雪崩はつらいよ
ヤヴァイ――。
人生、始まって以来の、大ピンチすぎる。
「お父さん、起きてってばぁ……ねえ、ちょっと?」
揺さぶってみてもお父さんは一切、反応がない。顔は青白くて、唇は紫色になっていて、半目で、白目を剥いている。一面、真っ白で、雪がたくさん降ってて、風もすごい強い。
このままじゃあお父さんは凍死して、俺は俺でどうなっちゃうんだろう。この吹雪はやんでくれるんだろうか。とにかく、このまま雪山の斜面にいたら死にかねない。
荷物を体の前につけて、姉ちゃんが作り直したとかいうやたら重くて黒くて短い槍をどうしようかと考える。ここに放り出したまま行っちゃっていい気もするけれど、そうしたら二度と見つからない。これって確かお父さんが若いころからずぅぅぅーっと愛用してたとか聞いたし、怒りはしないだろうけどなくしたら、何か俺にうざ絡みしてきそうな気はするから持ってった方がいいんじゃないかとも思う。
仕方ないから槍は紐を括りつけて引きずることに決め、お父さんを背負う。正直、かなり無理がある。そもそも、背が低い俺がお父さんを背負うっていうのもキツいし、荷物多いし、槍も引きずるとは言え重いだろうし何かに引っかかっても手間だろうし。
だけど俺には、お父さん直伝の魔技がある。
魔技――魔法とは異なる、魔力を使う技術。火を起こすことも、水を出すこともできないけれど劇的な力を発揮することだけはできる。
「とにかく休めるところ……。お父さん、死んだら遺産でお小遣いたんまりせしめるから、死なないでよっ!」
背負い直して声をかけるけど、もしかして、もしかしたらもうとっくに死んでるかも知れないとかちょっと思ってしまった。いやいや、きっとまだ、生きてる。一刻も早く、人のいるところに行かないと。
そも――ことの発端は、姉ちゃんだった。
毎日、毎日、魔法大学の一室でおっかけた槍ニゲルコルヌをじいっと、腕を組んで、胡坐をかいて睨みつけるように何かを考えていた。復元する方法を考えていたらしい。グラビマイトっていう素材でできていて、この特徴はとにかく重いこと。でもって、硬くて、弾性があるからひたすらに頑丈。これをどうやって槍に加工したのかっていうのが姉ちゃんの考え事の対象だったらしい。
そして姉ちゃんはガンガン、金をつぎ込んでグラビマイトを取り寄せては実験を繰り返して、黒槍ニゲルコルヌを2本の黒短槍として再生した。
お父さんは、長らく真っ二つにされていたその槍が新しい姿になって、めちゃくちゃ喜んだ。お母さんと俺にも内緒で姉ちゃんをヴェッカースターム大陸で唯一の港、ダイアンシア・ポートに連れていってあげたらしい。
そこで一晩、素敵な獣人の尻尾を何本も侍らせたんだとか。当のお父さんはお忍びで行ったのに、速攻で身バレして拉致されたとかちょっと耳にしたけども、それは天罰だと思う。俺を連れて行かなかったんだから。尻尾ハーレム、羨ましい。
ともかくお父さんは、ウキウキになった。
それで、前々から魔技を色々と教えてはくれていたけど、その流れで槍も使ってみろとか勧められて、正直、めんどくさいって思ったけど日ごろのご機嫌取りをしておかないと、おいしい思いもできないと思ってオーケーしてみたら、またまた張り切っちゃって、「修行と言えば山籠もりだな」とか意味不明なことを言い出した。
まあでもお父さんと2人ででかけるっていうのは、おいしい。
だから、折角だし、ちょっと遠出しようって提案してみたら、ぴゅーっとクセリニアだった。しかも大雪の、標高も高いところ。レストが意外と寒すぎるところは苦手だったみたいで、可哀そうだからって一度帰しちゃったのが一番の失敗だ。
張り切るようにお父さんは銀世界の雪上で槍を振り回した。短くなってるのが少し違和感あったらしいけど、バカみたいに重いはずなのに魔技もなしでブンブンと振り回していた。長さは半分になってるし、魔技なしで振り回せるくらいに昔は鍛えていたから余裕だとか言っていた。
事件はお父さんがはしゃぎまくっていた時に起きた。
それにしても見事な銀世界だなあ、綺麗だなあ、って思った。あったかい南の島国育ちの俺には、ちょっと異文化すぎちゃって寒いのも忘れながら、そう言えばやまびこっていうのもがあるらしいとお父さんが昔言っていたのを思い出した。山の高いところから大きな声を出すと、その声が返ってくるようにして響いていくんだとか何とか。
だから、尻尾が欲しいって思い切り叫んでみた。でもやまびこは聞こえてこなくて、ボリュームが足りなかったかなあって思って、魔法で思い切り増幅してみた。
やまびこが今度こそ聞こえるかなあって耳を澄ませていたら、お父さんが顔を引きつらせながら寄ってきた。
「ディー、ディー……何、した?」
「やまびこ聞こうと思って」
「それはもっとこう……視界いっぱい、お山じゃないと難しいんだなあ……。でもってな、雪山ででっかい音を立てるとな、雪崩って言って、上の方の雪が大波みたいに押し寄せてきちゃうこともあってな?」
「そうなの? 見てみたい」
「いやいやいや、ディー、雪、ヤバいから。雪崩、マジでヤヴァイから。飲み込まれてそのまま凍って、死ぬから」
「そうなの?」
「まあ、今ので、そう簡単に雪崩が起きるとは思わな――」
かすかに、ドドドと何か、とんでもなく大きいものが擦れるような音が聞こえてきた気がした。雷の音とかにも似てるかもって思いつつ、何となく雪山の上の方をお父さんと一緒になって眺めた。
「変な音、聞こえない?」
「聞こえちゃう、なあ……」
「もしかして、雪崩?」
「ちょっと嬉しそうな声を出すな? ……いや、うん、避難! 退避っ!」
音が大きくなって、地響きまで感じられてきて、お父さんが焦って笛を吹いた。けれどレストはとっくに返しちゃっていた。飛んできてくれもせず、とりあえず抵抗は試みた。魔法で大きい土の壁を迫り出してみてもあっさり雪崩は食い破って、足場を高くして雪崩から逃れようとしたけど想像以上の雪がそこまで飲み込まんばかりに迫っていた。
真っ白の雪に飲み込まれる寸前、せめて雪の中ではぐれないようにとお父さんと抱き合った。
そして目が覚めて――お父さんは下半身が雪に埋もれてて、幸いなことに荷物は近くに散らばっていて、でもお父さんは凍死しかけていそうなことになっていた。
そういう、顛末があった。
だから悪いのは、槍を修復しちゃった姉ちゃんと、何か喜んではしゃぎすぎたお父さんなのだ。
――そう、願いたい。
とにかく、思うのはただひとつ。
お父さん死んじゃヤダ……。




