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大聖樹の悪童物語  作者: 如月雑賀/麻倉英理也
第5章 天下への架け橋
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その46 知勇、交わる






 流れが変わったのは、翌日の早朝直ぐだった。

 日が昇り切る前に起き出した下っ端の兵士達が、進軍の準備を進める中、ハオシェンロンの陣地に一騎の早馬が飛び込んできた。

 馬に跨る使者の装いが、スィーズ王国のモノだったことから、兵士達の間に緊張が走る。しかし、自分達の兵も数人随伴していることで、敵襲の類では無いことを察すると、至る所からほっと胸を撫で下ろす声が聞こえた。


 陣地に駆け込んできたのは、スィーズ王国側の伝令。

 何でも向こう側の代表が、交渉の席を用意したいとのことで、早朝からハオシェンロンを含めた幹部が集まり、どう対処するべきか話し合いが行われた。


「これが時間稼ぎなのは明白です。ハオ様、交渉など無駄。ここは無視するのが最善かと」


 そう提言するイザベルに、ほぼ全ての幹部が同意した。

 ハオシェンロンの最終目的はスィーズ王国の陥落なのだから、王家の代表と幾ら交渉を重ねたところで、双方にとって都合の良い結果が生まれるわけでは無い。ましてや、主要貴族の半数以上が、反旗を翻した状態で突き付けるのは、無条件降伏のという文字だけだ。


 挑発する書状でも持たせて、使者を送り帰すべき。

 幹部達が口々に言う中、何故かハオシェンロンは両腕を組み、何かを考えるような素振りを見せた。

 その姿に嫌な予感を感じ取ったのは、側近のイザベルとガエンの二人だ。


「いや、会おう」


 まさかの一言に、幹部達は騒然と、イザベルとガエンはまたかと頭を押さえた。

 文武両道に秀でる非凡な才を持つハオシェンロンに、唯一欠点があるとするのならば、この好奇心の旺盛さだろう。


 いや。彼女の好奇心を煽った手紙の主もまた、優秀だったとも評せる。

 とにかく、首都バルデラに向けての進軍は、一時的に中止となった。

 使者自身も、会談に応じるとは思っていなかったのだろう。憮然とした表情のイザベルから、返答を記した書状を突き付けられ、使者は半信半疑と言った様相で、そそくさとハオシェンロンの陣地を後にした。


 罠や待ち伏せの可能性があると、まだ納得のいっていないイザベルが、クドクドと文句を言っていたが、ハオシェンロンは不敵な笑みを浮かべこう切り返す。


「無論、条件付けはしてやったさ。交渉場所は我が指定した……さて。すっかり聖女様の虜になった自国の村人を見てどんな反応を示すか。今から楽しみではあるな」


 そう言ってハオシェンロンは、意地悪く笑った。

 悪趣味なとガエンなどは額を押さえていたが、イザベルには合点がいったらしく、「素晴らしいですハオ様!」と、モノクルの下の瞳を輝かせながら、我が主を讃えていた。


「勿論、嫌がらせだけで終わらせるつもりは無い。中々賢しい交渉術を持つ者故、確りと見せつけてやらねばな。新たな国の礎となる聖女と、王の姿を」


 自信に満ち溢れた言葉と同時に、慢心の無い視線で幹部達を見回す。


「では各々、早速支度にかかれ。よもや、我自ら指示を口にしなければ動けぬような愚か者は、この場にはおらんよなぁ?」

『――ハッ!』


 イザベル、ガエンを含めた全ての幹部達が、声を揃えて最敬礼で応える。

 一糸乱れる事の無い団結力を目の当たりにし、満足そうにハオシェンロンが頷くと、幹部達は一斉にそれぞれの仕事に取り掛かった。

 その際、ハオシェンロンは一瞬だけ、チラリと背後に視線を向ける。


「……ふっ」


 僅かに。意識を向けなければ気が付かないほど、ほんの僅かな動揺が、陣幕の向こうから微かに伝わる。明らかな人の気配。間者ならば、すぐさまガエンに命令を飛ばし取り押さえ、始末するところだったが、ハオシェンロンはあえてそれを見逃した。

