その43 再びスィーズ王国へ
スィーズ王国のマルコット王には、三人の妃が存在する。
一人は第一夫人、正妻であるマリーゴールド。
浪費家で嫉妬深く、庶民が思い描く傲慢が貴族を絵に描いたような女性。
もう一人は第三夫人のシャーリー。
最近、側室として迎えられた女性で、苛烈な性格のマリーゴールドとは対照的に、おっとりとした人物だ。
程度の差はあれど、両者とも貴族前とした性格が故に、下々の民を顧みない。マリーゴールドは蔑み見下し、シャーリーは箱入りな為か庶民の生活に無頓着。どちらにしても、スィーズ王国の民達から信奉が得られるような人物では無いだろう。
マルコット王の女癖の悪さもあって、庶民の間にある王室のイメージはすこぶる悪い。
英雄パヴェ・ド・ショコラの存在が無ければ、反乱の一つも起こっていただろう。
だが、身勝手な王室の在り方が、民の生活を脅かさなかった大きな理由は、マルコット王の政治手腕の他に、もう一つ存在する。
それは、第二婦人であるマーサとその娘、ノエルの存在だ。
スィーズ王家の分家であったマーサは、若くして王国の有力貴族に嫁ぐが、先の戦争で夫は死亡。忘れ形見のノエルと共に、スィーズ王国の北方にある領地を細々と統治していたのだが、マーサの美貌に目を付けたマルコットが、強引に妻として迎え入れたのだ。
元来厳しい性格であったマーサは、放蕩を繰り返す王に呆れ果てるが、流れる王家の血の宿命に下書き、頼りない王や貴族達に成り代わり、政治を取り仕切っていた。
その厳しさが、マルコット王には煩わしかたのだろう。
当初は毎夜、愛を囁いていたマルコット王も次第に距離を取るようになっていた。
同時に立場を危うく思ったのか、マリーゴールドの陰湿な嫌がらせも始まり、マーサは普段の激務もあってか遂には身体を壊してしまった。
現在は療養の為、領地にある屋敷に戻っている。
母に成り代わり役目を代行するのが、志と人柄、そして才能を確りと受け継いだ才女ノエルその人であった。
しかし、才女であっても所詮は人の子。ましてやノエルは、まだまだ若い。
頼る者も無く、陰謀渦巻く王室で孤軍奮闘するには、あまりにも孤独で真面目過ぎた。
「――お待ちください、陛下!」
長い王宮の廊下で、切羽詰った少女の声が響く。
ここはスィーズ王国の首都であるバルデラ。
絢爛な装飾に彩られる王宮を、肩を怒らせながら歩くマルコット王へ追いすがるよう、ダークブラウンの長い髪の少女が小走りに続く。
必死で呼びかけるが、マルコットは振り向きもしない。
「お考え直しを、陛下……陛下!」
「ええいっ、くどいよノエル!」
しつこい呼びかけにいい加減苛立ったのか、立ち止まったマルコットが足を止めると、振り返って大声を張り上げた。
流石はフェミニストだけあって、怒鳴りつけるような真似はしなかったが。
「何度も言う通り、この話はお終いだ。君は早急に、指示された命令を行えばいい」
「そんなっ!? 地方貴族達の財産没収、差し押さえなどしたら、領地の維持が困難になります!」
「最低限のモノは残してあげるよ。民に飢え死にされても困るしね……でも、それ以上に問題だろう? 王家に対して反旗を翻そうなんて思われたら」
先のパーティーで臣下達の支持を大幅に失ったマルコット王が、居城に帰宅後真っ先に取り掛かったのが、反対勢力を抑え付けることだ。
適当な理由を付けて、反対勢力の主流達の財産没収の命令を飛ばした。
地方の王家に対する力を削ぐ、という意味でなら即効性のある戦略だろう。
「ほとぼりが冷めたら、差し押さえた財産は返却するさ」
