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大聖樹の悪童物語  作者: 如月雑賀/麻倉英理也
第1章 悪童とお人好し
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その6 初めての実戦






 一触即発の空気は、レインツェルの登場によって一変する。

 単刀直入に言えば、より悪い方面へ。

 こんな状況になれば、レインツェルが黙っていられないのは確実。なので、関わらせたくは無かったのにと、リリーシャは拘束を解いた張本人であろう、レインツェルの後ろにいるオリカを睨んだ。


「……てへ」


 オリカは片目を瞑りペロッと舌を出すと、自分で自分の頭をコツンと叩く。

 全く悪びれない態度に、後でたっぷり説教してやると心に決めてから、リリーシャは心配そうな眼差しでレインツェルを、そしてクラフトに視線を向けた。

 鼻の下にタラリと流れる鼻血を、胸ポケットから取り出したハンカチで拭うと、クラフトはギリギリと奥歯を鳴らしながら、勢いよく立ち上がった。


「――こっ、こっの糞ガキがッ! ぼ、僕の顔にあんな物をぶつけるなんてッ!」


 裏返るほど大きな声で怒鳴り散らし、クラフトは正面のテーブルを掴み、怒りに任せて引っくり返そうとする。が意外に重く、持ち上がらないことが余計に苛立ちを加速させ、癇癪を起すかのよう、何度も何度も腕をテーブルの上に叩きつけた。


「この僕のッ! この僕にぃぃぃッ!!!」


 子供染みた行動に周囲が唖然とする中、いち早く護衛役のエルフがリリーシャをテーブルから退避させる。

 代わりにテーブルを挟んで正面に立ったのは、カップを右手に持つレインツェルだ。


「随分と威勢のいいことだな。人ん家に乗り込んどいて、はしゃぎすぎだっつーの」


 からかうような口調に、ギロッとクラフトは、血走った目で睨み付けた。


「こっ、こっの耳長風情がッ! この僕に、ギルド・ディクテーターの時期、主席補佐官と名高いこの僕に、よくも無礼を働いてくれたなッ!」


 知らねぇよと、レインツェルは目を細める。

 叫び、怒り散らすようテーブルを殴りつけては、苛立ちが治まらないのか、自分の髪の毛をぐしゃぐしゃと掻き毟った。

 子供染みた行動と先ほどは思ったが、それは訂正した方が良さそうだ。

 こんな暴れ方、子供だってそうはしないだろう。


「……はぁはぁはぁ」


 暴れて鬱憤を晴らした、と言うよりも暴れ疲れたといった風で、クラフトは肩で息をしながら、「おい」と背後に控える傭兵達を睨み付けた。


「このガキを殺せ……今すぐだッ!」


 強い命令口調に、傭兵達は僅かに戸惑った様子を見せたが、そこは雇われ者。

 直ぐに割り切り、指示に従ってそれぞれ武器に手を伸ばした。


「おっと、やるかい?」


 剣呑な雰囲気に反応してレインツェル、そして護衛役のエルフ達も、何時でも武器が抜けるよう構えを取った。

 再び、一触即発の雰囲気。

 それに割って入ったのは、ギルド側のジョセフだった。


「ちょ、ちょっと待った待った!」


 慌てて二人を遮るよう、クラフトとテーブルの隙間に入り込み、それぞれを見回す。


「――どけッ! 邪魔をするなッ!」


 怒鳴りクラフトは二の腕を殴りつけるが、優男の風体ながらガッシリとした体格を持つジョセフはビクともせず、逆に拳を痛めてしまう。

 一方のレインツェルは剣呑な気配を納め、柄を握った手を緩めた。


「待つのは構わないが、こっちとしては、森を焼くまで言われちゃ、引くわけにはいかないんだけど?」


 後のエルフ達も、そうだそうだと同意の声を発する。

 ジョセフは申し訳なさげな顔をして、フードの上から頭を掻いた。


「そりゃ、もっともな話だ。だが、俺らとしても、荒事は最終手段にしときたいんだよ少年」

「……最終手段、ね」


 つまりは、この場で止めはするが、状況次第では力押しもやむを得ないという考えは、変わらないのだろう。

 それでも強硬策は様々なリスクから、極力穏便な手段でことを納めたい。そんな考えからジョセフは、強引にクラフトを背中で押し隠し、身体の正面をレインツェルの方へ向けて自身の主張を押し通す。


