その44 拍子抜けの進軍
スィーズ王国の王権を陥落させる。
群雄割拠の時代ならばいざ知らず、戦火も治まり人々が安政を求める治世において、大陸に再び戦端を開きかねない行為は、口にすることも阻まれるだろう。
ハオシェンロンの率いる手勢は、三百にギリギリ届くか届かないか。
冷静に考えなくとも、国一つを落とすなんて無謀意外に何物でも無い。
信長や義経が、奇襲によって大軍を下したのとは意味が違う。たった一度の勝利を得れば良いというモノでは無い。国攻めというのは、一つ一つの拠点を落とし足場を固めつつ、本丸を落とすのが定石だろう。
一度や二度、奇策を用いて勝利を得ても、後に続かなければ意味が無い。
それとも、所詮は戦争経験が無く、机上の理屈しか知らないレインツェルの考え。武神も警戒するハオシェンロンの頭の中には、常人には予測不能な戦術や戦略が練られているのだろうか?
疑問に思ったら行動が早いレインツェルが、率直に尋ねてみると。
「別に特別な考えなど無いさ。普通に出向いて、城を落とす。それだけよ」
ある意味で予測不能な答えが返って来た。
色々と不安を抱きつつ、一向が大平原を出てから数日が経過した。
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大平原を出て五日。スィーズ王国に入って、二日が経過した。
てっきり国境沿いで一悶着があるのかと思いきや、ハオシェンロンの率いる部隊は街道に真っ直ぐ伸びる隊列を作り、普通に国境を越えてスィーズ王国へと入国。既に前回の別邸を超え、首都までもう目と鼻の先だ。
人目を憚ることなく堂々と入国する様は、進軍では無く凱旋のように思えた。
スィーズ国内、特に首都近郊は平野なので、歩きやすく進軍速度も速い。
幾ら進軍が早く小さな部隊とはいえ、三百人の集団が進んでいる。日が落ちかけてから野営の準備を始めても遅いので、時間に余裕を持たせる為、まだ日が高い内から街道の外れにある開けた場所に部隊を駐留させている。
少し雲の多い空の下、ハオシェンロン隊は忙しく、野営の準備を進めていた。
「……暇だな」
兵士達が入れ替わり立ち代わり往来する真ん中で、レインツェルが一人、ポツンと居場所が無さげに佇んでいた。
簡単に説明すれば、やることが無いのだ。
「馬の世話しようと思ってたのに、エリザベスに取られちまったしなぁ」
これから長い付き合いになるのだから、レインツェル自らが世話をするのが筋なのだろうが、日を追うごとに世話好きを拗らせるエリザベス。「お任せ下さいレインツェル様!」を合言葉に、身の回りの世話を次々と掻っ攫っていく。
その度にドロッセルとカタリナの冷たい視線が、突き刺さって居心地が悪い。
「かといって、断ると泣くからなぁエリザベス……何故、こうなった?」
クールで刺々しい雰囲気だった、エリザベスが懐かしい。
まぁ、本人が幸せそうなので、悪いことでは無いのだろう。多分。
皆が忙しく働いている中、ぼーっと突っ立っているのも気が引ける。
「……つまみ食いでもしてくるか」
駄目な思考に推移した途端、不意に何処からか視線を感じた。
悪意……いや、敵意と呼ぶべきか。
鉄火場で敵と相対した際に感じる、殺気のような物では無い。もっと純然とした、お前なんか嫌いだ! と言う直接的な感情。
「むむっ? これは中学の時、挨拶ついでの女子の背中を叩いたら、ブラのホックを外した後の、女子間における俺の対する敵意のような感情は……?」
前世の思い出に軽く胃を痛くしながら、レインツェルはキョロキョロと首を巡らせた。
わざわざ探すまでも無く、視線の主は直ぐに見つかる。
「…………」
「あれ、アイツは……」
少し離れた場所から、レインツェルを睨み付ける長身の女性。
モノクルなどという珍しい物を身に着ける姿は、強く印象に残っていた。
「えっと、イザベル……だっけ?」
「……ふん」