「そういう問題ではありません。帝国の継承者問題が解決し、内部が纏まりつつある現状で、国内の結束や戦力が揺らぐような行為は、お控えくださいと進言しているのです!」
「大丈夫だって。お家騒動は収まっても、西方の情勢が落ち着いて無い現状で、停戦協定に傷をつけるようなマネ、する筈が無いさ」
「現に帝国と手を結ぶ、などと言う噂話がまことしやかに囁かれているのにですか?」
「噂だよ、噂」
食い下がるノエルに、面倒臭そうな表情でマルコットは手を振る。
「それに帝国との交渉は、モルグに任せているからね」
「……モルグ大臣、ですか」
「そうそう。色々と腹黒い年寄だけど、彼もスィーズ王国の人間。祖国にあだなすようなことはしないだろうさ」
同意しかねる。ノエルはギリギリで、その言葉を飲み込んだ。
「……ならば、せめて王妃殿下に厳粛なる処分を。そうでなければ、黄金の虎は勿論、国内や今回の件に協力して頂いた、周辺諸国に申し訳が立ちません」
「だから、謹慎処分を言い渡したって。一ヶ月くらい」
思わずノエルは、立ち眩みを起こしそうになる。
しつこい問答にマルコットの言葉には苛立ちが満ちてくるが、そんなことを気にしてはいられない。
一ヶ月の謹慎など、罰を与えたと言うポーズにもならない。
財産を没収することで、地方貴族の力を一時的に削ぐことが出来るだろうが、長く続けば民の困窮を招く。その上で今回の一件の責任を、軽く思っているのならば、国内での王権は失墜するだろう。
果てに待っているのは、血みどろの内乱だ。
「陛下。貴方は……」
正気ですかと言いかけて、ノエルは言葉を止める。
確かにマルコットは王として政治を軽く見る傾向があるが、決して無能な暗愚では無い。
このような無茶な方針を押し通せば、最終的にどうなるかなど、予想出来て当然の筈。ならばマルコットには、確実に貴族達の不満を抑え付け、王権を維持し続けられる自信があるのだろう。
嫌な予感が、ノエルの中に掠める。
「まさか陛下……帝国の手を借りるおつもりなのですか?」
「…………」
マルコットが露骨に顔を逸らす。嫌な予感は確信へと変わる。
「馬鹿な……スィーズ王家の誇りを失ったのですかっ!?」
「……大袈裟さだなぁ」
「陛下!?」
呼びかける声に、マルコットはやれやれと大きく嘆息した。
「時代は変わるんだよ。戦争が終わって十五年だ。大平原の蛮族連中のように、恨みがましい連中じゃあるまいし、そろそろ仲良くしたって構わないだろう。別にスィーズ王国が帝国領になるわけじゃないんだから」
「ど、同盟を結ぶおつもりなのですか?」
「だから、そんな大袈裟なモノじゃないんだって。お隣同士、仲良くしましょうってだけ。要は助け合いの精神さ。帝国との流通が開ければ、国も潤うしね……僕は何か、間違ったことを言っているかい?」
確かに間違ったことを、言っているわけでは無い。
停戦協定が結ばれているとはいえ、帝国は一部地域を除き、連邦都市との関係は断絶したままだ。それはスィーズ王国も例外では無く、帝国に隣接している為、交易に関しては不利な状況に置かれていた。
しかし、帝国との流通が開かれれば、それらの状況は一転する。
豊富な資源を東側と、高い技術を有する西側を結ぶ流通の窓口として、スィーズ王国には西、東から多くに人々が集まることだろ。
「あくまで門はスィーズ王国が管理し、入国を管理すれば何の問題も無いことさ。違うかい?」
違わない。確かにマルコットが言うのは、もっともなことだろう。
だが、ノエルは否定の言葉を口にしなければならない。
「……お考え直し下さい」
「……ふぅむ」