「何度も言う通り、手荒な真似は本意じゃない。アンタらの主張も遵守しよう。だが、俺らも上から使わされてる身だ。断られました、はいさようなら。じゃ、こっちとしての面子にも関わるんだよ」

「何を勝手なことを……!?」

「リリーシャ」


 ギルド側の一方的な言い分に、リリーシャは抗議の声を上げようとするが、それをレインツェルは視線で制した。

 不満を表情に滲ませながらも、口を閉ざしたことを確認して、再びジョセフの方を睨む。


「つまりそれは、面子を取り繕う為の、建前が必要ってわけだな?」

「ご名答。話が早くて助かるぜ少年」


 片目を瞑り、ジョセフはパチンと指を鳴らした。

 やはりかとレインツェルは頷くが、肝心のギルド側のトップは、ジョセフの主張に納得していない様子だ。


「ゆ、許さんぞそんな勝手なことなど! 皆殺しにしてしまえば済むことじゃないか!」

「あのねぇ。皆殺しって簡単に言うけど、敵地のど真ん中で戦うのは結構骨だぜ?」

「ふん。耳長の百や二百、大した数では無いだろう!」


 傲慢で根拠の無いクラフトの自信に、味方の傭兵達ですら困ったような表情を浮かべている。

 エルフ側も度を越した態度に、怒りを感じるのも通り越して、呆れ果てていた。


「結構な自信だ……だが、俺は臆病者でね。ヤバくなったら、旦那を置いて逃げるけど?」

「な、なにっ!?」


 途端に、クラフトの顔色が変わる。


「な、何を言っているんだジョセフ! き、貴様はこの僕の護衛だろ!? それなのに、僕を置いて逃げると言うのかっ!」


 直前までの威勢の良さは何処へやら。

 顔を青ざめさせ、怒鳴りながらも縋りつくような態度を見せる。


「さぁて。旦那の護衛はあくまで仕事の一環だ。俺の飼い主はギルドマスターである総帥……ま、減俸はされるだろうが、自分の命には代えられないさ」

「ぐ、ぐぬぬぬっ……!」


 意地悪な態度に、クラフトは悔しげに歯を噛み鳴らす。

 二人のその様子に、レインツェルは顎を摩りながら「へぇ」と感心すると同時に、飄々とした態度で相手の性格を見抜き、的確に追い込んでいくジョセフの手腕に、とても強い興味を抱いていた。


「んで、どうする? 一応、今なら穏便にことを進めることが出来るけど?」

「……ぐっ。くそっ」


 地面を蹴ってから、クラフトはジョセフを睨み上げる。


「勝手にしろ!」

「はいはい。勝手にさせて貰うよ」


 肩を怒らせ後ろに下がるクラフトの姿に、安堵の息を吐きながら、ジョセフは黙って待っていたレインツェルの方を振り返った。

 顔を見合わせ、レインツェルはふふんと鼻を鳴らす。


「お守りも大変だな。アンタ、くじ運悪いって人に言われない?」

「生憎と、それと賭け事はさっぱりでね……んで、悪いんだが、少しばかり俺らの都合に付き合って貰ってもいいかい?」

「ああ、いいぜ」


 軽く返事をすると、今度はレインツェルの背後から怒気の籠った声が飛ぶ。


「レイ……ゴホン。あ、貴方まで勝手なことを!」

「まぁまぁ、長。ここは、あの子に任せましょ」


 しかし、レインツェルは振り向かず、リリーシャを宥めるのはオリカに任せて、テーブル越しにジョセフと視線を交わす。

 場が一度落ち着いたのを確認してから、ジョセフが口を開く。


「話は簡単。俺とアンタらの代表で勝負して、勝った方の都合を聞くってのはどうだ? こっちが負けたら、素直に集落から去る。俺らが勝ったら、聖女様とお話をさせて頂く……どうだい?」

