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013三日目・少年

「定期船が来るのは太陽がもっとも高い位置に来たとき、ってまだ2時間以上あるね~。どうしようか?」

浅尾さんが豪快に肉を頬張りながら尋ねてきた。

場所はいつもの酒場兼定食屋だ。

おばちゃんに今日定期船に乗ることを話したところ、「じゃあサービスだよ!」と言って浅尾さんのお皿に肉を大量にのせてくれた。


「あの……では自由行動というのはどうでしょうか?」

都築さんが提案する。

それも良いかもしれない。2日ほど常に一緒に行動してきたが、女の子2人にとって男の俺がいては色々やりにくい部分もあったはずだ。


今日もここに来る前に女神像と鍛冶屋にいったのだが、都築さんの視線がちらっと服屋や雑貨屋に向いていたのが見えた。

ひたすらレベルアップするだけの異世界ライフもつまらないだろうし、浅尾さんとのんびりお買い物をするのも良いんじゃないかな。


「そうだね、それがいいと思う。定期船は東の海岸地帯の船着き場に着くみたいだから、2時間後にそこで集合にしようか?」


「賛成~!ん~、どうしようかな~。」

「あ、あのアヤちゃん、実はちょっとつきあってほしいところが……」

案の定、都築さんがこそこそっと浅尾さんに話しかけている。

俺はそれに気付かないふりをしながら、何をしようか考えることにした。



■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □



「ふっ!」

俺が『ヒルクライムソード+1』で放った一撃は『ヒル・ゴブリンガード』を盾ごと切り裂き、返す刀で『ヒル・ゴブリンコマンダー』を鎧ごと両断する。


結局丘陵地帯まで狩りに来てしまった。

ハンティング・ホリックと言うわけでは無いのだが、浅尾さんと都築さんにレベルで追いついておきたいのが1つ、そしてもう1つが昨日のクエスト『鍛冶屋の最高傑作』の結果手に入れた、この『ヒルクライムソード+1』の使い心地の確認……だったのだが、


「グギャァァァ!」

今の隙に接近してきていた別の『ヒル・ゴブリン』も一刀のもとに切り捨てる。


ちょっとこれ、強すぎないか……。


浅尾さんの『レイクソード+2』もなかなかの攻撃力なのだが、『ヒルクライムソード+1』はそれをさらに上回っている。

さすが鍛冶屋の最高傑作だ。


今俺のジョブはソロ狩りのために弓士を入れ、斧使いを外しているので、若干筋力補正が下がっているのだが、それがまるで気にならない。


これやっぱり浅尾さんが持つべきじゃなかったのかな。


レーダー内にモンスターがいなくなったため、弓士の『遠見(とおみ)』で新たな標的を探す……本当はこんなアグレッシブな使い方ではなく、危険を避けるための防衛手段として弓士をつけたんだが……まあいい、発見したレベル9モンスター『ブラック・ビースト』の元へと走る。


『ヒルクライムソード+1』を誰が持つべきか。

俺は当然PT第一の前衛である浅尾さんに渡そうとしたのだが、浅尾さんが頑として受け取らなかった。

彼女曰く、レイクソードの感触が気に入っている、ヒルクライムソードは少し大ぶりで振ったときの感覚が気に入らない、だそうだ。そういわれてしまっては無理に押しつけるわけにもいかず、俺が使うことになった。


たぶん、以前レイクソードを譲った俺に気を遣ってくれたんだろうな。


浅尾さんに感謝しながら『ブラック・ビースト』を屠る。

これなら『ジャイアント・ヒル・スパイダー』もソロでいける……か?


