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001異世界への扉


「https://www.alf-layla-online.mobile.xx/xxxxxxxx/」


ブー、ブー、と規則正しく鳴るバイブ音に急かされて携帯を取り出すと、メッセージアプリが怪しげなアドレスの着信を告げていた。


送り主の名は見覚えのない半角英字の組み合わせ。本来ならばこの段階で何かの広告かワンクリック詐欺と判断して削除するところだが、着信先はうちのクラスのメンバーで構成されたグループチャットだ。


アドレスは携帯用のオンラインゲームのもののようだし、クラスメイトの誰かが最近ハマってるゲームのサイトを宣伝目的で投稿したのだろうか。


遊び仲間が増えれば良し、うまくいかなくても匿名でアドレス1つ投稿しただけで周りの気分を害するほどの行為でもない、という発想なのかもしれない。

……あまり効果的なやり方とは思えないが。


俺は一旦携帯を机の上に置き、背もたれに体重を預けて天井を見る。

古ぼけた蛍光灯の明かりが目にはいるが、眩しいと感じるほどの光量も無い。にも関わらず宙を舞う埃がうっすらと見えるのは、ここがいかに普段手入れがされていないかの証と言えよう。


今俺が居るのはうちの高校の図書館だ。ここは築五十年にも及ぶ年季の入った建物で、内装は味のある……などといえば聞こえは良いがただ古いだけだ。位置的には校舎から距離があるため利便性は悪く、おまけに蔵書もそれほど揃っていない。


そんなわけで生徒からの人気は皆無な施設なのだが、それを逆手にとって俺はテスト勉強のための穴場スポットとして重宝させてもらっている。今も俺以外には司書のおばちゃんと数人の生徒しかおらず、俺は窓際のテーブルを一人で丸々占拠して参考書を広げていた。


静かな環境、広いスペース、放課後すぐに利用可能な位置関係。どこをとっても勉強場所としては理想的だ。


少しぼーっとしてしまったが、ここで思考を(くだん)のアドレスへと戻す。


無視するのが一番楽だが、一応クラスメイトが送ってきたものだ。何か一言返信してもいいが、そこに変に食いつかれ、会話が続くとそれはそれで面倒でもある。


思案した末、俺は別のアプリを起動し、先ほどのアドレスを解析することにした。


……やはりゲームのページへのリンクのようだな。ウィルスは検出されず、危険度は最小。


これなら開いても問題ないだろう。

確認がすんだところであらためてアドレスをクリックすると、画面に表示されたのは夜を思わせる黒の背景に瞬く星々。そこに月とともにぼんやりと文字が浮かび上がってきた。


『Alf Layla Online』


アルフ・ライラか。画面のイメージからして『千夜一夜物語(アルフ・ライラ・ワ・ライラ)』から取ったのだろう。


一般に『アラビアンナイト』として知られる中東の説話集で、その中にはシンドバットの冒険など、子供向けの童話として知られる作品も多い。


確か各物語を繋ぐ根幹部分が『とある国の王妃が心を閉ざした暴君を改心させるべく、夜ごと胸躍る冒険譚を聞かせる』という話だったから『千夜一夜物語』の名がついたんだっけかな。


見ればゲームの内容や設定のページも特になく、画面下の方にうすぼんやりと光る白い大地の上に「ダウンロードはこちら」のアイコンが点滅している。


大手企業のDLストアには対応していないようだな。

もっとも仮にDLしたところでプレイするつもりはない。ゲームは(たしな)む程度にはやるし、オンラインゲームも最低限の知識はあるが、今は他に色々とやることが多い。


それでも一応要求されるアクセス権限だけは確認しておこうとページを進めたところで俺は眉をひそめた。


電話帳へのアクセスやGPS位置情報といったあまり歓迎できないものに加えて、「TRANSIT許可」、「REM制御」、「PULSE管理」、「CELL再構成」という見たこともない権限が列挙されている。


