010しばしの休息
「いや~、でも『斬閃(スラッシュ)』は便利だね~。一気に戦力アップした感じだよ。」
村へと戻る途中、浅尾さんが出した話題に「そうだね」と相づちを打つ。
浅尾さんも先ほどまでの狩りで剣士の熟練度が5に上がり、念願のスキル『斬閃(スラッシュ)』を獲得したのだ。
『斬閃(スラッシュ)』は青い光を伴う斬撃スキルで、威力は通常攻撃の2倍ほど。
発動後の隙があまりなく、魔法と違っていちいちスキル名を叫ぶ必要もないため、MP消費さえ気にしなければ連発することも可能だ。
必殺の一撃、というより普段の攻撃に織り交ぜて使えるため、使い勝手はかなりいい。
魔法や索敵でもMPを使う俺よりも、純・前衛職の浅尾さんにうってつけのスキルだろう。
「いいですよね~『斬閃(スラッシュ)』。私も術師系の新スキルをちゃんと使いこなせるように頑張りますね!」
こちらは都築さんだ。
剣士の『斬閃(スラッシュ)』ほど便利ではないものの、熟練度5を超えた戦闘職はほとんどが新しいスキルを覚えた。
都築さんの炎術師、風術師はLv1~3の中でそれぞれ新しい魔法を、俺の冒険者は『解析(低)』を覚えた。
闘士だけは何も覚えなかったが、代わりに筋力・体力・敏捷の補正値が上がったので、これがスキルの代わりなんだろう。
元々持っている『気功術』が密着間合いでしか使えない『闘気衝(オーラ・インパクト)』と、消費の激しさと威力が釣り合っていない飛び道具『気功弾(エナジー・キャノン)』という使い勝手の悪さなので、身体能力を上げるための職だと割り切った方が良さそうだ。
生活職の方は残念ながら熟練度5では変化がない。
羊飼い辺りには元々期待していないが、学者に何もないのはちょっと残念だった。
まあ熟練度10で変化があるかもしれないし、それを楽しみにしておこう。
「それで高津くんは何にポイントを振るか決めたの?」
浅尾さんが問いかけてくる。
これまでレベルアップボーナスを全て保留状態にしてきたのだが、さすがにそろそろそれも限界だろう。どう振るかは悩んだが、一応結論は出した。
「うん、とりあえず筋力・敏捷・知力を中心に振ることにするよ」
「ほほ~、なんか高津くんらしい感じだね。」
「はい、バランスがとれていていいと思います。」
都築さんは褒めてくれたが、バランスがよいというのは器用貧乏と紙一重だ。
俺のステータスで一番高いのは知力なので、本当は後衛職を目指した方がいいのかもしれないが、その場合純真の影響を受けるMPの低さがネックになってしまう。
そのため前衛に特化することも考えたが、今度は知力・精神の高さが無駄になるのが痛い。どちらに寄っても能力を十全に生かせない以上、器用貧乏でもよしと割り切り、どちらも上げることにした。
前衛をこなしつつ、牽制に小魔法を使い、いざとなれば高威力の魔法を打てる。
現状こなしているサポート型としての役割を突き詰めていくのも悪くはない。
もしこの先問題があったとしても、そこから修正すればいいだけだ。
今保留してあるポイントは12。これを筋力・敏捷・知力にそれぞれ4ずつ振った。
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村に戻る頃には皆かなりの空腹状態だったので、まずは定食屋にはいる。
浅尾さんと都築さんが肉野菜炒め、俺は焼き魚の定食を頼んだ。
魚はこの近海でとれたものなのだろうが、どことなく秋刀魚に近い印象でなかなかの美味だ。スタミナの消費に伴って上限値が下がってしまっていたHPが回復するのを感じる。MPも若干戻ったみたいだ。
「そういえばアルフ・ライラでHP・MPを回復させるのって食事以外に無いんでしょうか?」
肉野菜炒めを上品に食べながら都築さんが疑問を呈した。
「確かに~。でもゲームみたいに宿屋に泊まっちゃったら1日終わっちゃうもんねぇ。」
浅尾さんが返事をしつつも間髪入れず肉を頬張る。さすがの健啖ぶりだ。
しかし、本当に食事以外無いのだろうか。確かにこれで多少は回復するのだが、大きく減少してしまった値、特にMPを回復させるのには全然物足りない。
満腹になっても食べ続ける、というわけには行かないだろうから他に回復手段があっても良さそうなものだが、HELPを見ても「休めば回復します」としかない。
う~ん、自然回復しかないのか? MPポーションを使うのはあまりにもったいないしな……。
「あんたら疲れてるんなら、こっから西にちょっと行ったところに魔力の泉があっから、入ってきたらよかんべ。」
俺たちの話を聞きつけたのか、浅尾さんにおかわりをよそうためにやってきた定食屋のおばちゃんが口を挟む。
魔力の泉?初耳だぞ。
ぽーん、とシステム音とともに「!」マークが視界の右上に表示される。HELPに魔力の泉についてが追加されたようだ。
あれか、HP・MPが一定値以下の状態で村人と話さないと開放されない仕組みだったのかな?
