009二日目・丘陵地帯へ
ゆっくりと目を開けると目の前には白と黒の女神像。
ウル島の村の祭壇だ。
「また、戻ってきましたね~」
「よ~し、今日も頑張ろう!」
横から聞こえる都築さんと浅尾さんの声。
アルフ・ライラ2日目の朝だ。
今日もログイン時間はPM10:00~AM5:00までに設定してあるが、この7時間が長いようで案外短い。さくさく用件を片づけて丘陵地帯に向かいたいところだ。
昨日森の中間地点まで到達したのでそこを拠点とする手もあったのだが、いくつか理由があって村の方から開始することにした。
「おばちゃん、おはよ~!何か変わったことはない?」
浅尾さんが昨日女神像について教えてくれた女性に声をかける。
まず1つはこの情報収集だ。
昨日と比べて何か変わったことはないか、クエスト情報でも他のプレイヤーの情報でも少しでも有益な情報があれば聞いておきたい。
おばちゃんからは「う~ん、そういえば昨日森のほうから火の手が上がっていたけど……」という程度だったが、浅尾さんが都築さんの方を見てにやにやしていたので、いじりネタとしては有効活用されそうだ。
昨日と違って農作業に向かう前の男達にも声をかけると、いくつか新規のクエストを受けることが出来た。
「よし、じゃあ次は鍛冶場に行こうか!」
浅尾さんを先頭に村はずれの鍛冶場に向かう。
これが2つ目の理由だ。
丘陵地帯に向かうにあたり、俺たちの武器・防具の強化を昨日のうちに鍛冶職人達にお願いしている。
装備の強化や作成に必要なアイテムはモンスターのドロップ品なのだが、これがいくつかの系統に分けられ、それぞれ役割が違う。
まずは『羊毛(ウール)』や『毛皮(ファー)』、『青銅(ブロンズ)』や『鉄(アイアン)』といった見た目にもわかりやすい、装備のおおもととなる『素材』。
俺が今まで使っていたのも『鉄(アイアン)』を素材とするロングソードだ。
次に各モンスターの名前の付いた『ソウル』。
これをロングソードのような『基幹装備』に『錬成』することによって新たな装備を生み出すことが出来る。俺が今回依頼したのは、ロングソードに『ベアソウル』を錬成して『ベアソード』を作ってもらうことだ。
他に錬成可能だった『ウィーゼルソード』、『ワスプソード』の2つと比べても攻撃力が高めなのと、『ウィーゼルソウル』、『ワスプソウル』には別の用途がある。
そして、最後に宝石の名を冠した『ストーン』だが、これは各装備品の『強化』に使われる。今俺たちが持っているのは『アメジストストーン』が4つだが、これを浅尾さんの『レイクソード』、俺の作る『ベアソード』、都築さんの作る『蜂の杖』の3つをそれぞれ『+1』にするために使う。
「おう、あんたらか。ほら、頼まれたモンは全部出来てるぜ!」
鍛冶場を覗く俺たちに対して、30台半ばほどの、職人さんとしてはちょっと若めの男性が声をかける。
ほらよ、と依頼した大量の品をまとめて渡してくれる職人さん。なかなか気の良い兄ちゃんだ。俺たちは支払いを済ませ、装備の感触を確かめる。
うん、悪くないな。
浅尾さんや都築さんも気に入ったようだ。少なくとも昨日に比べてかなりの戦力アップだろう。俺たちは職人さん達に礼を言ってその場をあとにした。
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「う~、私もジョブチェンジしたいな~、早くJPあがんないかな~」
浅尾さんがこちらをうらやましそうに見てくる。
そう、3番目の理由がこのジョブチェンジだ。
再び女神像の前に戻ってくると、俺は光の女神像に祈りを捧げ、『ジョブチェンジ』を選択する。
今の俺のジョブは【剣士・弓士・氷術師・冒険者・薬師・学者】だが、昨日の冒険での有用度をもとに再編することにした。
まず薬師が期待外れだった。スキル『薬草・毒草判定』がフィールドで薬草を青、毒草を赤で教えてくれるはいいのだが、肝心の薬草・毒草がとにかく効果が低い。薬草に至っては3分間でHPがたったの3しか回復しないため、論外だった。
