6 話が面倒になってきたぞ
ここはノルワの街にある医療院。
そのとある病室。
病室といっても、大きな部屋にいくつもベッドが並べられ、それぞれをカーテンで区切った程度のものである。
「夜か……」
その1区画でソラは窓の外を見てそう呟いた。
外はもう暗く、空には星が瞬いていた。
彼の目の前のベッドにはエレナが横たわっている。
エレナの顔は相変わらず苦しそうだ。
頭に乗せた氷嚢も1時間に一度は交換しなければならない程、熱が続いている。
「少年」
「……アーノルドさん」
カーテンを開けてアーノルドが顔を出す。
彼の後から医療院の職員のような人物が姿を見せた。
「あなたは彼女の友人ですか?」
「……はい」
友人には間違い無いので、職員の問いにソラはそう答えた。
「エレナはどうしちゃったんですか?」
「……分かりません」
「そんな!」
「院としても手を尽くしましたが、当院の職員でこの症状に心当たりがある者がおりませんでした。今はもうしばらく様子を見るしかありません」
「………そう、ですか」
「坊主、お前も休め。嬢ちゃんを街道からこの医療院まで運んできて、そこからつきっきりじゃねぇか」
「エレナが目を覚ますかもしれませんので……」
ソラはアーノルドの目を真っ直ぐ見てそう答える。
これはてこでも動かないとアーノルドは考えたのか、彼は簡単に折れた。
無理はしない事、エレナが目を覚ましたらすぐに知らせる事をソラに言い含め、アノールドと職員はその場所を後にした。
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「………眠ってしまったか」
「そのようじゃの」
気づくといつもの白い空間にいた。
先程までは確かにエレナの側にいたはずだ。
深夜を回った辺りから少し記憶が曖昧になっている。
ソラは椅子に座り優雅に茶を飲んでいる武神に視線を移す。
「寝てしまったのなら起きれば良いか。武神」
「まぁ待て」
「……言っておくけど、今日だけは貴女の指導を受けている場合ではないんだよ」
「分かっておる。まぁこの場で少しくらい話をしても現実ではそう時間は経たぬ。それに、小娘の状態に関して心当たりがあると言ったらお主も聞かざるをえまい?」
「ほ、本当!?」
「まぁ座れ」
武神がテーブルを挟んで自分の正面の椅子を指し、ソラもそれに従う。
武神はゴクリと茶を飲み干すとカップをテーブルに置く。
「先日の森での一件といい、お主も随分とあれに入れ込んでおるの。惚れたか?」
「今、関係あります?」
「少しくらいよかろう?恋愛話はいつの時代も女子の大好物じゃて」
武神をソラは目を細めて睨む。
その反応を見てクックックと悪戯気に笑う武神。
「……別に。せっかく森で助けたのに、ここでエレナに何かあったら何のためにあんな事をしたか分からないじゃないか」
「まぁそういう事にしておくかの。で、小娘の状態についてじゃ」
やっと本題が聞けるというので、思わずソラも前傾姿勢になる。
そんな彼の様子を見て、武神もフフンと面白そうに笑う。
「安心せよ。妾が見る限り只の魔力暴走じゃ」
「魔力暴走?」
聞きなれない単語にソラは首を傾げる。
彼が元いた世界には魔法は存在しなかったが、この世界には魔法と呼ばれる現象が存在する事は知っている。
村にも数人、魔法で火を起こせる者がいた。
しかし魔法と言っても小さな火種程度。
流石に強い魔法を使える者はソン村のような田舎にはいない。
「内なる魔力が身体を蝕んでしまう病気のようなものじゃな」
「ちょっと待って、分からない事がいくつかある。院の人は原因が分からないって言ってた。メジャーな症状じゃないの?」
「普通魔力暴走をする程の魔力を持っている者はその魔力の制御の術も持っておるからの」
魔力暴走は一般的に知られている病状ではない。
一般人で魔力を多く持っている人自体が少ないし、魔力が多い人は小さい頃からその才能を見出され、魔力制御の修行をするので魔力暴走を起こさない。
魔力が多く、魔力制御が未熟な者しか発症しないのだ。
「エレナって魔力多いの?」
「うむ。相当な量じゃぞ」
「僕の何倍くらい?」
「面白い冗談じゃな。ゼロには何をかけてもゼロじゃ」
「は?」
「さしずめ、村から出て精神的興奮を覚え、魔力が暴走してしまっ……」
「待って!ストップ!」
「……なんじゃ」
せっかく人が分かりやすく説明しているというのにそれを遮るソラに武神はムッとした表情を見せる。
だがソラには確認したい事があった。
「僕って魔力無いの?」
「無いぞ」
「少しくらいは……」
「無いものは無い。全くのゼロ。すっからかんじゃ」
「成長の伸びしろとか……」
「そもそもお主は魔力の存在しない違う世界から来たんじゃから、魔力がある訳無かろう。伸びしろなど言わずもがなじゃ」
「マジかよ!?」
ソラは思わずテーブルに突っ伏してしまう。
なんやかんやでソラも少年だ。
魔法には憧れもあった。
呪文を教えてもらっても全く何も起こらなかったが、成長すればちょっとした魔法なら使えるものと信じていた。
いや、思い込もうとしていた。
その望みが完全に断ち切られたのだ。
「魔法使いたいー」
「魔法なぞ必要無いじゃろう。お主には妾がおり、武術がある。かくいう妾も魔力は全く無い。安心せよ」
「安心出来るとこないよね……」
胸を張って自分にも魔力は無いと自慢気に言う武神に呆れるソラ。
少しショックが大きいが、今はそんな場合ではない。
「まぁ大体話は分かった。エレナは魔力が多くて、初めての旅にはしゃいでたら魔力が暴走してしまった、っていう事だね?」
「そうじゃ」
「エレナって格闘とか大好きだから、魔力が多いってのは意外だな。魔法使った所見たこと無いし」
「まぁ言ってはなんだが、アレは妾と似たような人種じゃからな」
(武術馬鹿か……)
そんな言葉を飲み込み、ソラは1番重要な事を聞くことにする。
「はぁ……で、それを治すにはどうすれば?」
「妾が手を貸してやろう」
「いいの?てか出来るの?」
「まぁ妾の見立てでは恐らく大丈夫じゃろう。小娘の中にはアレがおるじゃろうし」
「……アレ?」
ソラは何故か嫌な予感がしてしまう。
「妾の勘なんじゃがな……」
武神は内緒話でもするようにソラに顔を近づけ声のトーンを落とす。
周囲には他に人がいないので意味のないアクションではあるのだが。
「小娘の中には、妾と似たような『神』と呼ばれる存在がおるぞ」
「……急に面倒になってきた」