毎度の悩み
レオンハルトとして生まれ、嫁をもらって、2人の子どもも生まれて、ペットにはワイバーンが2頭もいる。
友達っていうのはまあ数え切れないほどいるが、毛も生えてねえころからのやつだって未だにつるみ倒している。
社会的地位なんてもんを鑑みるんなら、まあ、これより上を目指そうっていうのは国際的な野心とでもいうやつに直結しそうなもんだったりする。
要するに公私ともに不満をこぼそうなんざどんだけ贅沢か省みろと叱られても文句を言えない。
だがしかし――人間というのは満たされても満たされても、まだ足りないと思い込みがちな業の深い生きものである。
そりゃあ美人の嫁さんはいる。しかも中身はともかく見た目は若い。寿命がとんでもなく長い魔人族だから、若い容姿で人生の8割近くを過ごすというのだ。初めて出会った頃と変わらんまんまで、たまに鏡なんかで自分を見て、それから嫁のエノラを見ると若い娘に手え出してるおっさんじゃねえかと思わせられたりする。
可愛くてたまらない娘と息子は、まだまだ小さい。ハーフで生まれてきたもんで、見立てではエノラほどではないにせよ、長生きのできる寿命で、それだけ同じく若い姿の時期が長く、そしていわゆる大人と大差ない背丈になるまでの成長というやつも遅くなってしまう。だから15歳時点でも見た目はまだ10歳なってないくらいじゃねえの、って感じでちっちゃくて、肌もふにふにで、ともかく可愛い時間が長すぎる天使だったりする。今でもまだまだ小さいことに変わりない。控えめに言って、俺だけの天使。いや、それ以上の表現が分からない。
文句を言うなと言われて然るべきなのだが。
なのだが。
だが。
じゃあ、こう考えたらどうだろうか。
仕事もプライベートも超充実。だけどその中に、没頭できる趣味の追求というものが欠けていたら?
いや、安定も安定、ドがついていいレベルの超ド安定の日々がずっと続いている日常の中に、ピリリと刺激が欲しい。そんな欲求を抱いてはいけないのだろうか。
むしろ俺は生来、マジかって何度も言いたくなるような危険と困難に身を置いてきていたのだ。もう物足りないのだ。たまらなくなってしまっているのだ、冒険というものに。スリルというものに。旅というものに。
「俺は罪深いんだろうか」
「あの……懺悔というのは、やっていなくて……」
リュカの第三夫人マルタに打ち明けてみたら、困惑された。
エンセーラム王国に2つある、十二柱神話の礼拝堂の片方――灯火神イグニアスの礼拝堂にこっそり来ている。すぐ隣には雷神ソアの礼拝堂があり、裏には国で唯一の孤児院も兼ねているリュカの家もある。何だかおかしな成り行きでリュカと結婚することとなったマルタは当初、まだまだ幼い子どもも同然だったので誰もがマジかと心配し、不安視していたものだが、気がつけば立派な淑女になっている。
旦那たるリュカに対して3人の嫁さんという奇妙な、この国でも他にない重婚家庭だが、気がつけば色々な事情で親のない子を預かって養育する孤児院ができて、そこの子達が我が子のように可愛がられ、たまに叱られて、たまに問題を起こして、たまに独立していき、たまに大問題を起こし、と賑やかに幸せそうにはやっている。
「頼むって、マルタ。悪いこと言わねえから、ほら、灯火神の神様がさ、俺にちょっくら国を離れた方がいいらしいなんて啓示出たんだわって言うだけ。な、なっ? そしたらさ、そりゃあちょっと離れた方がいいべと、そういう判断になるだろ? 晴れて俺は自由の身よ、だめ?」
「すみませんが、啓示を騙るというのはいかなる理由があれど神官としての矜持に関わります。……それにリュカさんに嘘は通じませんよ? 本当にそんな啓示があったのかと尋ねられれば、わたしはイグニアスのみならず、雷神ソアにまで裁かれてしまうことになってしまいます」
「なる、ほど……? そりゃ、ま、確かにまずいな……」
「はい……」
