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『武神英雄物語』とその『実際』  作者: 西の雷鳥
第一章 日常の終焉ーその序曲
1/23

1 『普通』の少年

1作目の連載中ですが、2作目を投稿します。

1作目に集中したいので、こちらはあくまでも不定期更新です。

 晴れ渡った空。

 美味い空気。

 見渡す限りの農地。


「ソラ、昼ご飯にするよー」

「分かったよ、母さん」


 そこで農作業をする1人の少年。

 質素な木綿の服に麦わら帽子。

 どこからどう見てもどこにでもいる農家の息子だ。


 そこに母親然とした女性が近寄り、ご飯だと少年を呼ぶ。

 少年はそれまでしていた畑仕事を止めて女性の方に近づく。


「ソラ、早く来い。腹減ったんだ」


 そこには少年を呼んだ母親と、父親らしき男性もいた。


 昼食の準備は整っていたらしく、少年が来るとすぐに昼食となった。

 食事はパンに野菜やちょっとした肉、卵を挟んだだけの、お世辞にも豪華と言えるものではなかった。

 だが空腹だった父と子はすぐに全て平らげてしまった。


「進捗はどう?」

「ソラが手伝ってくれるからな。前よりかなり余裕を持てているぞ」

「力になれて嬉しいよ」


 親子は、畑仕事の状況を聞いたり、面白い形の雲を見たとか、村の〇〇さんが何をしたとか、そんなとりとめのない事を話した。

 どこからどう見てもどこにでもいる農家の一風景である。

 素朴であるが、3人の顔には笑顔が浮かんでいた。


 そんな一家団欒に近づく1つの影があった。


「ソラーーーー!!」

「ん?」

「お、エレナちゃんじゃないか。どうしたんだい?」


 母親が近づく少女に気づき、そう声をかけた。


 少女は少年と同じくらいの年で、綺麗な赤い髪が特徴的だ。

 こんがりと健康的に焼けた褐色の肌。

 村娘らしく化粧っ気のない顔だが、それでも顔立ちの端正さを匂わせていた。

 スカートなのにも関わらず、ズガガと慌てた様子で走ってきていた。


「おじさん、おばさん、こんにちは!」


 少女は親子の前に来るとまず挨拶をする。

 急いでいるようだったが、それでも挨拶を忘れない彼女の性格が垣間見える。


「どうしたんだ、エレナ?」

「そうだ!聞いてよ、ソラ!実は王都から兵隊さんが来てるの!」


 幼馴染に声をかけると、エレナと呼ばれた少女は思い出したようにそう言う。


 兵隊が?

 王都から?

 少年は不審げに眉をひそめる。


「何か尋常じゃないからソラを呼びに来た!」

「何で僕を……」

「少し気になるな。昼休みだし、行ってみようソラ」

「……えー」


 父親に言われて嫌な顔を浮かべる少年。

 彼は内心、面倒事になりそうだ、と感じていた。

 実際その通り、彼が面倒事に巻き込まれてしまうのだが、彼はそれを予感という形でしか知らない。



-------------------



 少年……ソラと父親、そして幼馴染のエレナが村に着くとそこには大勢の男が集まっていた。

 ソラが見た限り、村のほとんどの男が集まっているようだ。

 それも仕方ない。

 この村はお世辞にも都会ではない。

 何もない田舎の村に王都から来訪者があるなど、例え来訪者がただの兵隊でも注目になってしまうのだ。


「どうしたんですか、村長?」


 父親が村長を見つけ、話を聞こうとする。


「ゼフか。実は王都から犯罪者がこの辺りに逃げ込んだようでな……」


 80歳は超えているであろう、この村の村長は歳の割に元気で有名だ。

 息子や孫の畑仕事を頼まれてもいないのに手伝い、止められるというのが日課ともいえた。

 それは今は関係のない話。


 村長が父親にそう言うと、元々村長と話していた人物が説明を引き継ぐ。


「私は王都警備隊の小隊長のアーノルドと申します。この村の近くの『迷いの森』にタチの悪い犯罪者が逃げ込んだのですが、何分地理に疎い我ら……どうか村の方にご助力いただけないかと思い、村長さんに相談をしていました」


