015港町ユーフラ
「さあさあさあさあ!そこの冒険者のお歴々!ウチの商品は最高だよ~!」
「いやいやいやいや!冒険者の皆さん、こっちの方が品揃えがいいぜ!ほら!」
港から門をくぐって街区に入ると、早速通りの両側にずらりと店舗が並ぶ商業区画(バザール)が広がっており、商人達が口々に声をかけてくる。
レーダーのカラーは緑、つまり皆NPC(ノンプレイヤーキャラクター)なのだが、その表情や話の内容は現実世界の人間と何ら変わりはないように見える。
実際のところどうなのだろう。
彼らには自由意志があり、自身をゲームのキャラクターなどと思わずに生活し、家庭を営み、そして生涯を終えるのだろうか?
ウル島でも感じた疑問ではあるが、こればかりはこの世界の管理者たるシェルハに直接聞かなければわからないことだし、詮索するのも無粋な気がする。
余計な事は気にせずこの世界を楽しむことだけ考えた方が良いのかもしれないな。
通りを歩きながら軽くそれぞれの店舗を覗くが、武器・防具では『ベアソード+2』とか『ウルフレザーアーマー+1』といった商品が見える。
これは島からやってきたプレイヤー達が売ったものっぽいな。
特にベアソウルを用いた武器が目につくが、やはり皆この辺りを島での主戦武器にしていたのだろう。
バザールは武器防具だけではなく装飾品や日用品、食品関係の店も多く出品している。目移りしてしまうが、のんびり見るのは後でいいのでとりあえずは先に進む。
お、工房もあるな。これも後々確認しに来よう。
バザールを抜けると街の中央に出た。
半径50mほどの円形の広場になっており、周縁にはプレイヤーが腰をかけるためなのかベンチがずらりと配置され、中心部には二柱の女神像と祭壇がある。
女神像は村で見たものと姿形は同じだがサイズが3倍ほどもあり、祭壇も5つ並んでいる。まあ多くのプレイヤーが訪れたら祭壇は1つでは渋滞するだろうからな。
見れば10人ほどのプレイヤーらしき人々がいるが、お互いあまり関心がないようだ。PTを組んでいるらしき数人は仲良く話しているが、他はすれ違う時に軽く会釈をする程度で特に会話はない。
ふむ、悪くない距離感だな。
悪意を持って迫られるのは論外だが、あまり馴れ馴れしく話しかけられるのも困る。
現実世界と同じく知り合いならば会話もするし、用があれば話しかけもするのだろうが、それ以外はプレイヤー同士で過度に干渉しないのがマナーのようだ。
礼を失するようなことさえしなければ無用なトラブルもないだろう。
そう考えているうちにプレイヤーの1人がこちらの方に歩いてきたので、軽く会釈をすると、あちらもぺこりと一礼し、そのまま通り過ぎた。
多分バザールに行くのだろう。
「ほ~、なんだか思ってたよりプレイヤー同士の関わりは薄いみたいだね~」
そのやりとりを見ていた浅尾さんが感想を洩らす。
「そうだね、多分だけど普段はあまりお互い干渉せず、どこか特定の場所でPT募集とか情報交換とか取引とかをするルールになってるんじゃないかな?」
「なるほど、確かにそんな感じがしますね。」
と、都築さんが相づちをうったところに、
「お、なんだいアンタら。どうやら初めてここに来たらしいな。」
また別の男が近寄ってきて話しかけてきた。レーダーのカーソルは青。
プレイヤーだ。
俺たちの間に緊張が走る。
2人を見るとどうやら俺に交渉役を任せてくれているようなので、「だとすればどうなんだ?」と適当な返事を返しながら、まずは『人物分析(低)』で相手を見る。
見た目は20代そこそこといったところで、悪く言えばやや軽そうな、よく言えば愛嬌ある顔立ちの男だが、レベルは23。
俺たちよりもだいぶ上だ。きっとある程度この辺りで経験を積んでいるのだろう。
続いて『鑑定(低)』で装備品を見る。
街中ということもあり、こちらは性能的に俺たちのものと大差はないようだな……
「ん?あんた『人物分析』と『鑑定』の両方が使えるのか。いや~初心者の坊ちゃん嬢ちゃんかと思ったが、なかなかに用心深いな。」
……なぜわかった、などと口にはしない。アキラ少年と出会ったあとに確かめてみたのだが、『人物分析』も『鑑定』も使う時に若干目が光彩を帯びて見える。目線も含め、極力不自然にならないようにはしたつもりだが、その辺は慣れている人間にはお見通しなのだろう。
