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大聖樹の悪童物語  作者: 如月雑賀/麻倉英理也
第4章 虎と龍
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その39 好色王






 スィーズ王家の所有する別邸に、一台の豪華な馬車が数台、乗りつける。

 装飾品の施された一際豪勢な馬車を護衛するよう、前後を挟む馬車からまず、数人の騎士やお付きの人間が降り立つと、その中で一番の最年長である口髭の騎士が、王家の紋章の刻まれた馬車のドアをノックし、到着した旨を伝えた。


 一分ほどの間を置いてから、老騎士はお付きの使用人に目配せを。

 一礼してから使用人はゆっくりと、音を立てないよう馬車のドアを開いた。


「陛下。到着致しました。足元にご注意を」


 使用人に促され、中から現れたのは、まだ青年と呼んでも差支え無さそうな若者。

 彼こそがスィーズ王国の頂点に立つ王、マルコット・スィーズだ。

 若く見えるが、これでも三十代の後半と、それなりの年月を重ねている。

 誰もが抱く感想は、人知れずこっそりとマルコット達の到着を確認していた、その人物達も同じのようだ。


「何時みても、童顔な人物ですね」


 別邸の一室。

 カーテンで仕切られ、外から中が見えないようになっている客室から、そっと覗き込んだイザベルが呟く。


「見た目に騙されない方が良い。彼奴は性根に問題はあれど、王としては優秀な人物だ」


 側で椅子に腰かけ、腕を組むハオシェンロンが、微笑を交えて言った。

 薄暗い室内に、隠れるよう控える二人。

 今頃したでは、マルコット王の出迎えと、マリーゴールドとの最終決着の準備で、一際ピリピリとした緊張感が高まっているのだろう。

 結果の行方は気になるが、ハオシェンロンは出来る限り、余計な人間と接触したくは無い為、こうして協力者に用意された部屋の中で、決着が付くまでの間、人目につかぬよう待機しているのだ。


「そう考えると、マルコットが遅れたのは僥倖よな。おかげで我々は予想していた以上に安全に、確実な使命の遂行を行うことが出来た。そうであろう?」

「ハッ。それは滞り無く……しかし」


 イザベルは再び、窓の外へと視線を送る。

 出迎えの者達に、笑顔を振りまいて手を振るマルコットは、傍目から見ても王の威厳があるとは思えない。

 しかも、公式の場だというのに服の胸元が乱れ、後ろには佇まいを直す侍女の姿が。

 ほんのり頬が浮きしているのは、決して暖かな日差しの所為では無いだろう。

 露骨にイザベルは、侮蔑するよう視線を細める。


「失礼ながら、私には色に溺れた俗物にしか思えません」

「そうだな。君の言葉も、あながち間違いでは無い……だが、先ほども言った通り、あの男を甘く見ない方が良い」

「色狂いの好色王なのに、ですか?」

「色狂いの好色王だからだよ」


 意味がわからないと、イザベルは眉を潜めた。

 頭の回転が速く、気の利く人物ではあるが、潔癖過ぎる部分がイザベルにはある。

 特に男女間の色事に関しては、嫌悪感すらも抱いている上に、男性不信の傾向も見られる。

 故にイザベルの中ではいまいち、マルコット王の評価が低いのだ。

 だが、ハオシェンロンの評価は、また違うよう。


「好色と言えば聞こえは悪いが、男女間の関係は総じて人間関係の繋がりになる。王として、周囲からの反感を押さえ君臨し続けていられるのは、愛人を使った大きなコネクションを彼奴が握っているからだ」