「ほえ?それって何なんですか?」
「そりゃ魔力の泉は泉だっぺよ。村のモンも冒険者の連中も疲れたらみんなそこにつかりに行ってっからよ。あんたらも行ってくるといいんでね?濡れてもいい格好とか身体ふく布だったら向かいの雑貨屋に売ってっから買ってくとええ。」
都築さんの質問に答えるおばちゃん。
ああ、確かに雑貨屋に水着とタオルが売ってた。
海岸地帯で遊ぶ人向けなのかと思ってスルーしてたんだが、このためだったのか。魔力の泉は冒険者のための回復手段兼、一種の温泉的な保養施設として存在しているんだろう。
ここの酒場兼定食屋だって、村人はほとんどくることがない、冒険者用の食事処みたいなものだしな。
「わかった行ってみる!おばちゃんありがと~。」
「いやいや、雑貨屋にゃあんたらみたいな若い子に似合いそうなモンも色々売ってっから覗いてみぃ。」
おかわり分もぺろりと平らげながら礼を言う浅尾さんに、にんまり笑いながら返すおばちゃん。
なんだかちょっと気になる笑みだが、とりあえずアドバイス通り雑貨屋に行ってみようか。俺たちは勘定を済ませると店を出た。
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「ななななななんですかこれ!」
浅尾さんから渡された『ちょっときわどい水着』を見て都築さんが頬を真っ赤に染める。割と攻めてる感じのビキニだ。
「いや~、ヒナちゃんそれでびっくりしてたら、こっちの『あぶない水着』は着れないぞ~?」
にやにやと笑みを浮かべて新たな水着を差し出す浅尾さん。
……なんというか、もはやヒモと称した方がいいレベルの代物だ。何でこんなものがのどかな農村の雑貨屋に?
「ひいぃいいいいぃぃぃぃぃ!こっここここれっ、本当に水着なんですかっ!?」
「もっちろん!さあヒナちゃん、これで高津くんをのーさつだっ♪」
「むむむむむむむむり無理無理っ!!!こんなの絶対着れませんって! ほ、他にもっとまともな水着はないんですかっ!?」
もちろんある。
ただそれらは浅尾さんによって巧みに隠され、都築さんの前に提示されていないだけだ。
……悪だな、この人。純真SのSは『Sっ気たっぷり』の意味なんじゃないか?
とばっちりが怖いのであえて口は挟まず、男性用水着を数点手に取る。
まあ、オーソドックスなハーフパンツタイプでいいだろう。
緑色をベースにしたトロピカルな柄の水着を選ぶと、大きめのタオルとともに店主に渡し、会計をお願いする。
店主は坊主頭の無表情な親父さんで、浅尾さんと都築さんのやりとりを聞いても眉一つ動かさず、ぼそっと「8ディレム」とだけ呟いた。
骨董品屋の店主にでもいそうな雰囲気だが、でもこの人が『あぶない水着』とか仕入れてるんだよな?……思わず真偽を確かめたくなるが、余計なことをして浅尾さんの注意がこちらに向くのが怖い。君子危うきに近寄らずだ。
俺は格納庫(ストレージ)からお金を取り出して支払い、そそくさと店を出た。
「じゃっ、じゃあアヤちゃんはどれを着るんですかっ!」
「わたし?この『普通にかわいい水着』だよっ♪」
「なっ!……ずるい!!そんなのどこにあったんですか!!私もそれにします!」
「ざ~んねん!これはこの1着で最後なんだな~。ヒナちゃんにはこの『オトナのエロカワイイ水着』も似合うと思うよ~?」
「ふぇぇぇぇぇぇぇん!!アヤちゃんのオニ!!アクマぁ~!!!!!!」
「そ~んなこと言っていいのかなあ? じゃあこの『ひかえめでかわいい水着』も私が買っちゃおうかな~?」
「にゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!ま、待って!!!!!買う、それ私が買う!!!」
うん、絶対に浅尾さんだけは敵に回しちゃダメだ。
店の外で遠くの景色を眺めながら俺は堅く心に誓った。
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その後は村でクエストの報酬の受け取り兼、情報収集をしてから泉に向かった。
鍛冶場にも丘陵地帯のモンスターソウルから何が作れるかを確認しに行ったのだが、親方格の職人に『ジャイアント・ヒル・スパイダー』のソウルを見せると、なぜか新規クエストを受信した。クエスト名『鍛冶屋の最高傑作』だそうで、レイクソードを超える剣を鍛えるために、丘陵地帯のソウルを大量に集めてほしいらしい。