「帝国は野心溢れる大国。未だ大陸統一という野望を捨てたとは、この十五年を顧みても思えません」
帝国は信用出来ない。
ノエルの言葉にありありと浮かぶ疑念に、マルコットは呆れたような顔で頭を掻く。
「君のお父さんは、帝国との戦争で死んだんだよね? そりゃ、恨みに思うのはわかるけど、もう終わったことなんだから、忘れて前に向けて進まなきゃ」
「――ッ!? な、何をっ!?」
前に歩みでたマルコットは、ニコニコと笑みを浮かべて、戸惑うノエルの腰を抱き引き寄せる。
「君も頭の固いことばっか言ってないでさぁ、女の幸せを手に入れなよ。僕の下で、さぁ」
「……やめてください」
「それに君も故郷も今年は不作だったから、色々と苦しいんでしょ? マーサの病気も良く無い様子だし……あまり僕のご機嫌を損ねない方が、いいと思うけど?」
「――グッ!? し、失礼します!」
押しのけるようにマルコットを引き離すと、ノエルは後ろを向いて足早に、来た方向へ戻っていく。
大きく足を踏み鳴らしながら、ノエルはキツク奥歯を噛み締める。
「……ちくしょうっ」
震える声で呟いて、ノエルは涙で歪む瞳を服の袖で拭い去った。
その胸元で揺れる、金のロザリオを握り締めながら。
★☆★☆★☆
「うん、行こう。スィーズ王国へ」
ホウセンに呼び出されたレインツェルは、悩むこと無く二つ返事でそう答えた。
まさか、こうも簡単にハオシェンロンの提示を、受け入れるとは思わなかったのだろう。唖然として顔を見合わせる、ホウセンとニルヴァーナの表情は、ちょっとばかり見物だった。
ただ、当然のように頷いていたハオシェンロンに、思う所はあったけれど。
作戦は時間が勝負ということもあってか、ハオシェンロンが訪ねて来た翌日には、レインツェルは旅支度を整え、黄金の虎の正門前に立っていた。
大平原特有の高い晴天の空の下、レインツェルは大きく伸びをする。
「絶好の旅立ち日和だなぁ……まぁ、旅の目的地がまたスィーズ王国ってのは、ちょっとばかり変わり映えせんが」
言いながら、真新しい生地のマントを風にはためかせる。
新しいマントを用立てたエリザベスは、全身に大草原の風を浴びるレインツェルの姿を、頬に手を添えうっとりとした様子で眺める。
「レインツェル様……新しいマント姿も、よくお似合いです」
はふぅと、蕩けるような息を吐き出す。
勿論見送りでは無く、エリザベスも同行者だ。
その証拠に、旅支度と共に自分の愛馬を引いていた。
当然、エリザベスだけでは無く、ドロッセルとカタリナも同行する予定だ。
今回の一件、黄金の虎のスタンスは、あくまで不可侵。大平原を脅かさないという条件の下、密約が結ばれている。
故にレインツェルの同行は、個人の意思ということで処理される。
国を落とすというハオシェンロンの言葉が真実なら、向かう先は戦場だ。
「本当にいいのかよ、レインツェル。あの胡散臭い連中の、一方的な申し出なんだから、断っちまっても構わなかっただろうに」
カタリナは僅かに心配げな色を言葉に乗せるが、当の本人は呑気な様子で寝起きの身体を解すよう、準備体操をしていた。
上体を逸らしながら、レインツェルはカタリナを見る。
「まぁ、急ぐ旅でも無いしな。風の流れに身を任せ、ってヤツさ」
「適当すぎ」
前髪を掻き上げ、カタリナは嘆息する。
「こんな大将に命を預けるなんて、無茶もいいところね」
「……レイ君にとっては、何時ものことなんですけれど」
ドロッセルも苦笑いで同調した。
アキレス腱を伸ばしながら、「て、言うか」と疑問の視線を向けた。
「お前らも付いてくるのか? 自分で言うのも何だが、危ないだろう」
