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大聖樹の悪童物語  作者: 如月雑賀/麻倉英理也
第1章 悪童とお人好し
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その4 不穏な影





 暗い森の獣道に、ぼんやりと淡い青色の光が揺れた。

 一人、夜の中を歩くレインツェルが右手の持った、ランプの明かり。

 しかし、ランプに灯されているのは火では無く、発光する小さな石。導き石と呼ばれる、エルフの魔法処理が施された、特別な石だ。


 空を覆う木々の枝に阻まれ、月明かりが届かぬ故に、夜の森は一際暗く感じる。

 夜の闇に阻まれ見通しは悪いが、夜行性の動物や虫が森には多く生息しているからか、昼間より賑やかなくらいだろう。

 絶え間なく謳い上げる虫の音に、遠くからは獣達の遠吠えが響く、

 瞳を凝らして周囲の藪などを注視してみれば、爛々と目を輝かせ、興味深げに此方の様子を伺う小動物の姿が確認出来た。


「~~♪ ~~♪」


 真っ暗で底の知れない森の中でも、レインツェルにとっては庭のような物。

 頼りないランプの明かりにも足取りは軽やかに、鼻歌交じりで森を奥へと進む。


「~~♪ ……あ~っと、ここから先、覚えてないなぁ。ま、いっか適当で。どうせ、誰かが知ってるわけでも無いし」


 そう言ってレインツェルは、日本語の歌を適当に口ずさんだ。

 今、歌っているのは、遊佐玲二だった頃、日本で良く流れていたCMソング。

 特別好きだったわけでは無いのだが、一日に何度も聞いていた所為で自然と耳に馴染み、覚えてしまったのだ。とは言っても、十五年振りに思い出すので、細部の歌詞まで合っている自身は無く、途中は適当にハミングでお茶を濁した。

 歌詞は当然日本語であり、普段この世界で使っている言葉とは異なる言語。


 その為、他の人間が聞いても、全く理解出来ないだろう。そもそもにして、歌謡曲的な音楽がこの世界に存在するのか謎だが。

 時刻は深夜と呼ぶほどでは無く、日本的な言い方をすれば宵の口といったところか。

 歌を歌う元気の良さとは対照的に、腹の虫はぐぅと気の抜けるような音を立てる。


「……腹減ったなぁ」


 ぼやいて、レインツェルは自分の腹を摩った。

 あの後、勉強をサボって逃げたことに関して、リリーシャにたっぷりと説教を喰らい、罰として食事抜きの刑に処された。騒動の所為で昼も食べていなかったので、結果的に朝から何も食べていない。

 そんなわけで、何やら忙しそうなリリーシャの目を盗み、こうして再び外へと飛び出したのだ。


 目的は、隠れ家に残しておいた肉で、焼き肉パーティーをリベンジする為に。

 空腹に背中を押された為か、普段より早く目的地に到着する。

 湖の側は空が開けているので月明かりが差し込み、森の中の闇に慣れた目だとハッキリ周囲が確認出来る。

 だからレインツェルは、隠れ家の中にいる怪しい影に、直ぐに気が付くことが出来た。


「……アイツは?」


 ランプを掲げて、目をよく凝らしてみる。

 隠れ家の中には確かに人の姿が。膝を抱え込むようにして直接床の上に腰を下ろし、泣いているのか、時折肩を上下に震わせていた。

 ドロッセル・ラウンゼットと名乗った少女だ。


「ぐすっ。へぐっ……ううっ。怖いよぉ」


 目を閉じているからか、此方の姿に全く気が付かず、ブルブルと小刻みに震える身体を丸め、ドロッセルは嗚咽も漏らしながらも、必死で恐怖に耐えていた。

 確かに慣れてない人間には、森の暗闇は恐怖以外の何物でも無いだろう。


「そんなにビビッてんなら、さっさと帰ればいいのに」


 呆れつつ、レインツェルは隠れ家の方へ近づく。

 直ぐ近くまで寄ると流石に足音で気が付いたらしく、ドロッセルは膝を抱えたまま、「ひっ!?」と身を硬直させた。


「おい」

「――う、うひゃぁぁぁっ!?」


 声をかけた途端、ドロッセルはお尻を床から浮かせるよう驚き、素っ頓狂な声を張り上げた。


「――わ、わたしは食べてもおいしくありませんよっ!」

「食べないよ。俺は別の肉を食いに来たんだ……えっと、ドロッセルだっけ?」

「……へっ?」


 恐る恐る顔を上げたドロッセルは、明かりに照らされるレインツェルの顔を確認すると、安堵に胸を撫で下ろす。次に取り乱した姿を見せた恥じらいからか、顔を真っ赤にして座ったまま、ジタバタと両手足を振るう。