 それを聞いたイザベルは、ハッと息を飲む。


「な、なるほど。小国のスィーズ王国が、大平原の一勢力とはいえ、武神が有する黄金の虎に大きな圧力をかけられたのは、そのコネクションがあるから」

「勿論、鉱石関係の貿易も関係あるがね。国益と人間関係、この両方から圧をかけられれば、関係国家は首を縦に振らざるを得ない」


 これが、もっと別の問題だったのなら、流石に協力はしなかっただろう。

 狙いは小娘一人。それで一国との関係を友好的に出来るのならば、安いモノだとマルコットの取引に応じてしまったのだ。

 好色が国益のプラスになっているのなら、他の者達も安易に口を挟めない。


「あのエルフ達は、マリーゴールドの悪行を王に訴えれば、勝てると思っているのでしょおうね」

「普通はそうだ。誰だって悪事が明るみに出れば、悪党は身を滅ぼすと思っている」


 口調とは裏腹に、二人の表情に笑みは無い。

 噂程度にしかマルコット王のことを知らない二人だが、この後どのような展開になるかは、ある程度の予想がついている。


 そして、彼らは思い知るだろう。

 絶対王政というモノが、如何に人の常識から外れたモノかを。

 ハオシェンロンは横のテーブルに肘を付き、少しだけ楽しげに頬を綻ばせた。


「……さて、ここが正念場だぞ? ここを乗り切れれば、君は本物だ。彼女がそう、信じて疑わないようにね」


 意味深な呟きが耳に届いて、イザベルはより眉間の皺を深くする。


「……解せぬ。何故、ハオ様はあんな商人風情を信用なさるのか」


 忠誠心の厚いイザベルが、唯一ハオシェンロンに対して不満に思う事柄は、正体不明の人間の戯言を、面白いからと言って受け入れてしまうことだ。

 今回もその戯言を鵜呑みにしなければ、もっと楽にことを運べたのに。

 そう思いながらも口には決して不満を漏らさないイザベルは、代わりに湿っぽいため息で、窓ガラスを曇らせていた。




 ★☆★☆★☆




 マルコット王が到着した。

 一報が屋敷のエントランスに響いた時、全体に漂っていた緊張感は、より一層張り詰め、冷え込んで行くのがわかる。

 エントランスに備え付けてあったソファーで、王の到着を待っていたレインツェルは立ち上がり、仲間達に視線を送りながら力強く頷く。その中には、まだ毒の影響が抜けきらない、エリザベスの姿もあった。

 カタリナやドロッセルの心配げな様子を和らげる為、淡い笑みを浮かべる。


「大丈夫です。まだ、私にはやるべきことがありますから」


 待っている間に再三繰り返した言葉を、また二人に告げた。

 簡易的な検査の結果、毒の影響は殆ど消えていて、ふら付いている原因は疲労の方が大きい。大した処置もしていないのに、毒針の痕も消えかけているモノだから、医術の心得がある虎のメンバーも、不思議そうに首を傾げていた。


 本来ならゆっくり休んで欲しいところだったが、今回の件に関して、自ら決着をつけたいと懇願する彼女の意を汲んで、この場に同席して貰うことにした。

 顔を強張らせるレインツェル達に、マリーゴールドは横目で、余裕の微笑を浮かべる。


 踵の折れたヒールを履き替えたマリーゴールドが、真っ先に王を出迎える為に、ショコラを伴って玄関の方に向かい、ドアの前に立って身なりを整えると、見計らったかのように扉が開かれた。

 マリーゴールドの表情が、パッと華やぐ。


「――陛下ぁ!」


 鼻にかかった甘ったるい声を出したかと思うと、挨拶するより早く、現れた男の首元に飛びつくよう抱き着いた。


「おっと」


 男は僅かに驚くが、直ぐに目尻を下げてマリーゴールドを優しく抱き留める。


「ハハッ。待たせちゃったようだね。ゴメンゴメン、色々とそのぉ……立て込んでいたモノだから」


 何故か一瞬だけ気まずそうに視線を泳がせてから、男は温和な笑顔を見せた。

 アレがスィーズ王国を納める、マルコット王。

 想像していたよりもずっと若く、王様とは思えない庶民的な雰囲気を、全身から醸し出していた。


 地味な好青年。それが、レインツェルの第一印象だった。

 挨拶を交わしながらもマルコット王の視線は、そわそわと誰かを探すように動き、目的の人物を見つけると、満面の笑顔を咲かせた。


「――エリザベス!」


 浮ついた声色を上げると、マルコット王は抱き着くマリーゴールドを押しのけ、一目散にエリザベスの下へと駆け寄ってきた。

 疲れ切っていた所為で反応が遅れ、エリザベスは身を離す暇も無く、近づいてきたマルコット王に両手を取られてしまう。

 両手を強く握り締められ、身体ごと大きくマルコットの方に引き寄せられる。

 戸惑うエリザベスに構わず、マルコットはキラキラと輝く瞳をグッと近づけた。


「会いたかったよ、エリザベス。君とこうして触れ合える日を、一日千秋の想いで焦がれていた……この押さえ切れない想いを伝える為、君の頬にキスをすることを許してくれるかい?」

