ふとした悩みの解決
「ただいま――って、何これっ?」
家に入ったら、そこはめちゃくちゃになっていた。
ひっくり返っている食器や、そこに入ってたはずの食べものが床にぶちまけられている。
わんわん泣いてる子もいるし、取っ組み合って喧嘩してた子が俺を見て固まったり、そそくさと逃げようとしてる子もいる。
シルヴィアもミリアムもマルタもいない。――何だこれ。
「神父様、ハリーとヤンがぁ〜っ!」
「ち、違うって! ヤンがチビのご飯横取りしようとしたから!」
「お前がよそったのが多かったから直してたんだろ!」
泣きついてきたティナに続いて、おろおろしてたチビ達が泣き出したり、縋りついてきたりでわちゃわちゃする。
つまり、よく分からないけどこいつらが喧嘩して、こうなっちゃった?」
「ヤンが悪いんだろっ!」
「ハリーだろ、お前のせいなんだよ!」
腕白盛りのヤンとハリーがまたつかみ合って喧嘩を再開させ、そこから離れようとした子がテーブルにぶつかった。テーブルのヘリに慌てて手をついて体を支えようとしたけど、そのままテーブルが盛大にひっくり返ってまだ残っていたご飯まで全部ぶちまけられる。
「あっ……」
「おい、ハリー!」
「違うだろって!」
「ヤン、ハリー、黙って」
また取っ組み合いをしようとした2人の首根っこを捕まえて持ち上げる。
前に、シルヴィアに注意された。ご飯を粗末にしたからってぶちキレたら、家まで壊れかけたから、叱るなら冷静に叱れって。本当は怒鳴り散らしたいけど、確かに家が壊れたらまずいから、堪える。それでも、頭にきてるから何か、お腹の中が震えてる感覚がある。
「ご、ごめんなさい、神父様……」
「もう、しないけど……ハリーが悪いんだよ」
「ヤンだろ!」
「黙れ」
ひっ、と持ち上げた2人が息を呑む。さっきまで泣いてた子も怯えたように息を呑んで泣き止んだ。
2人とも持ち上げたまま、外に出る。俺は大人だから、ちゃんと冷静に叱らないと。そう、冷静に、ならないと。
礼拝堂の地下室に2人を連れていって、そこにある今は誰もいない檻の中に突っ込んで鍵をかける。
「あ、ねえ、神父様、ごめんなさい、もう喧嘩しないから!」
「出してよぉ! ごめんなさい!」
「何で、ごめんって言うの? 何について?」
「け、喧嘩したから……」
「うん、喧嘩して……ごめんなさい……」
「そうじゃないだろ。ご飯食べられない子だってたくさんいるのに、それで飢え死にすることだってあるのに、お前らはそれをダメにしちゃったから俺は怒ってんだよ! 反省しろ、ご飯抜き!」
「ごめんなさい、出して! 暗いよ、怖いよ、ここっ!」
「神父様っ、出してぇっ!」
ふんっと鼻を鳴らして2人を残して地下室を出た。
家に戻って勿体ないけど食べられなくなっちゃった分は捨てて、まだ捨てられそうなところは集めておいた。だけどこれを食べろって子ども達に言うのは良くない。あとでこれは俺が食べるとして、こいつらのご飯を作り直さないと。
「シルヴィア達はどうしたの?」
「忙しいからって……ご飯作って、出かけちゃった」
「そっか……」
何か作れるかと思って食糧庫を見たけど、なかった。
1人分、2人分は作れそうだけどここには10人もいるから、全然足りない。けど今から買い物に行って作るとなったら大変だ。お腹が空いてそれどころじゃなくなる。俺もお腹空いてるし。
「……よし、眠らずの道に行こ」
「ほんとー!?」
「外食!?」
「いいの、神父様!?」
「しょうがないから、いいよ。でもお店で騒ぐなよ。いい子にできる?」
次から次へと、できるって返事が続いたから、皆を連れてトト島に向かった。
レオンとの旅から帰ってきていきなりこんなことになるとは思っていなかった。
「それでヤンとハリーが地下牢にいたのね……」
「相変わらず、食べものについては厳格ですのね」
「反省している様子でしたけれど、いつまでご飯抜きにするつもりですか?」
「……明日の朝もなし。罰として礼拝堂の掃除させて、反省したか確認したらお昼から食べさせてあげよ」