 腕利きのガエンにも気取らせない、巧みな隠行に敬意を評してだ。

 足を立てず聞き耳を立てていた気配は、近くの簡易厩舎に身を潜ませると、飼葉の食べる馬の影に隠れながら、追っ手がかからないことを確認してほっと安堵の息を吐く。


「……あっぶな。見つかったかと思った」


 額から冷や汗を流しつつ、カタリナは目の前で飼葉を咀嚼する馬の首筋を、食事の邪魔をしたことを謝るよう優しく撫でた。

 その日の夕刻。再び、スィーズ王国側の使者が書状を持って再度訪れる。

 突き付けた条件の返答を聞いたハオシェンロンが、目を細め頬を吊り上げる姿は、イザベルが交渉を取り仕切っているスィーズ王国側の責任者に嫉妬するほど、楽しげで深い興味の色に満ちていた。

 会談に日時は二日後の午後。

 腰が重いことが定石であるお役所とは思えぬほど、風の如き素早い対応だった。




 ★☆★☆★☆




 二日後。

 スィーズ王国とハオシェンロンの会談の場となった農村は、朝から物々しい雰囲気に包まれていた。

 首都であるバルデラが近い為か、農村ではあるモノの、こじんまりとした商店街はあるし、安宿も経営されているので、村としての規模は中々に大きいが、やはりそこは農村。一歩郊外に出れば、一面に麦畑ののんびりとした田園風景が広がっていた。


 しかし、前述の理由もあり、今日ばかりは情景に不釣り合いな緊張感に満ちている。

 面倒事を避ける為か、普段だったら村人達で賑わっているだろう商店が立ち並ぶ通りも、人の姿は無く店の入り口には、休業を知らせる看板がぶら下がっており、のどかな筈の町並みは閑散としていた。

 村人と誰もすれ違わない通りを歩くのは、これまた場に不釣り合いな少年エルフ。


 レインツェルだ。

 今日も今日とて、ハオシェンロンの手の平に都合よく転がされたまま、聖女様としての布教活動に連れ回されていた。村を訪れたのは王国との会談が目的なのだが、ハオシェンロン達はレインツェルに関わらせたくない意味もあるのだろう。

 布教活動と言っても、にこにこと笑いながら村人と握手しているだけなので楽なのだが、一人、また一人と手を結ぶ度に、泥沼に嵌っているような錯覚に陥っていた。


「このままじゃ、本格的に不味いよなぁ」


 休憩時間にこっそりと抜け出して来たレインツェルは、閑散とした大通りを歩く。

 面倒事はドロッセルに押し付け、息抜きがてら物見遊山に来てみたのだが、この状況は予想外。これでは暇つぶしの一つも出来やしない。

 ぶらぶらと足を進めていると、一つの建物にふと目を止めた。

 煉瓦造りの低い塀に囲われた、ドーム状の屋根をした建物。

 レインツェルの目を引いたのは、窓に設置された美しいステンドグラスだ。


「教会、かな?」


 何処となく静謐な印象を受ける建物の前に足を止めるレインツェルは、暫し黙って見上げると何を思ったのか、クルッと身体を向けて扉の方へと向かう。

 木製の扉をノックして少し待つが、中から何の反応も無い。


「勝手に入ったら不味いか?」


 そう思いながらも、好奇心から扉を押すと、鍵がかかってないらしくアッサリと開いてしまう。

 怒られたら謝ればいいか。

 小声で「おじゃましま~す」と言いながら、レインツェルは建物の内部へ。


 扉の開けた先に広がるのは、縦長の構造と支柱が並ぶ、何とも神秘的な光景。奥には女性を象った女神像と、お祈りの使用する祭壇があり、ステンドグラスから差し込む光が、よりこの場の神聖を高めていた。

 紛れも無く、この建物は教会だった。

 キョロキョロと回りを見渡しながら、真ん中辺りまで歩みを進める。


「やっぱ、こういう場所だと空気感が違うな」


 似たような雰囲気に、故郷の大聖樹を思い出して、不意に懐かしさが込み上げてきた。

 教会という先入観もあるのだろうが、やはり毎日、人々が祈りや感謝を捧げている場所だからか、空気に満ちた厳かな雰囲気は、さして信心深いわけでも無いレインツェルですら、背筋をピンと伸ばしてしまうほど。


