ビバ・愛娘
「ブラードソリューションは溶かすだけで、その後の形成ができないからあらかじめ作っておいた型にそれを流し込めばいいんじゃない?」
「けれど槍というものの機能を考えたらその際に、内部で気泡でもできてしまったら台無し。もっと別の方法じゃないといけない」
「だったら風魔法を併用して液状化させたグラビマイトを……」
「そもそも液状化というのが最善手なのかを検討しておいた方がいい」
小難しい会話をフィリアとセラフィーノがしている。ニゲルコルヌをいかにして作り直すか、ということについて相談し合っているらしい。ファビオとソルヤという魔法の申し子とも言えるエルフ姉弟に教わったセラフィーノと、エンセーラムの魔法の叡智を集約させている魔法大学に籍を置くフィリア。できればフィリアがセラフィーノに魔法の知識だので負けないでほしいとも思う。
「気になるかい?」
「まあな……」
オルトに声をかけられて正面を向いた。それからファビオの淹れてくれた茶を飲む。
「少し、表で話をしないかい?」
「いいぜ」
誘われるまま裏庭に出るとオルトは手入れの行き届いている庭木を眺めた。そうしながらゆっくり歩きながら口を開く。
「きみが未来のわたしから届けてくれた手紙が、今回は大いに役立ってね」
「手紙? ああ、あれな……」
「エドヴァルド・ブレイズフォードの退任から国は大いに乱れると、書いてあった。その際に食糧危機が訪れたが、我がレヴェルト領の食料生産率はかろうじてそれを上回ることができた、とね。だから数年前から食料の備蓄を命じておいた。ついでにわたしの駒でもある、ペラゴン卿の領地にもそれを頼んでおいたんだ。今はわたしのところにしか、貴族どもは食料を分けてほしいと頼みにこないが、もうしばらくすればペラゴン卿のところも食糧があると知るだろう」
「おうおう、それでどんなあくどいことを企んでるんだ?」
「ふふ、何もあくどいだなんて言われることは考えていないさ」
まあ何となく、想像はついてしまう。
要するに自分の息がかかっている貴族にまで、他の貴族が頼みごとをしなくちゃいけない状況を作り出せるということだ。そうすればオルトにとっては愉快なことになる。嫌いな貴族どもに言うことを聞かせられるし、もちろん相手を選ぶんだろうが新たに恩を安売りしてしまうこともできてしまう。
「そんで、それがマレドミナ商会とどう繋がる?」
「マレドミナ商会はエンセーラムの特産品や、様々な土地の文化を売るだろう?」
「ああ」
「だからその売り物に、我がレヴェルト領の品物を追加してもらおうというお願いをするのさ。別に海外まで広く扱ってくれなくとも、このディオニスメリア国内のみだって十分だと言ってね」
「……つまり余剰生産分の食料を、マレドミナ商会の販路を使って国中に売るつもりか?」
「そういうことになるだろうね」
んなことをして、一体何が――?
いや、考えろ。俺だって一応は王様の端くれ、このくらいの考えはどうにか見抜かなければ。オルトがやろうとしているのは自分のとこで作ったもんを、国中に売るっていうだけだ。買うやつは、庶民か? いやオルトのことだから、貴族に買わせるってつもりことなんだよな、多分。貴族に食料を買わせる。……貴族に食料を買わせて? そもそも買うのか? いや、あれか。分かった、ピンときたぞ!
「素直に頭の下げられない貴族にマレドミナ商会を通じて、買わせてやるんだな?」
「そうなるだろうね」
「よーし、ちょっと頭良くなった気がする」
「が、それだけじゃあない」
「えっ」
「貴族どもが買いに走った瞬間、こちらで売れるだけの余剰分がなくなったと言って供給を停止させるつもりだ。食糧難から一時的に逃れて、再び権力争いに戻ろうとしたところを叩く」
「あくどいってそういうことを言うと思うぞ、俺は」
「ふふ、きみは善人だからね」
「お前も悪人じゃないはずなんだがなあ……。でも、それでどうなる?」
「その隙にやってくれればいいと思っているよ」
「何を? 誰が?」
「未来を担ってくれる騎士様さ」
ああ――繋がった。
つまりロジオンのことなんだろうが、そのロジオンはレオに託そうとしているから、レオだろう。きっとオルトにもレオなんていう後釜は意外なことだっただろうが、顔くらいは合わせているはずだ。それでレオに託すことにした。
「何でそこまで騎士なんぞに期待するんだよ?」
「だって、きみとよく似ただからね」
「俺の人徳か」
「そういうことさ」
否定してくれなきゃあボケた意味がねえのに。
ともあれ、多少の年数はかかるんだろうがディオニスメリアも落ち着けるということだろう。
「しかし――フィリアがきみと一緒に来るとはね」
「ん? おう、リュカが大人になってくれてな……。本当はリュカがおともだったんだが、フィリアをどう説得したのか知らねえけど、同行させてくれてな」
「少しは娘に好かれたかい?」
「どーだか……。ま、でもつんけんしちゃいるけど心底から大っ嫌いってわけじゃあないと信じたい」
「そうだといいね」
きっとそうだ、とか言ってくれればいいもんを。
まあでも考えればフィリアも年頃なわけだし、いつまでも父親と一緒にいるのを喜ぶなんてことはないはず。と、思えばもうちょっと待ってれば考え方も変わって、きっと良き父娘の関係が築けるはずなのだ。
「思うにね、レオン。子どもというのはよく親を観察しているものだ」
「いきなりどうした?」
「だというのに、デレデレしっぱなしなのでは――少し、嫌気が差すというものではないかな? 態度を改めれば彼女も見直してくれると思うよ」
「……だってかわいいんだもの」
「あははは、きみらしい。それなら、それがいいんだろうね」
俺に劣らぬ子煩悩のくせに講釈を垂れようっていうのが、そもそもの今回のオルトの間違いだ。
帰りにどっかへ寄り道でもして、ゆっくりフィリアと帰ろう。エノラの目が届かない今、ダイアンシア・ポートで父娘揃って尻尾をはべらせるなんてしたら――娘の株が爆上げになったりするんだろうか?
「レオン、久々に会ったんだ。今夜はゆっくりして行くだろう?」
「ああ。とりあえずフィリアが俺のニゲルコルヌをどうにかできる算段を立てるまでな」
結局――予定じゃあ10日前後で戻るはずだったのに20日も帰らなくって、こってり叱られた。だけどフィリアと一緒に飯食って寝て、ずぅーっとレストに乗って触れ合って、至福のひと時だった。
ビバ・愛娘である。