此方が気づいた様子を見せても、イザベルは向ける視線を変えるどころか、顎を軽く上に向けて更に厳しく睨み付けてきた。
彼女の名はイザベルと言い、ハオシェンロン部隊の軍師的役割を担う人物だそうだ。
この行軍を取り仕切っているのは彼女であり、あのハオシェンロンが信頼を置くだけあって、有能な人物だということは疑う余地が無いだろう。
ただ一点。レインツェルを、酷く嫌っているということ以外は。
睨み付けているだけで、此方に対して何か言ってくるような真似はしない。
今までにも何度か、似たようなことがあった。
レインツェルは嘆息してから、クルリとイザベルに対して背中を向け、逃げるようにその場から立ち去る。逃げれば追ってこないのは、既に学習済み。触らぬ神に祟り無しと言うように、嫌っている相手に近寄らない方が、互いの精神衛生上に良いだろう。
けれど、嫌われている理由が何もわからないのは、ちょっとだけ気持ちが悪い。
忙しく立ち回る兵士達に紛れ、レインツェルの姿が見えなくなると、イザベルはふんと鼻をならして踵を返した。
「おい」
「――うおわぁッ!?」
振り向いた先に、ジト目を向けるレインツェルの姿があり、油断していたイザベルはクールな外見とは裏腹、見っとも無い声を張り上げた。
数歩分後ろに飛び退き、イザベルは驚きを隠すよう胸を押さえる。
「ななななな、何の真似だ貴様ッ!?」
「そりゃ俺の台詞。コソコソコソコソと、ウザったいんだよ」
「――ウザッ!?」
ジト目と共に向けられた辛辣な言葉に、イザベルは表情を崩すが、取り繕うように慌てて咳払いをする。
驚いた拍子にずれた、モノクルの位置を直す。
「俺に何か言いたい事でもあるのか? 面倒だから、言ってくれるとありがたいんだけど」
「……最初に行っておく。私は貴様と慣れ合うつもりは……」
「前置きはいいから要件を言えよ」
「――うぐっ!?」
言おうとした言葉を遮られ、イザベルは破顔する。
「ぐぬぬっ。生意気なエルフがっ」
「キャラが崩れるのが早すぎるだろ。せてめてもう少し、クールに務める努力をしろよ」
「ううう、うるさいうるさい! 別に私はクールキャラを気取っているわけじゃない!」
「動揺し過ぎだろうが。直ぐに挑発に乗る軍師って、正直どうなのさ」
「黙れ黙れぇ!」
長身で大人っぽい理知的な第一印象は、一分もたたず崩壊し、イザベルは子供が駄々をこねるよう両腕を振り回す。
想像以上に、愉快な人物のようだ。
何だか睨まれていたのがどうでも良いと思えるほどの、キャラ崩壊っぷりを微笑ましく思っていると、馬鹿にされたと思ったのか、イザベルは若干涙が浮かんだ表情を、険しくさせた。
高ぶった感情を落ち着かせるよう、イザベルは数回深呼吸をする。
「――いいかっ! レインツェル!」
「ほいほい」
「――真面目に聞けっ!」
面倒臭いなぁと思いながらも、無視するとマジ泣きしそうなので、レインツェルは大人しく佇まいを直し聞く態勢を整える。
レインツェルを睨み付けると、イザベルは目の前に人差し指を突き付けてきた。
「いいか、良く聞け。私はお前が嫌いだッ!」
「んなモン、お前の態度見りゃわかる」
「ふん」
挑発的な視線のまま仕切り直すよう、モノクルの位置を調節する。
「先日の一件で随分とハオ様に気に入られた様子だが、調子に乗らないで貰おうか」
「いや、乗ってねぇけど」
「そもそもにしてハオ様は、貴様如きが気安くお言葉を賜れるような、そんなお安い存在では無いのだからな」
「それって、言っちゃ不味い情報なんじゃないのか?」
「貴様はもっと自らの身分を弁えるべきだ。大体、ハオ様の御心の優しさと広さに漬け込んで、さも対等のような立ち振る舞い、断じて許されない!」
「アイツ、心広いかぁ? 絶対腹の中真っ黒だぞ、アレ」
「――ええい、うるさぁぁぁぁぁぁい!」
話の途中途中に、合の手のように入る言葉に、堪らずイザベルは怒鳴った。