 そのまま中央の身廊を進み、最奥の祭壇前で足を止める。

 祭壇といっても大袈裟な物では無く、白いシーツのかかったテーブルのような物の上に、ご神体である女神像や香などが置かれている。

 レインツェルは興味深げに、顎を摩りながら女神像や祭壇に視線を巡らせた。


「ふぅむ。森暮らしには、この手のモンとは縁が無かったからなぁ。前世の時だって、仏閣や神社は修学旅行とかで見て回ったけど、教会とかは見る機会が皆無だし」


 厳密に言えばレインツェルが知る教会とは、様々な差異が存在するのだろうが、この手の知識には疎い為、あまり違いがわからなかった。

 それでもこの場が神聖であると感じ取れる、感性くらいは持ち合わせているが。

 色々と見ていたレインツェルの視線が、祭壇の一番目立つところに置いてある、木彫りの女神像に注がれた。

 穏やかな顔立ちの、まさに聖母と呼ぶべき慈愛に満ちた像だろう。


「この世界じゃ、女神信仰ってのが一般的だって、前にドロッセルが言ってたっけ」


 北方に拠点を構えるマグナ教団の影響が強い為、この地方一体は女神マグナを崇める女神信仰が古くから根付いている。

 その為、女性に対する神聖化が強く、実際に複数の伝説や偉業を持つ聖女レインツェルに好意的なのは、特別な存在である女性を特別視する傾向のある、女神信仰者の特性も一役買っているのだろう。

 勿論、一部の敬虔な女神信奉者にとっては、眉を潜める不遜な行為だろうが。


「風土の違う国に囲まれたスィーズ王国ならではの緩さか……全く。これも計算済みってんだから、末恐ろしいぜ」


 しみじみとため息が漏れてしまう。

 そんな人間を相手して上手い事、搦め手の状況を抜け出さなければならないのだから、何とも始末が悪い。

 重い気分を慰めてくれないかと、不意に女神像に手を伸ばした。

 意外とバランスが悪かったらしく、指先が触れた瞬間、力も込めたわけでも無いのに女神像はパタリと後ろに倒れてしまう。


「――おっわ!? ヤバッ!?」


 危うく祭壇から落ちそうになるのを、慌てて両手で捕まえた。

 安心しかけたその時、背後から扉を開く音が聞こえた。


「――ッ!?」


 ドキッと、レインツェルの口から飛び出そうな勢いで、心臓が大きく鼓動した。

 瞬間、レインツェルは女神像を両手に抱きかかえたまま、祭壇の裏に隠れてしまう。


「……あら?」


 訪問者は若い女性らしく、不思議そうな声と共に扉を静かに閉じる音が聞こえた。

 女神像を両腕に抱え、レインツェルは祭壇の真裏に腰を下ろして息を潜める。

 何か違和感があるのか、教会内を訪れた若い女性と思わしき人物は、室内に視線を巡らせているよう黙り込んでいるようだ。

 何処となく、緊張感を帯びた気配が伝わってきた。

 数秒ほど沈黙した後、ふっと張り詰めていた緊張感が緩んだ。


「……気の所為、かしら」


 女性の言葉に、レインツェルは音を出さないよう安堵を漏らした。

 別に何か悪いことをしていたわけでは無いのだが、不法侵入をした後ろめたさと女神像を倒してしまった気まずさから、思わず隠れてしまった。息を潜め気配を殺していた手前、今更おめおめと顔を晒すのも気が引ける。


「仕方が無い。一人だけみたいだし、立ち去るまで隠れてるか」


 聖女がお祈りに来たと、持て囃されるのはゴメンだ。何も知らない者だとしたら、エルフが神聖な場所に足を踏み入れることを、快く思わないかもしれない。

 隠れたままスルーを決め込むと、足音は此方にゆっくりと近づいてくる。

 正確には祭壇に向かっているのだろう。


「……ふぅ」


 祭壇の正面付近で足を止めると、小さく衣擦れの音が聞こえた。

 恐らく祭壇に向かい、お祈りをする為に跪くか何かをしているのだろう。


「――。――」


 女性は流暢にお祈りらしき言葉を口にするが、レインツェルの耳に内容を理解することは出来なかった。何故ならば、彼女の発している言葉は、レインツェルが普段使っている言葉とは明らかに違う言語を使用していたからだ。