「ああ、失礼かとは思ったが、何があるかわからないからな。」
どうせ立ち居振る舞いから、大陸に来たばかりだと言うことはバレバレなんだろう。素直に認めておく。
目の前の男は今のところ友好的とも敵対的とも判断できないが、街中で必要以上に身構えても意味はない。
「ふ~ん、良い心がけだな。まああんたらみたいな可愛い子混じりのPTが俺みたいな怪しい奴に声をかけられたらそれが正解だと思うぜ。」
ははっと笑いながら男は言葉を続ける。
「俺はキーン。基本はソロでちょこちょこやってるが、それだけじゃあアレな時のためにあんたらみたいな初心者に声かけてネットワークを広げるようにしてる。知りたいことはある程度教えてやるから仲良くやろうぜ!」
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「う~し、じゃあソウ!あとお嬢ちゃん達!頑張ってこいよ!」
キーンが手を振りながらバザールの方に去っていく。
浅尾さんと都築さんの名前は用心のため教えなかったが、キーンは悪意の感じられない男だった。聞いた情報の真偽はある程度HELPで確認できたし、それ以外のものは街の住民から裏がとれるまで保留にしておくが、特に罠らしきものはない。
彼の言っていた「ネットワークを広げる」というのは確かにソロプレイヤーにとって必要なことだろうから、本当のことなのだろう。
俺たちのような初心者に多少の情報を恩として売りつけ、その対価として面識を得ておく、理にはかなっていると思う。
「や~、まあ面白い人だったね。」
浅尾さんが苦笑しながら言葉をこぼす。
都築さんは若干顔をしかめているが、キーンは俺と会話をしながらちょくちょく浅尾さんと都築さんに声をかけていたのだ。
2人とも交渉ごとを俺に任せているので、浅尾さんはにこにこ笑いながら手を振って拒絶の意を示し、都築さんはひたすら俯いて難を逃れようとしたのだが、キーンはなかなかめげない。
下心、というほどのものでもないので不問に付したが、まあキーンに対する女性陣、特に都築さんの印象はあまり良くなかったようだ。
「とりあえず聞いた情報の中でもHELPに追加されたものはまず間違いないと思うから、その辺りで有用なものからあたってみようか?」
「うん、賛成~。私はまず東区のギルドに行ってみたいな!ヒナちゃんは?」
「ん~、北区の神殿にも行ってみたいですけど、他のプレイヤーの情報を知るためにはまず東ですかね。たか……えと、ソウさんは?」
都築さんが言いづらそうにプレーヤー名で呼ぶ。
他プレイヤーが聞いているかもしれないので正しい判断なのだが、これまでずっと「高津くん」と呼ばれていたので少しくすぐったい。
……ただ、今後ますます他プレイヤーとの接触が増えてくることを考えると、名字で呼ぶのも限界かな。
都築さんに「ソウでいいよ、俺もこれからヒナって呼ぶから」と返し、浅尾さんにも「アヤもソウって呼んでいいから」と声をかけると、浅尾さんは例のいたずらっぽさをのぞかせる表情でにやにや笑っていた。
元々浅尾さんはプレイヤーネームで呼びたい派だったからな。
ん~、浅尾さんの思惑にはまっている気もするが……現実世界でうっかり呼ばないように気をつけよう。
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俺たちはその後、女神像でクエストの報酬確認・受信作業やジョブチェンジを済ませて東区に向かった。
キーンの話では港町ユーフラは南部がバースラ海、西部が大陸交易路に面しているため、南区のバザールを中心に南東部には船舶を泊める港や物資を運び込む倉庫が、西区には隊商宿(キャラバンサライ)が広がっている。
一方、東部や北部は交易路も伸びてはいるものの、東部は最終的には砂漠が、北部は山脈へとつながる荒野が広がっており、冒険者達がモンスターを求めて活動する地域となっているらしい。
そのため必然的に冒険者の拠点となるのは東区か北区となるのだが、北区は神殿や市政を司る評議会が大きなスペースをとっており、東区にほとんどの冒険者が固まっているとのことだ。
「お~、どうやらここみたいだね~。」
「ずいぶんと大きいですね、宿泊施設並みの規模ですが……。」