「ちちち、違うんです!? これは、そのっ、えっと……ごめんなさい」

「いや、まぁ、別に謝る必要は無いんだけどな」


 しゅんと肩を落とす姿に、レインツェルは苦笑を浮かべる。


「んで? お前はここで何してんの?」

「それは……」


 言いかけた言葉を遮るよう、ぐぅと間の抜けた音が森に響いた。

 腹の鳴る音だが、今度はレインツェルでは無い。

 無言で視線を細めると、言いかけた口のままドロッセルの顔が、再び真っ赤に染まる。


「そういや、荷物とか全部、盗られたって言ってたっけな」

「……済みません」


 恥ずかしさと情けなさから、肩を落とすドロッセルの顔は、限界まで赤くなる。

 苦笑を浮かべながらレインツェルは、隠れ家の中に足を踏み入れると、テーブルの上にランプを置き、所在なさげなドロッセルの方を見て、悪戯っぽい笑みを覗かせた。


「手伝ってくれるなら、付き合って貰おうかな」

「へっ? な、何をです?」

「焼き肉パーティー」


 言いながら差し出した皿の上には、昼間に捌いた兎もどきの肉が乗せられていた。

 綺麗に捌けていると思うのだが、良いところのお嬢様には刺激が強すぎたらしく、顔色を今度は青に染めて、「ひっ」と小さく悲鳴を漏らした。

 気絶しなかったことは、褒めても良いかもしれない。




 ★☆★☆★☆




 香ばしい匂いと肉が焼ける景気の良い音が、暗い森の中に響き、木や草むらに隠れ住む小動物達は、何事かと顔突き出しキョロキョロと辺りを見回していた。


 湖の側には二人の人影。レインツェルとドロッセルだ。

 平らな地面に大き目の石をコの字型に組み合わせ、簡単なかまどを作る。

 集めておいた細い枯れ木や藁に火を点け、ある程度の火力が出たら薪をくべ、一気に燃え上がらせる。

 その上に厚手の鉄板を置き、油を引いて熱が通ったら、順々に肉を乗っけていく。


 ジュージューと白い煙を上げ、弾ける油の音が何とも賑やか。

 見ているドロッセルも、跳ねる油に驚きながらも、良い香りと音にゴクリと喉を鳴らしていた。


「お~、いい音、いい匂いだ」


 枝を削って作った菜箸で、肉を焼きむらが出ないよう引っくり返しながら、立ち昇る香りを楽しむよう、レインツェルは鼻をひくひくと動かす。

 ドロッセルも胸一杯に香りを吸い込み、うっとりとした表情を覗かせる。


「本当に、美味しそう。料理って、見ても楽しめるモノなんですね」

「まぁね。特に焼き肉は口だけじゃなく、目や耳、鼻で楽しむモンさ……まぁ、タレや醤油があれば、もっと楽しめたんだけど」

「しょうゆ?」

「何でも無い。だから、代わりにこれを……」


 持ってきた袋の中には、調味料に使う塩と胡椒を合わせた物。いわゆる、塩コショウが入っていた。

 それを指で摘み、焼けた兎もどき肉に振りかけて完成だ。


「ほれ、お前のぶん」


 木製の皿に焼けた肉を乗せ、後ろに立つドロッセルに差し出す。

 ドロッセルは目をぱちくりさせながら、肉とレインツェルの姿を交互に見比べた。


「食べて、いいんですか?」

「駄目なら差し出さん。ほら、さっさと食わないと冷めちまうぞ。箸とかフォークとか、気の利いたモンは無いから、素手でよろしく」

「は、はい……あち、あちち。はむ」


 急かす言葉にちょっと慌てながら、ドロッセルは肉を指で摘み、上品にはむっと小さくかぶりつく。

 瞬間、ドロッセルの瞳と表情が、ぱあっと華やいだ。


「――凄く美味しい!」