「話をするだけでいいのか? 連れてくじゃなくて?」


 疑問を口にすると、ジョセフは軽く唇の端を吊り上げて笑う。


「なぁに。こっちが物騒なことを言い出しちまった詫びさ。問題なのは、聖女様にも会えず門前払いされたってこと。後のことは、その後の交渉次第ってわけ」

「負けたり断られたりした後、森に火を点けられも困るんだけど?」

「そこは俺らを信用して貰うしか無いな。クラフトはデカい口を叩いたが、ギルドとしても、連邦都市といざこざを起こすのは本意じゃない」


 何処かから大きく舌打ちが鳴る音が聞こえたが、無視して話を進める。

 どうだい? と、ジョセフは視線でレインツェルに問いかけた。

 後ろに下がったリリーシャの表情は渋い。当然だ。断れる話を無理やり、交渉の材料に乗せてきたのだから。一見、下手に出たように思わせておいてその実、ギルド側に有益な条件を提示している。


 これが計算づくならジョセフという男は、後ろで騒ぎ立てているクラフトなどより、よっぽど頭が切れるのだろう。

 そして、問われた本人であるレインツェルは。


「いいんじゃない。んじゃ、ちゃっちゃとやろうか」


 軽く言って、準備運動を始めた。

 まさか、即答されるとはジョセフも思わなかったらしく、咄嗟に言葉が続かない。

 この返答を予期していたリリーシャは頭を抱え、オリカも「ああ、やっぱり」と三角になった目をレインツェルに向けていた。


「お、おいおい。そりゃ、こっちとしてはありがたいが、いいのかい? んでもって、戦うのって、もしかして少年?」

「もしかしなくても俺だよ」


 何言ってんだと、レインツェルは腰に手を当てて目を細めた。

 臆すること無い態度にジョセフは苦笑すると、頭を指先でポリポリと掻く。


「いや、だってアンタ、子供だろ? 自分で言うのも何だが、俺はそこそこ喧嘩の腕には自信がある方だ……下手すりゃ、怪我じゃ済まないぜ?」


 おチャラけた態度が一変、鋭い眼光に殺気を滲ませ、ジョセフは低く脅しつけるような声を出す。

 思わず後ろで聞いていたリリーシャ達が、ゾクッと身を引くほどの迫力があった。

 だが、正面に立つレインツェルに怯むこと無く、逆にニヤリと不敵な笑みを浮かべる。


「俺は子供である前に、男の子なんでね……」


 そう言い切り、振り返ったレインツェルは、後ろで心配そうな顔をする、リリーシャ達エンシェントエルフの女性陣を見回す。


「心配すんな。ここは俺の故郷で、皆は俺の家族……気合入れて、守ってやるさ」

「……レイっ」


 名前を呼びかけるリリーシャを、レインツェルは微笑を向けることで制止する。

 心配ないと視線で言うと、リリーシャは不満げな表情を浮かべるものの、口を噤んで決闘をすることに、無言の許可を出した。

 ジョセフは感心するよう、ひゅうと口笛を鳴らす。


「いいねぇ、漢気ってヤツだ。どうだい旦那? あちらさんも漢気を見せたんだ。こちらも器のデカさってのを、見せた方がいいんじゃない?」

「……ぎぎっ。か、勝手にしろっ!」


 そうやけっぱちにクラフトが怒鳴ると、ジョセフに人差し指を突き付ける。


「わかってるだろうなッ! 負けたら承知しないぞ!」

「了解」


 何処までも上から目線の命令に軽く返事をし、ジョセフとレインツェルは視線を合わせた。

 レインツェルが護衛役のエルフに視線を送ると、意図を察したエルフ達数人が素早く動き、テーブルと椅子を撤去する。同時にクラフトとリリーシャ達もそれぞれ反対方向に距離を取り、広場に真ん中に二人だけが向かい合う形となった。

