表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

チャイニーズ・ボックス

作者: 二階堂隆一

「かずき、電話よ。おりてらっしゃい」

 僕はキーボードをたたく指をとめ、視線をパソコンの画面から木製のドアへ移した。

 こんな時間に電話……、誰だろう。

 眼鏡をはずし、天井を仰ぎ大きく伸びをした。

 一階へおりると、通話口を手でふさぎ不安げな表情を浮かべた母が、

「根岸って男の人からなんだけど、かずき知ってる人?」

 と、耳元に口を寄せてささやいた。

 いや、そんな人は知らない、と僕は即答する。

「なんか、すごく怒っているような話し方なんだけど……、なにか思いあたることある?」

 ないっ、と首を横にふる。

 そっけない返事を受けた母の顔つきが一段と暗くなる。

 とにかく貸して、話してみるから。

 僕は保留解除ボタンを押し、受話器を耳にあてた。


 ――もしもし。

 ――おまえ、二階堂だな? 『チャイニーズ・ボックス』の作者、二階堂隆一だな?

 ――そうですけど……、どちら様ですか。

 ――貴様、よくも娘を殺したな! ふざけんなッ、今すぐ原稿を書き直せ。

 ――はい? あの、おっしゃってる意味が分からないのですが……。

 ――よく聞け二階堂、俺の名前は根岸祐也だ。俺が誰だか分かるだろッ?

 一瞬、呼吸がとまった。太い鉄槍で心臓を貫かれたような強い衝撃が体中をめぐる。

 ――おい、二階堂、俺の話をよく聞け。おまえ、小説のなかで娘の真里を殺したよな?

 はい……、と蚊の鳴くような声で返事をする。僕は根岸の娘を殺した事実を認めた。殺した、という言葉が妙に生々しく、まるで男がすぐ後ろに立っているような錯覚に陥る。

 ――今すぐ原稿を書き直せ。絶対にだれも殺すなッ。わかったか?

 ――わかりました……。すぐに原稿を直します。

 ――いいか、とにかく急げ、時間がないんだ。

 

 二階の自室にもどり、印刷した原稿の束を手にとってベッドにからだを投げた。

 なんだ、あの電話は……。

 一体どうなっている……。

 頭のなかで考えれば考えるほど胸が苦しくなり、視界がうっすらとぼやけてくる。

 あの男の言っていることがすべて真実なら、僕たちのいるこの世界を創り出した高次元の作者がどこかにいる、ということになる……。

 僕という人間は、根岸祐也と同じ、別の世界の誰かが書いた小説の中の登場人物に過ぎないのかもしれない。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 新着から読ませていただきました。 短い中でも纏まっていると感じましたが、登場人物が名前を騙った(間違い?)り、主人公が最後の一文に思い至る理由が唐突気味に感じてしまったのが残念でした。 でも…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