「そりゃ結構。立って食うのもしんどいだろ。ほれ、そこに座れ」


 両手は菜箸と皿で塞がっているので、レインツェルは足を上げて、側にある大きな膝丈ほどの岩を差す。

 平らな岩の上には、座りやすいよう布まで敷いてある。


「それじゃ、お言葉に甘えて」


 ドロッセルはちょこんと、岩の上に座った。

 残った肉を全て自分の皿に乗っけると、レインツェルは鉄板の隅に置いてあった銅ポットを取り、隠れ家に置いてあった木製のカップを二つ用意する。

 温かいお茶をカップの中に注ぐと、それを左手に持って自分も、岩の上に腰を下ろした。

 横でちまちまと味わうよう肉を食べるドロッセルに、カップの一つを差し出す。


「森で取れた香草で淹れた茶だ。疲労回復に効果的だぜ」

「もぐもぐ、ごくん……何から何まで、申し訳ありません」


 恐縮するように頭を下げてから、差し出されたカップを受け取った。

 建前などでは無く、迷子の子犬のように弱気な表情は、レインツェルに手間をかけさせてしまったことを、本当に申し訳無く思っているのだろう。

 それでも遠慮出来ないのだから、よっぽどお腹が空いていたらしい。


 苦笑しつつ、レインツェルも自ら捕まえ、捌いて調理した肉を口の中に放り込む。

 日本で暮らしていた頃は、兎肉など馴染みはなかったが、実際に食べてみると癖が無く食べやすい。鶏肉に近い触感だ。


「まぁ、向こうの兎とはまた、別なんだろうけど……むぐむぐ。うむ。淡泊な味付けだが美味い、八十点」

「わたひは、むぐむぐ、九十五点でもいいと、むぐっ、思いまひゅけど」


 幸せそうな表情で肉を頬張りながら、ドロッセルは味付けを褒めた。

 空腹が最高の調味料と言われているが、まさにその通りだと実感させられる。


 まだ燃えているかまどの炎が、暗い湖畔をオレンジ色に照らす。

 月明かりの下にある湖は淡い青色に輝き、時折、小さな魚がぴょこんと湖面から飛び跳ねたりしている。

 レインツェルはチラリと横目でドロッセルを見て、思っていたことを口にした。


「お前。こんなところで何をしてたんだ?」

「それは……」


 振り返ったドロッセルは何か言おうと口を開きかけるが、何故か途中で止めると、少し怒ったような表情で眉間に皺を寄せた。


「君。どう見ても、わたしより年下ですよね? 駄目ですよ。目上の人にそんな乱暴な口を聞いちゃ」

「いや、エルフを見た目で判断するって、どうなのさ」

「じゃあ、君は幾つなんですか?」


 ジッと見つめられ、レインツェルは視線を逸らす。


「……精神年齢は三十五歳」

「肉体年齢は?」

「……十五」

「わたしは十六です」


 そう言うとドロッセルは、満足そうな笑みを浮かべ、薄い胸を張った。


「やっぱり、わたしの方がお姉さんじゃないですか」

「うっわ、ムカつくわそのドヤ顔」

「だから、そんな口のきき方は駄目だって言ってるでしょう? ……えっと」

「レイだ。そう呼んでくれ」


 すかさずレインツェルは、そう名乗った。

 別に嘘はついてないのだから、問題は無いだろう。


「レイ君ですか。その、ごめんなさい」


 ドロッセルは食べ終えて空になった皿を横に置くと、そう言ってレインツェルに頭を下げた。


「ここ、レイ君の場所だったんですよね。それなのに、勝手に入っちゃって。その上、食事までごちそうに……」

「あ~っと!」


 長々と謝罪が始まりそうな気配を察知し、レインツェルは大声で両手を振る。

