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大聖樹の悪童物語  作者: 如月雑賀/麻倉英理也
第2章 最初の旅路
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その8 ラビリンス






 目の前に拓けた、ただただ広い世界は、何とも言えない感動をレインツェルに与えた。

 森を抜けた先にあったのは、果てしなく地平の先まで広がる平原。いや、なだらかな起伏があるから、丘陵と言った方が正しいだろう。


 青々とした緑を切り裂くように、舗装された茶色の道が伸びている。

 舗装された、と言っても日本のアスファルトのような道路では無く、草や邪魔な石を取り除き、歩きやすいよう平らに整地してあるだけ。地面は剥き出しの土であり、雨でも降れば、泥でぬかるみ歩き難くなってしまうだろう。

 遠くには薄らと、山脈らしく物が、青く霞んで見えた。


「…………」


 見上げると、木々に遮られること無く差し込む陽光が眩しく、レインツェルは手を翳し顔に影を作った。

 雲一つ無い蒼天は高く、一匹の鳥が優雅に宙を舞う。


「トンビかな?」


 勿論、そんなわけが無いが、雰囲気としてはそんな感じだ。

 空を見上げるのは初めてでは無いが、森の中では木の枝に遮られたり、湖でも周囲が森の為、こうやって広々とした空を改めて見ると、何とも言えない感慨深さがある。日本で見た空と変わらない筈なのに、不思議な物珍しさがあった。


 海外旅行などとは違いこの空は、遊佐玲二が過ごした空とは、繋がってないからだろう。

 ああ、ここはやはり異世界なのだと、見上げる空が告げていた。

 視線を戻し、大きく息を吸い込む。


「やっぱ、森の中とは少し違うか」


 森の濃厚な空気、木々の香りは薄い。

 反面、視界を制限する樹木が無いからか、何とも言えない解放感に包まれる。

 身体に受ける風も森の中とは違い、少し乾いた空気の肌触りが心地よい。


「いわゆる、ゲームで言うところのフィールド画面って言ったところか」


 グルリと見渡し、レインツェルはそんなことを呟く。

 当然、ここが現実なのは、重々理解している。

 目の前に広がるのは現実の風景で、ここから自分の足で歩かなければいけないし、マッピング機能も無ければ時間もリアルタイムで過ぎていく。夜になれば野宿の準備が必要な上、野生の動物、魔物にも警戒しなければいけない。

 食料や水の確保など、ただ闇雲に歩いているだけでは野垂れ死には確実だ。

 そう考えると、途端に胸の奥から不安が広がる。


「……ま、まぁ、道はあるんだし、一先ず迷うことは無いだろう」


 腕を組みうんうんと、自分を納得させるよう頷く。

 気持ちを切り替え、丘陵に伸びる茶色の道へ、第一歩を踏み出した。


「全ての道はローマに通ずってな」


 目指す場所はローマでも無いし、意味的にも若干、シチュエーションにはそぐわないことわざを口にしつつも、レインツェルは元気よく、街道を歩き始めた。




 ★☆★☆★☆




 この大陸に存在する大多数の国家は、王政など貴族主義が基本であり、厳しい階級社会が一般的である。

 古代の森が存在する周辺国家、一般的には連邦都市と呼ばれる一帯は、比較的に貴族主義による階級支配は緩い方。ここから西方、北方に行くにつれ、血筋や家柄による支配はより明確になっていき、厳しい国になると、段階的に厳格な支配階級が定められていたりする。


 貴族と庶民。

 人間社会を大きく分けた場合この二つとなり、その間にある溝は深く、永遠に埋められることは無いだろう。

 貴族が国を支配し、庶民が国に奉仕する。

 大昔より脈々と続けられた構造を、今更疑問に思う人間は存在しない。

 連邦都市はその性質上、実力主義によるモノの考え方が根強いが、それでも根本的な支配階級を覆すまででは無いだろう。


 ただ、何事にも例外は存在する。

 国や社会に奉仕するだけの存在である庶民が、支配する側に回れる方法が、たった一つだけ存在する。

 それは商人だ。


 如何に王侯貴族が絶大な権力を保持していても、金や品物、食料が無ければ砂上の楼閣に過ぎない。

 物流を確保し、選り良い品ぞろえを店先に並べれば、客は自然と集まってくる。客が集まり品物が売れれば、金銭が潤う。それを繰り返せば、庶民でも富を築きあげることは可能で、大商人ともなれば下手な下流貴族より、よっぽど良い生活をしていることだろう。