「人が喋っている時は黙って聞けっ! 横からベラベラベラベラと、エルフの分際で口数が多すぎるぞ!」
「ええぇ~。そんな切れ方かよ」
理不尽なと、目を三角にする。
一般的なイメージや他のエルフは知らないが、エンシェントエルフは女性が多い所為か、会話好きのエルフが多い。井戸端会議が始まれば、朝から夕暮れまで喋りっぱなしなんてことは、良く見る風景だ。
「大聖樹の方じゃ、聞き上手のレイちゃんと評判良いんだぞ」
「知るかっ!」
軽い自慢をバッサリ切り捨て、再び突き付けてきた指を、念を押すようにグッと近づけてくる。
「忠告しておくぞ。くれぐれも、ハオ様や我らの邪魔をするな、出しゃばるな必要以上に目立とうとするな……我々と貴様らでは、見ている高みが違うとういことを、重々、胆に銘じておけ。いいな?」
殆ど強制的な命令に等しい言葉。
有無を言わせぬ脅しめいた忠告に、流石のレインツェルもイラッと来てしまう。
言いたいことを言い切って、軽く満足げにドヤ顔を晒すイザベルを、ぎゃふんと言わせる為に、レインツェルは何か無いかと周囲に視線を巡らせる。
目に留まったのは、偶然近くを通りかかったドロッセルだ。
正確には、彼女が手に持った籠に入っている物。
「あれ、レイ君? どうしたんでうすか、こんなところで」
「ちょうど良いところに……ドロッセル。ちょっくら、こっちに来い」
手招きすると、小首を傾げながら、とてとてと近づいてくる、
食事の準備をしていたのだろう。両手で持った籠の中には、野菜や果物が入っていた。
レインツェルは、その中から果物を一つ掴むと、それをイザベルの前に突き付ける。
「これを見ろ!」
「……リンゴが何だと言うのだ」
「このリンゴを……こうする」
掴んだ手をパッと離すと、リンゴは地面へと落下する。
地面に落ちたリンゴは小さく弾んで、コロコロと転がった。
沈黙。
「……で?」
何がしたいんだと訝しげな視線に、レインツェルはお返しとばかりにドヤ顔を見える。
そして、落ちたリンゴを指差し。
「見ろ。これぞ万有引力の法則だ!」
鼻息荒く、レインツェルは高らかに叫んだ。
そして再び、沈黙が流れる。
「……で?」
「駄目ですよ、レイ君。食べ物を粗末にしちゃ」
ジト目を向けるイザベルの横で、眉を八の字にし軽く怒った仕草で、ドロッセルが落っこちたリンゴを拾い上げた。
想像していたのと違う反応に、レインツェルはむぅと唸りを上げる。
「何だお前らその薄いリアクションは! もっと驚けよ!」
「驚けと言われましても……」
「リンゴが落ちただけでは無いか。何をどう驚けと言うのだ」
全く言いたい事が伝わらず、レインツェルは苛立ちを募らせる。
「ほら、アレだ。世の中には重力という目には見えない力があって、それに引き寄せられリンゴは地面に落下したのだ。多分、そんな感じ」
単語は知っていても、詳細な説明は覚えていない為、随分とあやふやな説明になってしまう。
だからか、余計に二人は困惑を深めた。
「リンゴが下に落ちるのは、当然のことでは無いか」
「あのね、レイ君。コップの水を下に向けると零れるでしょ。それと同じことなの」
「ち~が~う~!」
微妙にアホの子扱いされ、心外だと地団駄を踏む。
正確に言うなら、ニュートンはリンゴが落ちるのを見て、重力を発見したわけでは無いのだが。
ならばと、レインツェルは別の知識をひけらかす。
「ならこれは知ってるか? 世界って丸いんだぜ?」
「そんなわけ無いだろう」
「世界が丸かったら、反対側の人達が空に落っこっちゃいますよぉ」
呆れた視線が、段々生温かくなってきた。
特にドロッセルの微笑ましい笑顔は、完全にレインツェルのことを「普段は強がってるけど、本当はお子様なんですね」と舐めきっているのだろう。
そもそも、この世界の常識が、レインツェルの知る常識と同じだとは限らないのだが。