 言葉が止まるのを確認してから、レインツェルは少し強めにドロッセルを睨んだ。


「別に荒らされたわけじゃなさそうだし、特に文句は無い。それと、飯は俺が誘ったんだから礼を言うのは筋違いだ。わかったか?」

「……でも」

「わ・か・っ・た・か?」


 不満げな顔をするドロッセルに、念を押すよう強く言葉をぶつけた。

 反論の言葉を飲み込まざる得ないドロッセルは、完全には納得しきれてない様子でありながらも、渋々頷いてくれた。


「わかりました……でも、お礼は言わせてください」

「いや、だからさ」

「レイ君がどんな考えであっても、わたしはレイ君にお世話になって感謝しています。だから、キチンと言葉としてレイ君に伝えたいんです……受け取って頂けますか?」


 真剣な眼差しに、今度はレインツェルが言葉を詰まらせてします。

 先ほどまで暗がりに怯え、泣いていた少女とは思えないほど、頑固な眼力を向けてくる。

 このドロッセルという少女は、見た目や印象以上に、根っ子の方では強い信念を宿しているのかもしれない。

 軽く息をついてから、レインツェルは残った肉を全て口の中に放り込んだ。


「むぐむぐ……はいはい、勝手にしてくれ」

「はい、勝手にします」


 微笑むとドロッセルは立ち上がり、レインツェルの前に立って、深々と頭を下げた。


「レイ君に、心からの感謝を……そして、昼間、襲われているわたしを助けてくれて」


 顔を上げ、ドロッセルはニッコリと微笑む。


「ありがとう。怪我をさせて、ごめんなさい」

「……おう」


 はにかむ笑顔に思わず見惚れかけ、それが妙に気恥ずかしくなってしまい、レインツェルはワザと顔を顰め不機嫌な声を返した。

 もう一度微笑んでから、ドロッセルは再び真剣な表情を作る。


「それで、迷惑を重ねるようで申し訳なのだけれど、よろしければ今晩、ここに泊めて貰ってよろしいでしょうか?」

「そりゃまぁ構わんが……そもそもお前、何でまだ森の残ってんだ? 迷ったのか?」

「いいえ、実は……」


 問われてドロッセルは、少し言い辛そうな顔をする。


「明朝、再び長様のところを訪ねようかと思いまして」


 言った途端、レインツェルは呆れるような息を、思い切り吐き出した。


「昼間あれだけリリーシャに冷たくあしらわれて、まだ諦めて無いわけ? 一晩置いたってどうせ、結果は変わらんぜ?」

「当然、それはわかっています。突然押しかけて、聖女様に会わせろだなんて、非常識にも程かありました……だから」

「だから?」


 少し恥ずかしげに、ドロッセルは胸の前で人差し指を合わせる。


「まずは草むしりでもなんでも、集落の方々のお手伝いをして、信頼を得ようかなぁなんて……いけませんかね?」

「いいんじゃないの……気の長い話だけど」


 真っ直ぐというか馬鹿正直というか、ドロッセルの諦めの悪さに苦笑しながらも、何だか興味がわいてきた。

 もしこの場で、自分がレインツェルだと名乗ったら、彼女はどんな顔をするのだろう?


「なんで、そんなに聖女様に会いたいんだ?」

「わたしの憧れの人だからです」


 間髪入れず、ドロッセルは答えた。


「勿論、世直しの旅を手伝ってくれるのなら、それ以上に嬉しいことはありません。でも、それ以上にわたしは聖女様に、レインツェル様に会ってみたいんです。わたしの母は昔、聖女様にお会いして、色々と助けて貰ったそうで……だから、会って直接お礼を言いたいっていうのが、本音かもしれません」