ほんの1日ぶりなのに、シルヴィア達と4人でいつもの時間にご飯を食べてるとちょっと懐かしい気がした。
「でもどうして、子ども達のご飯作ってすぐいなくなっちゃったの?」
「あたしは次の授業あったから」
「わたくしも会議に出なければならなくて時間がなく……」
「ごめんなさい……結婚式があったので祝福に行かなくてならなくて」
「偶然、皆、忙しかったんだ……。そういうこともあるんだ」
「実は……前々から、こういうことはあったのですが」
「うん、リュカがいつも何だかんだ、都合つけてくれてたから任せてたクセって言うか」
「つい……いると思ってて、確認もしないで行ってしまいました」
「えっ、俺のせい?」
「違う、違う。リュカが色々と家のことで穴埋めしてくれてたって話だよ」
「そうなの?」
「ええ。本当にささいなことばかりで、自覚さえなかったのですがリュカがいない間も少しだけこういうことがありまして」
「やっぱりリュカさんがいないと困ってしまうみたいでした」
「……ほんと?」
確認すると3人とも何故か笑ってしまった。
俺が何でそんなに嬉しそうに言ったのかがおかしいって感じだった。でも笑われてから、俺も何でこんな嬉しがってるんだろうって思って笑えてしまった。
良かった。俺っていなくても困らない奴じゃなかった。
あれ、でもそうしたらレオンってどうなんだろ。同じとか言ってたくせに。
うん。ほんとはレオンだけが別に、いてもいなくてもってやつだったんだ。
そうに違いない。
「で、どうだったの、師匠とのプチ旅行?」
「ヴェッカースタームはいかがでしたか?」
「陛下が、また……尻尾にお熱にはなりませんでしたか?」
「うん……何か、到着してすぐに変なトラブルあってさ。案の定、獣人の女の子だったんだけどレオンが尻尾にめろめろになって……」
「やっぱそうなんのね」
「でも、その女の子って恋人いて、レオンがちょっとでいいから尻尾触らせてとか頼んでたら、その恋人にぶっ飛ばされたんだけど、すっごい吹っ飛んでて面白かったよ。ブヘッ、とか言ってて……ごろごろごろどかーんって木にぶつかったら、木の実落ちてきてレオンの頭に直撃して……」
今までにない短すぎる旅の思い出話は大いにウケた。
レオンがどれだけだらしなくなってたかとか、ヴェッカースタームにあったものの話とか、3人とも興味津々だった。
旅は色々あったけど楽しかったし、帰ったら大変なことになってたけど俺がいなくても困らないことはないって分かって、気分も何か晴れた気がする。
またどっか短くてもいいから行きたいなって思う。
レオンとの旅も楽しかったけど、レオンといると何か変なことばっか起きる気がするから、今度は皆で行きたいかも。レストで行くのはこの人数だと難しいから、ジャルを借りられないかな。
「今度は子ども達も連れて、皆で一緒に行こ」
「しかし……それは流石に都合を合わせたりするのも大変ですし、難しいような」
「大丈夫だって。レオンが旅に出れちゃうんだから、それよか楽でしょ?」
「リュカなのに鋭いかも。確かに、その理屈引き合いに出せば文句なんか出させられないよね」
「あの……陛下は国王だから自由ができるという理屈は?」
「ないない、師匠はいつも愚痴ってんだから、自由がないって」
「それはそうですが……」
「うん、皆で行こ。シルヴィアもね」
「ええ……そうですわね。それにしても……いつもより、たくさん召し上がりますね……」
シルヴィアに言われて、おかわりをもらおうと思って持ち上げたお皿を見た。言われてみると、確かにいつもは4回くらいなのに今日はもう6回目のおかわり。別にいつもと変わらない気はしてるのに。
「……やっぱ、家で食べるご飯っておいしいから? それに外だとお腹いっぱいまでおかわりとかできないし」
多分そうだろうと思って言ったら、また笑われた。
俺がたくさん食べるなんて今更なのにどうして笑うのかちょっと分からないけど、マルタが嬉しそうにおかわりをよそってくれた。