表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『武神英雄物語』とその『実際』  作者: 西の雷鳥
第一章 日常の終焉ーその序曲
2/23

2 ソラ

3話同時更新2話目

 さっきまで森の中にいたはずなのに、ソラは気づくと妙な空間にいた。

 だが彼は慌てない。

 ここは彼も知っている空間だ。


 見渡す限り、何もない、真っ白な空間。

 いや、何もないというのは正確では無かった。

 ソラの目の前に1人の女性が立っていた。


「また貴女か……武神」

「おう。また妾じゃ」


 辟易としたソラの対応に、その女性はヒラヒラと手を振って応える。


 その女性は頭の後ろで束ねた長い髪を手で弄んでいる。

 切れ長の目に端正な鼻、そしてそこから香る色香。

 世が世なら絶世の美女と称賛されただろう。

 体の方も真っ白な肌に豊満な体つき、それでいて引っ込むところは引っ込んでいる。

 踊り子のような露出度の高い服を着ており、ソラは毎回目のやり場に困ってしまう。

 歳はソラより歳上だろうか。

 少なくとも30歳を超えているようには見えない。


 彼女はソラの夢の中の住人とでも言おうか。

 ソラが眠ると決まってこの空間でこの女性と会うのだ。

 ソラが望むもうが望むまいが。


 彼女は自らを武神と名乗った。


「今日は寝てないのに出てくるんだな」

「白昼夢というやつかもしれんぞ」

「冗談はいい。用件を早く」

「いつになくイライラしておるのう。そんなにあの娘が心配か?」


 武神のからかうような言い方に、ソラは苛立ちを隠しきれない。

 武神をキッと睨む。


「おお恐いのぉ。まぁここはお主の世界。外の世界は時間は止まっておる」

「………本当?」

「妾が嘘をついた事があったかのう?」


 答えは否だ。

 武神に会って5年。

 彼女が嘘をついた事は無かった。

 嘘をつく理由もない。


 ソラは深呼吸をして気持ちを落ち着かせる事にした。


「ほれ、座るがよい。茶を出そう」


 武神が手をかざすと何も無い空間にテーブルと椅子が出現する。

 その上にはポットと茶菓子まである。


「……妙な世界だ」

「お主の世界じゃよ」

「貴女は居候ってわけだ」

「これは手厳しい」


 武神が椅子に座り、ソラも促されるままに正面に座る。

 武神は優雅に紅茶を飲むがソラはそんな気になれない。


「で?何で貴女出てきてるんだ?貴女が出てくるのは僕が寝ている時だけのはず」

「それはこっちが聞きたいのう」

「……は?」

「何でお主がここに来たのかとこちらが聞きたいぐらいじゃ」

「………」


(何かが起きているのかもしれない。それも……僕のこれからに重大な影響を及ぼす何か……)


 ソラは考え込む。

 それを興味深そうに武神は眺める。


「僕は貴女を疑ってた」

「ほう?何故じゃ?」

「貴女、いつも言ってるじゃないか。もっと暴れたいって」

「まぁの」

「僕はそれを否定し、普通の村人として過ごそうと努力した。それも水の泡だよ」

「そうかの?」


 武神が指を鳴らすと、すぐ側の空中に映像が映し出される。

 その映像は現実世界の映像。

 ダガーウルフがエレナに襲いかかろうとしていた、その瞬間の映像。


「例えば……ここでこの娘を見殺しにする。お主は不幸にも幼馴染みを亡くした村人として日常に戻れるのではないか?」

「………無理だ」

「理由を聞こうかの」

「エレナは既に僕の日常の一部だ。それに……」

「それに?」

「幼馴染みを死なせたくない」

「……お主、覚えておるのか?」

「……何の話?」

「……いや、いい」


 ソラの回答に、武神は苦笑しそう言う。

 ソラはそんな彼女を不思議そうに見る。


「ではする事は決まったの」

「……楽しそうだな」

「そりゃあそうじゃ。この日を待ってたんじゃからの」



------------------



「グギャ!?」


 目の前の、肉が柔らかそうな人間の娘を喰らおうと飛びかかったダガーウルフ。

 しかし、次の瞬間、強烈な痛みによってそれは阻害される。


「うわ…グロ……」


 そのグロテスクさに顔をしかめるソラの手によって。

 ソラはその手に持った木の棒をダガーウルフの目に突き刺していた。


(思ったより体はついてきてくれるな)


 高速で移動していたダガーウルフの目をピンポイント棒で突いて抉る。

 熟練の戦士でも簡単なことではない。

 しかしソラはやってのけた。

 それまで魔物と戦った事はおろか、喧嘩した事すらないソラがだ。


「グギャァァァ!」


 だが相手のダガーウルフも群れのリーダーを務める程の魔物だ。

 少し怯んだだけで、すぐに顔を振り、ソラをはねのける。

 そしてソラに強い殺意を向ける。


 ソラは黒っぽい血でグチャグチャに濡れたその棒を捨て、新しい棒を手に持つ。


「えーっと……」

「グォォォォ!!!」


 地を這うようにダガーウルフがソラに肉薄する。

 普通の村人なら、これだけで足が竦んでうごけなくなる。

 しかしソラは悠長にも物思いにふけっていた。



------------------



『今の見たか!?』

『見たけど……何が起きたの?』

『すごいじゃろ?』

『ああ。純粋にすごい。でも名前がな……』

『む!?かっこいいじゃろうが!!』



------------------



 ソラは大上段に木の棒を構える。

 ダガーウルフが目の前にまで迫っていた。


「ソラ!!」


 あまりの光景に、それまで放心していたエレナが悲痛な声を上げる。

 そしてダガーウルフの鋭い牙がソラの首筋に届……くことはなかった。


「『武神斬』」


 ソラの像がぶれ、次の瞬間にはダガーウルフの背後にいた。

 木の棒は振り下ろされている。


 一瞬の沈黙の後、ダガーウルフが地に伏した。

 頭から尻尾まで、綺麗に真っ二つになって。


「………」

「………」


 エレナは目の前で見た光景が信じられなかった。

 エレナはじっとソラを見るが、ソラは彼女を見る事が出来ない。

 ソラは強烈な血の匂いに、吐き気を堪えていたのだ。


 

「坊主………」


 アーノルドがソラを呼ぶ。

 やっと他のダガーウルフを片付け、駆けつけたようだ。

 しかし、そこにあったのは血塗れの木の棒を持ったソラと、不自然な程に真っ二つになったダガーウルフのリーダー。

 一見しただけでは状況の把握など不可能だが、アーノルドはその戦闘の一部始終を見ていた。


「……坊主、名前を聞いていいか?」

「……ソラだよ。ただの、ソラ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