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『武神英雄物語』とその『実際』  作者: 西の雷鳥
第一章 日常の終焉ーその序曲
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5 エレナの異常

「てぇーい!!」


 エレナが掛け声をあげて素手でスライムに殴りかかる。


「きゅー」


 そのような音を立ててスライムの体が萎む。

 半液体の体が動かなくなる。

 絶命したのだ。


「スライム獲ったりー!」

「ちょっ!?エレナ、そんなもん振り回さないでくれ!捨ててきなさい!」


 死んだスライムの死体をブンブンと頭の上で振り回すエレナ。

 スライムの体液が周囲に撒き散らされ、それを避けようとソラは身を翻す。


「はっはっは!嬢ちゃんは元気だな!素手でスライムを殴り倒しちまうだなんて!」

「いつもこうやって倒してますよ?」

「村ではエレナだけですよ」


 ソラはアーノルドにそう答えながら、その隙に近くまで這い寄って来ていたスライムを剣で一刀両断にする。

 武神でなくてもこれぐらいは一般人にでも出来る。


「エレナは昔からそうやってスライムを素手で倒しては、死んだスライムの体を集めて遊ぶんですよ」

「随分とワイルドな嬢ちゃんだなぁ」

「ぷにぷにして面白いですよ?」


(まるで粘土で遊ぶ子供みたいだな。これで本当に15歳か?)


 スライムの死体をにゅーんと伸ばす、精神的に幼い幼馴染みに不安を覚えるソラ。


 今彼らがいるのは村から東に行った街道。

 この街道は大都市ノルワに通じている。


 ここでこの周辺の地理を確認しておこう。

 ソラ達が住むのはアイズ王国。

 大陸の約東半分を領する巨大王国である。


 アイズ王国は4つの地方に分けられる。

 北部地方、西部地方、南部地方、そして今彼らがいる中部地方だ。

 東部地方が無いのは王都の地理のせいだ。

 王都アイズは大陸東海岸近くにある。

 王都がある地方が中部地方と呼ばれるのは当然であり、そこから東が無いのだから東部地方が無い。


 ソラ達の村、正式名称をソン村というのだが、ソン村があるのは中部地方の北西部。

 平地に位置しているが、周囲には森が多く、王都からの交通の便は悪い。

 さらにソン村には、見て面白い観光資源や美味しい地元料理も特に無く、交通の要所でもないので必然的に村を訪れる人は少ない。

 ソラが住んでいた5年間でも、徴税官を除いては数える程しか来訪者がいなかった。


 ソン村から大都市ノルワに伸びる街道は使用者が少ないせいで荒れており、道中には魔物も出る。


(魔物といってもスライムぐらいしか出ないんだし、兵士の皆さんに任せとけばいいのに)


 ソラは必要以上に戦闘に参加せず、地味に立ち回る事に徹していた。

 何度かアーノルドをはじめとした兵士に剣術を見せて欲しいと言われるのだが、その度に「この前お見せしたのはまぐれですよ」とはぐらかしてきた。


 それ程までに目立つのが嫌なのだ。


「もうすぐノルワに着く。そこからは王都に通じる大きな街道だから魔物はほとんど出ないぞ」


 ノルワは中部地方でも有数の大都市だ。

 王都の西に位置するこの都市は、西部や南部への交易の中間地点として発展した商業の街だ。


(あまり村から出たくなかったけど、出てしまった以上は楽しまないと損だな)


 ソラは、この世界に来て初めての街に少しワクワクしていた。

 彼はこれまでソン村しか知らなかったのだ。


「えぇ~。つまんない」


 一方、同様にソン村から一歩も出ていなかったはずのエレナは不満気だ。

 魔物と戦いたくて仕方ないらしい。

 エレナは持っていたスライムの死体を放り投げ、シュッシュッとシャドーボクシングする。


 ソラはそんな幼馴染みに呆れてしまう。


「お前なぁ。そんな事言って、後で『疲れた~』とか言っても僕は知らないぞ?」

「私は体力だけなら農作業ばっかしてたソラよりも絶対あるよ」

「は?お前農作業舐めんなよ?」


 ソラは村の同年代の少年の中では比較的筋肉がある方だ。

 農作業の手伝いをサボらずにしてきた結果だった。


「まぁ元気があっていいじゃないか」

「アーノルドさん……」

「あともう少し、頑張ろうぜ」


 そう言ってアーノルドが先頭に立ち歩き始める。

 ソラもエレナに背を向けその後を追おうとした時……


ドサッ!


 背後から何かが倒れる音がした。


「エレナ……?エレナ!」


 振り返ってみると、エレナが倒れていた。

 ソラはすぐに駆け寄る。


「はぁ……はぁ……」

「熱っ!?身体全体が熱い!?」


 エレナの身体はそれ自体が熱を発しているかのように熱かった。

 エレナの表情も苦しそうだ。


「わ……私は……大丈夫……だから」

「大丈夫なわけないだろ!何で黙ってたんだよ!」

「きゅ……急に……力が……抜け……」

「エレナ!?おい!おい!」


 エレナは目を閉じて動かなくなってしまった。

 気を失ってしまったのだ。

 何事かと兵士達が2人に駆け寄る。


「坊主!どうした!?」

「エレナが!」

「ん……こりゃすげぇ熱だ!早くノルワに運ぶぞ!」

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