父娘の旅
「暇……死にそう……。リュカ助けて」
「暇では死なないんじゃない? 聞いたことないし……。死んだことないし」
リュカが礼拝堂の掃除をしてるとこに来てみたけどやっぱりズレたことを返される。
「今夜は帰りたくないな……」
「まだ朝だよ?」
「むぅ……」
やっぱり分かってくれない。
一体どうしたらリュカをなびかせられるのか。毎日違う方法を取っているはずなのに。
「あ、そうだ。フィリア」
「何?」
「暇なら出かければいいんじゃない? ちょっとディオニスメリアまで」
ディオニスメリアまでの用事。だったら、5日くらいは行き帰り。で、用事で1日。6日もリュカと一緒。これは素晴らしいイベント。雷神ありがとう。
「行く。すぐに行く。早く行こ?」
「うん、じゃあ行こ」
「掃除はいいの?」
「あとでやるし」
「うん?」
何かちょっと、おかしな一言が聞こえた気がした。
「よーし、じゃあしっかり捕まれよ?」
「……放してもいい」
「そうか、じゃあパパが後ろでしっかり捕まえておいてやるから」
「やっぱりしっかり掴んでる」
「んじゃあフィリア、レオンと一緒に行ってらっしゃい」
騙された。てっきりリュカと一緒だと思ったから即決したのに何で父親と行かねばならないのか。レストに2人乗りだと自然、体が大きい父が後ろに座ってしまう。きっと手綱を握っていなきゃいけないから、とかそんな理由で後ろから密着してくるに決まってる。
「レスト、行け」
「クォォッ!」
走り出したレストが十分な助走をつけてから翼を大きく広げて飛び上がった。
高くレストが鳴いてから、グングンと高度を上げていった。
「フィリアと一緒にレストに乗ってるなんていつぶりだろうな……。覚えてるか、小さいころにカスタルディまで行ったの」
「忘れた」
「白い毛皮のふわっふわのワイバーンがいて――」
「ブランシェ」
「覚えてるだろ、本当は?」
「覚えてない」
そう言っておくけど朧気ながらに覚えていることはある。大きな台地の裂け目へ飛び立っていくたくさんのワイバーンと、空でぶつかり合う戦士達。あとブランシェ。リュカについて行ったのも覚えてる。うん、そう言えば――あの時もリュカについて行ったと思ったら、気づけば父と一緒にされてしまっていたような気がする。
「ま、いいや。船に比べりゃあ空は短いけども、それでもけっこう暇だし……。あ、フィリア、最近、魔法大学どうよ?」
「ディーが悪戯する度に呼び出される……」
「元気があっていいな」
「あれは調子に乗ってる。ちょっと人と違う発想ができるからって、それで得意になって見せつけたいお年頃。昔っからディーはそうだから。誰かが甘やかしすぎるせいで」
「それ、俺?」
「そう」
「……年々、エノラみたいなことを言うようになってるよな」
「気のせい」
「そうかなぁ……? まあでもフィリアはかわいいから許す」
そうやってすぐデレデレするから何かヤなのに。
「ところで何でディオニスメリア?」
「ん、ああ……。ま、視察というか、そういう名目での息抜きっていうか、だな。半年くらい前にロジオンって来ただろ?」
「会ってない」
「そうだっけか?」
「ディーの悪戯の後始末の手伝いさせられてた。クラウスがその時に捕まらなかったから……」
「ああー、そうか。ま、そのロジオンにちょっくら会うってだけ。ついでにオルトにもな。あとジェニスーザ・ポートのマレドミナ商会に立ち寄ったり……」
「何で?」
「ロジオンは単に俺が会っておきたいってだけ。で、オルトにはちゃんと手紙受け取ったってことと、渡りもつけておくって報告だな。オルトがマレドミナ商会のやつを紹介してくれって頼んできたもんだから、ジェニスーザ・ポートにその話をつけとくってこと。そうだ、ついでに温泉とか行くか?」
「行かない……」
どうせ行くなら尻尾がもじゃもじゃのところがいい。ダイアンシア・ポートだったら見直してたのに。
ものすごく、焼けてる村があった。
父も同じように唖然としたまま、レストで上空から旋回して様子を見ている。