『調合(低)』も今のところシェルハに支給してもらったポーションの1ランク下のものもまともに作れない有様で、少なくとも初期マップでは不要と判断した。
逆に学者は大変有用だった。
先ほど鍛冶職人達に依頼した装備品やドロップ品の性能・効果はすべて学者のスキル『鑑定(低)』で得た知識だ。学者は戦闘能力が皆無なのだが、『鑑定(低)』に加え、『解析』で出会ったモンスターの名前、レベル、大まかな特徴を知ることが出来るので重宝している。
氷術師も面白い。
火事を消すための緊急避難的につけたのだが、牽制・補助系の魔法に恵まれ、MP消費も少ないので、しばらく魔術師と交代交代で試していきたいジョブだ。
そのため今日は【剣士・闘士・氷術師・冒険者・学者・踊り子・狩人】にした。弓士を外すかどうかは迷ったのだが、森での索敵は冒険者の『気配察知』である程度まかなえるのと、この島自体が『遠見』を必要とするほど広くはない。それよりは闘士で筋力・体力・敏捷補正を上げた方が良いだろう。せっかく熟練度も4あるしな。
踊り子は弓士を外す代わりの『投擲』持ちとしてつけた。
『投擲』は魔術師の『魔弾(マジック・ショット)』があればあまり出番はないのだが、今日は氷術師を試すため一応つけている。
『踊り』は数種類存在し、それぞれ短時間味方全体のステータスを上げる効果があるのだが、残念なことに踊りのモーションが長く前衛職には不向きだった。
狩人は弓士との親和性があるため、弓士の熟練度を上げる目的でつけておく。
ちなみに気になっていた呪い師も昨日一度試してみたのだが、『生活魔法』は術師系のLv1魔法『~操作』で代用出来そうなものが多く、『人物分析(低)』の方は村人の名前とレベルがわかる程度だった。少なくとも他のプレイヤーに出会うところまで行かなければ不要のスキルだろう。
「終わりました?」
セッティングを済ませ、二人の方に戻ると都築さんが尋ねてきた。軽く頷いて肯定する。実は都築さんもジョブチェンジをしたがっていた、というより昨日の失敗から炎術師を外したがっていたのだが、俺と浅尾さんとで説得してそのままにしてもらった。
正直、炎術師を外すとかなりの攻撃力ダウンになる。昨日の件も『火炎球(ファイアーボール)』1発だけならそこまで問題はなかったし、風雷魔法Lv2の『麻痺雷撃(スタン・ボルト)』を使っていればもっと楽に迎撃できた。要は運用方法の問題なので、失敗から学んでもらえれば大丈夫だろう。
一通り準備がすんだところで、昨日の酒場兼定食屋で食事をとり、村を出る。
目指すは森を抜けた先、この島一番の危険地帯である丘陵地帯だ。
「ん~!わくわくしてきたなあ!よし、やるぞ~!」
日の光を一杯に浴び、浅尾さんが両手をかざして宣言する。
この人の元気はきっと身体の奥底から無限にわいて来るに違いない。
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「いや~、やっぱり見るも無惨な有様だね~」
「うっ、そ、それは……」
森の中間地点までたどり着くと、左手の湖方面が昨日の火災の爪痕を色濃く残している。
いくらおとぎの国やゲームの世界といっても1日で全て無かったことにはならないらしい。たぶん湖の水も干上がったままだろうな。
ただ、一方で黒く焦げた木々の合間から緑の新芽が早くも吹き出している。
この辺はさすがにファンタジーだ。たぶん一ヶ月もすればもとの森林に戻るだろう。浅尾さんもそれをわかっているのか、気まずそうにしている都築さんを容赦なくいじる。
「そういえば暴れ回ったあと放心状態のヒナちゃんは、高津くんにお姫様だっこされて湖まで運ばれたんだよ~」
「……え?ええええええええええええええ!!お、お姫様だっこ!?本当ですか、高津くん??」