 そういった大商人達が、己の富を維持する為に結成したのが、商人ギルドと呼ばれる団体だ。

 商人ギルドは拡大都市に独自の流通ルートを持っており、加盟した商家は月々の売り上げから数パーセントを上納することで、様々な恩恵に預かることが出来る。その完成されたシステムのお蔭で、商人ギルドに所属を許されれば、商売は成功したも同然と言われるほどだ。

 多くの駆け出し商人達は、まず商人ギルドに所属することを夢見るところから始まる。


 しかし、近年は状況が変わってきている。

 商人ギルドは、年々所属を許可する件数が減る傾向にあるからだ。

 それは古く歴史を積み重ねてきた弊害か、内部思想が保守的になってしまい、新参入に対する審査の目が、日増しに厳しくなっている。

 故にここ数年ほどは、コネがなければ新規参入は不可能というのが現状だ。

 だが、その溢れた商人、商家達の受け皿となる組織が、近頃、不動と思われていた商人ギルドを脅かしつつある。


 商業ギルド・ディクテーター。

 商人ギルドのような集合体では無く、ディクテーターという組織として、様々な分野の産業に進出。主に商人ギルド勢が手薄だった連邦都市国家を拠点に、ここ六年ほどでメキメキと存在感を増していた。

 トップは露天商から始まり、悪魔のような才覚で一大ギルドにまで伸し上げた女傑で、総帥を名乗るラビリンスだ。


 百年に一人の天才。

 若干二十五歳にして、老獪な老人達が支配する商人の世界に、その名を轟かせたラビリンスは、時代を牽引する綺羅星の如き存在感を発する。

 設立以来業績は右肩上がりで、後数年もすれば商人ギルドの本丸である、西方にまで切り込めるだろうと注目を集めている。

 ラビリンス率いるディクテーターは近年、より一層力を入れている分野の商いがあった。

 それは金融、金貸しだ。


 ディクテーターが本拠地を構える連邦都市所属、産業の街サーティアン。

 本部の一室。顧客を迎える為に用意された特別な部屋に、このギルドの主は鎮座していた。

 お客様は神様である。

 商人ならば必ず耳にするフレーズであるが、顧客を迎える為に用意された部屋はとても狭く、質素だった。


 床や天井は板張りが剥き出しであり、絵画や豪華な装飾品の類も無い。それどころか、テーブルやソファーなど、応接に必要な家具も存在せず、無味乾燥な有様はここが物置だと言っても、通じてしまうだろう。

 小さな窓からは、申し訳程度に日の光が入り込み、室内は薄暗い。

 その中で部屋の奥にある大きな肘置き付きの椅子だけが、妙な荘厳さを醸し出していた。


 この小さな室内の中には、三人の姿がある。

 一人は顧客。

 装飾が細かく見るからに高そうな服を身に纏った、金遣いの荒そうな中年の貴族だ。

 一人は秘書官。

 スラリと男性並みに背が高いが細身で、地面に届くほど長い髪を持つ美しい女性だ。しかし、むっつりとした表情は陰鬱で、底知れない不気味さを醸し出している。


 そしてこの場で一人、椅子に玉座の如く腰を下ろす女性こそが、総帥ラビリンスだ。

 薄紫の髪の毛を後ろに縛り、蜘蛛の刺繍をあしらった黒いスーツを着用している。

 首にはネクタイでは無くリボンを結んでいる辺りが、女性らしさを表しているだろう。


 客が立ち、商人が座っている。まるで、この場の力関係を示すかのような光景。そして両者を分けるよう、部屋を縦断するように、一本の白線が引かれている。

 ラビリンスは肘置きに頬杖を突くと足を組み、正面に立つ中年貴族を見据えた。


「御機嫌よう、ロベル卿。本日はどのようなご用件かしら?」


 明らかに目上の人物、しかも貴族を相手に、ラビリンスは尊大な態度と言葉で問いかけた。

 普通ならば激怒されて当然の態度にも、中年貴族はにへらぁと媚びた笑みを見せた。


「いやぁ、はっはっは。近々、下の娘が五つになる誕生日でしてなぁ。領地を上げて、盛大にパーティーを開催したいのですよ。しかし、何分、上の娘と長男と、三女、それと四男の誕生月が続きましてなぁ。お恥ずかしい話、手持ちが少々、心許ないのです」