 見守る人々の視線を一身に受け、レインツェルとジョセフの視線が交差する。


「うっわ。ドキドキしてきた」


 軽い口調で了承したが、レインツェルの心臓は緊張から、張り裂けそうなほど勢いよく鼓動を鳴らしていた。

 まさか、自分が決闘をする羽目になるとは、思ってもみなかった。

 見据えるジョセフは鎧こそ着ていないモノの、厚手の服を身に纏い、顔以外で肌が露出している部分は無い。パッと見た限りでは、武器らしきモノは腰に差している大振りのナイフくらいだろう。


「ルールは?」

「特には無しだ。ギブアップしたり、気絶したり死んだりしたら負け」


 何気ない一言に、ゾクッと背筋に寒いモノが走る。

 世界が違えば当然、死生感も違ってくるだろう。決闘で人が死ぬ場合もある。そして、レインツェルが人を殺す可能性もある。

 腰のベルトに繋げた剣が、妙に重く感じられた。

 刀身が錆び付いたなまくらでも、これは紛れも無い凶器なのだ。

 ざわつく心を落ち着かせるよう深呼吸をして、レインツェルは覚悟を決める。


「上等だ」


 自身を奮い立たせるよう強い口調で言い放ち、レインツェルは腰を落として剣の柄を握る。


「ガキだと思って甘く見てたら、怪我じゃ済まないぜ」

「了解、少年。アンタのことは、一人前の男として扱ってやるよ」


 言葉を交わすと同時に、レインツェルは腰の剣を抜く。

 ジョセフも気合を入れる為か、胸の前で拳をぶつけるよう合わせると、ガチンと鈍い金属音が響く。

 どうやら、グローブの内側に鉄か何かを仕込んであるのだろう。

 試合のように開始の合図なんか無い。

 二人が構えた瞬間から、決闘は始まる。


「………ッ!?」

「……ふっ」


 まずは静かな立ち上がり。

 両手で剣を握り、切っ先をジョセフの動きに合わせながら、レインツェルは相手の出方を伺う。

 それが威勢の割に消極的に思えたからか、ジョセフは軽く微笑を浮かべた。


「どうした、少年。待ってるだけじゃ、相手は倒れてくれないぜ?」


 軽快にステップを踏み、ジョセフは腰の短剣は抜かず両の拳を握る。

 まるで、ボクサーを連想させる構えだ。

 言われたレインツェルは、表情には出さず心の中で苦笑する。


「ビビるなよ俺……何事も最初が肝心。まずは……」


 大きく息を吸い込むと、多少大げさに最初の一歩を、叩きつけるように踏み出す。

 古代熊と戦った時の感覚を思い出せ。人の精神は軟弱だ。恐怖に、暴力に、他愛も無く屈服してしまう。ましてやレインツェルは、遊佐玲二は一般人。英雄でも勇者でも無ければ、特別な力は何も無い。