……ちょっとチャレンジしてみようかな。

自然と口元に笑みが浮かぶ。少しくらい無謀な挑戦の方がやりがいがあるというものだ。



■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □



「[大地と大気の精霊よ!我が求めに応じよ!我が前に立ちふさがる愚かな輩に鉄槌を!その力をもって我らが敵を地にひれ伏せさせたまえ!『重力圧殺衝(グラビティ・プレス)』!]」


俺の放った無属性魔法Lv3が巨大蜘蛛本体ごと周りの小蜘蛛達を押しつぶす。

さすがに本体をこれで仕留めることは出来ないが、生み出された小蜘蛛達は一掃できた。

すかさず『ジャイアント・ヒル・スパイダー』に接近し、『斬閃(スラッシュ)』を繰り出す。


俺の一撃は表皮を切り裂くが、蜘蛛はそれを気にする様子もなく攻撃モーションに入った。


相手の反撃を恐れるあまり、少し攻撃が浅かったか。

敵の振り回す前脚を十分な余裕を持って回避し、距離をとる。


俺は盾を装備していない分、近距離での防御手段に乏しい。『ヒルクラムソード+1』で受けてもいいのだが、蜘蛛のような巨体の攻撃だと、受けた反動で剣が自分の身体を傷つけてしまいそうだ。

小蜘蛛や粘糸への処理に魔法を使うため、毎回『魔力盾(マジック・シールド)』を展開するわけにも行かず、必然的に間合いに余裕を持って回避することが重要になる。


しかし、その分中距離での攻撃手段は豊富だ。

俺は腰からダガーを抜く。『スローイング』ではない柄のついた大ぶりのダガーだが、的の大きい巨大蜘蛛、まして弓士の『投擲』があれば投げるのに何の支障もない。

弓士の熟練度5で覚えたスキル『烈射(シュート)』を発動させると、ぶうん、という音を立ててダガーが青い光を帯びた。


『烈射(シュート)』はいわば弓版『斬閃(スラッシュ)』で一度だけ弓や投擲の威力を上げることができる。

魔法と比較すると『魔弾(マジック・ショット)』より威力が高く、『火炎烈砲(フレイム・レーザー) 』には劣るもののMP消費が軽めだ。

命中精度はステータスの器用の値に左右されるため、俺からするとかなり使いやすいスキルと言える。


青い閃光となって放たれたダガーは蜘蛛の眉間を撃ち抜き、大きな隙を生む。

俺は振り回す前脚をかいくぐって接近すると、今度こそ至近距離で『斬閃(スラッシュ)』を発動させて仕留めた。


『ジャイアント・ヒル・スパイダー』は緑の塵となって消え、同時に俺の身体からレベルアップの青い光が立ち上る。

さすがにソロだと早いな。


もう少し狩って浅尾さん達とレベル10になるタイミングを合わせるようにしよう。

俺は『ヒルクライムソード+1』を片手に、近くに見えた『レイジ・ブル』の方へと向かった。



■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □



あまり長時間狩りすぎるとモンスターの憎悪(ヘイト)が高まるため、経験値の調整が済んだところで狩りを切り上げ、回復のために魔力の泉に向かうことにした。


一度村に戻ってジョブを入れ替えると、そこから西に伸びる街道を歩く。


……ん?


ふと前方を見やると遠くに人影らしきものが見える。

1人で丸ひつじ(バルーン・シープ)の群れと戦っているようだが、浅尾さんか都築さん?

いや今更丸ひつじはないよな?


弓士のスキル『遠見』で拡大してみると、明らかに浅尾さん都築さんとは違うフォルムだ。冒険者然とした格好をしているので当然村人でもない。


……他プレイヤーか。


まあある種当然か。この島は疑似MO的な空間なのだろうが、完全なゲームの世界ではないおとぎの国である以上、「マップが完全に他者と区切られ、独立している」MOと同じようには行かないのだろう。


