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『武神英雄物語』とその『実際』  作者: 西の雷鳥
第一章 日常の終焉ーその序曲
9/23

7 碌でもない神々と少年少女

 椅子でソラが目を覚ますと現実世界はやはり深夜を回っていた。

 時計を見ると、深夜3時。

 勿論院内は静かだ。

 起きているのはソラだけだろう。


 ソラは立ち上がり、眠っている幼馴染みに近づく。

 数時間前に見たのと変わらず、辛そうな表情だ。

 頭に乗せた氷嚢はすっかり溶けてしまっていた。


(エレナ……助けてやるからな。あまり気は進まないけど)


 武神の話を聞いた次第では、またもや厄介な事が待っておりそうだったのでモチベーションは下がっていたがやるしかない。


 ソラは氷嚢をどけ、エレナの頭に手を乗せる。

 熱い。

 高い体温が伝わってくる。


(こんなに熱いのか……さぞ辛いだろう)


 彼女の辛さをその手に感じながら、ソラの意識は闇に溶けていった。



-------------------



「ここは?」

「お主風の言い方をすれば、小娘の夢の中の世界じゃ」


 そこはいつも見る、ソラの夢の中にそっくりの、何も無い場所だった。

 いや、空の色は全く違う。

 空は夕焼けのように真っ赤。

 太陽もないのになんでこんな色なんだろう、とソラはどうでもいい事を考える。


「ほれ、あそこじゃ」

「エレナ!」


 武神が指差した先にいたのはエレナだった。

 その姿を見た瞬間、ソラは彼女の名前を呼び、駆け出していた。


「ん……って、ソラ!?ソラがなんで私の夢の中に!?」


 エレナもソラを見つけ、驚いた様子を見せる。

 何故ここに彼がいるか見当もつかないようだ。


 その間にもソラはエレナの側に辿り着き、彼女の全身を観察する。

 服装は現実世界のままだが、きちんと自分の足でしっかりと立っておりいつも通りに見える。

 ソラは胸を撫で下ろした。


「心配してたんだぞ!急に倒れるから!」

「え、心配って?」

「さっきも言ったでしょう。彼は現実世界で倒れた貴女を心配してこんな所まで来たんですよ」


 急に聞き慣れない男の声がしてソラはビクッとしてしまった。

 声のした方を見てみると、そこには長身の男が立っていた。

 服装はゆったりとした紺色のローブ。

 ソラの前世の知識に照らし合わせると、それは魔法使いっぽかった。


「そんなに警戒しないで下さい。私は怪しい者ではありません」

「いや……怪しい」


 顔は俗にイケメンと呼べるくらいには整っている。

 髪はサラサラとした銀髪で、腰まで届こうかという長さだ。

 だが服装が不審者っぽい。

 ソラはそう考えていた。


 それを言い始めれば、武神の方は痴女のような格好をしているのだが、その姿に慣れきってしまったソラは違和感を感じていなかった。


「ソラさん、はじめまして。私の事は『魔神』とお呼び下さい」


 『魔神』と聞いて少し身構えたソラ。

