忠臣の提案
「ねえレオン、お願いがあるんだけどいい?」
「おう……? お前が、お願い? 珍しいな、どうした?」
勝手に悩み相談に来て、勝手に自己解決して去っていったマティアスと入れ違いのようにリュカが来た。
相変わらずリュカは若い容姿を保っている。心臓を抉り出されてカルディアにされてからというもの、こいつも不老の存在だ。ずっとロビンが研究して元に戻す方法を探ってくれてはいるのだが、どんどん年の差が広がってきている気がしてならない。
「俺さあ……家にいなくても困らないんだって」
「はあ? 何をいきなり言ってんだ、お前?」
「何かそういう話になった……。レオンも旅に出たいんでしょ?」
「え?」
「マルタから聞いた。俺も……久しぶりに旅したいなあって思ったから、一緒に行こ?」
こいつは本当にバカだから思考回路がたまに読めなくなる。
どうして一緒に旅へ行きたいなんて言い出したんだ? 家にいても誰も困らねえから? どう言うこっちゃ。
確かに俺としては旅に出ていいんなら行きたい。めっちゃ行きたい。ましてリュカと2人旅だとか、サイコーじゃんか。爆食いするところとか見てて飽きねえし、自然と食いものメインになっていって楽しくなりそうな気もする。それに正義の味方だからあちこちでトラブルに顔を突っ込んでトラブル盛り盛りな予感もする。何だかんだ、そう言うもんがないと想い出ってのは淡白になるから、ある意味で最高の道連れと言える。
が。
「ちょっとそこ座れ。シオン、茶」
「はい。ご用意しています。どうぞ」
「ありがと」
リュカを座らせ、シオンに出させた茶を飲ませたところで、机に肘をついて観察する。
何だかちょっと懐かしささえ感じるような、どこか不貞腐れたようなツラをしていた。
「家にいなくて困らねえって何だよ?」
「だから、そんな話になったの。俺がいなくても子どもの世話もできるし、家のこともできるし、お金も困らないってさ。……俺がいないと困らないことっていうのも思い浮かばないって」
「ははーん……? そんで拗ねてんのかよ」
「拗ねてないし。……あれ、拗ねてるのかな? これって、拗ねてるってこと……?」
「知るか、お前の気持ちだろうが。ともかく、あれだ、あの……そんなもんだっての、世の中」
「え、そうなの?」
「そうそう。俺を見ろよ、俺が子どもらにしてやれることなんて、うざ絡みして小遣いやるだけだぜ? 黙って待ってても近寄ってもこねえし? 子育てだってほとんどエノラ任せだったし、そうじゃなくても誰かが世話してくれるし……。俺なんてすぐまた甘やかしやがってってお小言ぶつけられるだーけ。必要かあ、俺? 必要じゃねえだろうなあ? いなくたって困りゃしねえよ。同じだろ?」
「……確かに」
説得しておいた手前だが、納得されんのも何か腹立つ。
けどこいつはバカだからちゃんと言って聞かせないと変な方向に暴走しかねない。
「だけど、俺が一言、ちょっくら旅行くわつっても許してくれねえわけよ。エノラなんて毎度のように反対するぜ?」
「何で?」
「俺が出てったきり二度と戻らねえんじゃないかって不安だろ」
「……ちゃんとレオンは帰るじゃん。それに困らないんでしょ?」
「おうとも、帰るぜ? 困ることもねえさ。……けど、困るとか、困らねえで一緒になったわけじゃないだろ。一緒に暮らしてえからって夫婦になってんだ。困る、困らねえで結婚したわけじゃねえの。違うか?」
「……うん。そう。違くない」
「ほらな? だからいなくても困らねえなんてことで拗ねるなんざお門違いなんだよ。分かったか?」
言い聞かせるとリュカは何か感心したように、考えるように、目を宙へ泳がせた。
「そっか……。分かった。ありがと、レオン」
「おう」
「……でも、何か、そういうの別で、どっか行きたいよね」
「分かる。行きたいよな。お前と2人とか絶対に楽しいぜ。行けるってなったら、どこ行きたい?」
「んー、別にどこでも……。レオンと歩いて、どっかの街でおいしいの食べて、ちょっと手合わせしたい」
「欲があるのかねえのか、お前は本当に……。まあでも実際、それでいんだよな」