 アーノルドと名乗る小隊長は、身長が高く、身体も分厚い、いかにも兵士といった男であった。

 髪は短く刈り上げられ、精悍な顔立ちからは誠実そうな印象を受ける。

 後ろに何人か他の兵士らしき人物もいるのだが、彼らよりもほんの少し良い鎧と剣を所持していた。


「森……ですか。それはマズイですね」

「そうなんじゃ。そこが問題でな……」


 村長は考えこむような仕草を見せる。

 久々に来た王都からの来訪者を無下に扱うつもりは無かった。

 しかし、問題が1つあったのだ。


「『迷いの森』の地理に詳しい者がいませんね」

「我らは用がなければ立ち入らんものなぁ…」


 『迷いの森』とは、この村の近くに存在する森の通称である。

 別に人を迷わせる特殊な魔力が働くとかそういうわけではない。

 あまりにも特徴が無く、歩いていると同じ場所をグルグル回っている気分になるから『迷いの森』と言われているだけだ。

 この森、資源らしき資源も無く、木材や山の恵みを採るだけなら森の深くまで入る必要が無い為、この村の村人ですら奥深くまで入ることは無く、地理に明るいとは言えない。

 という事で、村長も困っていたのだ。


「はい!はーい!森の中なら、私歩けるよ!」


 その時、元気な少女の声が響いた。

 父親の後ろで話を聞いていたエレナである。


「おお、エレナか!確かにお前は小さい頃から森に入っては遊んでいたものな!お前なら大丈夫だろう」

「でも村長、エレナ1人じゃ危険じゃ……」


 ソラは何かを察知し、すぐに俯き顔を隠す。

 だが間に合わなかったようだ。

 村長が彼をロックオンしていた。


「じゃあソラも一緒に行けば良い」

「おお、それはいい。ソラ、男としてエレナを守るんだぞ」


 父親にまでそう言われ、断れるソラでは無かった。



-------------------



「んー。つまんない」

「何がだ」

「魔物、全部兵士さんが倒しちゃうじゃない。つまんない」


 『迷いの森』に入ってしばらくした頃、先頭を歩くエレナがその後ろに続くソラにそう言う。


「そう言ってくれるな、嬢ちゃん。こちらとしてもただの村人の2人に怪我されちゃ困るんだから」


 ソラのすぐ後ろを歩くアーノルドにも聞こえていたようで、アーノルドは苦笑しながらそう言う。

 『迷いの森』には、弱い魔物が生息している。

 しかし、遭遇したとしてもアーノルドの部下の4名の兵士が瞬く間に倒してしまう。


「私は血に飢えてるんだよー」


 シュッシュッ、と声を出しながらエレナがシャドーボクシングをする。

 それを呆れたように見ているソラ。


「絶対、僕はいらなかったよな?」

「『迷いの森』なら私1人でも歩けるしね」


 エレナがしょっちゅう『迷いの森』に入って遊んでいる事はソラも知っている。

 というか、エレナが冒険者志望だという事を知らない村人はいないだろう。

 彼女はしょっちゅう森に入っては獲物を狩って帰ってくる。

 対するソラは、森を歩いた事はあっても魔物と戦った事はない。


「……さっさと終わらせて日常に帰ろう」

「出たよー。ソラの『日常』。若いうちからそんなにジジ臭いこと言ってていいの?」

「お前には日常の大切さは分からないだろうなぁ……」


 ソラはため息をつく。


 エレナは若者らしく、アクティブに何事にも首を突っ込みたがる。

 それに対してソラは他の村の子供に比べても達観している。

 いつもエレナにジジ臭いと言われている。


 と、その時、前方からガサガサと音が聞こえた。

 また魔物か、と一同がそちらへ視線を向けた。


「んー?魔物じゃないね。人?」

「まさか、犯罪者か!?」


 茂みの向こうにいたのは人影だった。

 汚い服を着たその人影はこちらに気づくと一目散に森の奥へ逃げていった。


「やっぱりアイツだ!」

「落ち着いてください。この先は崖の下になっていて、行き止まりです。だよな、エレナ?」

「うん」

「そうか。なら確実に追い詰めよう」


 ここからは兵士がソラ達の前に立ち、ゆっくりと犯罪者を追い詰めていった。

 兵士はアーノルドも含めて5人。

 どれも屈強な戦士である。


 そして……


「やっと見つけたぞ!」

「くっ!?」


 探していた人物を見つけた。

 ソラの記憶の通り、その先は少し開けた崖の下になっていた。

 目の前には断崖絶壁。

 登る事など到底出来そうにない。


「もう逃げ場がないぞゴネフ!大人しく観念しろ!」


 その崖を背に、人相の悪い男が立っていた。

 その男はアーノルドの言葉に顔を歪める。

 アーノルドの言っていた犯罪者で間違いないらしい。


「捕らえろ!」

「クソ!来るな!これが見えねぇのか!」