「おいおい、マジか、こりゃ……? 荒れてるとは聞いてたけど、ここまでかよ」
「見たところ、あの建物だけ立派だし領主邸だったりする?」
「多分な。……でもってあんまりにもどよめいてる連中を見る限り、暴動とかじゃあねえんだろう。それにここは領主に見捨てられてても、ロジオンがいたから寄る辺はあった。だから誰かが何らかの目的を持って、わざと領主邸を燃やしたってとこだろうな……」
「ここに住む人間へ濡れ衣を着せたかったか、騎士としての力不足を指摘して左遷騎士を完全排除しようとしてるか?」
「賢いな、さすがフィリア」
これくらいすぐ思いつくと思うのに。
「で、どうするの?」
「ロジオン探すか。巻き込まれてる真っ最中だろ、多分」
「首突っ込んでいいの?」
「いい、いい。俺、実は国を一歩でも出たら単なるマレドミナ商会のしがない一商人だから」
「へえー」
でもそれはきっと、単なる口実でしかないと思う。
焼けている屋敷から離れた森の中へ父はレストを降ろしていった。魔影による感知らしいが、けっこうな距離に展開しないといけない移動距離のはずだった。下手したらエンセーラムの四島くらい覆えてしまうのかも知れない。穴空きがゆえに磨かれた魔技にしても、さすがにこれは経験値のなせるものだと思うしかない。
「中に反応は20弱ってとこか……。フィリア、これ持てるか?」
レストにくくりつけられていた細長い包みを父が差し出す。布をほどくと真っ黒い棒。槍というほど長くはないし、穂先はあるのに柄はない。途中で溶かされたように棒は終わってしまっている。
「重けりゃあ魔鎧使え」
「分かった」
念のために魔鎧を使ってから棒を受け取る。それでも、ずしりと重い。何だこれ。
「グラビマイトっつー材質でできてる槍でな。重くて、硬くて、弾性もあるからかなり頑丈だ。まあ、溶かされたんだけど。フィリア、溶かせるか?」
「多分できる」
「……マジか」
「一発はできないけど」
「とりあえず護身に持ってろ。突入だ。怖かったら後ろに隠れててい――」
言い切らせる前に率先して、森の中にあった古い屋敷へ踏み込むことにした。そう長いものでもないし、ただ振り回すだけなら問題なく叩きのめせそう。でも魔鎧を使ってなきゃいけないっていうのは面倒だ。これを素の身体能力で振り回せるなら、なかなか怪力だろう。
「二階か――って、あん?」
玄関から入って二階の一室に目を向けた父がひょんな声を上げると、そこがいきなり爆発でもしたように炎と衝撃を発した。父が腕を振り上げるようにすると振ってきた瓦礫や破片が目に見えないものに弾かれるように避けていく。
「今のも魔技?」
「そう。魔鉤っていうのの応用でな。魔手に込める魔力を大きく膨らませておいて、それで防ぐってイメージだな」
「へー」
よっぽど魔技の方が魔法っぽいように思える、このごろ。
「って、それどこじゃねえ、動きがあった。屋敷の裏だ、急ぐぞ」
「分かってる」
入ったばかりの玄関をまた出て屋敷の裏手へと回ると剣檄が聞こえてきた。剣を切り結んでいたのは子どもと大人。さっと目を上へ向ければ窓の近くに戦い合っている人影も見られる。
「手助けいるか!?」
「え、王様――? いらない!」
「てことらしいからフィリア、援護だ」
窓からさらに2つの人影が降ってきて父が素手で構えた。
騎士だったが明らかな敵対姿勢を見せ、剣を振り上げてきたので応戦する。槍で受け、ファイアボールをぶつけようとしたがアクアサーキュラーで火球を切り裂かれる。これが魔法戦――さすがディオニスメリアの騎士。でもそう強そうじゃない。
「はあっ!」
「ほっ!」
槍で受け、弾き返してから槍を回転させて突き込む。横から叩いて軌道を変えようとしていたが、魔鎧を使わないと扱えないこの黒槍はそう簡単に弾けない。相手の左足を刺し貫き、そのままさらに踏み込んで鳩尾に拳を突き込んでおいた。詰まった息を吐いた騎士の顔面を槍の竿部分で思い切り叩きつけると地面を転がって痙攣する。死んじゃいない。オールオッケー。