「……なるほど。マキナ」

「はっ」


 呼ばれた横に立つ女性マキナは、素早く手に持っていた書類を選別し、一枚をラビリンスの前に差し出す。

 流れるように視線を送り、文面に目を通すとラビリンスは一回頷いた。


「よろしいでしょう。ご融資いたします」


 言いながら左手を横に差し出し、マキナから判を受けると、書類に押してから、それを中年貴族に差し出した。

 中年貴族は恭しく受け取ると、満面の笑みで一礼する。


「ありがとうございます総帥! これで、娘にも貴族らしい誕生日を迎えさせてやれます」

「直ぐに資金の準備をさせます。返済期限、利子等は担当の者にご問い合わせを」


 淡々としたマキナの言葉に、中年貴族はペコペコと何度も頭を下げながら、受け取った書類を大切そう抱え、狭い室内を後にした。

 見送り、ラビリンスは手に持った判をマキナに返す。


「あの様子なら、また借りに来るでしょうね」

「ロベル領の収支から換算しまして、返済が滞ることは無いでしょう。あそこの土地は、裕福ですから」

「そ。それは結構。借りたお金は利子つきで返す。当然のことだわ」


 満足そうに頷き、ラビリンスは横目の視線を向けた。

 視線を受け、マキナは張りのある声をドアの方に発した。


「次の方、入室して下さい」


 直ぐにドアが乱暴に開かれた。

 現れたのは同じく、貴族風の男。先ほどの人物と同じくらいの中年男性だが、此方の方は随分と粗野や雰囲気がある。それは彼が生粋の貴族では無く、戦場で武勲を立てた成り上がり者だからだ。

 何やら不機嫌さを滲ませる男にも、ラビリンスは薄笑みで出迎える。


「おや、ロッドボード卿。本日は、どのようなご用件で?」

「……金を」


 言い辛そうに言葉を詰まらせるが、ロッドボード卿は鬼気迫る形相を向けて叫ぶ。


「金を、貸してくれッ!」

「ふぅむ。貸せと言われれば商売なのだから、貸すのだけれど……」


 ワザとらしい態度で焦らすよう、頬杖を突いていた手を額に当てると、チラッと視線をマキナの方へ向ける。


「ロッドボード卿は既に、貸付金が限度額一杯です」

「だ、そうよ。残念だったわね」

「そ、それでは困るのだッ!」


 軽く断られたロッドボードは、目を血走らせながら怒鳴る。

 口から唾が飛び散り、ラビリンスは嫌そうに表情を顰めた。


「今日も夜会があるんだ。負けが込んだままでは、あのいけ好かない貴族共に成り上がり者とまた馬鹿にされるっ! 要領はわかって来たんだ。今度こそ、今度こそ連中に目にモノを見せてやれる……そうすれば借金だって一発で返せるんだ……だから」