 独特の語感は、何処となくフランス語に近いイメージがある。

 流れるようにスラスラと発せられる祈りの言葉は、ある種の美しさを帯びていて、言葉の意味がわからずとも、聞いていてとても耳心地が良かった。


「…………」


 自然とレインツェルは両目を瞑り、お祈りに耳を傾けた。

 お寺のお経などは聞いていて眠くなる印象があったが、彼女の高めの綺麗な声色には不思議と人を惹きつける魅力があり、何時までも聞いていたい気分になる。

 五分ほど聞き惚れていると、僅かな余韻を残しお祈りは終了した。

 少し残念に思いながら両目を開くが、祭壇の前にいる女性にはまだ立ち上がる気配は無かった。


「……女神様」


 不意に女性は、レインツェルでも聞き取れる言葉を発する。

 その声は美しく魅力的だった祈りの言葉とは正反対に、深く思いつめるような暗さを帯びていた。


「女神様。私は、最低の人間です」


 悔いるように、女性は懺悔の言葉を口にする。


「私には力がありません。私には勇気がありません。国が、人々が困窮しているのを理解しながら、権力者達の腐敗が進んでいるのを知っていながら、有効な解決法を用いようとはしませんでした。私はそのような者達を監督する立場にあり、制限はあれど抑止する権限を有しながらも、私は積極的にそれらを行使することはなく、相手の逆鱗に触れないギリギリのラインを計りつつ、形ばかりの偽善を取り繕い続けていました」

「…………」


 落ち着き払ってはいるが、節々に苦みが混じる悔恨に、レインツェルは聖女像を両腕に抱きながら耳を傾ける。


「女神様は仰いました。汝、故郷を愛せよと。私は故郷が大好きです。病弱だけれど優しかった母。勇ましく知略に秀でた父。両親は共に私の誇りであり、両親もまた私を誇りと思って下さいました」


 故郷を思い出し懐かしんでいるのか、吐息混じりの笑みを零す。


「私の故郷は北の、森林地帯を背にした国境沿いの地域です。森は古種族、赤エルフの領域の為、見た目ほどは豊かではありませんが、温泉が湧き出ているので古くから湯治場として栄えてきました。当家は温泉の所有権を初代スィーズ国王から賜っているので、その利権のおかげで土地は豊かでは無くとも、細々と暮らしてこれました。寄り添いながらの生活だからか、村人達は皆顔見知りで、親子兄弟のよう。褒められ、叱られ、小さな村には多くの思い出が詰まっています……皆の為になるのならばと、今日この瞬間まで、私は歯を食い縛り、懸命に耐えてしました……ッ」


 不意に言葉が途切れる。

 何かに耐えるよう、キツク歯を食い縛る音が聞こえ後、彼女は沈黙する。

 泣いているのだろうか?

 誰も見ていない。祭壇で見守ってくれる筈の女神像ですら、今はレインツェルの胸の中だと言うのに、涙を見せることは恥だと思っているのか。それとも、彼女自身のプライド故なのかはわからないが、祈りを捧げながら少女は、懸命に流れる涙と嗚咽を押し込めていた。

 健気と呼ぶには、あまりにも不憫に思える。


「……わた、しは」


 ようやく発せられた言葉は不安定に揺れていた。


「私は……これから、反王家の軍団との交渉に向かいます」

「――ッ!?」

「交渉と言っても、時間稼ぎでしかありません。用意された資金の少なく、交渉材料となるモノは皆無。唯一あるとすれば、時間でしょうか。準備すること自体が無いから、相手が最終防衛ラインを割り込む前に交渉の場に持ち込むことが出来ました……皮肉なモノですね」


 自嘲する笑いが聞こえた。


「恐らくはマルコット王の王権に擦り寄る貴族の一人が、色々と口煩い私を排除したくて王に進言したのでしょう。王権が以前までと同じく万全ならば、フェミニストを気取る王は首を縦には振らなかったでしょうが、現状、王の呼びかけに地方貴族達が答えないほど、スィーズ王国の内部はバラバラ。これ以上、求心力を落としたくない故に、私を切り捨てる決断をしたのでしょう」

「……なるほどね。宮仕えってのも、大変なモンだ」


 言いながらも、レインツェルの胸の内に、チクリとした痛みが走る。

 大部分はマルコット王の自業自得ではあるが、原因の一端を作った張本人は、紛れも無くレインツェル自身。行動を起こした結果の一つとして、この女性が不幸になったのだとしたら……僅かな罪悪感が胸を締め付けた。

 喋っている内に落ち着きを取り戻したのか、口調に冷静さが戻る。


「手段を選ばなければ、交渉を長引かせることは可能です。相手が男ならば……その。もっと簡単な方法があったのですが、残念なことに反乱の中心人物は、女性のようでした……し、神前で言うようなことではありませんが」