一応事実なので肯定すると、都築さんが、ぼんっ、と音が聞こえそうなレベルで顔を赤くする。慌てて両手で顔を覆って隠そうとするが、あまり効果があるようには見えない。
そこに「ひゅーひゅー♪」と追撃を加える浅尾さん。
……完全に遊んでいるな、この人。
もっとも気がゆるむのも無理はない。
装備品の強化のおかげで、ここまでの道は昨日とは比較にならないほど楽だった。
……この辺りで一番強いジャイアントベアでさえ、浅尾さんのレイクソードで一撃だったものな。
レベルも浅尾さんと都築さんは4に上がり、浅尾さんは全て敏捷に、都築さんはようやく精神と知力に振っていた。俺はまだレベル3のままだが、闘士のステータス補正のおかげか、昨日よりも身体が軽く感じる。
「二人とも、遊ぶのはそのくらいにしてそろそろいいかな?」
放っておくといつまでも先に進まなさそうなので声をかける。
切り上げ時だと思ったのか、浅尾さんが「は~い」と返事をして右の小道の方に視線を向けた。
こちらが今日のメイン、丘陵地帯に続く道だ。
冒険者のスキル『気配察知』を展開し、慎重に歩を進める。
さすがに森を出るまではそこまで強敵も出ないだろうが、昨日の巨大雀蜂のような例もある。
索敵しながら冷静に敵を狩り、森の出口を目指した。
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薄暗い森を抜けると、そこはさんさんと太陽の光が降り注ぐ緑の丘陵地帯。
いよいよこの島一番の危険地帯だ。森を抜けたことで有効になったレーダーに赤い点がいくつも出現する。
まだ気付かれてはいないようだが、気を引き締めていきたい。
一番近くにいるモンスター数匹を学者のスキル『解析』で見る。
名前は『ヒル・ゴブリン』、レベルは6だ。
ゴブリンといえばゲームにおける雑魚敵の代表格だが、ジャイアントベアのレベルが5なので侮ってはいけないだろう。
しかも奥の方に見えた別のゴブリンの群れを『解析』したところ、遠くて読み取りにくいものの、ちらっとレベル8、レベル10という数字が見えた。
……しまったな。弓士の『遠見』があればもっと正確な情報を集められたか。
アルフ・ライラにはレベル補正の概念があり、レベル差のある相手にはこちらの攻撃が通りにくく、あちらから受けるダメージは増加するらしい。
『絶対に勝てない』というものではないようだが、Lv10のモンスターは警戒すべき相手だ。できるだけ情報はあった方がいい。
一瞬この場でのジョブチェンジを検討するが、やめた。メニューからは1日1回しかジョブチェンジが出来ないので、もっと切迫した状態になった時のためにとっておきたい。
差し当たって奥の連中に気付かれる前に、近くのゴブリン達を片づけてしまおう。
俺は浅尾さんと都築さんに合図を送り、慎重に接近する。
そして、
「『火炎烈砲(フレイム・レーザー)』!!」
いつものように都築さんの魔法を合図に戦いが始まる。
本当は複数を巻き込める『火炎球(ファイアー・ボール)』の方が良いのだが、爆音で奥の敵に気付かれる可能性がある。ゴブリンの一体がまともに直撃を受け、ひるんだところに浅尾さんがレイクソードの一撃を浴びせて仕留めた。
間髪入れず別の個体に斬りかかる浅尾さん。
一方、俺は残りの3体を剣と氷水魔法Lv1『水破斬(アクア・カッター)』で牽制し、時間を稼ぐ。
『水破斬(アクア・カッター)』は高圧噴射で放つ水の刃で、飛距離と威力は『火炎烈砲(フレイム・レーザー)』に大きく劣り、効果範囲は『風破斬(ウインド・カッター)』に劣るのだが、消費MPがかなり低く、かつ『水冷操作』で周囲に水を精製していけば、『魔弾(マジック・ショット)』に近い連射性能を誇る。
俺は剣で一体と切り結びながら、立て続けに4発の『水破斬(アクア・カッター)』を残りの連中に浴びせた。
「ギィ!」、「ギィイイ!」
ダメージを受けたゴブリン達が苛立たしげに叫ぶが、有効な対策はないだろう。
そこに接近する……都築さん?