他のプレイヤーも同じ島に降り立つ可能性は0ではないのだろうし、どのみち定期船で『大陸』に行けば嫌と言うほど出会うはずだ。

いちいち緊張しても始まらない。


見ればまだ小学生ほどの男子で、ゲームを始めたばかりなのか丸ひつじもなかなか倒せずに苦戦している。

警戒するほどのものでもないな。


あと数時間とはいえ同じ島にいる者同士、トラブルの無いように挨拶ぐらいはしておこう。一応の備えだけはしながら俺は男の子の方に近寄った。


「このっ、このっ!」


男の子は必死にロングソードで丸ひつじを叩くが、1匹割るのに3発以上攻撃する必要があるらしく、1匹を叩く隙にまた別の1匹が寄ってきてしまう。


「メェェェ!」


ぼよん


「ぐあっ、やったなコイツ!」


丸ひつじの体当たりによろける男の子。

端から見ていると微笑ましい風景なのだが、たぶん本人は必死なのだろう。

加勢することはたやすいのだが、それはMMOにおいて獲物の横取りに当たる行為になるため自重する。

さすがに丸ひつじに負けることはないだろうし、片づくまで大人しく待っていよう。


「はあっ、はあっ」

それから数分、何とか丸ひつじを片づけた男の子が肩で大きく息をする。

苦労の甲斐あってレベルアップの青い光が身体から立ち上っていた。


「よう、レベルアップおめでとう。」

「だ、誰だお前!」

出来るだけ柔らかく話しかけたのだが、男の子はこちらに気付いてなかったらしく、警戒心むき出しの対応をとる。


「誰といわれてもな。君と同じプレイヤーだよ。名前はソウだ、よろしくな。」

話しかける俺に対して男の子はなにやら俺の頭上の辺りをじっと見る。

光の加減か、一瞬その目が不思議な色味を帯びて見えた。

「レベル……9?くそっ、PKでもしようっていうのか」


ほう。

俺には男の子のHPバーは見えてもMPバー、レベル、名前は見えない。

それに対して男の子は少なくともレベルが見えているらしい。

先程の目の色の変化から察するにたぶん(まじな)い師のスキル『人物鑑定(低)』だろう。他のプレイヤーと会うときにはあった方が良さそうなので、港町に行く前に職構成を考えた方がいいな。


「しないしない、ただ遠くからキミが見えたから挨拶しに来ただけだよ。あと数時間で定期船も来るし、邪魔をするつもりもないさ」

「定期船?」

「村人から情報を集めてないのか?この島には5日に1度定期船が来て『大陸』の方の港町ユーフラまで運んでくれる。いわば初期マップのこの島である程度ゲームに慣れたら次のステージに進める仕組みなわけだ。」


男の子には言わなかったが、実は今日女神像からイベントクエスト『港町ユーフラへ行こう!』を受信している。クエスト説明を見るとレベル5以上であれば定期船に乗れる資格があるらしい。

男の子は見たところレベル2か3だろうから、まだ『大陸』に渡ることは出来ない。

せめて森で狩れるレベルにならないと大陸は厳しい、と言うことなのだろう。


しかし男の子男の子といささか言いにくいな。

「納得してもらえたかな?こちらは名乗ったし、君の名前を教えてくれると嬉しいんだが。」

「……アキラ。」

一瞬、迷うそぶりを見せたが、隠す必要もないと判断したのだろう。

アキラはぶすっとした表情で名乗った。


「ありがとうアキラ。先ほど言ったとおり、挨拶に寄っただけなので君の狩りの邪魔をするつもりはない。見たところまだゲームを始めたばかりのようだし、聞きたいことがあれば少しだけアドバイスをしてすぐ去るようにするが、何かあるかい?」

「…………。」

また迷うアキラ。聞きたいことはあるがプライドが邪魔をしている、と言ったところか。まあ矜持は大事だが、それを捨てても情報収集した方がいいときもあるのだけどな。


そう考えながらのんびり返事を待つと、決心が付いたのか、(すが)るような表情でアキラがこちらを見てきた。

「……あ、あのさ。実は……」



■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □



「剣士などコスト9以上の前衛職は熟練度5で武器スキルを覚える。」

そういいながら丸ひつじ相手に『斬閃(スラッシュ)』を発動させる。

MPの無駄遣いだが、どうせこのあと泉で回復させる予定だ。構わないだろう。


「す、すげえ!剣が青く光った!カッコイイ!」

「今のが剣スキルの『斬閃(スラッシュ)』だ。武器によってそれぞれ名称や効果は違うが、通常攻撃よりも圧倒的に威力が高く、便利なものばかりだから覚えれば大きな戦力アップになる。」