小馬鹿にしたようなイザベルと、微笑ましげなドロッセル。二人の不本意な視線に、何とか一矢報いたいと思考を巡らせるが、遊佐玲二の知識だけで彼女達を驚かすには、全てにおいて理解力が浅すぎた。
こんなことなら、もう少し大学で真面目に勉強をしておけばよかった。
ガリレオもダーウィンもアリストテレスも、似たような目にあったのかもしれない。
想像でしかないけれど。
「随分と楽しげな話をしているでは無いか」
「……このお声は!?」
不意にかけられた声に、真っ先に反応を示したイザベルは、頭を垂れてその場に跪く。
周囲の兵士達も仕事の手は休めないまま、礼を尽くすよう頭を下げた。
現れたのは勿論、この部隊の総司令官であるハオシェンロンだ。
ハオシェンロンは正面のレインツェルに、軽く微笑みかける。
「楽しく談笑しているところ申し訳ないが、少しばかりご足労を願えるかな?」
そう問うかけるハオシェンロンに、二人は顔を見合わせてから、肯定するよう頷いた。
★☆★☆★☆
ハオシェンロンに連れられて訪れた先は、小さな農村だった。
麦の収穫で得た儲け以外では、自給自足で生活を賄っているような、本当に小さな村。十人は二桁ほどの数しか暮らしておらず、住人は全員顔見知りで当然といった、そんな狭いコミュニュティ。特別に珍しい、というわけでも無いだろう。
野営地のすぐ側に、村があった存在したことにも驚きだが、もっと驚いたのはハオシェンロンの来訪を、大喜びで迎え入れたのだ。
村人達から入り口で歓迎を受けると、村長らしき老人が代表して前へ進み出る。
恰幅の良い村長は、ハオシェンロンに対して敬意を払うよう、深くその頭を下げた。
「これはこれは、ハオシェンロン様。ようこそお出で下さいました」
「うむ。大事は無いか?」
「はい。ハオシェンロン様が口利きをして頂いたおかげで、貧しい我が村も今年は安心して冬を越せます……真に、ありがとうございます」
村長の言葉と共に、周囲の村人達も頭を下げた。
頭を上げた村長は、ふと視線を後ろにいるレインツェルと、ついでにとくっ付いてきたドロッセルに向けられた。
特にレインツェルがエルフだからか、向けられる視線が訝しげだ。
「失礼ですが、本日はイザベル様やガエン様はご一緒では無いのでしょうか?」
「彼らには野営地の方を任せている。あまり、大勢で押しかけるわけにはいかんからな」
「野営などと。言って下されば、我が村で寝泊まり出来る場所をご用意したモノの」
好意を表す村長に、ハオシェンロンは笑顔で首を左右に振る。
「数百人規模の人間を賄えるだけの余裕は、まだこの村には無いだろう。気に病む必要は無い」
「……お心遣い、感謝いたします」
器の大きい物言いに、村長を始め村人達から感嘆の息が漏れる。
完全にこの村の人々は、ハオシェンロンに心酔しているようだ。
だからか、背後にいる見慣れないレインツェルの存在が気になるのだろう。
「それで、その……失礼ですが、こちらの方々は……」
特別に差別主義者というわけでは無いだろうが、田舎の閉鎖的なコミュニティ故にか、見ず知らずの者に対して多少なりとも、警戒心が働いているらしい。
疑惑の視線に、ハオシェンロンは「ああ」と、軽く背後に目を向けた。
「彼の名前はレインツェル。エンシェントエルフのレインツェルで、私の大切な友人だ」
「――れ、レインツェル様ですとっ!?」
「……様?」
ドロッセルは反射的に首を傾げる。
大袈裟に驚いた様子もそうだが、疑惑に満ちていた視線が一転して、今度は瞳が輝きだした。
随分とわかりやすい、手の平返しだ。
にこにこと笑顔を浮かべながら、村長はレインツェルの方へ歩み寄る。
「貴方様が聖女レインツェル様の生まれ変わりでしたか……お噂は聞いていますよ。いやはや、お会いできて光栄の極み」
「お、おう」
強引に握手を迫られ、戸惑い気味に手を握る。
感動が事実であることを示すよう、握られた手に力が籠っていた。
