014いざ大陸へ
「お~高津くん、ヒナちゃん、2人一緒だったんだね~」
船着き場にいくと先に到着していた浅尾さんが俺たちを待っていた。
俺の横には顔を真っ赤にした都築さん。
当然のごとくそれを見咎めた浅尾さんがにんまりと笑みを浮かべる。
「んん~?ヒナちゃん、顔が赤いけど、な・に・か・あったのかなぁ~?」
「なっ、なななななにも無いよアヤちゃん! だよね!高津くん?」
……その反応で「何も無かった」は無理があるんじゃないだろうか。
なぜこんな事態になったのか、話は少しさかのぼる。
■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □
アキラ少年と別れたのち、俺は森にちょっとしたプレゼントを置きに戻り、その後は予定通り魔力の泉へと向かった……のだが、泉には予想外の先客がいた。
それが都築さん……しかも『ちょっときわどい水着』を着ていた。
……なんで?
あまりのことに思考停止状態に陥った俺は、泉から立ち上がった状態の都築さんを思わずまじまじと眺めてしまう。『ちょっときわどい水着』は黒をベースにしたビキニタイプの水着だが、その名の通り昨日2人が着ていた水着よりも明らかに肌の露出が多く、『ちょっと』どころか『かなり』きわどい。
都築さんはさすがに浅尾さんやエリナとは比べられないものの、わりと女の子らしいスタイルの持ち主なので、正直かなり扇情的な姿になっている。
一方都築さんの方も事態が飲み込めなかったのか、はじめきょとんとした目で俺の方を見、一瞬遅れて顔を、ぼっ、という音が聞こえそうな勢いで真っ赤にする。
そして、
「きゃぁぁぁぁぁぁああああああああ!!!!!!!」
村まで届きそうな大きな悲鳴を上げた。
俺の方は訳がわからないままに「ごめん!」と謝って背を向け、そこから立ち去ろうとしたのだが、そこに「ま、待って!」と都築さんから声がかかった。
都築さんの許しを得て慎重に振り向くと、そこには両手で身体を抱きしめるような姿勢のまま、首まで泉に浸かって身体を隠す都築さんの姿。
顔は相変わらず真っ赤なままだが、今にも泣きそうな表情を浮かべている。
「ど、どうしたの?罰ゲーム?」
情動の薄い俺でもさすがに戸惑う事態だが、なんとか平静を保って問いかける。
考えられることとしては、浅尾さんと行動しているときにまた何かやらかしてしまい、この水着を着ることになってしまった、という辺りだと思うが……それにしては浅尾さんの姿が見えない。
「ちっ、違うの。アヤちゃんとは村で一緒にお買い物を済ませたあと、お互い別行動にしてて……」
浅尾さんは村で馬を借りるとジョブを【剣士・騎手】に代え、島中を駆けめぐりに出かけたらしい。何というか、浅尾さんらしいな。
しかし、そうなると一体どうして?
疑問の色を浮かべる俺を、都築さんは気まずそうに上目遣いで見ながら言葉をつづる。
「……で、私はちょっとゆっくりお風呂、というか泉に浸かりたいな~って思ってこっちの方に来たんだけど……」
あ、なんか話が読めてきた。
「着替えようと思ったとき、格納庫(ストレージ)に昨日購入した『ちょっときわどい水着』が見えて……で、誰も見てないし、興味本位というか怖いもの見たさというか、いつか罰ゲームで着させられた時の心の準備的なものもあって……つい。」
この上無いほど顔を赤くして都築さんが説明を終えた。
なんというか天性のドジっ子というか、脇が甘いと言うか、都築さんらしいといえばこの上なく都築さんらしい。
というか他のプレイヤーが来る可能性を考えなかったのだろうか?
アキラとか場合によっては来てしまったかもしれないのだが。
「お、お願い高津くん!このことは絶っっっ対、アヤちゃんには言わないで!!」
ちょっと呆れ気味な俺に都築さんが必死に懇願してきた。
まあそうだろう。こんな美味しいネタを浅尾さんが知ってしまったら、この先どれほどいじられ続けるか予想もつかない。「いや~、ヒナちゃんそんなに着たいなら言ってくれればいいのに~。はい、『あぶない水着』♪」とか容易に想像できる。
「うん、わかった。言わないでおくよ。見せるつもりの無かった水着姿を見ちゃってごめんね。」
とりあえず約束と謝罪を済ませておく。
明らかにほっとしたような表情を浮かべる都築さん。
元々言うつもりはさらさらないが、言葉ではっきりと宣言することで生まれる安心感もある。
その後、俺が後ろを向いている間に都築さんが上がって着替えを済ませ、一方俺が着替えている間都築さんが見張りに立ってくれた。
……のだが、俺と離れることに何か不安があったのか、俺が泉に浸かっている間、ずっとほとりで待ち続け、その後着替えた俺の後ろを黙って後ろからついてきたため、2人で待ち合わせ場所までいくことになった。
顔は赤いままだったし、うつむき加減で道中ほとんどしゃべらなかったので、自分の行為が軽率であったこと、俺に『ちょっときわどい水着』姿を見られたことを後悔していたんだろう。
■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □
「あ~やし~なぁ?高津くん、何か知ってるんでしょ~?」
そんなわけで現在小悪魔の笑みを浮かべる浅尾さんの追求を受けている。
俺はそれに対して直接返事をすることは避け、「いや~」とか「ん~」とか、曖昧な日本人スタイルで事態を切り抜けることを狙う。
下手に何か返事をしてしまえば、それを突破口に一気に突き進んでくるのが浅尾さんだ。浅尾さんは都築さんにターゲットを変え、なおも追求を続けるが、さすがにこればかりは都築さんも口を割らない。
「あ~、もしかして~」
そこにいたずらっ子の笑みを浮かべる浅尾さんが都築さんの耳に口を近づけ、こしょこしょと囁きかける。
瞬間、ぼんっ!と音が聞こえそうなレベルで都築さんの顔が真っ赤になった。
……今までも充分赤かったんだが、まだ赤くなるのか。
というか浅尾さんは一体何を言ったんだ?