 しかし『魔神』と名乗ったその男は腰を曲げてお辞儀をする。

 その物腰の柔らかさに逆に戸惑ってしまい、


「こ、こちらこそよろしくお願いします……」


 同様にお辞儀を仕返した。

 しかし、それを見て面白くなさそうな顔をしている人間が1人いた。


「おや、野蛮な気配がすると思ったらやはり貴女ですか『武神』」

「ハッ!相変わらずヒョロいのぅ『魔神』よ。もっと飯食え」


 魔神はソラに対する時とは全く別人のように武神を睨みつける。

 対する武神も腕を組み、不愉快そうな顔をする。

 この様子からも、この2人、以前に面識があり、仲が良くないという事がソラにも伺い知ることが出来た。

 しかし、場の空気を読まない人間が1人いた。


「んー?そこのお姉さん、マー君の友達?」

「ちょっ!?エレナさん!?私の事は『魔神』と……」

「呼び難いし、あだ名つけるんなら『マー君』でいいじゃん」

「そのあだ名はちょっと……」

「マー君……ほう……マー君……」


 顔色が悪くなっていく魔神に対して、ニヤニヤとした笑みを浮かべる武神。


「友人ではないが、妾達は腐れ縁のようなもんじゃ。のう、マー君?」

「武神……貴女……」

「いやぁー。かつて『激烈の魔神』と呼ばれたお主が、今は小娘に『マー君』と呼ばれておるとはなぁ。時の流れとは分からんものじゃなぁ」


 魔神は顔を引き攣らせ、拳をプルプルと震わせている。

 その様子を見て武神は楽しんでいるのか、煽る言動を止める様子は無い。


 ソラはやれやれと肩をすくめる。


「お姉さんは?」

「妾かの?妾は『武神』という。そこにおるソラの中に住まわせてもらっておる」

「ブシ……『ブーさん』だね!」

「は!?『ブーさん』!?」

「『ブーちゃん』の方がいい?」

「くくく……良いじゃないですか。ねえ『ブーさん』?『無双の武神』と呼ばれた貴女にはピッタリの愛称だと思いますよ」


 先程までのお返しだと言わんばかりの魔神の反撃に、武神は顔を真っ赤にする。


「お主、叩き斬るぞ!」

「貴女こそ、吹き飛ばされたいんですか?」


 最終的に2人はガンを飛ばし合い、火花を散らせていた。

 ソラにとって、呆れて物も言えないとはこの事だった。

 原因の1つとなったエレナはどうして2人が睨み合っているのか分からないようで首を傾げている。


 ソラは本題に入る事とした。


「武神、僕達が来た理由を忘れてるよね」

「忘れてなどおらんぞ。魔を極めたなどと大層な事を言っておきながら宿主の魔力暴走を止められなかった無能な魔法使いを嘲笑いに来たんじゃろ」

「貴女、そのために来たんですか……!」


 魔神がギリリと奥歯を噛み締める。

 武神は畳み掛けるように続ける。


「後継者が欲しいといつも言っておったが、やはりお主に人を導くのは無理なようじゃの。お主は1人で山にでも篭って陰気に魔法を研究するのがお似合いじゃ」

「……くっ!私だって、エレナさんの魔力暴走の件については把握しています。私はエレナさんが小さい頃から魔法の訓練をさせようとしてきました。しかし当の本人のエレナさんが!」

