと思うと、今度はジグザグに動きながら接近してくる。反射神経も瞬発力も申し分ない。魔技がなければフィジカルの差で明らかに不利だったはずだ。
ニゲルコルヌを短くコンパクトに突き込んでいくが、それをひょいひょいと避けられる。
そして眼前で大きく膝を曲げた。飛び出してくるのを想定し、溜めを狙ってこちらも突き込んだが目の前から消える。自分を中心に、周囲の魔力ある存在を感知する魔影をすかさず使うと、背後に回られたのが分かった。神経に魔力を巡らせる魔偽皮を使い、感覚を尖らせる。容赦なしで頭を蹴られそうになったが、触れた時点で身をかがめるという超反応でそれをかわした。前へ転がり出し、一回転したところで穂先を向ける。その先端から、留めて圧縮した魔力を放つ魔技――魔弾を放った。
「ぐぅっ――!?」
魔力に色はない。見えようのない矢を放つのが魔弾だ。
本来は岩だろうが粉砕させられるほどの魔弾。威力は抑えたが不意打ちのように食らった獣人族の少年が頭から後ろへ倒れ込む。両手を床につきながら体勢を立て直し、腰を上げた状態で地面を蹴って飛び出す。地面にニゲルコルヌを突き刺し、抉って線を引きながら彼を跳ね上げて場外にしようとした。
その、ほんの直前に――予選終了を告げる太鼓の音が打ち鳴らされた。
獣人族の少年はニゲルコルヌを両手で掴みにかかっていた。いきなり止めることもできずに振り上げてしまったが、軽やかに身を翻して少年は着地をする。
「そこまで! 舞台上に残っている者はこちらへ集合せよ!」
ニゲルコルヌを降ろし、少年を見る。
と、彼がふうっと一心地ついたように息を吐いてわたしを見た。
「強いな。僕はリカルド。キミは?」
「フィリア」
「本戦で、今度は決着をつけよう」
「望むところ」
握手を交わして舞台を降りた。
あれで仕留めるはずだったのに、きっと終わらなかった。
次に戦うことになったら、今度は魔法も使っていこう。そうでないと確実な勝利は、多分手に入らない。