どんなゲームなのか知らないが、さすがにこれはやばい。

このアドレスを送ってきた人間が理解してるかどうかは知らないが、これはほぼマルウェアと見て間違いないと思う。


……さすがに故意にマルウェアをDLさせようとする人間がクラスメイトにいると思いたくはないが。


俺はメッセージアプリを再起動し、先ほどのアドレスの下に「↑見た。アクセス権限注意。マルウェアの恐れあり」と打ってクラスメイトに注意を促しておく。

これを見てなおDLするのであれば自己責任でいいと思うが、何も知らずにDLしてしまったらさすがにかわいそうだ。

一通りの作業を終えたところで携帯の画面を閉じた。


最初にメッセージを受信してからここまでおよそ3分。

無駄といえば無駄な時間だが、勉強の合間の息抜きと考えればまあ悪くはない。

来週からは定期考査なのだから、部活がオフのこの期間にしっかりやっておこう。


そう考えて勉強に頭を切り換える。まさにその瞬間。


「都築さん、都築さん、うちのクラスのグルチャのアドレス、みた?」


少し離れたテーブルで、ボーイッシュな感じの女の子が、大人しく勉強していた子に歩み寄り、話しかけていた。


「え?ううん、私図書館では携帯の電源切ってるから……。」


「そうなんだ~、いやさっきグルチャでアドレスだけのメッセージがきてさ、なんなんだろうな~って思ってクリックしたら、ゲームっぽいサイトに飛ばされたんだよね~。」


ほら、これこれ~と言いながらボーイッシュな女の子が大人しい子に携帯の画面を見せる。


見覚えがある。特に仲がよいわけではないが、二人とも同じクラスだ。

大人しい方の子が都築雛子(つづき・ひなこ)、ボーイッシュな感じの子が確か、


「浅尾さん、よくわからないけど、それちょっと怪しいんじゃ……」


そう、浅尾彩佳(あさお・あやか)だ。確か陸上部で短距離のホープと言われてる活動的な子で、ショートカットに健康的な肌の色、くりくりとした瞳が印象的な、なかなかの美人である。


一方若干困ったように受け答えをしている都築さんの方は、さらさらとした黒髪を長く伸ばした典型的な文学少女系の外見で、色白な肌と大きな眼鏡がそのイメージを一層強調している。


普段、浅尾さんと一緒にいる所を見たことがないので、たぶん突然話しかけられてとまどっているのだろう。

そんな都築さんに構うことなく隣の椅子に腰を下ろし、ぐいぐい体を寄せながら話を続ける浅尾さん。


「だよね~、たぶん飯野くんとか細山君あたりのグルチャだと思うんだけどさ~、これクラスのみんなに遊んでほしいってことかな~?」


「どどどどうかな、私よくわからないけどやめておいたほうがいいと思うよ?」

対照的に及び腰で応対する都築さん。


まあ当然だろう。浅尾さんは明るくて誰にでも気さくに話しかける性格のようだが、都築さんは明らかに人見知りするタイプだ。


彼女も俺と同じく人が来ない静かな図書館で勉強したかったようで、今の状況は予期せぬトラブルといったところだろう。


一方の浅尾さんの方は、俺の注意喚起の書き込みを見る前にアドレスをクリックしていたのか、例のゲームに興味津々の様子だが、このまま都築さんと話しても求めている情報は得られない。


ここは助け船を出したほうが良さそうだ。

俺はそう考えて席を立ち、彼女たちの元へ歩き始めた。

と、そのとき。


「まあいっか、とりあえずダウンロードしてみよう!」

「え?ちょっと浅尾さん?」

「あれ~、色々権限がどうとかでてきたけど……まあいいや、OK押しちゃえ!」


おいおい、それはあまりに短絡的すぎるでしょ!