「私、魔法とか興味無いし、難しそう」


 話はこうだ。

 魔神を生まれながらにその身に宿していたエレナは同時に膨大な魔力を秘めていた。

 しかし制御の出来ない膨大な魔力は諸刃の剣となる。

 魔神は昔から魔法の訓練を施そうとしてきたらしいのだが、エレナ自身がそれを拒んでいたらしい。


「私、魔法なんかより体を動かす方が好きだし」

「ほう小娘。お主、見込みがあるの。妾の武神流を伝授してやってもよいぞ」

「エレナさん、身体だけ鍛えても、ここにいる武神のように脳まで筋肉になってしまいますよ」

「お主……!」

「何か?」

「2人とも止めろよ」


 ソラは頭を抱えてそう言った。

 この2人に喋らせると話が全く進まないのである。


「僕は半ば強引に修行をされたんだけど、魔神はそうしなかったの?」

「野蛮な彼女とは違い、私は紳士ですので無理に教える事はしていません」


 魔神もまた、武神同様故あって封印されていたようだ。

 封印が解け、気づくと何故かエレナの中にいたらしい。

 魔神は武神とは違い、自らの技を受け継いでくれる後継者を作りたい、と言った。

 しかし本人の意思もある程度尊重しなければならない。


「エレナさんが頑なに拒まれるので後回しにしておりましたが、遂に魔力暴走が起きてしまいましたか……」

「妾のように無理に教える事も必要なんじゃよ」

「僕がこんな状況になってるのは貴女のせいだからね、武神!?」


 でも解決法は分かっているのだ。

 エレナが魔力の制御を覚えれば良いだけの話だ。


「エレナ、魔力の制御だけでも覚えないとお前の身体が……」

「うーん……でも魔法なんてカッコ良く無いしつまんないし……」

「……さっきも話してたけど、エレナって武神に似たタイプだよね。いっそのこと魔神と武神を入れ替えれない?」

「無理に決まっておるじゃろう。お主は魔力が無いんじゃから」

「はぁ……知ってるよ」


 ソラはつい思った事を呟いてしまった。

 ソラにしてみれば、魔法の才能があるエレナが心底羨ましいのだ。

 魔神をソラ、武神をエレナに入れ替えたら丸く収まる気もしたのだが、適性というどうにもならない問題がある。


「しかし、確かに小娘は妾に似ておるのう」

「エレナさんが貴女などと似ている?馬鹿も休み休み言ってください。彼女は貴女と違い純粋ですし魔法の才能もあります。更にその慎ましい胸!貴女のような駄肉など存在しない無駄の無いスタイル!黄金プロポーションとはまさにこの事!貴女などとは比べ物になりません!」

「……」


 急に妙な事を力説し始めた魔神にソラはドン引きしていた。

 『魔神』とかいう物々しい名前の割に、常識のあるきちんときした人物だと思っていた矢先のコレである。


「相変わらず気持ちの悪い奴じゃの。貧乳好きめ」

「貧乳?は?貴女が異常なんですよ?そんな弛んだブヨブヨの身体を恥ずかしげもなく大衆の面前に晒せますね。私なら死にます」

「ねぇ、ソラ。マー君が言っていることがよく分からないんだけど」

「気にしないでいいよ」


 これに関しては本当にどうでもいい事だとソラは思っていた。

 今はエレナをどうするかだ。


 魔神もエレナをずっと説得しているらしいのだが、彼女は決して首を縦には振らないらしい。

 無駄な頑固さだとはソラも思う。

 でもエレナは昔からそういう所があった。

 自分の信念は決して曲げないのだ。


「手はあるではないか?」

「方法があるの、武神?」

「魔神、お主も知ってるはずじゃが……?」

「ええ。しかし……あれは……」

「そんな事言ってる場合では無いと思うが?」


 武神には解決法が思い浮かんでおり、魔神も知ってる方法のようだ。

 だが魔神は歯切れが悪く、何か悩むように頭を抱えた。

 武神はそんな彼をニヤニヤと見ている。


「仕方ありません……エレナさん、見ていて下さい」


 何かを決断した様子の魔神。

 彼はローブを翻して3人から少し離れる。

 何をするつもりなのか、ソラ達は彼を見守る。


 魔神が指をぱちんと鳴らすと彼の目の前に巨大な岩が現れた。

 小さな山くらいもある岩が急に現れたのだが、ここにいる全員、それに驚いた様子は見せない。

 ここは夢の世界。

 これぐらいなら朝飯前なのだ。


「……ふぅ」


 魔神は息を吐き身体の緊張を解すと、左手を腰のあたりに構えてゆっくり引いた。


(まさか……)


 何をするのか楽しみに見ていたソラだが、その構えで魔神が何をするつもりなのか分かってしまう。


「行きます」


 魔神がそう言い、構えた手を岩に打ち付ける。

 いや、打ち付けるという表現は正しくないだろう。

 彼の手の動きは緩慢としており、打ち付けたというよりも、当てたや触れたくらいの方が正しい。


ピキッ……


 という音がした。

 そして次の瞬間、岩は粉々に砕け散っていた。

 しかもその破片の1つ1つがサイコロのような小さな立方体になっているのだ。

 その断面は素手で砕いたにしては不自然過ぎる。


「い、一体……?」

「ふむ。術だけは流石じゃの」

「エレナさん。あまり正道では無いのですが、魔力にはこういう使い道もあります。これを見ても魔力の制御を習う気が起きませんか?」


 魔神はエレナを振り向いてそう言う。

 当のエレナは目をキラキラさせて頬を上気させていた。

 その表情だけで返答は十分だった。

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