「……何よ? あたしらが付いてっちゃ、何か不都合でもあるわけ?」
両手を腰に当てて、カタリナは睨み付けるように視線を三角にする。
迷惑などと言うつもりは無く、素朴な疑問のつもりで口にしたのだが、どうやら質問自体がお気に召さなかったらしく、表情に不機嫌さを充満させた。
当然、もう一人もお冠だ。
「わ、わたしはレイ君の保護者なんですから、同行して当然じゃないですか……本音を言えば、ちょっぴり怖いですけれど」
両手を合わせながら、こっそりとドロッセルは本音を口にする。
二人の率直な意見を聞いたレインツェルは、体操に一区切りをつけると、ふむと頷き頬を掻く。
「んじゃま、引き続きよろしく頼むぜ、二人共」
「あいよ」
「はい!」
レインツェルの言葉に、カタリナはちょっぴりだけ、ドロッセルは満面の笑みで嬉しそうに返事をする。
その様子を一歩離れた位置で見守っていたエリザベスは、微笑を浮かべ頷く。
「流石はレインツェル様。何と懐が広いことか」
一番謎なのは、何故エリザベスが当然の如く、レインツェルの旅に同行することになっているかなのだが、率先して準備に取り掛かり、献身的な様子を見ていると例え冗談でも、そのことが指摘し辛い。
何だか、本気で泣かれそうだし。
ちょうど話がまとまったタイミングを見計らったよう、ホウセン達が通りの向こうから姿を現した。
後ろのフランシーヌやシュウ、猫の姿をしたニルヴァーナも一緒だ。
「どうやら、既に準備は出来ているようだのう」
近づきながら整った旅支度に感想を漏らすと、カタリナはジト目を向ける。
「遅いよ親父。見送りすんなら、もっと早く顔見せろっつーの」
「わっはっは! 済まん済まん、リーナたん。ちょいとばかり、準備に手間取ってしまってのう。だがその分、期待には応えられるぞい」
「? どういう意味ですか? それに準備って……」
疑問と共にドロッセルは首を傾げる。
旅支度は見た通り整っているし、スィーズ王国までの旅路には、ハオシェンロンの軍隊も同行するので、食料やその他の心配は無い。馬もカタリナの愛馬一頭しか無いので、あまり荷物が増えるのは困るのだが、ホウセンは何を用意したと言うのだろう。
質問を口にするより早く、側にいたエリザベス、そしてカタリナが大きく息を飲む。
視線の先にいたのは、シュウが手綱を引いて連れてきた一匹の牝馬。
艶やかで美しい純白の毛並でありながら、普通の馬より一回りも大きく逞しい体躯の白馬は、とても動物とは思えない落ち着き払った仕草で、ゆっくりと優雅に蹄の音を奏で近づいてきた。
「……銀星」
唖然とした様子で、カタリナはポツリと単語を漏らす。
銀星。以前に聞いた覚えのある言葉だ。
「確か四頭しか存在しない希少馬だっけ?」
「そうだ。そしてこれからは、お前さんの愛馬だレインツェル」
頷くホウセンの言葉に、エリザベスとカタリナだけでなく、近くで見物していた村の者達も驚きにどよめいた。
最初、黄金の虎を訪れた時に、カタリナが挑発の為に褒美として、銀星を渡せと言った時には断られたのに、一体どういう心情の変化なんだろうか。シュウの言によると、譲り渡すとしたら、次期頭領になるべき人物だけだと言っていたが。
レインツェルは訝しげに、視線を細める。
「どういうつもりだよ、おっさん。言っておくが、俺は黄金の虎の頭領になるつもりなんざないぞ」
否定した途端、何故だかエリザベスとカタリナは、残念そうな顔をした。
「別にそんな小難しい理由があるわけじゃないわい……礼だ。お前さんは、儂の期待以上の働きをしてくれたからのう。その上で更に、厄介事を押し付けにゃならんのでから、これくらいはさせてくれ。そもそも、馬を譲るというのは、当初からの約束だろう。それを今、果たすだけだ」