俺は歩調を早めて浅尾さんの元に向かう。

一方都築さんも逃げ腰の状態から浅尾さんを止めるべく手を伸ばす。


「待って、それは……」

俺の手がまさに浅尾さんの肩にふれようとする瞬間、

都築さんの手も浅尾さんの右手首のあたりにかかり、

しかしそれを意に介さず浅尾さんの手が携帯の画面の「OK」を押し、


携帯電話からあふれ出した光が俺たちを飲み込んだ。



■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □



白金色のまばゆくも優しい光が俺を包む。

近くにいるであろう浅尾さんと都築さんの姿も、その輝きに染め上げられて見ることができない。


そのままふわりと体が浮き上がる。

まるで無重力の宇宙空間に吸い出されたような、それでいて優しく誰かに抱きかかえられているような不思議な感覚だ。


心地よい。言葉にするならばまさにその一語に尽きる。

このまま永遠に味わっていても良いとさえ思える感覚だが、しかしやがて光は徐々に一点に向かって収束をはじめ、それにともない俺の体も少しずつ重力に引かれて地面に降りていく。


とん、と地面につま先がつく感触。

その瞬間ふわっと風が舞いおこり、光の霧が晴れて世界がその姿を現した。


そこで視界に飛び込んできた世界は元の古びた学校の図書館ではなく、


「うわぁ~、すごいねコレ!田舎のばあちゃんちで見た夜空と一緒だよ!」


浅尾さんが感嘆の声を洩らす。そう、先ほどのゲームサイトを彷彿させる、満天の星空だった。


「こっ、ここここここここは一体どこなんでしょう?」


あまりの現実離れした展開にぺたんと床に座り込む都築さん。

足下にはうすぼんやりと光る白いタイルのようなものが一面にしかれており、それが俺たちの姿を照らし出している。

どこか建物の屋上にある展望台なのか、かなり遠くに落下防止用の柵らしきものがあるほかは視界を遮るものが何もない。


いや、柵の囲い方が四角形ではなく円形であること、その半径がどう見ても100メートルは超えているところから考えると建物の屋上でもないかもしれない。


少なくともこれほどのスペースのある展望台に俺は心当たりがない。


放課後の学校の図書館から、夜空のきれいなよくわからない屋上(?)へ。

服装もいつの間にか皆制服から白の貫頭衣のようなものに変わっている。

都築さんに至っては眼鏡も無くなっているんだが、見えてるのだろうか?


あまりに現実離れした状況に俺はため息をつく。


ここがどこか? 俺が聞きたいな、まったく。


「都築さん、立てる?」

ただこのまま佇んでいても仕方がないので、腰が抜けたようになっている都築さんに話しかけ、手を取って身体を起こす。都築さんは今まで俺が居ることに気づいてなかったのか、「へ?え?たっ、たたたたかつくん!?な、なんで???」と一層の混乱状態に陥っている。


「いや、俺もさっきまで図書館にいてさ。例のグルチャのアドレス、怪しいから開かないようにって、浅尾さんに警告しようとしたら光に飲まれてこうなった。」


「え?そうだったんだ?じゃあ私のせいだ、高津くんごめ~ん!」


浅尾さんがぺろっと舌を出しながら謝ってくる。

正直あまり悪いと思っているようには見えない仕草なのだが、彼女がすると不思議と許せてしまう雰囲気になるな。


「あ~、いいよ。こんなことになるなんて、誰も予想できないだろうしさ。」


実際、浅尾さんのせいで!みたいな気持ちはさらさら無い。

俺は手をひらひらと振って謝罪を受け入れると再び辺りを見渡した。

とりあえずは周りを囲む柵まで行ってみるか。

そう考えたとき、


「ようこそ、幻想世界アルフ・ライラヘ。新たなる少年少女の来訪を心より歓迎いたします!」


穏やかな、それでいてはっきりとした意志を感じさせる声が響いた。



■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □



「えっ?」

「ひっ!」

浅尾さんに都築さん、そして俺は一斉に声の聞こえた方向、すなわち先ほどの光が収束した場所を見る。


そこに現れたのは、太陽の光を集めたような白金色に輝く鮮やかな金髪に、吸い込まれそうなほど澄み切ったスカイブルーの瞳を持った少女。


言葉にすれば金髪碧眼の一言ですむはずのその組み合わせが、しかし現実ではどれほどの美女であっても備えることの出来ない圧倒的な輝きを放っている。


服装は俺たちと同じ白の貫頭衣だが、本来ただの質素な衣服のはずのそれも、彼女が身につけると神性を帯びて見えるから不思議だ。

年の頃は俺たちより数歳下、だろうか? しかしゆったりとした笑みを浮かべ、物腰穏やかなそのたたずまいには年配の貴婦人の風格も備わっている。


「すみません、突然のことで驚かれていると思います。非礼をお詫びいたします。ただ決してあなた方に害を及ぼすことはありませんので、落ち着いてください。私の名はシェルハ。この世界の管理人、とでも言うべき存在です。」