その東区の中心的な建物がこの冒険者ギルドだ。
高さは3階建てなので現実世界の高層建築と比べるべくもないが、横幅と奥行きはかなりのものだ。
都築さんがいったように宿泊施設並みのどっしりとした石造建築になっている。
俺たちプレイヤーは基本的にこの世界で宿泊することはないので、別の用途でここまでのスペースが必要なんだろう。
木製の大きな扉を開けて中にはいると、ホテルのエントランスのような空間になっており、目の前には受付が、その左手には魔力で投影された(?)大きなスクリーンが3台並んでいる。一方右手の方は待ち合わせのためのソファやテーブルが置かれていて、いくつかの冒険者のグループが談笑しているのが見える。
奥にはカフェテリアやバーもあるようで、そちらを利用している冒険者の姿もある。2階に上る階段もあるが……上はどうなっているんだろうな。
とりあえず受け付けの方に歩を進めると、その手前にいる落ち着いた雰囲気の女性が話しかけてきた。カーソルは緑、NPCだ。
「こんにちは、冒険者ギルドにようこそ。初めての方ですか?私は案内人コリエール。よろしければこちらのシステムを説明いたしましょうか?」
「はい、ぜひお願いします。」
俺の返答に案内人さんは微笑を浮かべ、「では……」と話し始めた。
「ギルドは冒険者達の情報交換や取引、PT募集や危険プレイヤーの告知に利用されています、左手にありますスクリーンにはそれぞれABCのナンバーが当てられており、Aが情報交換・取引用、BがPT募集用、Cが犯罪プレイヤーの告知に用いられていますのでまずは見ていただけますか?」
言われたとおり、俺たち3人はスクリーンを見る。
Aのスクリーンには『01情報:売り・隠しジョブ/聖騎士、狂戦士開放条件』、『02取引:買い・トパ10』など、Bのスクリーンには『01募1-1:残13分、北部森、Lv15↑、有・冒10』、『02予2-2:残50分、明日、東部蟻狩り、Lv12↑、求・術師(火)』など、そしてCのスクリーンには『現在この周辺に犯罪プレイヤーは存在していません。』の文字が見える。
Bが書き方に独自の作法があるみたいだな。1-1や2-2、募・予の違い、残り時間など、予想のつくものもあるがきちんと聞いておきたいところだ。
「見ていただけましたか?こちらのスクリーンに載っている情報の詳細や取引・PTの申し込みは受付にておこなっておりますので、興味のある番号……たとえばA-01、B-02といったものを受付に伝えて頂ければ承ります。」
「PT募集の1-1とか2-2といった表記は何ですか?」
「それはPTの人数を表します。1人PTの方が1名募集しているのが1-1、2人PTの方が2名募集しているのが2-2となっております。」
なるほど。仮に俺たちが追加で1名PTメンバーを募りたい場合は3-1となるわけか。
「では募・予の違いや残13分・残50分というのは?」
「募はすぐ狩りに行くためのPT募集、予はメンバーを募ってから具体的な狩りの時間を打ち合わせる時のPT募集です。残13分・残50分というのはその募集締め切りまでの残り時間で、大体20分~1時間程度の範囲でおこなわれることが多いのですが、それを超えると不成立となります」
ふむ、見たところソファで談笑している連中が募集成立後の打ち合わせ中で、奥のカフェやバーで1人時間をつぶしている連中が募集待ちといったところかな。
「なお受付では2階、3階のルームの貸し出しも有料にて承っています。HP/MPの回復や個室での打ち合わせに使われておりますのでご用命ください。」
ルームは最小が4人部屋で1時間80ディレム、最大が10人部屋で1時間200ディレムとのことだ。キーンの情報によれば回復は神殿にある魔力の泉でもできるらしく、そちらの方が安く済むようなので、ルームは他者に聞かれたくない情報がある時の打ち合わせがメインになりそうだ。
説明は以上で終了とのことなので、案内人さんにお礼を言ってあらためてスクリーンを見る。今すぐ取引やPT募集をするつもりはないが、それぞれの募集項目から読み取れる情報も多い。特にCの犯罪プレイヤー情報はまめに確認する癖をつけた方がいいだろう。
浅尾さんは『隠しジョブ/聖騎士、狂戦士開放条件』に興味津々のようだ。デマの可能性もあるが、ただ熟練度を上げるだけでは出てこない上級職もあるのだろうな。