「そ、それはありがたいのですけど……本当に良いのでしょうか」
申し出に対して、ドロッセルは戸惑う。
自業自得とはいえ、スィーズ王国が自らの立場を悪くし、ハオシェンロンに攻められてしまうこの状況に、ドロッセルは複雑な心境を抱くと共に、戦火が起こることを処理しきれていないのだろう。
戦争が始まろうという状況下故に、礼を言われても素直に受け止めきれないのだ。
「深く考える必要も無いだろう」
戸惑いを察してか、フランシーヌが肩を竦める。
「これは正当な報酬なんだから、アンタ達が気後れする必要は何処にも無い。むしろ、受け取らない方が不義理になるだろう?」
「……そう、ですね」
フランシーヌの言葉に内心の戸惑いを飲み込んで、伏せていた視線を上げる。
「心遣い、確かにお受け取りします」
「くれるってんなら、ありがたいことだ。サンキュ、おっさん」
「なぁに、いいってことよ」
礼を示すよう頭を下げる二人に、ホウセンは年甲斐も無く照れ笑いを浮かべながら、長い髭を手で撫でつけた。
そして改めて佇まいを直すと、真面目な表情でレインツェルを見据える。
「……考え直すつもりは無いか、レインツェル」
一切の冗談が混じらない、真剣な口調。
「事情があるわけでも無いのに、好き好んで厄介事に首を突っ込む理由もあるまいて。お前さんには恩もある……調子の良いことを言ったと後悔しているなら、儂が口を利いてやってもいい」
「大袈裟だなぁ。社会勉強の一環さ。強制徴兵されたわけじゃあるまいし、旗色が悪くなりそうだったら、さっさと逃げてくるよ」
口調こそ軽いが、真っ直ぐと向けられた視線には、心配するなという意思が込められている。それが伝わったから、ホウセンはそれ以上レインツェルを引き留めるような真似はせず、髭を摩りながら言葉を打ち切った。
「時におっさん。あのハオシェンロンて姉ちゃんが何者なのか、知ってんのか?」
「知っている……が、あの娘子には少なからず義理がある。全面的に力を貸すほどでは無くとも、奴が自らをハオシェンロンと名乗るのならば、儂からはあの女はハオシェンロンだ、としか言えぬのよ」
「……随分と、複雑そうだな」
「あやつと行動を共にするのならば、重々注意することだ」
「信用できない奴なのか?」
ホウセンは首を左右に振る。
「逆だ。信用出来過ぎて下駄を預けすぎると、気が付けば引き返せない場所にまで、引き摺り込まれるぞ」
「なるほどね。カリスマってヤツは、強すぎると厄介だからな。注意するよ」
武神ホウセンにここまで言わせるのだから、ハオシェンロンの底の見えなさは予想以上なのかもしれない。
早まったかな? とちょっぴり思いかける横から、エリザベスが力強い声を出す。
「心配には及びません。レインツェル様は、我が武にかけて私がお守りいたします」
「……それは助けられた恩に報いる為だよね? 決して惚れた腫れたの愛情じゃないよね? パパ、それが大陸の行く末より一番心配!」
「ほ、惚れるだなんて恐れ多い……でも、ポッ」
赤らむ頬に手を添えた瞬間、絶句するようにホウセンは顎を落とす。
顔面を蒼白にしながら、ホウセンはガタガタと震えだす。
「あわ、あわわ。それは、何かの勘違いなんじゃないのかい? 吊り橋効果だなんて言葉もあるし、安易に何でもかんでも恋愛に結ぶ付ける昨今の流れは、儂的にはどうかと思うなぁ……リーナたん。リーナたんもそう思うよねぇ?」
「別に本人が好きなんだから、どうだっていいでしょ……あたしだって、その」