「ちっ、ちちちちちち違います!!!さっ、さすがにそれはないです!!!!」
全否定の都築さん。図星をつかれた風ではないので、どうやらまるで違うことを言われたらしい。
「な~んだ、そうだったら面白かったのにな~」
とこっちを見ながらにやにやしている浅尾さん。
……あ~、何となく言われた事が想像できる気がする。
「まあいっか~。ヒナちゃんの秘密を暴くのはあとのお楽しみにとっておくよ!」
浅尾さんが一旦終結を宣言し、ほっとした様子の都築さん。
まあしかし、いつかは口を割ってしまいそうな気がするんだが……。
せめて俺からは言わないでおいてあげよう。
「そんなことより船が着たよ、船が!」
浅尾さんがあっさり興味の対象を切り替える。
確かに遠くから帆船が近づいてくるのが見える。
あれが定期船か。
外見は中世~近世にインド洋で使われたダウ船と言ったところで、巨大な三角帆と十分な積載量をもった船だ。
多分ウル島に物資を運んでくる役割もあるんだろう。
いつの間にか村の男達が船着き場の所に集まってきており、船が接岸して船体を固定すると、船乗り達とともに一斉に荷下ろしを始めていた。
「よう、あんたらは冒険者かい?船に乗るなら金か労働力かどちらかを出してもらうことになるが。」
そこにひときわ体格の良い船乗りが話しかけてきた。
察するに船長なのかな?
聞けば乗船料は1人200ディレム。充分払える額なのだが、労働力の方を念のため聞いてみたところ、意外な答えが返ってきた。
「櫂のこぎ手は足りてるからな……風使いがいたら是非手伝ってほしい。」
なるほど。確かに帆船である以上、風雷魔法Lv1『風雷操作』で風を操れば速度が早まるのが道理か。
3人で600ディレムは割と大きな額なのと、目的地までの到着時間が早まるのならと考え、俺はジョブチェンジで風術師をつけて都築さんとともに操船を手伝うことにした。
■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □
「うひょ~、はっやいね~♪」
浅尾さんが甲板付近ではしゃいでいる。
浅尾さんだけは風術師をつけられないのでお金を払って乗船したが、そうなるとお客扱いなので自由に船旅を楽しんでいる。
「確かに。あんたら腕の良い風使いだな!このまま船で雇いたいくらいだぜ!」
褒めてくれたのは例の体格の良い船乗り、やはり船長だった。
俺と都築さんは交互に風雷魔法Lv1『風雷操作』を使って風を帆に送っているのだが、都築さんは新調した『黒豹の杖+1』、俺は都築さんから借りた『蜂の杖+1』を装備することで魔法の威力を上げている。
お互いの知力の高さも相まって、船長曰く「熟練の風使いでも簡単に出せないような速度」で今船は進んでいるらしい。
元々船にはNPCの風術師が1人乗っていたのだが、俺たちの方が圧倒的に速度が出せるため、今は休んでもらっている。
やはり装備は大事だな。
俺は普段、魔法を打つとき素手で放っているのだが、これだとどうしても杖を使ったときよりも威力が低い。ダガーと同じように腰に差して持ち運べる短杖が欲しいところだ。
ウル島では残念ながら作れなかったので、港町ユーフラで少し探してみよう。
装飾品に関しても都築さんは今『レッド・ホーン・カチューシャ』をつけて火炎魔法の威力を上げているが、風雷魔法の効果を上げるものもそのうち手に入れた方が良いかもしれない。
……ちなみに『レッド・ホーン・カチューシャ』は、その名が示すように両端がほんの数センチ隆起しているのだが、都築さん的にはそれが可愛らしくて気に入っているようだ。
ウル島から港町までおよそ2時間と聞いていたが、このペースだと多分1時間もかからずにつけるらしい。MP消費もそこまで辛くはないので俺と都築さんは最大威力で風を送り続け、浅尾さんはそのスピードに大はしゃぎを続けていた。
■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □
「おお~、陸地が見えるよ!」
それからしばらくして甲板の浅尾さんから声が聞こえた。
「おう!あそこに見えるのがユーフラの灯台だ。もうちょいで街並みもはっきり見えるだろうぜ!」
こちらは船長だ。
確かに遠くの方に陸地と灯台が見える。
弓士の『遠見』で拡大してみると、灯台周りの地形は奥行きの十分な湾になっており、その奥に建物が多く並んでいるのが見える。