 頼りになるのは、研磨し続けた日々と、背中に感じる守るべき者達の視線。

 リリーシャや仲間達に虚勢を張る為、レインツェルはただ愚直に走る。


「――ハァァァッ!」


 気合を込めて、振り上げた剣を躊躇することなく、ジョセフに向けて振り下ろす。

 錆の所為で陽光を浴びても光らない刃でも、触れれば容赦なく皮膚を裂き骨を斬る。

 それを視線で追うジョセフは、迷うことなく腕を差し出し、手の甲で刃を受け止めた。


「――ッ!?」


 激しい金属音と共に、剣を握る両手に痺れが走る。

 やはり、グローブの下には鉄を仕込んでいたようだ。それも、想像より分厚い。


「ハッハー! そんなに全力で叩いたら、さぞ痺れるだろう、さッ!」

「ぐっ!?」


 動きが止まったレインツェルの腹を狙い、突き出したつま先が軽く突き刺さる。

 衝撃で呼吸が止まるが、視線はジョセフの動きを追っていたお蔭で、続けて繰り出された左フックを、何とか回避することが出来た。

 頭の真上を掠めていく一撃に、ぞっと背筋に寒気が走る。

 鉄が仕込んである拳。頭に喰らえば、下手すれば死んでしまう。


「けど、見切れない動きじゃない」


 まだ本気では無いのもあるだろうが、日々の特訓の成果か、古代熊と戦った経験からか、思っていた以上に落ち着いて対処が出来る。

 だが、相手は実力も経験も格上の相手。油断は出来ない。


「動きで、掻き回す!」

「――むっ!?」


 レインツェルは素早く真横に飛び、ジョセフの左側に回り込もうとする。

 それに対処する為、ジョセフも動きを合わせようとするが、踏み出した足の方向だったので、ワンテンポ動きが遅れてしまう。


「やるじゃん。けど」


 すぐさま身体を向けるのを諦め、後ろに下がり、距離を取りながら牽制として左ジャブを打ち出した。

 しかし、その安易な攻めが仇となる。


「――ギッ!?」

「――なに!?」


 距離を詰めさせない為に放ったジャブは、微動だにしないレインツェルの頬に突き刺さる。同時に、リリーシャやエルフ達の間から悲鳴が漏れ聞こえた。

 当然、避けられなかったわけでは無い。

 殴られた状態で左腕の袖を掴むと、そのまま更に左側へと回り込む。


「これなら、距離を取ることも出来ないだろッ!」

「チッ!」


 右手に握った剣を、がら空きになった胴体を狙い払う。

 刹那、握られた袖を振り払うことを諦め、瞬時の判断で、右手で短剣を抜き放ち強引に腰を振りながら、腕を交差する形で剣をギリギリのところで受け止めた。


「なんの、もう一回ッ!」

「させるかよ!」


 レインツェルが剣を振り上げると同時に、ジョセフは左足の踵で素早く足を払う。


「うわっ、くそっ!?」


 バランスを崩し、尻餅を突きかけるレインツェルは、思い切り自分の方へ引っ張る。

 咄嗟にジョセフがそれに抵抗した所為で、二人の腕が硬直し、ちょうど軸のよな状態でレインツェルの身体を支える。それを利用し倒れた身体を横に振って地面を滑らせ、その勢いのまま剣を薙ぎ、ジョセフのふくらはぎを斬り裂いた。


「――な、なんとっ!?」


 斬り裂かれた足から鮮血が飛び散り、脱力するよう左足がガクッと崩れる。

 レインツェルは攻めの姿勢を崩さず、握った袖を離すと地面に背を預けた状態のまま、両手で柄を握り、ジョセフの喉元を狙い斬り上げた。


 ジョセフも似たような考えだったのだろう。

 崩れ落ちた自らの身体を庇うのでは無く、真下にいるレインツェルを仕留める為、落ちる反動を利用して短剣の刃を振り下ろそうと狙っていた。

 ほぼ、同じ軌道線上にあった刃がぶつかり、火花を散らす。


「――んぐっ!?」

「――ふっ!」


 上下に睨み合う、両者の視線。

 刃と共に視線でも火花を散らしたかと思うと、同時に違いの剣を弾き、レインツェルは地面を後ろに転がりながら。ジョセフは左手で地面を掻き、強引に身体を後ろに滑らせながら互いに間合いを空けた。


