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『武神英雄物語』とその『実際』  作者: 西の雷鳥
第一章 日常の終焉ーその序曲
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4 悪い夢だな……

 見渡す限り何も無い空間。

 四方どこを見回しても遠くに地平線が広がるのみ。

 あてもなく歩き出したら迷う事請け合いのこの空間にいるのは2人の男女。


「ほれ」

「ぐっ……ちょっ……!?」


 片方はどこにでもいそうな少年。

 真っ黒い髪が地味な印象を更に際立たせる。


 そしてもう1人は美貌の女性。

 はち切れんばかりの胸が露出度の高い衣服に押し込まれ、動く度にその存在を主張している。


 世の男なら誰でも、特にその身体の一部に見入ってしまいそうだが、少年にそんな暇は無かった。

 少年が首を少し捻ると、元々首があった場所を真剣が通り抜けたのだ。

 色にかまけていたら首と胴体が離れていた事だろう。


「ガチ過ぎ……でしょ!」

「妾はいつでもガチじゃ。大ガチじゃ」


 少年も手に持った剣を振るうが、女性は赤子の手を捻るようにそれを受け流す。

 少年は攻撃の手を緩めずに突きを放とうと構える。

 剣で突きを受ける構えを見せる女性。


「もらった!」

「……ぬお?」


 しかしそれは少年のフェイントだった。

 少年は一瞬で突きから斬り上げの構えに移行し、そのまま剣を振り抜いた。

 剣は剥き出しの褐色の肌を襲う……かに見えた。


ガチィン!!


「なっ……!?」

「ふふ……中々やりおるな。しかし……」


 いつの間に剣を動かしたのか、少年の剣は弾かれた。

 そして女性が剣を高々と掲げる。


「やばっ……!」


 今からそれを妨害しようとしても間に合わない。

 精々が身を守るために剣を構えるのが精一杯だ。


「『武神斬』!!」


 女性が片手で大上段に振り上げた剣を真っ直ぐ振り下ろす。

 空気、いや、空間をも斬るような鋭い斬撃は少年の剣など易々と斬り裂き、少年の身体を肩から脇腹にかけて袈裟型に真っ二つにする。


「が……は……」


 崩れ落ちる意識。

 少年の目に最後に映ったのは、腰から下だけになった自分の身体だった。



--------------------



「いや、死ぬかと思った」

「クハハ。面白い事を言う。死ぬ訳なかろう。ここはお主の夢の中みたいなもんじゃぞ?」

「身体が真っ二つになる時の感覚がリアル過ぎるんだよ」


 少年、ソラは肩で息をしながら地面に身体を投げ出す。

 先程胴体を真っ二つにされたが、今は何事も無かったかのように繋がっている。


「いや〜それにしてもお主、上達したのう。妾も毎回『武神斬』を使わねばならなくなってしまったわ」


 その側にいた女性、武神は満足そうにそう言う。

 彼女もソラと手合わせをしていたはずなのだが、息の乱れは見受けられず、涼しい顔をしている。


「その『武神斬』とやらがチート過ぎていつも真っ二つにされるんだけどね。名前もダサいし」

「ぬ!ダサいとな!?取り消せー!武神流剣術の基本にして奥義であるぞ!」


 武神は子供のようにソラの頭をポカポカと叩く。

 先程、見事な剣捌きを見せていたのと同一人物とは思えないほど子供っぽいしぐさだ。


「ただ正しい姿勢で全力で剣を振り下ろす。単純が故に難しい。確かに基本にして奥義だ」

「ソラ、分かっておるではないか〜」

「名前は別だよ」

「む!許さん!もう一回叩き斬ってやろうか!」


 ソラの一言一句にコロコロと表情を変える武神。

 剣術では全く勝てないのでこうやって武神をからかってやるのだ。


 ソラは夢の中で、毎晩この武神と手合わせをしている。

 夢の中では怪我もしない。

 絶好の修行場と言える。


「夢の中だからこんなもんだと思ってたけど、現実世界でもかなり動けてビックリしたよ。僕ってあまり運動神経良くなかった気がするんだけど」

「この中での経験は現実世界にも還元される。それに妾の教え方が特段良いのじゃ。武神流は『万民武神』を謳う流派であり、妾に教えを受ければ誰でも強くなれる」

「前から思ってたけどそれって反則じゃない?貴女クラスの力を持った人を無限に育てれるじゃん」

「伝授は妾にしか出来んぞ。それが妾が『武神』と呼ばれた所以じゃ」


 この武神と名乗る女性はかつて『武神流』という流派を立ち上げた始祖である。

 彼女に教えを受けた者は特別な才能など無くても強くなれる……らしい。

 しかしソラ自身もその教えの効果を実感していた。

 ただ武神と真剣で手合わせをするだけなのだが、剣を合わせるごとに武神の動きが頭の中に入ってくるのだ。


「しかし妾も寄る年波には勝てなんだ。死した後、神に昇華したのじゃが、厄介な奴に目をつけられて封印されての。その封印を叩き斬っておる間に年月は過ぎ、妾を知る者はいなくなってしまったのじゃ」