父を見れば素手で丁度、相手を引き裂いていた。
一体、何をしているのかも分からない。あれも魔技か。
「一丁上がり――ん?」
「増援?」
「や、違う。ロジオン、こりゃどういう状況だ?」
「レオン? それに、フィリア……?」
「お前に会いに来たら建物が絶賛炎上中で、それっぽい気配でこっち来てみたらこんな戦場……」
「レオと一緒にちょっと行動を起こし始めたら、早々に出る釘を打っておこうって派閥に目をつけられてね。あとは察してもらえると助かるよ」
戦っている方の子どもがレオというらしい。
相手の騎士は大きな盾と剣を持っている。それに鎧だ。何度か剣と盾を潜り抜けて攻撃を浴びせているが鎧を突破できずに苦戦しているらしい。あんなの力押しでやれば破れると思うけど、その術がないのかも知れない。
「んで、ロージャ? あれ、レオはどうにかできんのか?」
「さあね。まだまだ実力は足りない。あの程度もどうにもできないんじゃあその程度だよ」
「ドライだなあ……」
「厳しめの方針を取っててね」
のんびり観戦モードになってしまってる。
危なくなればすぐ介入してどうとでもしてしまえるって自信があるからこそ――かな。
レオという子が相手に激しく攻め立てられて剣を取りこぼしそうになった。篭手のついた右拳がレオの頬を捉えて殴りつけたが、その腕へ組みついていた。そうしながら体重を利用して相手を投げ飛ばし、両手でヘルムを挟む。
「蒸し焼きだぁっ!」
「うお、豪快……」
「はああ……。全然、洗練されてない……」
ロジオンとかいうおじさんの落胆が理解できる。確かに金属は熱を伝えたいし、ヘルムを挟んで炎を発生させれば中の頭は無事では済まない。でも熱伝導で焼くなんて魔法士としてはスマートさの欠片もないやり方だ。が、効果は覿面ですぐに騎士は暴れてヘルムを脱ぎ捨てる。露わになった髭面の騎士にレオが迫り、剣を真横に振り切った。火傷で赤くなっている顔を守るように騎士は剣を立てて受けようとしたが、そこは力押しで弾かれてしまって、さらに騎士の足元がディープマッドで絡め取られる。
「これほどで終わりは、せん!」
「知ってるよ!」
もう、詰んでいた。
稚拙さはあるし、応用力というものの幅が狭く感じられるけれど――レオは魔法を白兵戦の中によく組み込める技を持っている。その1つなのかは分からないけれど、騎士の頭上に拳大の岩が形成され、それが激しく回転していた。
「落ちろ!」
ヘルムを外したのは、頭上からのこの魔法でトドメとするため。
乱回転する岩が落ちて炸裂し、騎士が倒れる。
「ふぅぅ……勝てた」
「これが騎士だ。レオ、きみはもっと魔法を覚えた方がいい。今夜から魔法の授業をさらに増やすよ」
「ええええ? 寝る時間なくなっちゃう……」
「寝食を削ることもできずに、きみは何を求めるのかな?」
「はい、がんばります……」
力関係が明白な会話だった。
「まあ、色々ありそうだけどどうにかなってそうだし、顔見たし、俺らはもう行くわ」
「もう行っちゃうの?」
「おう。立派になったらまた会おうな」
「ぶー」
むくれたレオに父は笑ってから、音の鳴らない笛を吹いた。
すぐにレストが飛んできて鞍へ跨ると夜空に再び飛び上がる。
「あんな短くて良かったの?」
「ああ。顔見るだけのつもりだったしな。レオって、あの子がディオニスメリアの将来を変えてくれることを願うだけだ」
「ふうん……。ところで、黒い槍」
「ん、おう」
「重さ以外、気に入った」
「じゃあやるよ。でも、あのままじゃあ使いづらいんだよなあ……。1回だけシオンに頼んで、あの槍――ニゲルコルヌって言うんだけど作ったやつを探してもらったんだ。でもその鍛冶師が見つからなくって、直せないまま10年以上。どうしたもんかと思ってさ」
「魔法で溶かされたの?」
「そうだな」
「だったらまた溶かして形成すればいい」
「……それ、できる?」
「できる」
「やだもう、俺の娘、天才……」
「クォォッ!」
そうやってすぐ、うっすら軽い感じに感激するからヤだ。