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『武神英雄物語』とその『実際』  作者: 西の雷鳥
第一章 日常の終焉ーその序曲
4/23

3 思い通りにいかない

 少年は一度死んだ。


 どうして死んだかは覚えていない。

 死んだ時以前の記憶がほとんど無いのだ。

 覚えているのは、強い哀しみ。

 そして自らに迫る電車のライト。


 気がつくと少年はボロ布をまとって森の中にいた。

 自分が生まれた世界と違う世界に来てしまった事は何となく理解していた。

 頭の中にある単語が思い浮かぶ。

 これが自分の名前に違い無いと思った。


「………ソラ」



-------------------



 ソラはその後森を彷徨い、とある村に辿り着く。

 ボロボロの少年が迷い込んできた事に村人達は大変驚いたが、記憶が無いと分かるととても気の毒に思った。

 そしてとある夫婦がソラを引き取る事になった。

 夫婦には長年子供が出来なかったので、ソラを大層可愛がった。

 ソラの方も、実の子では無い自分を大切に扱ってくれる夫婦に感謝し、実の親のように接した。


「そうさのう。自分の子供でもない者を子供のように可愛がる、そう出来る事ではないの」


 ソラが毎晩眠りにつくと、決まって同じ夢を見る。

 何も無い真っ白い空間で武神と名乗る女性と会うのだ。


「元はと言えば、僕が迷い込んで来たのは貴女の所為なんだろう?」

「妾のせいとはお言葉じゃの。死んで魂が消えようとしていたお主をすくい上げたのは妾じゃぞ」


 武神と名乗る女性によると、話はこうだ。

 自分は遠い昔に封印された武神。

 最近目覚めたので、世界に干渉したいが如何せん依り代が無い。

 そんな時、とある世界でソラが死んだ。

 武神と波長の合うソラの魂は依り代として最適だったのでこちらの世界に呼び寄せた。

 そういう事だった。


 俄かには信じられない話だが、自分が死んだ事を知っているソラにしてみれば、そう考えた方が自然ではある。

 だが1つ不可解な事があるとすれば……


「貴女は何が目的なんだ?」

「別に目的というほどの物は無い。ただ、世界を見て回って退屈を凌ぎたい、といったところじゃ。お主を介してな」

「………」

「冒険などどうじゃ?お主はまだ幼いが、5年もすれば旅に出れるじゃろう。世界を見回るのはきっと楽しいぞ」

「………それは無いな」

「……んむ?」

「僕は……静かに暮らしたい。それに、僕を引き取ってくれた父さんと母さんに恩を返さないといけない」

「こんな寂れた村で一生を過ごすと?」

「……ああ」


 少年に、異世界に来たから旅をしようなどという気持ちは無かった。

 ただ想いは1つ。

 静かに暮らしたい。

 どうして静かに暮らしたいのかは分からない。

 ただ、平凡に日常を過ごしたかった。


「………嫌じゃー!せっかくシャバに出たんじゃから旅がしたいのじゃー!!」

「………」


 子供のように駄々をこねる妙齢の女性をソラは冷めた目で見ていた。


 そしてソラがこの世界に来てから5年が経った時、事件は起きた。



-------------------



 『迷いの森』から帰ってきたソラはすぐに家に帰った。

 事件の報告等は兵士長のアーノルドさんに全て任せたのだ。

 ソラが帰ってきて最初にした事は服の洗濯だ。

 不在の両親が帰ってくるまでに返り血を落とさないといけない。

 心配させたくないからだ。


ガチャ


 そして洗濯も終わった頃、家の扉が開く音がした。

 父親か母親が帰ってきたのだろうか。

 何とか間に合ったな、と思いつつ、出迎えようと顔を出す。


「おかえ……り……」

「ソラ!聞いたぞ!お前大活躍だったんだってな!」

「少年、お邪魔するぞ」

「ソラ、やっほ~」


 そこにいたのは、ソラの父親、ゼフと兵士長のアーノルド、幼馴染みのエレナの3人だった。

 ソラは厄介なのが来たと天を仰いだ。



-------------------



「最初にアーノルドさんから話を聞いた時は何かの間違いかと思ったぞ。でも話を聞いてりゃ本当の事らしいじゃないか!」

「親父さん、俺が少年くらいの時は、スライム以外は1人じゃ倒せなかったんだ。間違いなくアンタの息子は天才だよ!」

「そうかぁ、ソラにそんな才能が……ずっと畑仕事ばかりさせてたから気づかなかったなぁ」


 ゼフとアーノルドは陽気にそんな事を喋りながら酒を飲む。