シェルハと名乗る少女は俺たちを見回しながら、唄うように語り始めた。


「なるほど、シェルハさん。丁寧な挨拶をありがとう。俺の名前は高津創一郎(たかつ・そういちろう)、こちらは浅尾彩佳(あさお・あやか)さんと、都築雛子(つづき・ひなこ)さん。貴女がおっしゃったように、俺たちは今状況が掴めずに混乱している。できればその辺りを説明していただけるとありがたい。」


事態についていけずに立ちつくす浅尾さんや都築さんに代わって、俺は極力非礼にならないような態度で応対する。


この神秘的な少女がどのような目的で今ここにいるのかはわからないが、少なくとも俺たちよりは多くの情報を持っているだろう。なるべく友好的に話を進めたいところだ。


今の会話の中でも例のゲームの名前「アルフ・ライラ」に加え、「幻想世界」、「新たな少年少女の来訪」、「世界の管理人」など気になる言葉が沢山あった。

嘘やごまかしといった悪意ある気配は微塵も感じないし、その辺りをより詳しく聞けないものか。


俺の言葉に少女は慈愛に満ちた聖母の表情で頷く。

「シェルハ、で結構です。ここは先ほど申し上げたとおり、幻想世界アルフ・ライラ。わかりやすく言えば、あなた方の住む現実世界とは別の異世界……『おとぎの国』とでも言えばよいでしょうか。ここには古来より様々な方法で少年少女が訪れてきましたが、今回あなた方は携帯電話と呼ばれる情報端末を介してここに降り立ったというわけです。」


もっともここは入り口にすぎないんですけどね、と付け加えるシェルハ。


おとぎの国、と来たか。

本来ならば馬鹿馬鹿しいと一笑に付したいところだが、ここまでの経緯や目の前の少女の醸し出す雰囲気はそれが事実である可能性の高さを示している。


ならばまず確認すべきは……


「おとぎの国、か。……なるほど。せっかく招待していただいたところにこんな話をするのは失礼かもしれないが、正直なところ俺たちは元の世界に帰れるかどうかということに不安を感じている。今すぐに、などとわがままを言うつもりはないが、帰ることはできるのだろうか?」


慎重に言葉を選びながら俺はシェルハに疑問を投げかけた。

招待されて早々に帰還の可能性を問うのも非礼だとは思うのだが、ここだけは明確にしておきたい。この白い貫頭衣の少女が真実を語るかどうかは別問題だが、返答のニュアンス1つからでも新たな情報を得ることができる。


しかしそんな俺の警戒心を見透かしたかのように、シェルハが優しくほほえんだ。


「ご心配はもっともです。ただどうぞご安心を。この話が終わりましたらすぐにでも現実世界に戻ることが出来ますよ。」


俺は悪意や嘘には人一倍敏感な自信があるが、彼女のいたわるような口調からはそうした気配は欠片も感じない。彼女の放つ神秘的な気配は人を無条件で安心させてくれる何かがあるし、それは催眠や洗脳といった不快なものとは一線を画しているように思う。……たぶん、信じても良いのだろう。


俺の横で都築さんが「ふ~」とほっとしたように大きく息を吐く。

無理もない。おとぎの国という現実離れした話はさておき、ここが先ほどまで居た学校の図書館とはまるで違う世界であることは紛れもない事実だろう。元の世界に帰れないのであれば、どんなに幻想的な場所であっても地獄とそう変わりはない。


浅尾さんはいまいちピンときていないようだが、今の状況を夢か何かと勘違いしているのかもしれない。それはそれで無理からぬことだと思う。


安心した様子の俺たちを見て、シェルハがまた話し始める。

「では話を続けさせていただきますね。先ほど『おとぎの国』と申しましたが、この世界の本質は千変万化の夢の世界。少年少女が思い描く空想の世界を具現化し、そこで冒険してもらう事によって、心身共に健やかな成長を促すことを目的の1つとしています。」