「――ひっ!?」


 ぐいぐいと顔を近づける押しの強さに、思わずエリザベスは身を引いてしまう。

 近づけられる唇から逃れるよう、顔を大きく逸らすと、マルコットは不思議そうに眉を潜めた。


「……どうしたんだい? エリザベス」

「お戯れは、お止め下さい」


 ハッキリとした物言いで、エリザベスは握られた両手を、やんわりと解いた。

 冷静に対処してくれて、咄嗟のことに動けなかったレインツェル達も、ホッと胸を撫で下ろす。

 レインツェルもまさか、王様があんなナンパ男染みたマネをするとは、思ってもいなかった。

 不満の色がマルコットの表情に現れるが、直ぐに笑顔へと切り替える。


「そうか。些か、急ぎ過ぎたかもだね……おや?」

「――マルコット王!」


 視線がカタリナに止まりかけたのを察知して、エリザベスがマルコットの意識を遮るよう言葉を挟む。


「長旅でお疲れのところ、申し訳ありませんが、お耳にいれたい事柄があります。お時間、よろしいでしょうか?」

「……話?」


 畏まった様子に、妙に緊張感のある場の雰囲気に気づいたマルコットは、何事かと答えを求めるよう、控えていたショコラに視線で問いかけた。

 ショコラは頭を下げたまま口を開く。


「昨夜から現在に至るまで、少々騒動が起きまして御座います……陛下には、伝令でお伝えていた筈と思いますが?」

「んん? ……ああ、アレね。あれあれ。うん、わかっているよ、大変だったみたいだね」


 酷く軽い口調で、ねぎらうようにショコラの肩をポンポンと叩いた。

 本当に理解しているのか。疑問に思ってしまう軽さだ。


「つきましては、その件に関して深くご説明させて頂きたいと思い、マルコット王にお耳の拝借をお願いしたいのですが……」

「ああ、うん。いいよいいよ。エリザベスの頼みだったら、僕は何でも聞いてあげるさ」


 笑顔で言いながら、肩を抱こうとマルコットは手を伸ばす。

 それをさり気なく躱すよう、一歩後ろに下がって、エリザベスは頭を下げた。


「ありがとうございます」

「……うん。まぁ、気にしなくていいよ」


 残念そうな表情で、マルコットは空を切った手の平を見つめていた。

 背後では呪い殺さんばかりに、キツイ眼差しでマリーゴールドが、エリザベスのことを睨んでいたが、とりあえずこれで、話をする場は設けられたわけだ。

 軽く息を付きつつ、エリザベスは視線をレインツェルに向け、唇を綻ばせた。


「ナイス、エリザベス」


 唇だけを動かし、グッジョブと示すよう親指を立てると、エリザベスは頬を赤らめてはにかんだ。

 普段と違う反応に、目敏く気が付いたカタリナが、ジト目を向けてくる。


「……何か、ベス姉の反応が普段と違くない?」

「何を言う。イケエルフに対して、アレが普通の反応だ。今までがおかしかったんだよ」

「そうなのかなぁ?」


 イケエルフという点は置いておいて、カタリナは不可解だとばかりに首を捻る。

 仲が良くなるということは、別段悪い話では無い。

 ただ、必要以上に関係が接近していると思うと、何故だかカタリナの胸の奥で、もやっとした気持ちが広がっていた。

 それが何かハッキリされるには、カタリナにはまだ少し、勇気が足りなかった。




 ★☆★☆★☆




 話し合いの場として、関係者一同は広い応接間へと通された。

 大きなテーブルを挟み、対面するように設置されたソファーには、それぞれスィーズ王国側と黄金の虎側の面々が、既に腰を下ろしていた。


 入り口から見て手前側のソファーに、レインツェル、ドロッセル、カタリナ、エリザベスが座り、対面となる奥側のソファーに、マルコットとマリーゴールドが並んで座っていた。

 マルコットの背後には、護衛役としてショコラが立っている。


 そしてフランシーヌは、「柔らかすぎるソファーは尻に合わない」と、勝手なことを言って壁際に背を預け立っていた。

 勿論、王を守る護衛としてショコラだけで無く、他の騎士達も少し離れた位置で、レインツェル達が不埒な真似を働かないよう、確りと目を光らせている。


「それでは僭越ながら、私の口から此度の一件を説明させて頂きます」


 そう切り出し、マルコットが頷くのを確認してから、エリザベスは淡々と昨夜の出来事を他の者達のフォローを交え、説明を開始した。

 晩餐会の襲撃事件。

 マリーゴールドの狂言誘拐。

 鉱山での出来事。

 そして、帰って来た後の悶着まで、長い時間をかけてじっくりと、フランシーヌが手に入れた証拠品を見せながら、マルコットに説明した。


 最初はお気楽な様子だったマルコットも、話が深まるにつれ、徐々に顔付きが真剣になっていき、最後の方は両腕を前に組みながら、目を瞑り厳しい面持ちでジッと、エリザベスの説明に耳を傾けていた。

 意外だったのはその間、一切マリーゴールドからの反論は無かったとうことだ。


 説明している途中、怒気の籠った視線が何度も、エリザベスに対して向けられていたが、それだけで説明を遮ることはおろか、弁解は言い訳を口にすることすら無く、大人しくマルコットの横に座っていた。