俺はレクチャーを続けた。


アキラはJPが13あったのにも関わらず、ジョブが【傭兵・(まじな)い師・羊飼い】という何とも微妙なものだった。

アキラ曰く、全部の武器が装備できる傭兵や、異世界ライフに必須に見える『生活魔法』や『人物鑑定(低)』を使える(まじな)い師が魅力的にうつったそうだ。


しかし能力補正のない傭兵・呪い師ではかなり戦闘能力が低くなってしまうので、俺はコスト9以上の前衛職を強く薦めた。


「生活職はこの島なら回復の出来る祈祷師か、簡易ログイン拠点を作れる旅人がいい。森では冒険者の『気配察知』がかなり役に立つから、JPが16まで上がればコスト9の前衛職に冒険者をつけるのもいいだろう。親和性の高い旅人を使っていればそこまでにある程度冒険者の熟練度も上がっているはずだ。」


「ふむふむ、そっか~。なあソウ、術師系ってどうなの?」

「ソロでは薦めないな。切り札といえるLv3がいずれも詠唱を必要とするから、ある程度能力が高くなければ普段の狩りがきつい。やるなら魔力の泉近辺を拠点にしてまめにMP回復に戻るといいが、それだと狩りの範囲が限られるからあまり良い狩り方とは言えない。」


なるほど~、とアキラが頷く。

アキラは素養がそこまで高くはないが、選べるジョブに一応術師系も表示されているらしい。

まずは前衛職をしっかり育ててから、術師系について考えればよいだろう。


アキラは早くアルフ・ライラで遊びたい気持ちがはやるあまり、チュートリアルのシェルハの説明をまともに聞かなかったらしい。そこでいざゲームが始まってみると(つまず)くことだらけだったそうだ。

なにせ『格納庫(ストレージ)』の扱いもろくに知らなかった。


本人も丸ひつじに苦戦している段階で「これではマズい」と思ったようなのだが、今更どうしていいかわからず、ただ気持ちだけが焦っているところに俺が登場したというわけだ。

そんなわけでジョブの説明やメニューの内容、HELPの有効活用や森と丘陵地帯の大まかな情報を教えてやった。


「ん~、じゃあまず村まで戻らないとだな~。ソウ、一緒に来てくれよ!」

「甘えるな、情報は与えたんだからあとは自分で考えなさい。」

「え~、ケチ~!」


アキラが小学生らしい甘えを見せるが俺は突き放す。

ここで世話を焼きすぎることは正直本人のためにはならない。

この世界は現実世界での成長も促したいというシェルハの願いが表れているはずなのだから、ある程度の情報を与えられたらあとは苦労をしてでも1つ1つ自分で学ぶべきだろう。

その方がきっと楽しいはずだ。


アキラも幼いながらに俺の言いたいことがわかったのか、言葉で不満を洩らす以上のことはしなかった。


「わかったよ!オレもあと5日で絶対大陸に渡ってみせるからさ、そのときには一緒に戦ってくれよ!」


「ああ、ちゃんと一緒に戦えるレベルになってたら考えてやるさ。」

たぶん現実的には無理な約束だ。アキラが港町にたどり着く頃には、俺たちはもう別の狩り場に挑んでいる可能性が高い。


しかし再会する機会はどこかにあるかもしれない。

それを期待するのは悪いことでもないだろう。


「ありがとな、ソウ!オレが大陸に行くまで死ぬなよ~!」

「はいはい、死なないから安心しろ。そっちこそあと5日でちゃんと大陸にいけるかどうかを心配しておけよ。」


村の方向に歩きながら、笑顔でぶんぶんと手を振るアキラに俺も手を挙げて返す。


はじめての他プレイヤーとの接触だったが、悪くない。

アルフ・ライラを楽しむ者同士、こういう平和的な出会いばかりだと良いのだが。


……あとで森の中間地点あたりに『ベアソード+1』でも置いておいてやろうか。

俺はもう使わないし、中間地点まで到達できたボーナス代わりにやるのも悪くないだろう。

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