まさにおとぎの国だな。ただ、それならば俺たちのような高校生はいささか(とう)が立ってしまっているような気もするが。


「ただそれだけではありません。もう1つの大きな目的は現実の社会が抱えているたくさんの人々の負の感情の受け皿となり、それを浄化することです。おとぎ話に必ず倒されるべき悪役が居るように、この世界も現実世界の負の感情を集めて具現化した存在がおり、それを少年少女たちに倒してもらうことで消滅させて居るんです。たとえばあなた方の世界のおとぎ話『ピーターパン』では、子供たちはネバーランドで冒険を繰り広げて成長していきますけど、それと同時にフック船長という象徴的な悪役を倒していますよね? ああした行為によって現実世界の負の感情を浄化していくこともまたこの世界の役目なのです。」


なるほど、ある種少年少女と世界とのwinwinの関係で成り立っているという訳か。

周りを見れば都築さんは「ふむ……」と考え込み、浅尾さんは理解しているかどうかはともかく、一生懸命頷きながら話を聞いている。


「わかった。つまり俺たちはおとぎの国を楽しむ権利を与えられ、シェルハはその俺たちが冒険を繰り広げる中で世界の負の感情を浄化してくれることを期待している、ということなのかな?」


「ハイ!理解が早くて助かります!みなさんの現実世界での生活にご迷惑はおかけしません。ここでは必要事項を説明し次第、時間差なしで元の世界に転送いたしますし、今後は現実世界の夜の間、肉体が眠りについているときに、魂だけアルフ=ライラに来ていただく形をとります。」


話がスムーズに進む事が嬉しいのか、前のめりになるシェルハ。その姿からはこれまでの聖母然とした神秘性よりも年相応の少女の素顔がかいま見えている。


「でも、あの、危険じゃないんですか?私正直なところ怖いですし、お役にたてる気がしないのですけど……。」


ここでようやく都築さんが口を挟んだ。

言ってることは正しい。俺も話は理解したが、引き受けるかどうかは別問題だ。


「大丈夫です!今のあなた方の体は、言うなれば魂とこの世界とをつなぐ接続端末にすぎません。痛みや苦しみといった負の感覚は現実世界の半分程度に稀釈化されますし、万が一アルフ=ライラの冒険で『命を落とす』ようなことがあったとしても、それは魂がこの世界と切り離されるだけで、現実世界の身体には全く影響は出ません。ただ……」


そこで寂しそうにシェルハがほほえむ。

「その場合アルフ=ライラとの魂の接続は永遠に失われ、この世界で経験したことはただのごっこ遊びか夢のお話としてやがて忘れてしまうんですけどね。」


おとぎの国から離れた少年少女が、自分たちの体験をごっこ遊びや夢の話として自分を納得させる。おとぎ話ではよくある話だ。

それが魂の接続が切れる、ということなのか。


先ほど例に挙がった『ピーターパン』にしても、現実世界に戻ってきた子供達はウェンディをのぞき、皆大人になるに従ってネバーランドを忘れていった。

たぶんそれと同じようなことなのだろう。


都築さんもそれを感じたのか、うつむいて「そっか」とつぶやく。児童文学とか好きそうな子だから、俺以上に思うところがあるのだろうな。


「どう思う?」


シェルハに断りを入れて、俺は都築さん、浅尾さんと相談することにした。個人的にはもう少し話を聞いてもいいと思うが俺の一存で決めることではない。


図書館で勉強していたのがもう遠く過去の出来事のように思えるが、まず第一義的にはあの場に3人とも帰ることが目的のはずだからだ。


ただ、これまで大人しくシェルハの話を聞き入っていた浅尾さんは、目をきらきら輝かせて力一杯断言した。


「決まっているじゃん!おとぎの国での冒険なんておもしろそうだし、シェルハちゃんの話をもっと聞こうよ!」


全くの同感だ。

小難しく考えるより、今はこの状況を受け入れて行動すべきなのかもしれない。

気づけば都築さんまで決意を込めた表情で力強く頷いていた。

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