 余程、精神的に追い詰められているのだろう。

 事情を知らない者が聞けば、理解不能な言葉を羅列し、ロッドボードは縋りつくよう、ジリジリとラビリンスの方へと歩み寄る。

 室内の床にペンキで書かれた白線を踏むと同時に、マキナの鋭い声が飛ぶ。


「お下がりを。許可なくその線を越えれば、敵対行動とみなします」


 警告を促す声を発しながら、マキナの手の平にはキラリと光る物が。

 何時の間に取り出したのか、彼女は鋭い抜き身のナイフを握っていた。


「――ひっ!?」


 光る刃と殺気が滲む声に怯み、慌てて白線を踏んだ足を上げる。

 白線より後ろに下がったことで、マキナは直ぐにナイフをしまい殺気を納めた。

 その間もラビリンスは動じることなく、額に添えた指をトントンと叩いていた。


「ふぅむ。夜会、ねぇ」


 夜会と言えば聞こえが良いが、要するに貴族同士が集まり、金を賭けてギャンブルに興じているのだ。

 ロッドボードは夜会に参加したモノの、成り上がりの者とからかわれ、他の貴族達から村八分の憂き目にあっていたのだろう。


 そんな彼らを何とか見返したく、ギャンブルに参加していたのだが、負けが込み続けて遂には、自身の資産を食い潰してしまった。普通はそこで引くのだろうが、成り上がり者でも、彼にも貴族としてのプライドがあったのだろう。

 ましてや武勲を重ね爵位を授かった程のだ。馬鹿にされ続けることの苛立ち以上に、負けず嫌いも働いたのかもしれない。

 ディクテーターから借金を重ね、夜会という名のギャンブルにのめり込んでいったのだ。

 限度額一杯の上、最近は返済も滞っている。

 本来なら、門前払いされても、仕方が無いのだが。


「よろしいでしょう」


 ラビリンスは満面の笑みで、ロッドボードの頼みを快諾した。


「わたくし共と卿の仲。特別に、ご融資しましょう……マキナ。プラン・Hの書類を」

「かしこまりました」


 すぐさま手持ちの束から目的の一枚を抜き出すと、そわそわと落ち着きの無いロッドボードに差し出した。


「これを持って、指定の窓口へ……本当に、よろしいのですね?」

「か、構うもんか! ありがたいっ。これで、あの連中に一泡吹かせてやれるぞっ!」


 ロッドボードは狂気染みた笑みを浮かべると、ひったくるように書類を奪い、挨拶もそこそこに室内を出て行ってしまった。

 残ったラビリンスはドアが閉まると同時に、ニンマリと唇の端を吊り上げる。


「もう駄目ねあの男は。自分がイカサマで、他の貴族のカモにされているのに気付かないようでは、救いようが無いわ……ま、そうなるように仕向けたのは、私なのだけれど」

「あの様子では書類にキチンと目を通すことも無いでしょう。金を受け取れば最後、死ぬまで膨れ上がる借金地獄。自業自得とはいえ、ご愁傷様です」


 侮蔑混じりにマキナは、口先だけで何も気づかないロッドボードを憐れんだ。


「今の内に彼の資産を全て洗い出しておきなさい。銅貨一枚。いえ、部屋の隅に積もる塵一つですら、奪い尽くしてあげる……ああ。彼にも何人か娘がいたわね」

「はい。二人姉妹。十八と、十三のだと記憶しています。器量は、まぁ悪くないと報告にあります」

「それに妻の方も足しておきなさい」

「……既に四十を超えていますが?」


 採算が合わないのではとマキナは眉を潜めるが、ラビリンスは容赦しない。


「何時の世もマニアは存在するわ。それで駄目なら、採算が合うように無理やりにでも調整すればいい。ロッドボード卿の家族はこの先、私がお金を得る為だけに生きる道具となるのだから」


 そう言って、実に楽しげにラビリンスは笑う。

 ロッドボードの所有する領地は、大きな規模の物では無いが、王政国家が中心である大陸において、国の土地とはすなわち王の土地である。その為、貴族では無い庶民が幾ら金を積もうと、個人で土地を所有することは難しい。

 だから、こうしてじわりじわりと罠に嵌め、最後に全てを頂く。

 根こそぎ、ごっそりと、一切の容赦なくだ。


 契約書には貸付にあたり、所有する領地の一部を担保とする旨が書かれている。複数の国家が共存する連邦都市故に、土地や領土に関する問題はシビアなので、キッチリと血判まで押した契約書を用意しておけば、後でロッドボードや国が文句をつけても、連邦評議会に訴えを起こすことにより、裁判で確実に勝利出来る。

 そういった積み重ねが莫大な利益を生み、ディクテーターの力はより強い物となる。


「ロッドボード卿は内政に関して、素人同然の方でしたので、領地はほぼ未開発。手に入れられれば、より大きな利益を我らディクテーターに齎すでしょう。この調子ならば、いずれ商人ギルドが取り仕切る、西方市場にも進出出来るかと」