不機嫌そうな顔をしまがらも、何処か切なげな表情で、レインツェルを横目に見る愛娘カタリナの姿に、ホウセンは引き攣るように息を止めた。
「駄目駄目中止! この旅は止め! 儂の全財産、残りの銀星三頭を売り払ってでもベスたんとリーナたんの同行には反対……ッ!?」
「はいはい、馬鹿親は黙ってようね」
鞘に納まった刀で、思い切りホウセンの脇腹を突く。
腹を押さえて蹲る父親を尻目に、フランシーヌが前に出て、レインツェルの正面に立つ。
無言のまま腰を曲げて、顔を近づきレインツェルの瞳を覗き見る。
エリザベス、カタリナの妹二人ともまた違った、凛々しい顔立ちが間近に迫り、レインツェルはちょっぴりドキドキしてしまう。
見つめ合う二人に、堪らずエリザベスが声を張り上げる。
「フ、フラン姉様。そんなに顔を近づけるなんて、あまりよろしく無いと思うのですがっ」
「別にお前らみたいに、厭らしい気持ちがあるわけじゃないから嫉妬すんな見苦しい」
「……むぐぅ」
「いや、ベス姉。そこで黙ると、厭らしい気持ちがあるって、認めてるようなモンだから」
カタリナのツッコミに、慌ててエリザベスは取り繕うように咳払いをする。
「……それで俺達は、何時まで見つめ合ってればいいんだ?」
「いや、ちょっと真意が知りたくてね」
「真意ってなんのことだよ?」
「ハオシェンロンの申し出を受け入れた真意」
率直な問いかけに、思わず表情がギクリと反応してしまう。
「レイ君、何か考えがあったんですか? 思いつきじゃなかったんですか?」
「失礼だなドロッセル。お前と一緒にすんな」
「わたし、思いつきで行動なんかしたりしません!」
心外なと怒るドロッセルだが、一人で実家を飛び出したり、古代の森を単身で彷徨ったりしているのだから、その言葉に全然説得力は無かった。
二人のやり取りにフランシーヌは表情を綻ばせ、近づけていた顔を離す。
「まぁいい。大方の予想はつくしな……ほら。先方が痺れを切らせてお待ちかねだ」
向けた視線を追うようにして、レインツェルは町の門へと振り向いた。
重く大きな木製の扉は既に開かれており、入り口のすぐ正面には一頭の馬が。
馬上には龍の鱗を模した鎧を身に着ける、赤髪の少女ハオシェンロンが、微笑みを湛えてレインツェル達を見つめていた。
向こうさんの準備は、とっくに整っているのだろう。
「レインツェル様」
「レインツェル」
「レイ君」
同行する三人の言葉に頷くと、最後にもう一度、黄金の虎の面々の方を振り向く。
シュウが、フランシーヌが、ニルヴァーナが、そして脇腹を押さえ地面に跪いたままのホウセンが、力強い視線を向けていた。
「行って来い、レインツェル。色々言ったが、戦場を見るという経験は、主にとって必ずや糧となるだろう」
「ああ」
ニヤッと歯を見せて笑いかけてから、再び入り口の門へ身体を向ける。
シュウが引いてくれた銀星。彼から手綱を手渡されるレインツェルは、新しくレインツェルの愛馬となる背中にヒラリと跨り、よろしくという礼を込める意味で、首筋を優しく数回撫でた。
歓迎してくれるのか、彼女は首を上げて尻尾を高く振り上げた。
まるで慣れ親しんだかのよう、乗り心地は良好だ。
「相性は良い様子だ。これなら、心配なさそうだな」
「ああ、いい女に出会えて最高だ」
手綱の感触を確かめながら、視線で下にいるシュウに礼を述べる。
他の三人共々、準備は整った。
「んじゃ、行ってくるぜ」
レインツェルの言葉に呼応するよう、ホウセン達黄金の虎の面々や、見送りに来てくれた住人達の間から、四人に向けての激励の声が、門を抜けて姿が確認出来なくなるまで、何時までも続いていた。