「……レオンハルト様、リュカ様。それでよろしいのであればご提案できますが」
何故だろうか、今日のシオンは冴えている。
いや、いつものことだった。こいつは優秀な俺の秘書役だった。
あれから数日が経って、俺とリュカはヴェッカースターム大陸にレストで降り立った。
片道でほんの数時間程度。ヴェッカースターム南部の大森林地帯にやって来てしまった。
「本当に、来れちゃった……」
「レスト、ありがとな。また呼ぶから、それまで好きにしてていいぞ」
「クォォッ!」
シオンの提案はごくごくシンプルで、どうしてそれまで気が付かなかったのかと提案されてから猛省した。
いわゆる日帰り――あるいは一泊二日程度のプチ旅行にしてしまえばいいのではないか、というものだった。目から鱗だった。がっつり数ヶ月単位で旅歩きをするという固定観念が強すぎた。しかしレストに乗れば距離は縮まる。そして旅程も一泊二日程度にまで短くすればそこまで大掛かりに許可を求めなくとも、ただの2日程度の休みをくれという話で済んでしまうのだ。
「そんじゃあ行くか」
「うん。俺、ヴェッカースタームって初めて」
「俺も、俺も。大森林のこのさらに南端だったかな、そこが金狼族の里らしいぜ。ロビンの故郷」
「へえー。ラルフもちょっとだけそこに行ってたんだっけ?」
「そうそう。戦士の教え……だっけ? 何かよく分からねえけどプチ留学みてえな感じのな。ま、それはともかく、ここはヴェッカースターム。と、なれば……獣人族がたんまり暮らしてるってわけだし、今夜は何としても人里に辿りついて尻尾ハーレムだ!」
「あ、エノラに変なことしてたら教えてって言われてるけど……それって変なことに入る?」
「入らないから報告しなくていいぞ?」
「……嘘ついた」
「こいつっ!」
「ほら、早く行こ。日が暮れちゃう。あと腹減った!」
「どっちだよ!? 進むのか、飯食うのか」
「じゃじゃーん、ご飯作ってもらってきた! ほら、これなら食べながら歩けるでしょ? おにぎり」
「頭使ったな」
「俺が作ってって言ったんじゃないけどね」
「嫁が3人だもんな、幸せもんだよ、お前は」
「でも子ども作れない……別にいいんだけど、今は。子ども達ならいるし」
「種無しっぽいしな。でもそれもカルディアの影響だと思うんだよな。ロビンせっついて早くどうにかしろって言っとけ。そしたらワンチャンあるだろ」
「ほんと?」
「多分な、多分。ほら、食いながら行こうぜ。具は?」
「塩とカレーと魚って言ってた」
おにぎりを片手に頬張りながら、米粒を口の周りにつけながらリュカと一緒に大森林を歩き出す。
巨木がにょきにょきとそこら中に根を張った、異様なジャングルだ。こんなもんが意外と近い距離にあったとは知らなかった。
ボッコボコの歩きづらい地面を歩いていく感じも、知らない新鮮な空気感も、この土地は初めてのはずなのに懐かしさに駆られる。これで一丁、変な揉め事やらトラブルやらがあったら、面倒だけど100点満点だなと思っていた矢先だった。
「レオン――魔影使ったんだけど、何か、変っぽい」
「あん?」
「……誰か、追われてる?」
「マジか」
「ちょっと見に行く!」
「マジか」
逆にお約束すぎておっかないけど、しょうがない。
何たってリュカは正義の味方なんだから困ってるような奴がいたら助けざるをえないサガなのだ。
駆け出したリュカを追いかけたら、異様に足が早くてどんどん引き離される。息が上がってリュカを見失ってから、気がついた。
「もしかして俺、体力落ちすぎ……?」
ちょっとは健康のためにも運動しなくちゃ流石にまずいっぽい。
まあでもこの機会にちょっとは改善に努めよう。
いや、今はそんな悠長なこと考えてる場合じゃない。
リュカが明後日に暴走してたらまずいから追いついてやらねえと。
でももう脇腹痛いし、どうしよ。呼ぶか、レスト呼んじゃうか。いやでもそしたら体力ガタガタなままだし走った方がいいか。でも非常事態だし、いやでもなあ。
「んー……」
こんな時になんだとは我ながら思うものの。
ちょっとこういうの、楽しんじゃってるんだよなー。