かなりの数を狩る必要があるが、是非達成しておきたい。
スパイダーソウルもまだ複数個必要らしいので、魔力の泉で回復したら再び戦いに行こう。浅尾さんも『斬閃(スラッシュ)』を覚えたことだし、俺もジョブを戦闘職で固めれば前よりは楽に倒せるはずだ。
打ち合わせをしながら西へと進むと10分ほどで泉に到着した。
こんもりと盛り上がった丘の陰に隠れ、周りに木々が生い茂る形になっていたので今まで全然気付かなかった。女神像のマップにも載っていなかったし、色々なシチュエーションで情報収集しないとダメなんだろうな。
「うわ~、綺麗な泉だね~!」
「なんだか清浄な雰囲気に満ちてますね~。」
浅尾さんと都築さんが感想を洩らす。
全く同感だ。
商業施設のような飾り気は当然ないが、魔力に満ちあふれているのか見ているだけで心が洗われるような気がする。
おあつらえ向きに泉に面した丘には着替えに適した洞窟があるので、交代で見張りをしながら着替えることにした。まずは俺、続いて浅尾さん、最後に都築さんだ。
「じゃーん、どうかな高津くん?」
着替えに入る都築さんと入れ違いで浅尾さんが出てきた。
『普通にかわいい水着』は標準的なビキニタイプの華やかな柄の水着で、確かに普通にかわいい。浅尾さんは健康的な美人で、エリナと遜色のないプロポーションの持ち主だから、そのかわいらしさを褒めるのに社交辞令が一切いらないのは楽でいい。
「いいんじゃない?すごくかわいいと思うよ。」
ジロジロ眺め回しては失礼に当たるので視線を顔に固定したまま賛辞を述べると、浅尾さんはイタズラ小僧の笑みを浮かべた。
「ちぇ~、やっぱリア充の高津くんはこのくらいの水着じゃ動じてくれないか~。ちょっとでもすけべえな顔をしたら新城さんに言いつけようと思ったのにな~。」
……やっぱり。
うすうすそんな予感はしていたのだが、やはり浅尾さん相手に絶対隙は見せられない。
俺が「『夢の中で女の子に鼻の下伸ばしてました~』って言っても説得力はないんじゃない?」と返すと、浅尾さんは「まあそうだよね~」と笑っていた。
そこに、
「お、お待たせしました~」
『ひかえめでかわいい水着』を身につけた都築さんがやってきた。
こちらは下がパレオになっている。……見た感じあまりひかえめでは無いような気もするのだが、都築さんに似合っていてかわいらしい。
今までそんなに接点の無かった俺に水着姿を褒められても困るだろうから、一言「都築さん似合ってるね」とだけ声をかけたのだが、それだけでも「あああああありがとうございます!」と赤面してしまっていた。
恥ずかしいだろうからあまり都築さんの方は見ないようにしよう。
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その後、皆揃って泉に入ったが、泉の水はほんのりと温かく、浅いところは浴槽並みの水位になっていたので、本当に温泉に入っているような感じだった。
温泉のような独特の匂いもなく、魔力を帯びた水が身体を優しく包み込むこの感覚は現実世界ではちょっと味わえないかもしれない。
浅尾さんも都築さんも身体を伸ばしてリラックスしており、俺も少し離れたところでのんびり休ませてもらったが、みるみるうちにMPが回復していった。
もっとも浅尾さんは少し時間が経つとその辺を泳ぎ回って遊び始めたが。
つくづく元気の塊みたいな人だ。
都築さんの方はずっと目を閉じて恍惚とした表情を浮かべていたが、元々温泉とかお風呂とか好きな人なんだろう。
……エリナも温泉が好きだったな。
今年の夏、遠出するならどこに遊びに行きたいかと話を振ったとき、水着で楽しめる屋外型の温泉レジャー施設を提案されたのにはちょっとびっくりした。
夏休みということもあって結構混んでいたし、俺はそんなに温泉にこだわりもなかったのだが、俺の手を引いて片っ端から色んな温泉にチャレンジするエリナの姿は見ていて微笑ましいものだった。
今年の冬もどこか温泉の名所に誘ってみようか。
高校生のカップルでは制限も多いだろうが、探せばエリナを満足させられるところもあるだろう。
「高津く~ん、MPの回復具合はどう?」
考え事をしていると浅尾さんから声がかかった。
視界下部のMPバーを見てみるとほぼ全快状態だ。
そろそろいいだろう。
ここまででログインからそろそろ3時間半ほど。7時間中半分が経過した。
残りの時間、存分に丘陵地帯での狩りに挑むことにしようか。