「アンタが直接、助けられたわけじゃないのにか」

「はい。わたしは母が大好きですから。母を助けて頂いたから、今、わたしはここにいることが出来る……それって、とっても素晴らしいことだと思いませんか?」


 何の迷いも躊躇いも無く、ドロッセルは言い切った。

 ああそうかと、レインツェルは納得する。

 つまり、


「お前って、心からのお人好し……いや、馬ッ鹿なんだな」

「ひ、酷いですっ! 訂正して下さい!」

「んじゃ、俺帰るわ。皿くらい洗っとけよただ飯喰らい。後、危ないから寝る前にちゃんと、かまどの火は砂をかけて消すこと……間違っても、水はかけるなよ」


 立ち上がったレインツェルは、頬を膨らませて怒りを露わにするドロッセルの肩を叩き、軽く手を振って来た道を戻っていく。


「一人になっても怖くて泣くなよ。奥に毛布が畳んであるから、それ被ってさっさと寝ちまえ。ランプは置いてくから、明日返しに来い」

「わ、わたしの方が、お姉さんなんですからねっ!」

「リリーシャには一応、俺から釘は刺しておくよ。話くらい聞いてやれってさ」

「――ッ!? ありがとうございますっ!」


 からかわれたことを含め、半分怒りながらも、ドロッセルは大声で礼の言葉を張り上げた。

 律儀なモンだと笑いを零しつつ、レインツェルは来た時よりも軽い足取りで、暗い夜道を戻っていった。




 ★☆★☆★☆




 翌朝、目を覚ますとレインツェルは何故か、簀巻きにされていた。

 自分が眠っていた布団でぐるぐる巻きにされ、上から荒縄でキッチリと縛られる。

 まさかの状況に、これは夢か? と疑ってしまうが、顔を上げると縄をきつく縛り終えたオリカが、一仕事終えた雰囲気でいい笑顔を覗かせていた。


「……おい、こら」

「おや? 起きたようですねレインツェル。おはようございます」


 この状況で呑気に挨拶をしてきたのは、オリカでは無く転がるレインツェルの頭の方に立つリリーシャだった。


「おはよう。じゃねぇ! 何なんだこの状況はっ!?」

「簀巻きです」

「簀巻きだねぇ」

「んなこと聞いてんじゃねぇよ!?」

「それよりレインツェル。肩の怪我は、大丈夫なのですか?」

「あん? ああ」


 眼鏡の奥の瞳に心配そうな色が宿り、簀巻きにされた状態のまま、不機嫌な表情でレインツェルはもぞもぞと動き、古代熊に抉られた肩の具合を確かめてみる。

 強く押し付けると多少の痛みが走るが、昨日に比べれば動かせるし全然マシだろう。


「問題ない。傷も塞がったみたいだしな」


 途端、二人は訝しげ表情で顔を見合わせた。


「結構、と、言うか、かなり大怪我だっと思うけど、相変わらず異常なくらいタフだね」

「治癒術も無しによくもまぁ、一晩寝ただけで治りましたね」


 軽く息を付いてから、リリーシャは真剣な眼差しを向ける。


「やはり、貴方には何かしらの秘密が……」

「で? なんで俺は朝っぱらから、簀巻きにされてんだよ」

「えっ? ああ、そうでしたね」


 浮かんだ疑問を表情から消して、リリーシャは軽く咳払いをする。


「急なことですが、本日はこれより外からの来訪者があります。ですので、申し訳ありませんが、レインツェルには家の中で大人しくしていて頂きたいのです」

「いや、それくらい簀巻きにされんでも、大人しくしておくぞ。子供じゃあるまいし」


 ジト目でそう訴えると、二人は微妙な表情を見せた。

 レインツェルの発言を疑っているわけでは無く、どうやら来訪者の方に問題がありそうな顔つきだった。

 嫌な雰囲気を察して、レインツェルは眉を潜める。


「何か、ヤバい連中なのか?」

「……あまり、良い噂を聞く方々ではありませんね」

「もしも、集落の子がからかわれたり、馬鹿にされたりしたらレインツェル、怒って飛び出しちゃうでしょ? 優しいから」

「や、優しくねーし! 俺、アウトローだし」

「はいはい」


 普通にオリカの言葉に照れるレインツェルの発言を、リリーシャは軽く流した。

 そして再び真剣な視線を向け、


「貴方は我らエンシェントエルフの中でも異端な存在。その存在を知られれば、何らかの形で利用しようと考えるやもしれない……そんな者達なのです」

「……んな物騒ら連中を、わざわざ集落に入れるのかよ?」


 リリーシャらしくない判断に、レインツェルは訝しげな顔をする。

 それは当の本人も気づいているらしく、渋い顔をして疑問に答える。


「外界と閉ざされた環境で暮らしていても、世界の一部である以上は俗世との関わりを切り離すことは出来ません……我らと友好関係にある、複数の連邦都市からの許可証がある以上、受け入れざるを得ません」


 エンシェントエルフの集落には結界がある為、普通に森を踏破することは出来ない。

 森の奥にある、集落まで辿り着く方法は三つ。

 集落に暮らすエンシェントエルフと共に進むか、導き石という特殊な光る石で森を照らすか、連邦都市のトップ数人から連判による許可証を手に入れるか。


 昨夜、ドロッセルの元に置いてきたランプの中には、導き石が入っている。アレを持って森を歩けば、結界に惑わされず集落に来ることが出来るだろう。


「……そいつら、何者なんだよ?」


 問うと、リリーシャは口に出すのも嫌なのか、一度表情を顰めてからその名と告げる。


「商業ギルド……ディクテーター」





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