本気?
アルゲンティとウスタが転がる玄関先。
「ちっ。でもまあ、あいつの商売が繁盛してからなら、食中毒も大規模になるでしょ。今くらいの売れ行きじゃ大したことないし、時期尚早でしょ」
放り出されたはずみで、顔の厚化粧が半分ぐらい砕け落ちたウスタは、ニコニコ顔は化粧の残る半分だけ。物言いも地が半分くらい出ている。
「くひひ……せめてデパートに卸しを始めたりするのを待とう……それから本気出す……」
アルゲンティも、負け惜しみのようなことをいっている。もっとも、くひくひ笑いながら緩んだ表情でいるから、本気で負け惜しみなのかはよくわからない。
「そういえば今度、近くの食品メーカーに卸しを始めるんでしょ?」
「あそこはダメ……小学校の給食も作る……くひひ」
「あー。じゃあダメでしょ」
ウスタは首を横にふる。
いくら毒性の比較的弱いキノコだとはいえ、食べるのが子供だと話は別。
あくまで嫌がらせをしたいだけで、殺人をしたいわけじゃない。
「……いやおまえら、ちょっとええトコもあるようなフリしよるけど、そない思うんやったらそもそも人に食われようとすんなや」
そこに現れた、ダークスーツに全身を固めたキノコの娘が、関西弁でふたりをたしなめる。
「くひひひ……サブちゃん……」
「はっ、エスさん、ごぶさたしてますでしょ」
ふたりの反応は対照的で、アルゲンティは寝転んだまま、ウスタは跳ね起きて直立し、びしっと敬礼する。
「あのなぁ、デパートに卸すキノコに混ぜたりなんかしたら、お母さんが料理して子供が食べてしもたりするやろが。子供NGなんやったら当然あかんやろ」
「はっ、おっしゃるとおりでしょ」
「とにかく余計なことしなや。幹生に頼まれとるから、俺がちゃんと見張ってるで」
「はっ、すみませんでしょ」
ウスタはぺこぺこしている。
というのも、このニセクロハツの娘であるルッスラ・S・ニグリカ、眼鏡の奥の瞳に見える赤い輝きがふたりとは比べ物にならないほど鋭く強い。
2-シクロプロペンカルボン酸という、芸術的なまでにミニマルな有機毒を持ち、簡単に人を殺せてしまうような猛烈な毒性がある。
毒の強さでヒエラルキーがある毒キノコの娘たちの中でも、頂点に近い位置にいる。
しかも、スーツの下の身体はスリムだが、身のこなしはしなやかで鋭い。たとえ毒を使わなくても、戦えば強いことが雰囲気でわかる。
「くひひ……とはいっても、キノコの娘同士で毒なんて意味ないけどね……」
とアルゲンティはいう。
毒自体はちゃんと効くが、それにはキノコを食べさせなければいけない。
自分自身がキノコだということもあり、たとえ細かく刻んで調理したものでも、毒キノコの混入は誰でも見抜ける。人間みたいに食用キノコと勘違いすることはありえない。
「……あのな、ほんまにやらなあかんと思ったら、俺はやるで」
エスは懐から、スティレット――鎖帷子の隙間を刺し貫くために作られた、長さ三〇センチくらいのごく細い短剣で、暗殺用にもよく用いられる――を覗かせる。
「ひっ」と小さな声を漏らして、ウスタはあとずさる。
毒を経口摂取させられないなら、刃物に塗ったり、注射器で注入することもできる。
だが、刃物などを使ってキノコの娘同士で傷つけあう、というのがタブー視されている(人間同士でそう思う程度に)ため、なかなかそういう手段は使われない。
エスは、必要ならやる、という。彼女は、その道のプロだ。
「くひひ……怖い怖い……」
アルゲンティは、本当に怖がっているかわからない顔。
彼女は、あまり上下関係を重視するような性格ではない。元々の性格なのか、ラリってて上も下もわからないのかは、誰も知らない。
本人としては、エスとは仲がいいから気が置けないだけ、というつもりでいる。
「頼むから、ほんまにそんなことやらせんといてくれ」
エスはため息ひとつ。まあ、よほどでなければ、本当にやるつもりはなかったが。
「くひひひ……。有言不実行がポリシー……心配しなくていい……」
つまり、アルゲンティは口だけで行動しない。
「それは知ってるけどな。でもおまえ、どこまで本気かわからんねん」
「長い付き合いなのに……つれないな……くひひひひ」
なんだかわかりあっているように見えるふたりに、ウスタは蚊帳の外に置かれた気分だ。
そして、ふと気付く。
「あれ、もしかして本気だったのはあたしだけ? うそでしょ?」
ウスタは本気で、コンプキノコ商法を考え、大規模食中毒事件を起こそうと企てていたのに。でもアルゲンティは、言ってみただけだという。
「アルゲンティ相手に本気になったらあかんな」
ノリノリで悪事を企てていたことが今頃恥ずかしくなったウスタの肩を、エスが叩く。