 マキナの言葉に、ラビリンスは満足げに頷いた。


「戦争で領土を得る時代は終わったわ。この世で最強の武器はお金。その他大勢の人間を生かさず殺さず搾取し続けて、私がお金で世界を支配するの。お金で買えないモノがあると、善人は嘯くわ。だったら、私が作り変えて上げる。全てがお金で支配される世界に」

「素晴らしいお考えです、総帥」


 本気なのか冗談なのか、全く判別出来ぬほど感情薄く、マキナは拍手を送る。

 総帥ラビリンスとは、こういう人物だ。

 全ての価値観の基準は金銭。金で買えぬ物は必要としないし、金で動かない者は信用しない。守銭奴や金の亡者などという言葉は生温く、金を集める為なら悪魔にも天使にもなれ、金を得る為ならそれ以上の金を投入することも厭わない。

 地位や名誉よりも金。金こそが、絶対王政よりも勝る権力だと考えている。


 あらかたの面会を終えると、流石に疲れたのだろう。ラビリンスは椅子に深く座り直し、目頭を指で押さえた。


「やれやれ。貧乏暇なしとは言うけれど、実際は稼げば稼ぐほど仕事は忙しくなっていくわね」

「総帥は最早、この連邦都市地方にとって、無くてはならないお人ですから……時に総帥。クラフト補佐官より、報告が届いていますが?」

「はぁ? 誰だっけそれ……疲れたから後にして欲しいのだけれど」


 一仕事終えた安堵からか、口調が少し砕けてきている。

 マキナの方もそれほど重要な報告では無いと判断したのか、取り出しかけた資料を、また束の中に納めてしまった。


「では、後程に致しましょう。例の聖女に関しての簡易報告でしたので、問題は無いかと……」


 瞬間、マキナの胸倉が掴まれ、ラビリンスの目の前にまで引きずり倒される。

 不意だった所為でバランスを崩し、床に倒れ込み驚いたよう目を開くマキナを、ラビリンスは一際キツイ視線で睨み付けた。


「……遅い。報告が上がったら最優先で知らせなさいと、言い含めていた筈よ?」

「も、申し訳ありません。失念、していました」


 ギリッと、骨が軋むほど強く、胸倉を掴んだ手を押し込まれ、マキナは苦悶の表情を浮かべた。

 基本、薄ら笑いで淡々と相手を追い詰めてくのが、ラビリンスのスタイル。

 だが、聖女と聞いた途端、余裕を無くし真顔を晒していた。


「報告」


 短く告げると、マキナは慌てて資料を取り出す。


「聖女の捕獲に成功。近日中には、サーティアンに戻るとのことです」

「遅い。早馬で来れば三日で十分の筈でしょう」

「何分、万全を期して、百人編成で向かったそうなので、移動速度がかなり遅くなるのかと」

「……マキナ。この後の予定を全てキャンセルなさい」

「……はっ?」


 驚くマキナを無視するよう、ラビリンスは椅子から立ち上がった。

 慌ててマキナも立ち上がり、取り出したメモ帳からスケジュールを確認すると、焦ったような声を上げる。


「しっ、しかし、スケジュールには外せない重要案件が幾つか……キャンセルすれば、ギルドの損失はかなり大きいかと……」

「問題無いは」


 キッパリと言い放つと、ラビリンスは颯爽と歩き始める。

 ドアに手を伸ばしながら、ラビリンスは戸惑うマキナを振り返った。


「覚えておきなさい。ギルドに……いや、私に、聖女に関すること以上の重要案件は存在しないの」


 それだけ言うと、ラビリンスは唖然とするマキナを残し、部屋を出て行く。

 廊下を歩く足はリズミカルで、先ほどまであった疲労を感じさせないほど軽やか。何よりラビリンス自身、鼻歌交じりに上機嫌な様子だ。


「ふっ。うふふふ……十五年振りの再会よ、レイ」


 楽しげに笑いながら、ラビリンスは首のリボンタイを結び直す。

 見せる笑顔は総帥としての邪悪で、不敵な微笑みでは無く、年相応の女性らしい潤いに満ちた笑みだった。






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