「『麻痺雷撃(スタン・ボルト)』!!」
一瞬ひやりとしたが、彼女は冷静に風雷魔法Lv2『麻痺雷撃(スタン・ボルト)』の有効距離を見定めていたらしい。
もっとも効果的な間合いで放った高電圧の雷撃は、ゴブリン2体を一気に麻痺状態に陥れた。
あとは俺と浅尾さんがそれぞれ目の前のゴブリンを仕留めてから加勢に入る。
うん、理想的な勝利だ。
「ナイス、ヒナちゃん!」
浅尾さんが都築さんをたたえ、それに対して「えへへ」と照れる都築さん。
確かに好判断だった。ただ気を抜くのはまだ早い。
今の戦闘で遠くにいたモンスターの群れが反応してしまったらしく、レーダーにはこちらに迫る赤い点が8つ見える。そのうち2つはさっきのレベル8とレベル10の個体だ。
「気をつけて!今度はレベル8と10を含む群れが来るぞ!」
二人に注意を呼びかけてから、俺は氷水魔法Lv3の詠唱に入った。
この距離ならたぶん接敵するまでに詠唱が間に合う。
それを見て都築さんも火炎魔法Lv3の詠唱を始めた。
都築さんに目線で合図を送る。
氷水と火炎では性質が逆のため、タイミングが変に重なってしまえば効果を半減させるおそれがある。順番は俺が先、都築さんが後だ。
都築さんは目線の意味を理解してくれたらしく、こちらを見て頷く。
浅尾さんはやや前に立ち、詠唱中の俺と都築さんに攻撃が仕掛けられないよう新調した盾『ウィーゼル・ラウンドシールド』を構えて備えた。
そこに現れたのはLv6『ヒル・ゴブリン』6体とレベル8『ヒル・ゴブリンガード』、レベル10『ヒル・ゴブリンコマンダー』の群れだ。
曲刀を持つだけのヒル・ゴブリンに対し、ヒル・ゴブリンガードはそのほかに盾を、ヒル・ゴブリンコマンダーはさらに鎧と兜を身につけている。
ちょっとやっかいそうだ、しかし……
「『氷刃散華(フリージング・ウェイブ)』!!」
詠唱を終えた俺の氷水魔法Lv3がゴブリン達の足下で炸裂した。
発動地点を中心に、まるで氷の花を咲かせるような形で幾片もの尖った氷塊が地面を割って出現し、ゴブリン達を串刺しにする。何体か生き残るが、この魔法は追加効果『凍傷(アイス)』で相手の機動力を奪うことが出来る。明らかに動きが鈍った。
そこに、
「『烈火爆炎陣(フレイム・バースト)』!!!」
都築さんの火炎魔法Lv3が放たれ、業火がゴブリン達を包む。
ただ1体、『ヒル・ゴブリンコマンダー』のみが燃えさかる炎から飛び出し、襲いかかってきたが、浅尾さんが冷静に盾ではじき、レイクソードで一刀のもとに切って捨てた。
瞬間、しゃらしゃらという祝福の音色とともに俺の身体から青い光が立ち上る。
「お~、おめでとう!やっとレベルがあがったね~。」
「高津くん、おめでとうございます!」
まあ、さすがにレベル3のプレイヤーが、レベル10を含む敵の群れを倒せばあがるだろうな。むしろ今まで上がらなかった方が不思議だ。
気になってメニューでレベル5までの必要経験値を見てみたが、ちらっと数字が見えたところですぐ閉じた。
うん、精神衛生上良くないからもう見ないことにしよう。
……しかしまだ油断するのは禁物だが、この調子なら丘陵地帯で充分戦っていけそうだな。
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その後、ゴブリン以外にも数パターンのモンスターと遭遇した。
一番厄介だったのが体長5mにも及ぶ巨大蜘蛛、レベル12の『ジャイアント・ヒル・スパイダー』で、レベル補正を考慮しても耐久力が異常に高く、攻撃手段も広範囲に『鈍足(スロウ)』効果のある粘糸をまき散らしたり、レベル5の小蜘蛛を大量に生み出したりとで嫌らしいことこの上なかった。
都築さんの『火炎球(ファイアー・ボール)』で糸や小蜘蛛を焼き払ってもらいつつ、俺と浅尾さんとで接近戦を仕掛けたのだが、レイクソードでもなかなか決定打を与えられずに戦いが長引いてしまった。
結局俺が剣士の熟練度5で覚えたスキル『斬閃(スラッシュ)』を連発して仕留めたのだが、だいぶMPを消費したため、浅尾さんと都築さんから『魔力譲渡(ミア・グレイス)』で補給してもらうことになったのは申し訳なかった。
『ジャイアント・ヒル・スパイダー』がいたのは丘陵地帯の中心、しかも1体だけで周りに他のモンスターもいなかったので、丘陵地帯のボス的な扱いなのかもしれない。
レベル9の黒豹型モンスター『ブラック・ビースト』や、レベル11の牛型モンスター『レイジ・ブル』とも戦ったが、明らかに『ジャイアント・ヒル・スパイダー』だけが別格の強さだったので、きっと特別なモンスターなんだろう。
そのまま1時間ほど狩り続けたところで都築さんのレベルが6まであがり、MP回復や補給のために一旦村まで戻ることになった。
丘陵地帯はさすがに敵が強いだけあってレベルの上がりが早い。
浅尾さんももうすぐ6にあがるそうだ。
俺もやっと5まであがった。
これまで保留していたポイントをそろそろ振らないとな。
本日2話目となります。
3話目は22時投稿予定です。
よろしくお願いいたします。