「で、僕を依り代に流派を再興しようと?」

「いや正直流派なぞどうでも良い。アレは妾にしか伝授出来んしな。お主にも言った通り、ただ暇を持て余して世界を見て回りたいと思っただけじゃ」

「世界を見て回るねぇ……」

「そういえばお主、明日に旅立つと言っておったの」


 この夢から醒め、目を開ければソラの旅立ちの日だ。

 ソラはなんやかんやでこの村から旅立つ事になってしまっていた。


「やはり世界はお主ほどの力を持つ者を放ってはおかんの」

「ありがた迷惑だよ。こんなんなら夢の中での貴女の指南を受けなければ良かった」

「妾は無理矢理にでも受けさせるぞ?この中では時間は止まっておる。指南を受けるまで妾はゆるりと待つだけじゃ」


 武神と会った当初はソラもこの怪しい女性の剣術指南を受けるつもりは無かった。

 しかし、指南を受けないといつまで経っても目が覚めないのだ。

 この空間では本当に時間が止まっているらしい。


 また、この指南を受けるとその後快眠出来る事をソラは知っていた。

 次の日の農作業にも疲れを持ち越さずに済むので、ソラの方も有難く思ってた程だったのだ。

 それがこんな結果となるとは思ってはいなかったが。


「まぁ村の外に出るのであれば武術は必要であろう。未完成とはいえお主も『武神斬』を会得できた事じゃし、そのうち槍術、格闘術等も教える事にするかの」

「剣以外も教えれるの?」

「剣だけでは精々『剣神』であろう。妾は『武神』じゃ。武術ならば全て修めておる」

「僕としてはこれ以上強くならなくても……」

「永遠に妾とお喋りして過ごすのかの?」

「………はぁ」


 武神の悪戯っ子のような笑みに、ソラは溜息をつくしかなかった。



------------------



 そして次の日。


「ソラ!てめぇ!ウチの娘に何かあったらタダじゃおかねぇからな!」

「わ、分かりました!分かりましたから!」


 中年の男にソラは胸ぐらを掴まれブンブンと揺さぶられていた。

 彼はソラと共に旅に出る事になったエレナの父親だ。

 文字通り娘を目に入れても痛くないほど溺愛しており、幼馴染みでエレナとしょっちゅう遊ぶソラに、事あれば突っかかってくる。


「その返事はなんだ、その返事は!男なら……いでっ!?」

「すまないねぇソラ。まぁウチの亭主も娘が心配なんだよ」

「ははは……」


 そんな彼も妻、つまりエレナの母親には弱い。

 エレナの母親は拳骨で夫を黙らせるとソラに笑顔を向けてそう言う。

 ソラは苦笑いしか出来なかった。


「じゃあコイツもうるさいし、あたし達はここら辺にしとくかね。エレナ、元気にしてるんだよ!」

「うん!お母さんとお父さんも!」

「エ、エレナぁ~~父さんは、いつもお前を思っているからなぁ~~!!」


 妻に引きずられて連れて行かれるエレナの父親。

 これが娘とのしばらくの別れになるのだし、少し可哀想な気もするが、当事者であるエレナからは少しも悲壮感を感じない。


(このスルースキルはあの家庭で育ったからか……)


 ちなみにエレナの服装は今までの村娘のそれではなく、冒険者っぽい動きやすそうなシャツにパンツだ。


「ソラ、しっかりね!」

「また王都の話を聞かせに帰ってこいよ!」

「土産も!土産も頼む!」

「ははは……皆、ありがとうございます」


 ソラとエレナの見送りには村の半分程の人が集まっていた。

 皆、農作業で忙しいはずなのだが、よくこんなに集まったとソラは驚いていた。

 同時に、やっぱり旅に出るのを止めるなど言い出せない空気に頭を抱えていた。


「ソラ、これを」


 そんな時、父であるゼフがある物を渡してきた。

 それは一振りの剣だった。


「これは……?」


 明らかに農作業に必要な物ではないし、父がこんな物を持っている事を不思議に思うソラ。

 ゼフは少し照れたように笑うと、


「実は父さんは昔冒険者をしていてな。その時の剣なんだ」

「……へ?」


 初耳だった。

 ソラは気の抜けた声を出してしまう。


「いや、才能が無くてすぐに止めてこの村に帰ってきたんだが、冒険者時代に母さんと出会ってな。そのまま結婚したってわけだ」

「もう、父さんったら〜」


 知られざる父と母の馴れ初め。

 父と母はラブラブな雰囲気を醸し出すが、ソラの方は処理能力を超えて呆然としていた。


「生憎、父さんには才能が無かったが、お前にはある。だからこの剣を託そう」


 ソラは渡されるがまま、剣を受け取る。

 ゼフが冒険者時代に使っていたとの事だったが、それにしては綺麗で、手入れが行き届いた剣だった。


「父さんが母さんに出会えたのは旅をしたおかげだ。だからお前にも将来少しでもいいから旅に出てもらいたいと思っていたんだ。まぁお前にはエレナちゃんがいるが……」

「次帰ってくる時には孫の顔が見れるといいわね〜」


 両親から爆弾発言が飛び出すが、貰った剣を握りしめ、早々に思考を放棄していたソラには届かなかった。


「少年、別れは済んだか?そろそろ出発するぞ」


 ソラが我に帰ったのは同行するアーノルドがそう言った頃だった。

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