表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

人外系

ホストがポスト ~No.1ポストの苦悩~

作者: 底野隙間

オチはない。


 東京の繁華街に立つ高級ポストクラブ。

 そこには今夜も多くの女たちが、群がる蟻の如く集う。


 ……ポスト。

 女を引き込み、手紙を巻き上げる、危険な夜の男たち。

 巧みな話術、美しい塗料、洗練されたデザイン……それらの魅力を駆使し、彼らは毎夜客をたらし込む。そしてもちろんのこと、仕事は夜に限らない。


 擬似恋愛を目的としたその店は、一見きらびやかな世界だが、その実ポストたちは激しい苦悩も抱えている。



「なあ、アキトのやつ、売り掛け溜まってバックレたらしいぜ?」

「っねえ」

「あいつ、相当溜めてたみたいでさ……一千万超えてるとか」

「ねえ」

「っべーよな」


 途中に挟まれる音は決して「ねえ」と語りかけているわけではない。半端ない、という意味の若者言葉「パネェ」を更に洗練させ、「ねえ」と発音しているのだ。


 「パネェ」という言葉は、若者が頻繁に使う「やばい」「やべえ」と似ているところがある。元来はすごいという意味なのだが、実際のところは非常に幅広い意味で多用されている。

 彼がたった今使ったパネェは、相槌と感想、その両方の意味を含んだものであり、もちろん聞く側もそれをきちんと理解していなければならない。そして相手は理解した上で、それに対する返事として「やばいよな」の上級編「っべーよな」を使ったのである。


 これはあくまで一例であり、この世界には、マナーとして特殊な言葉を多用する傾向がある。

 英才教育を受けた彼らはさらりとその特殊語を使いこなすが、中には途中から学ぶ者もおり、そういった人間は慣れるまで苦労と時間を要するのだ。

 フランス語を使うことが教養だった西洋の時代を彷彿とさせるが、やはりそれとは少々事情が異なる。

 彼らポストはいわば、人の道から外れた、特殊な者たちなのだ。



「俺、辞めようかな」

 ポストクラブ「Love letters」の人気ナンバーワンポスト、聖は、疲れた調子で呟いた。

「は? 辞めてどうするんだよ」

 そう言い放つのは、同僚で人気ナンバースリーのTAKUYAだ。字面がTSUTAYAに似ているが、彼はGEO派だった。

「郵便局とかに勤めたい」

「郵便局? お前が?」

 はは、と乾いた笑いが返ってくる。



「お前には向いてないだろ。民営化されたとはいえ、ちょっと前までお役所だったところだからな。だいたいお前、事務的に手紙を受け取るだけの仕事で我慢できるのか?」

「それは……」

 はっきりと言い返す言葉もない。聖は口ごもった。

 結局女の甘い蜜啜ってるのが丁度いいんだって。TAKUYAから笑い混じりに吐き出される台詞は、諦めに近いものがあった。



「何より、お前の雰囲気そのものが郵便局に合わないよ」

「ふいんき……」

 聖は自分の雰囲気というものがわからない。営業用のキャラは仕事のために心得ているが、雰囲気というのは自然と滲み出る、あるいは勝手にジョボジョボビチャビチャ垂れ流されるものだ。自在に作り出せるものではない。

「郵便局に合うふいんきって、どういうのだ……?」

 その疑問に答える者はいなかった。




    ※




「ごめんねHIRO……私もう手紙ないの……」

 客の一人が、聖の後輩ポストに泣きながら言う。

「代わりに、これ……」

 女が差し出したのは、大量のトイレットペーパーだ。

 HIROと呼ばれたポストは、困惑した様子で尋ねる。

「え? 何、これ」

「トイレットペーパーって、中国語だと手紙って書くんだって。だから……」

 女はそう言うが、もちろんトイレットペーパーでは代金にはならない。

 ポストは手紙を巻き上げるために、見せかけの優しさを女に与えるのだ。尻拭き紙は尻拭き紙。手紙を出せぬ女に用はない。



「ミキちゃん、とりあえず今日はいいよ。お家に帰って、ゆっくり考えて? ね?」

 苛立ちや焦りがあるだろうに、HIROはプロとして徹した。

 あの女も、言い包められてろくでもない仕事に手を付けるのだろう。今までの客のように。そして、骨の髄まで吸われた挙句に捨てられるのだ。

 聖は、何度も目にした客の悲惨な末路を思い起こしながら、冷めた心地でHIROの様子を眺めた。



「ドンペリ入りまーす!」

 聖についたヘルプのポストが声高に言った。

 聖の客が、最高級の筆インク・通称ドンペリを頼んだのだ。

 指名客が頼んだ筆インクや朱肉補充液、それらの価値の高さが店内での客の価値を決め、価値の高い客を多く持つことでポストの価値が決まるこの世界。

 ドンペリ等高いインクを頻繁に頼み、手紙を惜しみなく出す、いわゆる太客が、聖の元に多くいた。



「聖さんコールお願いしまーす!」

 コール。それは、ドンペリなど高いインクを頼まれたとき、客への礼とその場における盛り上げの意味を込めて行われる恒例イベントだ。ポストがマイクで歌う、ただそれだけのことだが、このイベントでは、ヘルプと呼ばれる指名客を持たぬポストも集まるため大変盛り上がる。

 聖はマイクを手に取り、いつもの歌詞をメロディに載せた。どこのポストクラブでも必ず歌われる、定番ソングだ。



「郵便屋さーんの落とし物っ、拾ーってあげましょっ、一枚、ニー枚、三枚」

 聖の歌い口に合わせ、ヘルプのポストたちが大縄跳びを使い、跳ねる。

 もちろん着地する際にはばっちりのキメ顔だ。そのイケてる姿に女たちが色めき立ち、場は最高潮の盛り上がりを見せる。

 これが、Love lettersにおける、いつものコールだ。


 ──煌めく照明、飛び交う手紙、女の歓声、大縄跳びをするポストたち。

 深夜、華やかな世界がそこにはあった。







  ...end


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 先生!面白いです! ポスト達の苦悩、また読みたいです! [一言] 普通に面白いだと…!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