 失言だったと、少女は恥じるよう謝罪する。


「簡単な手段、ね」


 自然と不機嫌そうに、レインツェルの下唇が突き出る。

 姿を確認したわけでは無いが、声の雰囲気から察するに、祭壇の前にいる少女は可愛らしいと推測される。男女を引き合いに出したことから、彼女が用いようとした手段は容易に想像が付くが、お世辞にも好ましい方法とは呼べないだろう。

 恥じる様子からも、その手のことに長けているようにも思えない。


「自分を大事にしろ……何て、安易に言える状況じゃないんだろうな」


 見ず知らず。この場合はまだ、互いの名前はおろか姿すら確認していない。少女に限っては、レインツェルが祭壇の裏に潜んでいることも知らないのだ。

 余計なお世話も大きなお節介も、口に出来るような関係性も無い。


「可哀想だとは思うが、ここで聞いたことは忘れるしか無いな」


 立場的に物を言えば、互いに敵同士。少女的には味方にだって知られたくない心情を、神前でのみ吐露しているのだから、ここは見なかったこと、聞かなかったことを貫き通すのが最善だろう。


「限界まで交渉を長引かせた結果、私は殺されるでしょう。実の無い交渉で相手方の時間を無駄に浪費させるのだから、それは当然の報い。出来るならば、楽に殺して頂けることを祈るだけです」

「……止めよう。もう、これ以上聞くのは」


 無責任に湧き上がる憐憫の情を必死で押し殺し、レインツェルは外との繋がりを遮断するかのようキツク目を瞑った。


「女神様にお願いがあります。私が死んでも、故郷の母にどうか健やかなる生活を送らせてあげてください。村人達に幸多からんことを……出来るならば、私も死んだ後、天国に……て、てんごく、に……に……」


 言葉が不意に詰まる。

 聞かないよう意識を集中していても、何故だか鮮明にレインツェルの長い耳は、我慢しきれず漏れ落ちる、少女の嗚咽と本音を聞き止めてしまった。


「うっ、ううっ……死にたく、ない。私はまだ、死にたくない……お母さん、皆……助けて。誰か、私を助けて……」

「――ッ!?」


 瞬間、弾かれたようにレインツェルが動いた。

 床を踏み込み、大きく跳躍しながら、祭壇の上に乗り上げる。

 まさか人がいるとは思わなかった少女は、驚いた様相で跪いていた足を上げ、涙で赤く腫れ上がる目元で、祭壇の上に仁王立ちするレインツェルを睨み付けた。


「――誰ッ!?」

「――俺がッ!」


 少女の声をかき消すように、レインツェルは一際大きく声を張り上げてから、ズズッと鼻を啜った。

 そして、力強い眼差しで、祭壇の前にいる少女を見下ろす。


「俺が、お前を助けてやる……だから、お前の力を俺に貸してくれ」

「……え。えっ?」


 わけもかわらず、少女は目を白黒させた。

 若干目元を潤ませ、女神像を小脇に抱えて仁王立ちするレインツェルの姿は酷く滑稽ではあるが、ステンドグラスから差し込む光は、エンシェントエルフの持つ独特の神秘性にマッチしており、少女は驚きながらも見入ってしまった。

 ズズッと鼻を啜ってから、レインツェルは少女を指差す。


「アンタ、名前は?」

「へっ? ……あの、ノエル、です」

「ノエルか。俺はレインツェル。人呼んで、悪童のレインツェルだ」

「レインツェルって……あの、聖女レインツェル!?」


 驚くノエルに正確には違うんだけどと、苦笑いを見せるが、面倒なので訂正せずに話を続ける。


「じゃあノエル。もう一度言う。俺に力を貸してくれ……貸してくれたらお前の守りたいモン全部、俺と仲間達が守ってやる」

「……守りたい、もの」


 この時のノエルの精神状態は、情緒不安定もあってまともでは無かったのだろう。

 冷静に振り返れば、絶対にあり得ない選択肢。見ず知らずのエルフ。しかも、敵対組織の人間の誘いを受けるなんて、まともな思考の持ち主ならば、絶対にするはずは無い。

 それでもノエルは首を縦に振ってしまつた。


「はい……はいっ……お願い、私を……私とこの国を、助けてっ」


 自暴自棄。

 既に折れていたノエルは、藁にも縋りつく想いだったのだろう。

 それでもノエルは微かに感じていたのかもしれない。レインツェルが向ける無茶と無鉄砲な眼差しに、一握りの希望の色が混じっていたことを。





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