まあ一次職の熟練度がまだ10に達していない俺たちにとって隠しジョブは早すぎる話だと思うが。
取引情報ではアメジストより上級のトパーズストーン募集が目立つ。
俺たちの装備はまだ『ヒルクライムソード』も含め全てアメジスト級なので、トパーズ級を身につけるようになれば、この辺りでは一人前と言えるのかもしれない。
『○○クエストの達成条件の情報求む!』といった案件も見られるところをみると、若干複雑なクエストも増えてくるのかもしれないな。
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「さ~て、次は北西南どこに行こうか?」
ギルドを出た後、近くの食事処でエネルギーを補給した俺たちは中央広場に戻ってきた。
西は隊商宿(キャラバンサライ)が中心のようだから、行くとすれば北か南だな。
そうえいば都築さんが先ほど北区の神殿に興味があるようなことを言っていたし、行ってみるのもいいと思う。
南のバザールは後回しにして、まずは北に行くことにした。
北区は市政・信仰に関する施設があるためか東や南に比べると高めの建造物が整然と並び、たまに官僚・神官然とした人を見かける程度で、一般市民や冒険者の行き来があまり無い。
なんだかオフィス街みたいな雰囲気だな。
ただ、さすがに神殿に近づくと庶民の姿がちらほら見受けられるようになった。
「へ~、これが神殿なんだね~。」
浅尾さんは新しい建物を見ると常に感心したような声を上げる。
その辺りの無邪気さはさすが純真Sというべきところだが、実際のところ神殿はキリスト教圏とイスラーム教圏の文化が混ざり合ったような、例えるならスペインあたりの建造物の雰囲気に近い、なかなか立派な建物だった。
中にはいるとゴシックのような天井の高さと広い窓に、壁や柱にはアラベスクのような幾何学紋様が描かれている。
特に聖像などのシンボルが置かれているわけではないが、その辺りは広場に女神像があるので不要なのだろう。
中央には天井の採光窓から明かりが差し込んでいて神秘的な雰囲気を醸しだし、右手奥では神官達が病人・けが人の治療を、左手奥ではオルガンのような鍵盤楽器の演奏とともに聖歌らしきものを歌っている人たちがいる。
中央奥には2つの扉があり、それぞれ男と女とに分かれて入っていくのが見えるが、あれは多分……
「ヒナちゃん、奥に魔力の泉があるみたいだけど入る~?」
「え……あ、う……う~ん、船で結構MPを使ったので出来れば入りたいです……けど……。」
都築さんがもにょもにょと呟きながら、俯いて顔を赤くする。
キーンの話とHELPによれば神殿は魔力の泉が湧くポイントに作られ、有料……というか一定額の寄付をおこなうことで入ることが出来る。
この神殿の場合は1人10ディレムで、ギルドのルームを借りるより安く、入り口から男女別に区切られているので、現実世界の公共浴場のような形で使うことが出来るらしい。
あくまで泉なので、入る際にはプレイヤーは水着の着用が義務づけられているのと、もし不心得者が覗きを企てた場合、システムから警告を経た上でペナルティが課せられるため、安心して入ることが出来る。
本来なら都築さんが大喜びのシステムのはずなのだが、それが妙に歯切れの悪い返事になるのは、まあ……今日、島でやらかした記憶がまだ鮮明に残っているからだろうな。
「大丈夫だよ~、『ちょっときわどい水着』を着ろなんて言わないからさ~」
「なっ、なななななななな何を言ってるんですかアヤちゃん!!!!」
慌てたように浅尾さんに食ってかかる都築さん。
「ふっふ~♪そんなに恥ずかしがるなんて、これは着せたときが楽しみだな~」
……実はもう1回着ちゃったわけなのだが、まだそのことを知らない浅尾さんは都築さんの慌てようを誤解したままいじり続ける。
都築さんは困ったような顔でこちらを見るが、当然やぶ蛇になるだけなので助け船は出せない。
目線で「ごめん、無理」とサインを送ると、この世の終わりのような表情を浮かべられたが、無理なものは無理だ。なんとか自力で誤魔化してもらおう。
本日2話目の投稿となります。
お付き合いいただきありがとうございました。
良いお年を。