「……じゃ、どーしろと!? 俺の、俺のこの、無性にどっか行きたいって欲求は!?」
これまで何度も、あの手この手で一人旅へ出た。
しかし毎度のようにとっても大変だった。あちこち説得行脚をし、帰ってくれば必ず期限をかなり超過してのお帰りなもので、説得行脚した数以上の人間から叱り散らされたのだ。そんなことを幾度となく繰り返してきたので、もうそろそろ許されないだろうという気がしている。
だから最終手段として灯火神のお告げ作戦に出ようとしたのだが、そのためにはなくてはならないマルタの協力を得られなかった。マルタならぐいぐい頼み込めばいけるんじゃないかと思ったが、はっきりしっかり断られてしまった。
このやるせなさよ。
俺、王様なのに、どうしてこう自由がないかね。
ただ担ぎ上げられちゃっただけでしかないのに。
「思ったのですが……」
「ん?」
この世の無情さにただ打ちひしがれていたが神妙な顔でマルタが口を開いた。
「陛下は常々、飾り物の王と自称しておられるように……政はリアン様を筆頭にした方々がやられておりますよね。それでも王国という体を成す以上は存在不可欠ではありますが、逆に……飾り物でいいのであれば、その玉座をお譲りになるとかはできないのでしょうか? フィリアちゃんや、ディーくんに」
「……無理、だめ、絶対」
「えっ……そ、そんなに放棄したいのに、ですか?」
「だぁーって、嫌われたくねえじゃん?」
「はい……?」
「嫌われるんだよ、そんなこと強行したら。俺はな、自慢じゃないが、エノラ、フィリア、ディー、この家族にだけは何が何でも嫌われたくない」
「ご家族ですし、それはそうでしょうけれど……」
「ちっちっち、そんなレベルじゃねえんだよ。いっそ好かれたい! いくつになろうが小遣いやって喜ばしたいし、どんな悪さをしようが絶対に罪はねえと庇い倒して共倒れてもいい。そんな勢いで、俺はあいつらに好かれていたい。分かるか?」
「すみません、理解が及びません……」
「玉座を譲るなんざ、言い出した日にはフィリアは国外逃亡だ。ディーもどこからか誰か引っ張ってきて、そいつを養子にして継がせればいいとか言い出すね」
「えええ……? そ、そんなにですか? 普通、王座を狙って骨肉の争いをするほどに求められるものでは?」
「よその話だろ。うちはうちです」
「そんな子どもの駄々への常套句みたいな……」
「お飾りだから旨味なんざ、まあ生活が保障されて庶民よか生活レベル高くて誰からも表面上は敬われて然るべきみたいな空気感があるだけだぜ? てめえで好き勝手する自由の範囲もまあ、それなりなんだろうけど軽々しく遠くに行くことはできねえだの、お偉い客が来たらご挨拶してもてなさなきゃならねえだの、そういう義務もあるし、たまに重責背負わされるし。とにかくもう、地位っていうのがいらねえ。権威なんてもんがいらねえ。平民がいい」
「理解しているつもりではいましたけれど……そうはっきりと断言されると、行く末が不安になってしまいます……」
「ハッハッハ、俺が倒れりゃあお前の旦那の一大事だぞ? どうにか力になってくれよ、なあ。今、この国の未来、お前の旦那の将来、お前の家庭の将来は、お前の双肩にかかっているぞ!」
「あうあうあう……」
ちょっとプレッシャーをかけすぎたか、マルタが困惑してうわ言のような声を漏らす。
「あ、あの……では陛下」
「おう、何かいい考えが浮かんだか?」
「……わたしもご一緒しますから、リアン様達にお願いに参りましょう?」
「……やだ」
「どうしてですか?」
「あいつらの目、怖くなるんだよ……この話だと……」
「おてて、繋ぎますから。ね、陛下?」
「俺はがきんちょか!」
「ハッ、ご、ごめんなさい、つい、いつもの癖で……」
結論として、この衝動は我慢することとなった。
せめて何か別のことで気を紛らせては、というマルタのアドバイスに従うことにしておいた。