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なりわい

 某県の山の中、もはや一件の家しか残っていない限界集落。

 そんな寂しい家で、幹生はひとり、キノコに囲まれて生きていた。

「うー寒い寒い」

「ごめんねー、暖房苦手でー」

 ひとりさびしく生きている、と言ったところだが、幹生の傍らにはひとり、茶色のしっとり艶のあるボブカットの少女がいる。

「いいよ。寒いところが好きなゆきのおかげで、僕が食っていけるわけだし」

「またまたー。ボクだけじゃなくってー、かほりさんとか和歌恵とか香とかー、いろんな子に食べさせてもらってるくせにー。色男―」

「暖房入れよう。寒い」

 幹生がエアコンのリモコンに手を伸ばしかけたが、一歩先に、ゆきと呼ばれた少女がそれを蹴っ飛ばした。

 榎ゆきという名の彼女は、人ではない。

 エノキタケの精霊とでもいうような、キノコの娘だ。

 この村の人口は、戸籍上は幹生ひとり。だが、キノコの娘は大勢いる。

 そんな、人の世と異界の狭間のような村で、幹生のなりわいはキノコの通販だ。

「最近、エノキタケの売れ行きがだいぶ伸びてるよ。『本当のエノキタケを知っていますか』ってうんちくページを作ったら、そこがツイッターで話題になってて」

 マウスを操作して、そのページを表示する。

 だれでも知っている、真っ白で細長い軸に小さな傘のついた、束になったあのエノキタケとは、似ても似つかないキノコの写真を掲載している。

「ボクは、こっちの姿が素なんだけどなー」

 ゆきの姿は、クリーム色のマフラー、暗褐色のビロードで作られたブーツとロングパンツで、どう見ても真っ白ではない。

「珍しがって買った人が、食べたらすごい美味いってリピーターになるしね」

「へへ。味は自信あるもんねー」

 鼻の下を撫でて、ゆきはいう。

 そしてゆきが手を握って開くと、掌には見事に大きく茶色の傘を広げたエノキタケが、いくつも重なるように伸びてくる。白く細長いあの格好とはまったく違って、軸はむしろ短めで、傘は平面的に開く。

 掌の上の、本来の姿のエノキタケを見ると、ゆきの姿がエノキタケをモチーフにしたものだとよくわかる。

 そしてゆきは、それをポリ袋にひとかたまり入れる。

 自然発生の天然物以上に整った形と味で、虫も食っていなければ泥もついていない、そのまま鍋に入れて料理ができるくらい清潔さ。

 そんなありえない品質のキノコが元手もなくいくらでも出るのだから、幹生ひとり食っていける程度の利益は簡単にあげられてしまう。

「今日の注文は六件ね」

「はいなー」

 ゆきはキノコを作っては袋詰にする。

 僕はインターネットで届いた注文書を取りまとめ、出荷伝票と荷札に住所氏名を転記して印字する。といっても、マクロプログラムでほとんど自動だが。

 さらに、用意してある『生食厳禁』のラベルも印刷する。

「書かなくたって、エノキタケを生で食べる人ってなかなかいないと思うけどなー」

「万一があったら、僕のせいにされるかもしれないしね。それに、栽培モノのエノキタケとは別物に見えるものを売ってるわけだから、『うちのやつだから中毒した』とか勘違いされるかもだし」

「スーパーで買えるエノキタケだって、生はダメなのに」

 エノキタケは毒キノコといわれることはないが、フラムトキシンという毒がある。

 熱ですぐ分解するので、加熱調理すればまったく問題ない。

 逆にいえば、生で食べると中毒する場合があり、溶血、つまり血液中の赤血球が死滅してしまう。気をつけよう。

「人間ってー、そこまでいちいちいってあげなきゃダメなもんなのー?」

「ダメなもんなの」

「どしてー?」

「僕が責任取らされたくないから」

 幹生が手を止め、ゆきを振り返ってじっと目を見つめていう。

「こんなエノキタケ見たことないです。常識的にいってエノキタケのはずがないです。とかいちいちメールしてきたりツイッターでいってきたりする奴がいるようなこんな時代、張れる予防線は張るの。エノキタケを生で食べられないなんて誰も知らない、ちゃんと説明しないほうが悪い、とか言い出す奴も絶対いるの」

「そんなー……。ボクはこれがホントの姿だし、何千年も加熱して食べられてるのに……」

「大丈夫、買ってくれる人はわかってくれてるから」

 幹生はゆきの肩に手を置く。

 榎ゆき、誤解されがちなキノコの娘である。


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