「ハオシェンロン様もお人が悪い。聖女様をお連れになられるのでしたら、言って下さらねば。驚きのあまり、心臓が止まるかと思いましたよ」
「ふふっ。驚かせたかったのよ……すまんな」
「いえいえ……おっと。こんなところで、長々と立ち話をしているわけにもいきませんな。我が家のお出で下さい。ささやかですが、食事の準備もしておりますので」
「ありがたい。では、お言葉に甘えよう」
村長達は一礼してから、先に家の方へと戻っていく。
周囲から人が離れた隙を見計らって、レインツェルは無言のままハオシェンロンを横目で睨む。
「……これは、どういうことだ?」
「君は君自身が思っている以上に有名人であった。ただそれだけの理由だよ」
「そっ、そんな筈はありません」
ドロッセルが異論を唱える。
「聖女様の名が深く知れ渡っているのは、大陸の東方から北方にかけてです。帝国寄りの西方にあるスィーズ王国で、あのように大歓迎されるほど、聖女レインツェル様のお名前が浸透しているとは思えません!」
普段のオドオドとした態度と違い、キッパリと言い切る。
聖女レインツェルを尊敬しているだけあって、流石にその事情に詳しい。
まさか、ドロッセルから指摘されるとは思っていなかったのか、ハオシェンロンは軽く感心するよう顎を指で摩った。
「お嬢様かと思ったが、意外に賢しい。確かに聖女レインツェルの伝説は、この界隈に浸透しているとは言い難い」
「……わざわざ、俺のことを喧伝してやがったのか」
返事はせず、微笑みだけを返す。
「それが、俺をわざわざ呼びつけた理由か」
「聖女様の伝説を、プロパガンダに利用したのですかっ!?」
許せませんとばかりに、ドロッセルは声を荒げる。
しかし、ハオシェンロンは動じない。むしろ、悪びれる様子も無く、何時も通り自信に満ち溢れた視線を向き返していた。
逆にドロッセルの方が、怯んでしまうほど力強く。
「人は物事に慣れる生き物だ。金銭的な援助をし懐が潤えば、一時的に感謝はすれど時が立てば裕福さに慣れ、それが普通の感覚へとすり替わる。欲望は貪欲だ。慣れの次に訪れるのは更なる欲と執着だ」
「金の切れ目が縁の切れ目ってヤツだな」
「良い言葉だ。私はスィーズ王国を侵攻する手順として、地方の反対勢力の調略と、比較的貧しい民衆を味方に引き込むことを選んだ」
「それがこの前、別邸で俺達に力を貸したことに繋がるのか」
王権が失墜すれば、擁護していた有力者達も離れていく。
エリザベスの事件は成り行きっぽいが、元々、ハオシェンロン達は王権支持派の籠絡の為に、あの別邸を訪れていたのだろう。
つまりがこの侵攻作戦は、既に外堀が埋められていたのだ。
「どうりでここまで、のんびりとした道行だったわけだ」
口で説明するほど、簡単なことでは無い。
仮にも自らの祖国を、売り渡すような真似をするのだ。交渉の裏には、脅し紛いのえげつない方法も隠れているのだろう。
恐るべきは、ハオシェンロンの手練手管。
「しかし、それとレイ君。聖女様のことを喧伝することに何の関係が?」
「金で買った信頼は裏切られるが、信仰によって得た信頼は、鋼より強固だ。神、精霊、聖女、そして英雄。神格化された偶像に対する信仰は、人の感情の中で最も純粋なモノだと私は思っている……それが、個人の思い込みだとしてもな」
ハオシェンロンは真っ直ぐとレインツェルを見つめる。
隻眼の瞳に宿る力強さは、レインツェルも思わずたじろいてしまいそうになるほど。
「レインツェル。私は君に、英雄になって欲しいのだ」
「……なんだって?」
聞き返す言葉に、念を押すようハオシェンロンは、発する声に力を込める。
「英雄レインツェル。その名こそが、君にもっとも相応しい」
からかっているわけでも、冗談を述べているわけでも無さそうだ。
あまりに真剣だったからか、レインツェルは笑い飛ばすことも出来ず、村長が声をかけに戻ってくるまで、暫しその場で困惑を深めていた。