 素早く立ち上がる二人。

 レインツェルは頬を殴られた時に切れた唇から、流れる血を舌でペロッと舐める。

 ジョセフもまた、視線はレインツェルから外さず、動かすだけで裂かれた足の具合を確かめた。

 息を付かせぬ攻防が仕切り直しとなり、広場にいる者達がドッと息を漏らす。


 時間にして一分少々の出来事だったが、何とも濃密で、親代わりであるリリーシャにしてみれば、胃の痛くなるような展開だっただろうか。

 初めての実戦、最初の攻防が終わり、激しく鼓動を打ち鳴らすレインツェルの身体からは、滝のように汗が流れていた。刃を向けられた時の緊張感、目の前で火花が散る恐怖。無いよりも人の肌を斬り裂く感覚に、僅かだが手の平がブルブルと震えていた。

 けど、頬には、楽しげな笑みが宿っている。


「いける。身体が、思った通りに動いてくれるぞ」


 悪くない手応えに、自信は確信へと変わる。

 ジョセフの方も思わぬ動きの切れを見せたことに、驚いたのだろう。ニヤリと歯を見せて笑いながらも、発する気配はより鋭いモノとなる。


「やるな、少年。流石は男の子」


 再び対峙する二人。

 今度は同時に踏み込むと、正面から刃が噛み合った。

 そこから激しい剣戟の応酬が始まる。




 ★☆★☆★☆




 両者一歩も引かず、躊躇なく打ち出される刃に、エルフ達の中には目を覆う者、声を上げてレインツェルを応援する者など様々。とりわけ、一つ剣戟が鳴り響く度に、リリーシャの冷静な表情が見る見る崩れているのが、何とも目を引くだろう。

 場に奇妙な一体感が生まれる中、気に入らないのが蚊帳の外に置かれてしまったクラフトだ。


「クソッ。クソッ! どいつもこいつも、僕を蔑ろにしやがって……!」


 傭兵達すらも目の前の決闘に目を奪われる中、クラフト一人だけがその輪から外れ、苛立ちを表情に浮かべていた。

 商業ギルド・ディクテーターの総帥直々の命令は、絶対であると同時に、出世のチャンスでもある。金儲け以外に興味を示さない総帥が、何故、レインツェルと名乗るエンシェントエルフにご執心なのかはわからないが、任務を遂行することは、確実にクラフトの将来にとってプラスとなる。

 逆を言えば失敗すれば、クラフトの将来は閉ざされてしまうと言っても、言い過ぎでは無いだろう。


「何としても、何としても総帥に、この僕が有能であることを認めて頂かなければっ!」


 ブツブツと呟きながら、親指の爪を噛むクラフトの視線に、小さな影が映り込む。

 広場の決闘を見守るエルフ達の輪から外れて、心配そうにレインツェルを見つめる、小さな少女のエルフだ。

 瞬間、クラフトの脳裏に名案が過り、邪悪な笑みを浮かべて立ち上がった。


「そうだ。耳長相手に、のんびりと律儀な方法を取る必要などないのだ。全ては総帥の為、ギルドの為……何をしようと、任務が成功すればそれでいい」


 皆の視線が決闘に集まっている所為で、誰一人としてクラフトの行動に目を止めようともしなかった。

 それは、エルフの少女すらも同じ。

 彼女が不穏な空気に気付いたのは、真後ろにクラフトが忍び寄るのと、ほぼ同時だった。


「――ッ!?」


 悲鳴を上げる間も無く、エルフの少女は口を背後から押さえられてしまう。

 同時に、クラフトは高らかに叫んだ。


「――貴様らッ! 茶番はお終いだッ。大人しくして貰おうかッ!」


 下種な笑みを浮かべ、クラフトは勝ち誇った声を上げる。

 その場の全員が声に驚き、視線を向け、状況を理解した瞬間、熱く高まっていた熱気が、冷や水を浴びせられたかのよう、瞬く間に冷えていった。





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