 アーノルド達5人が犯罪者を捕まえようと囲む。

 だが犯罪者は懐から何かを取り出し見せた。


「ねぇ、あの人が持ってるのって……」

「笛……だな」


 それは笛だった。

 少なくとも、ソラとエレナの目にはただの笛に見えた。

 だがアーノルド達はそれを見た瞬間、思わず後ずさりしてしまう。


「それは……『魔笛』か!?」

「そうだ!こいつはとある筋から手に入れた『魔笛』だ!」


 『魔笛』というのがどんなものなのかはソラには分からなかったが、兵士達のたじろぎ様から察するに、相当な物なのだと推察する。


「こいつさえあれば、お前らなんて怖くねぇんだよ!」

「や、止めろ!」


 そして犯罪者はその笛に口をつけ、息を吹き込んだ。

 だが音は出ず、プスーという音が吹き抜けた。


「………え、笑うところ?」

「まずい!全員退がれ!」


 拍子抜けしたソラとエレナに対して、アーノルド達は慌てて犯罪者から遠のく。


(ああいうものなのか……?)


 思いの外シリアスな雰囲気になってしまい、アーノルドに聞くことも出来ず、ソラはそう自己完結しておいた。

 自分の印象と周囲の反応のギャップに困惑するソラだったが、その隣に立っていたエレナは瞳を爛々と輝かせ、何が起きるのかワクワクとしていた。


「ゴネフ!何の『魔笛』を吹きやがった!?」

「ふふ……こいつは『魔物使いの魔笛』。魔物を呼び寄せ使役する『魔笛』なのだ!」

「なっ!?」


 その時、周囲の状況に変化が起きた。

 背後の茂みがガサガサと鳴ったと思うと、何かがソラ達一行の間をすり抜け、ゴネフという犯罪者の側に現れたのだ。


「グルルルル」

「ダガーウルフ……!しかも群れだと……!」


 現れたのは獰猛な肉食の魔物、ダガーウルフの群れだった。

 6頭ほどの狼の魔物がゴネフの『魔笛』に呼び寄せられたのだ。


「ははは!形勢逆転だな!ダガーウルフども!奴らを……!」


 ゴネフの言葉は最後まで紡がれることは無かった。

 呼び寄せられたダガーウルフの1頭が彼に襲いかかったのだ。

 他の5頭も次々と彼に襲いかかる。


「なっ、何を!?お前達を呼び出したのは……俺っ……うわぁぁぁ!!!」


 グチャグチャと嫌な音を発し、ゴネフの断末魔が打ち止められる。

 6頭のダガーウルフに貪られ、ゴネフの生存は絶望的だろう。


「うぇ……」

「あれはグロい……」


 ソラは吐き気を何とか抑え込む。

 エレナは吐き気こそ催さなかったが、眉根を寄せてその光景を見ていた。


 これが『魔笛』の効果なのだろうか。

 いや、違う。

 完璧な『魔物使いの魔笛』だったならば、呼び寄せた魔物に襲われる事など無かった。

 単純に、ゴネフは欠陥品の『魔笛』を押し付けられた、そういう事だった。

 こういった怪しい道具は欠陥品が裏市場に流通する事など日常茶飯事だ。


「まずい!次はこっちだ!」


 ゴネフの死体を貪ったダガーウルフの群れの次の標的は言うまでもない、ソラ達だった。

 アーノルド達5名の兵士は隊列を組んでソラとエレナを守ろうとする。

 逃げるという選択肢は無かった。

 ダガーウルフの群れから逃げ切れる算段がつかないし、この群れが村に行ってはもっと酷い事になるからだ。


「オォォォォォォンンン!!」


 一際大きなリーダー格のダガーウルフが遠吠えをすると同時に、5頭のダガーウルフが兵士達に襲いかか る。

 王都の警備隊で訓練を受けた彼らはダガーウルフに簡単に負けるような腕前ではない。

 だが連携をしてくるダガーウルフ相手に苦戦するのは仕方のない事だった。


「くっ!?坊主、嬢ちゃん!先に逃げろ!村に知らせるんだ!」

「私も戦えるよ!」

「言ってる場合か!」


 前に出ようとするエレナの肩をソラが押さえる。

 エレナは確かに魔物を狩った経験があるが、それはスライムや小型の獣の魔物だけだ。

 ダガーウルフなど相手には出来ない。

 しかもエレナは素手だ。

 足手まといにしかならない。


「今は村に!」

「う………うん」


 いつになく強い語調のソラにエレナ渋々頷く。

 それを確認するとソラはエレナの手を引いて村へ走る。


「くそっ!?1頭抜けた!?」


 それと同時にアーノルドの叫び声が聞こえた。

 その声に振り向こうとして足下が疎かになったのか、エレナが木の根に躓く。


「きゃっ……!」

「エレナ!?」


 ソラは手を放してしまっていた。

 エレナが地面に倒れこむ。

 そしてその向こうに迫り来るダガーウルフ。

 後ろにいたリーダー格だ。


「エレナァァァァ!!」

「きゃ、きゃぁぁぁぁ!!」

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