あかん
アルゲンティとウスタを追い払ったエスは、約束通りの番人として門前に座る。
退屈ではあるが、退屈しのぎに困るタイプではない。
体中に無数に仕込まれた暗器を取り出しては、同じく取り出した小さな砥石で研ぎあげていく。小さな刺刀や投げ矢など、重量や力を加えて扱えるものではない。だから、鋭い切れ味を常に維持しておかなければならない。
「よっしゃ。マイク仲田のスライダー並みの切れ味や」
と、研ぎあげた刺刀の刃を撫でる。
「エスの例えってなんというか、いつも独特だな……」
「マイクなかた……?」
そこに、ひと仕事終えた幹生とゆきがやってきた。
「阪神は基本やからな」
エスはまったく恥じも照れもせずいう。
幹生はそんなエスの傍らに、送り状まで貼り付けて集荷を待つ段ボール箱を積む。
幹生とゆきの仕事はこれで終わり。エスはもうしばらく、運送屋が来て荷物を持って行くまで見張りの仕事が続く。
しかし、エスひとりに番をさせるほど薄情ではなく、幹生とゆきも腰を下ろす。
「そういえばそういえばー、前から関西弁のこと聞きたかったんだー」
と、ゆきがエスに興味を向ける。
毒キノコ同士ならヒエラルキーがあるが、毒キノコと食用キノコの間では価値基準が違うから、上下はない。フラットな付き合いになる。
まあそれにしても、ゆきは馴れ馴れしい方ではあるが。
「なんや、興味あるんか。勉強したかて、ネイティブ・オオサカンにはなられへんで」
「オオサカン! あはははー」
細かいネタを挟むエスと、しっかりウケるゆき。
「大阪人はオオサカーノ、女の子はオオサカーナや」
「あはははは、おサカナみたいー」
「東京モンは東夷」
「大阪はおサカナで東京はエビー」
「脱線してるぞ」
ボケるエスとウケるゆきで止まらなくなることを察した幹生が、ブロックする。
「あ、ちょっとごめんー」
といって家に戻ったゆきは、すぐにジャムの瓶を持って戻ってきた。
「エスちゃん、この瓶あけてよー」
「ん? 貸してみ」
エスが瓶を手にすると、それは冷たく、結露している。あけにくいやつだ。
ともかく蓋を握ってひねると、いささか固いが、パコンとあいた。
「あいたで」
「あー、えーっとー、あいちゃダメだったんだけどー……」
そういわれて、エスが怪訝な顔をする。あけろといわれたのに。
瓶を受け取ったゆきは、蓋をしめなおしてまたあけようとする。
「んー、ん~~~~!」
ぷるぷる震えて、力を入れるふり。
そして諦める。
「あかんわ、あかんわー」
と、ゆきが大阪弁のような、少し間違ったイントネーションでいう。
そして、エスに向けて目線でアピール。
「?」
「なんで二回いうんだ?」
エスにも幹生にも伝わらない。
「日本語で『ダメだ、あかないよ』を大阪弁でいったー」
ダメだ、は、あかんわ。
あかないよ、も、あかんわ。
「あー、説明されないとわからなかった」
愛媛県生まれの幹生だから、関西弁はわかる。
愛媛の伊予弁は広島弁に近く、「ダメだ」という意味なら「あかん」より「いけん」というが、それでも「あかん」がわからないことはない。やはり少し変だ。
「間違ってたー? どこがー?」
ゆきが、何が悪いのかわからず問う。
「僕の伊予弁は大阪弁とちょう違うけん、エスに聞きよるほうがええわ」
「だいぶ意味わかんないー。あはははは」
「まあ、確かにちょっと違うな。二回あかんわ、とはゆわへんな」
エスが瓶を手に取る。
律儀に開けようとして開かない振りまでして、
「あかんな、あかへんわ」
と、正しい大阪弁。