 ソラの母親であるローザも話を聞いてきたようで、帰ってくるなり「今日はお祝いねぇ」などと呑気な事を言っていた。


「おじさん、私もソラに助けてもらわなかったらどうなってた事か……」

「何でお前がここにいるんだ。エレナ……」

「そうかい!エレナちゃんに何も無くて良かったよ!」


 エレナも酒を飲みはしないが、一緒になっておつまみを食べながら、ソラがどんな様子でダガーウルフを倒したかを話し始める。

 ソラはこんな所からは一刻も早く逃げ出したかったが、ゼフが逃がしてはくれなかった。


「あれは無我夢中でですねぇ……まぐれですよ」

「無我夢中でもあんな動きが出来るのは才能があるって事だ!少年、胸を張れ!」


 アーノルドは少し顔を赤くしながらもそう言う。

 随分と酒が回っているように見える。


(こりゃ、何言っても無駄だな……)


「親父さん、少年の歳は?」

「ソラの歳ですか……それは……」

「15歳ですよ!隊長さん!」


 エレナがゼフに代わって答える。

 これは正確な数字ではない。

 ソラは自分の年齢を知らない、覚えていないのだ。

 ただ、この村に来た時からの幼馴染みであるエレナは「きっとソラは私と同い歳よ!」と、勝手にソラを15歳と決めてしまったのだ。

 まぁソラの見た目から、そう的外れな数字ではないのだが。


「15歳か……なぁ親父さん、言っちゃなんだが、少年にはこの村は……少し狭いように思える」

「いや、そんな事は……」

「俺もそう思ってました」

「と、父さん!?」


 妙な事を口走り始めた父親。

 このままでは話が変な方向に進んでしまいそうだと思ったソラは反論しようとしたが、ゼフはそんなソラの肩を持って目を見た。

 その目は酔っ払いの物ではない。

 真剣な父親の目だった。


「ソラ。記憶をなくしてこの村に迷い込んだお前を引き取った理由は、何も俺達夫婦に子供がいなかったからだけじゃないんだ。きっとこの子は辛い事をたくさん経験してきたんだ。記憶を無くしてしまう程に……そう思って、お前を何とか幸せにしてやりたいって思ったんだ」

「と、父さん……?」

「でも最近、このままでいいのか、とも思っていた。このまま村で過ごすのがソラにとって本当に幸せなのか、とな」

「いや、僕は幸せだから……」

「優しいソラはきっとそう言ってくれると思った。でも、俺達はソラに決めて欲しいんだ。自分の道を。将来を」


 ソラは引き攣った顔でいつになく真剣な父親の顔を見る。

 父親がそんなにも自分の事を思ってくれていたのは素直に嬉しい。

 だが、この話の流れはソラの望むところではなかった。

 寧ろ正反対だ。


「ソラ、世界は広い。辛い事もあるかもしれないが、楽しい事もたくさんある。一度世界を見てきて自分を見つめ直すんだ。それでしたい事が見つかったらそれで良いし、それでもこの村が良いというのならそれも構わない」

「いや、僕は村で……」

「分かったな、ソラ」

「………は、はい……」


 有無を言わさぬその口調にソラは了承せざるをえなかった。

 するとパチパチと拍手が聞こえた。

 音の鳴る方を見てみると、アーノルドが涙を流しながら手を叩いていた。


「何か訳ありのようだが、素晴らしい親子の絆だ。本音を言うと少年には王都警備隊に入ってもらいたいと思っていたが、話を聞いていて気が変わった。少年はギルドに登録して冒険者になるといい」


 ギルドというのは魔物の討伐など様々な仕事を紹介してくれる機関だ。

 世界中に支部があり、ギルド組員ならそこで仕事を受ける事が出来る。

 旅をしながら各地で金を稼げる者を冒険者と呼ぶ。


「本来ギルドに入るには色々面倒な手続きが必要なんだが、俺は王都のギルドに知り合いがいてな。そいつに口利きしてすぐにギルドに入れるようにしてやろう」

「おお!アーノルドさん、ありがとう!」

「他ならぬ少年の為なら全然構いませんよ親父さん!ただ、将来の進路の1つとして王都警備隊を覚えてくれていたらそれでいい!」


 ゼフとアーノルドは握手をして笑いあう。

 ソラは生気の抜けた顔で、もうどうにでとなれ、といった様子だった。


「隊長さん!私も!私も!」

「嬢ちゃんも冒険者になりたいのか?よし、この際だ!嬢ちゃんも頼んでやるよ!」

「やった!冒険者だー!!一緒に冒険出来るよ、ソラ!」


 エレナはこの世の絶頂かという喜びようだが、対照的にソラはこの世の終わりのような顔をしていた。

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