あれが港町ユーフラか。
さすがにウル島の村とは規模が違う。
建物のつくりから察するに文明レベルは中世イスラームと言ったところか。結構発展しているように見える。
人口もなかなかに多そうで、すでに桟橋には何隻もの船が停泊しており、人の出入りも確認できる。
……あの中にどれほどプレイヤーが混じっているのか。
ウル島でのアキラとの出会いは既に浅尾さんと都築さんに話してある。
浅尾さんは「うわ~、私も会いたかった~!」と残念がっていたが、これから出会うプレイヤー達と、アキラのように友好的な関係を築けるかどうかは不明だ。
特に純真の高い2人につけ込み悪事を働こうという輩もいないとも限らない。
その辺りの危険性も伝えてはあるが、ユーフラの方を見やる浅尾さんのわくわくした表情を見る限り、あまり深刻には考えていないだろうな。
まあ、この無邪気さが浅尾さんの良いところだし、危険については俺が用心すればいいだけの話か。
そう割り切って帆に風を送り続けると、程なく船は港に入った。
あとは桟橋に近づけ、接岸作業をするだけだ。
その辺りの微妙な船の操作は櫂のこぎ手がやる範囲なので、俺と都築さんはお役御免となった。
「ありがとな!あんたらのおかげでとんでもない早さでついたぜ!たいしたモンじゃないがお礼にコイツを持っていきな!」
船長がこちらに何かぼんやり光るものを放ってよこす。
受け取ると『シャークソウルを手に入れた』とシステムメッセージが流れる。
ほう。
「昔海で仕留めた大物のソウルだ。冒険者なら何か使い道があるだろ?」
その通りなので素直にいただくことにする。
多分、一定時間以内に島から大陸にたどり着けるとボーナスとしてもらえる仕組みなんだろうな。
俺達は船長にお礼を言って船を下りた。
■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □
「おおおおお!これはまたアラビアンナイトの世界みたいな感じだね~!」
「ほんと、異国情緒たっぷりですね!」
浅尾さんと都築さんがユーフラの街並みを見て口々に歓声を上げる。
気持ちはよくわかる。目の前の景色はそれこそ浅尾さんの言ったようなアラビアンナイトを彷彿とさせる、中世イスラームの美しい街並みだ。
普段日本にいてはまず見ることの出来ないものだろうから、感動するのも無理はないだろう。
「いや~、ほんと『おとぎの国』様々だね!まさか夢の中で観光旅行気分が味わえるとは思わなかったよ!」
「ですね~、ウル島も綺麗でしたけど、これはまた違った良さがありますね!」
俺は2人の感想に「そうだね。」と相づちを打ちつつ、周囲の気配を探る。
……多分街の中だけの話だと思うが、現在レーダーの効果範囲が半径20mまで狭まってしまっている。この範囲においては青、すなわち中立を意味する他プレイヤーの存在は確認できないが、念のため冒険者の『気配察知』と弓士の『遠見』で、こちらに注目している存在がないかどうかを確認する。
今、俺のジョブは【剣士・闘士・弓士・風術師・冒険者・学者・呪い師・羊飼い】だ。つくづく戦闘を考えると中途半端な組み合わせなのだが、弓士の『遠見』、冒険者の『気配察知』、学者の『解析』、『鑑定(低)』、呪い師の『人物分析(低)』は初めて行く場所には欠かせない。
HELPを見る限り、街中では武器や鎧、盾の類を格納庫(ストレージ)にしまう必要があり、PKやアイテム強奪などの犯罪手段もとれないようにはなっている。
ただ、それでも詐欺や嫌がらせなどの悪意をもった接触は皆無では無いだろうから用心に越したことはないだろう。
残念ながら皆が皆、浅尾さんや都築さんのような善人であることはありえない。
一通り探ってみた結果、他のNPCに比べて明らかに違った挙動を見せている者を何人か見つけた。多分プレイヤーだろう。
ただし特にこちらに注意を払っている者はいないようだ。
……まずは安心しても良さそうだな。
その旨を2人に伝え、俺たちは武器や鎧盾を外して格納庫(ストレージ)にしまうと街へと足を踏み入れた。
本日もお読みいただきありがとうございます。
ちょっと話のストックに余裕ができたので、
本日~お正月期間は1日2話で行ってみようと思います。
2話目は17時投稿予定です。よろしければお付き合いください。