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ノーリグレット! 〜 after that 〜  作者: 田中一義
14 特に意味も山場も落ちもないおじさん化した彼らの悩み
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ふとした悩み

「そんな情けないこと言いに来たの? 呆れちゃう……」

「本人としては切実なのでしょうけれど、気の毒というか、憐れみを抱いてしまいそうな話ですのね」

「けれど陛下、とってもしょんぼりされながら帰られたので……何だか悪いことをしたような気がしてしまいまして」

「んー……レオンだしなあ。俺も旅に出ていいなら行きたいけど。レオンと」


 子ども達が寝静まってからの遅い時間に、いつも俺達は晩ご飯を食べる。そうじゃないとゆっくり落ち着いて食べられないから、いつの間にかこれが普通になった。

 マルタが昼にレオンが来たという話をしたら、ミリアムが呆れて、シルヴィアは憐れむような顔をする。それでもマルタは心底、心配をしているって感じで俯いている。


「別に旅でも何でも行くのはいいけど、そうしたらその間のことが問題じゃない」

「……しかし仮にリュカがいないと仮定しても、ここはあまり変わらないのではないでしょうか?」

「えっ? どうしてそうなんのよ、シルヴィア」

「子ども達のお世話の手は日中は足りていますし、夜にはわたし達も仕事を終えて戻ってきますから、リュカがいなくても回りますし……。お金についても蓄えだけでも十分ですし、わたし達はそれぞれお給金や、お布施をいただいていますから生活に困ることもありません」

「で、でもリュカさんがいないと何か……何か……ええと、何か、困ったこと……」


 マルタが頑張って俺がいないと困ることを考えてくれている。けど、シルヴィアもミリアムも、同じように考えているのに誰も何も、言えなくなってる。


「……え、俺、いなくてもいいの?」

「そ、そういうわけではありませんのよ?」

「そうそう、別に、いない方がいいって話じゃないんだから」

「そうです、いてくれるだけでいいんです、リュカさん」

「でも……困りはしないんだ……」


 うーん、とまた皆して考え込んでしまった。

 俺、この家にいなくて良かったなんて初めて知った。何だろう、この気持ち。


「おやすみ……寝る……」


 正直お腹はまだいっぱいじゃないけど、食欲がなくなったのを感じて子ども達の寝ている部屋に向かった。

 大部屋の床でぎゅうぎゅうに眠っている子ども達の隙間で横になって、この変な気持ちについて考える。

 俺がいなくても困らない。それって必要じゃないってことになるのかな。だから、こんな、寂しいみたいな、ちょっと怒りたくなるような、でも悲しいみたいな、変な気持ちになっちゃってるんだろうか。


「はあ……」

「んぅ……神父様……?」

「あ、起こしちゃった? ごめん、まだ夜だから寝てて」


 ため息を漏らしたら、背中から声がして寝返りを打った。

 まだ8歳のティナが薄目を開けていた。寝かしつけるようにぽんぽんと手で叩いてやると、また目を瞑ってすぐ寝息を立て始める。


 ここにいる子ども達は誰一人、俺とも、俺の奥さんの3人とも、血は繋がっていない。

 それぞれの事情で親がいない、身寄りもない、かわいそうな子ども達だった。どうしてか、俺は子どもができない体だったって分かった頃に、こういう子達がエンセーラム王国でぽつぽつと現れた。最初は神官として、こういう子ども達を見捨てられないから親が見つかるまでというつもりで預かることになったけど、今では完全に孤児院になっている。

 大きくなって住み込みの働き口ができるまで、それか、自分で稼いで自分で暮らせるような年になるまで、ここで育てている。もう何人もこの家を出て行った。本当の子どもができないからとかは、関係がないと思うけど、俺にとってはここの子も皆が家族だと思っている。赤ちゃんは夜泣きをするし、喧嘩もよく起きるし、落ち着いてご飯なんか食べられないし、バタバタする慌ただしい生活だけど、子ども達が可愛いっていつの間にか思うようになった。レオンがフィリアやディーを自慢して天使だなんて言うけど、俺のところの子も負けないくらい可愛いと思ってる。


 でも、きっとこの子達からしても、俺っていなくても困らないんだと思う。

 ご飯を作ってくれるのは俺じゃないし、おねしょした布団を干すのも俺じゃないし、お風呂に入れてくれるのも俺じゃないし、喧嘩をして叱ってくるのも俺じゃないし、勉強なんか俺は見てあげられないし、遊び相手には事欠かないから俺がいない程度で困るはずもない。どれもこれも俺は中途半端な手伝いしかできない。やっぱりいなくていいんだ。


「……はあ」


 何だろう、本当にこの気持ちは。

 明日にでもロビンに相談してみようかな。




「それで、わざわざここに来たの?」

「うん。何だと思う?」


 朝のことを全部終わらせてから一番にロビンのところに来た。ユーリエ島にある魔法大学。ほとんど用事なんかなくて、数えたほどしか来たことはなかった。だからロビンの部屋に来るのにちょっと迷っちゃったけど、魔法大学の生徒が案内をしてくれた。


「……昔、レオンが何か言ってたなあ」

「レオン?」

「何だっけ……家庭に居場所がない中年親父の悲哀?」

「……どういうこと?」

「父親なんて働いて家族が暮らせるお金を稼ぐことが使命だって考え方をしていた父親は、総じて、隠居したり、仕事を中長期休まざるを得なくなると、自分の家のはずなのに居心地が悪くなるんだ……って。趣味がないからやることもなくて、家でだらだらしていると邪魔者扱いをされるとか。それで行き場もないのに日中、外をぶらぶらしながらただ無意味に時間を過ごして、生活に張り合いというのがなくって……悲惨な哀愁を漂わせるだの、何だの……」


 よく分からないけど、つまり俺はそういう可哀想なおじさんになった、っていうこと?

 俺っていつの間に、そんな可哀想なおじさんになってたんだ。


「でも……リュカはそんなことないと思うんだけどなあ」

「本当っ?」

「だって皆、頑張ってリュカがいないと困りそうなことを考えてくれたんでしょ? つまり蔑ろにはしていないってことだよ。ただ具体的にどういう意味で必要なのかが迷子になっているだけというか……と、とにかく、愛想は尽かされてないって大事なことだと思うよ」

「……それだけ?」

「それだけって……」

「でもさ、でもさ、それじゃあ、何か……違うんだよ、俺の欲しい答えじゃない」

「じゃあどんな答えが欲しいの?」

「それが分かんない」

「うーん、難しい……。普通の家庭だったら、そんなこともないんだろうけどリュカのところは特殊だからね。やっぱり夫婦は一対一なんだよ……」

「でももう結婚しちゃってるからしょうがないだろ」

「そうなんだけど……」

「もういいよ」


 何もスッキリ解決することはなかったけど、やめにした。

 何か、無性に、旅に出たくなった。

 レオンと一緒に知らないところを歩いて、色んなことで騒ぎたい。

 レオンもこんな気持ちなのかな。

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