 観念したようしも思うが、時折浮かべる薄ら笑いを見る限り、そうでも無さそう。

 何とも不気味な沈黙に、レインツェルは嫌な予感を抱かずにいられなかった。

 そして残念なことに、その予感は的中することになる。


「なるほど。話はわかったよ」


 エリザベスの口から全てが語り終わると、数秒の重い沈黙の後、ため息交じりにマルコットが口を開いた。

 閉じていた目を開き、背後のショコラに視線を向ける。


「ショコラ。彼らの言は、本当なのかい?」

「わたくしの口からは何とも……しかしながら、彼らの弁には嘘は無いと、失礼ながらそう申させて頂きます」


 よしっ。と、ソファーの隅に座るカタリナが、こっそり拳を握る。

 王家の人間に対して不利な振る舞いはしない人物ではあるが、その高潔さ故に嘘や虚言を口にすることは無い。

 英雄であるショコラの、追い風とも思える発言に、カタリナとドロッセルは勝利を確信したように視線を合わせ、微笑み合っていた。

 だが、レインツェルとエリザベスは表情を崩さない。

 何故ならば同じく、マリーゴールドも余裕の態度を崩していないからだ。


「そうか……ならば、マリーゴールド。君にも聞くけれど、今の言葉、真実なのかい?」

「ええ、その通りです我が君。このマリーゴールド、愛する我が君に、嘘など申しませんわ」


 間髪入れず肯定する発言に、レインツェル達は思わず驚いた。

 まさか、ここまで素直に認めるだなんて、想像もしていなかったからだ。

 何か策があるのかと思いきや、本当に負けを認め、しおらしくしていただけなのかと、そんな疑問すら湧き上がってくる。

 マリーゴールドの発言に、マルコットは表情に困惑を深めた。


「何故、そんなことを……」

「だって、我が君ぃ」


 酷く甘ったるい声を出して、マリーゴールドはマルコットにしなだれかかる。


「私は我が君を、マルコット陛下を心の底より愛し、お慕いしております……だから、新たな妻を迎え入れると聞いて、私は醜くも嫉妬に身を焦がしてしまった。全ては、マルコット陛下を愛するが故に凶行なのです」


 身体をぎゅうぎゅう押し付けて、マリーゴールドはワザとらしく鳴きまねをする。

 露骨な色仕掛けと泣き落としだが、マルコットの表情はだらしなく緩んでいた。


 情けない。

 皆、同じ思いを抱き視線を細めていた所為か、次にマルコットが発したあり得ない言葉を、聞き逃しそうになってしまった。


「そっかぁ……じゃあ、仕方ないよね」


 目尻を下げながら、胸に顔を押し付けて、嘘っぽい泣き声を漏らすマリーゴールドの頭を撫でながら、マルコットは子供をあやすかのような口調で言った。

 一瞬、言葉の意味が理解出来ず、レインツェル達の思考は凍りつく。

 今、何と言ったのだろうか?

 脳が言葉を遅れて理解した瞬間、カタリナは勢いよく立ち上がった。


「――冗談じゃないッ!」


 耳をつんざくような怒声が、応接間に響く。

 あまりにも大きな声だった為、驚いたマルコット王夫妻は、ぴょんと身体を浮き上がらせた。

 透かさず駆け寄ろうとする騎士達を、ショコラが手で制し叫ぶ。


「――カタリナ殿ッ! 王の御前で御座います。どうか、控えて下さいませ」

「こんな侮辱が耐えられるモノかッ! 今、アンタらの王様はうちの姉と仲間の命を軽んじたんだぞ!」

「……そ、それは」


 ショコラもまた、今の言葉は失言だと受け取ったのだろう。

 歯切れの悪い様子で視線を向けると、それに気が付いたマルコットは、まるで状況がわからないと、目をパチクリさせていた。


「まぁまぁ、落ち着きなよカタリナちゃん。そんなに怒ると、可愛い顔が台無しだよ?」

「――ッッッ!?」


 悪びれないどころか、此方が寛容に気を使っているという態度に、カタリナは怒りのあまり目の前が真っ白になる。

 罵倒の言葉が出なかったのは、気を使ったのでは無く、怒りの所為だ。


「落ち着け、カトリーナ」

「レインツェル……けどッ!?」

「俺達は決着を付けに来たんだ……わかるだろ?」


 真剣な眼差しを受け、カタリナの表情には不満が充満する。

 それでも強引に湧き上がる怒りを飲み下し、歯を噛み鳴らしながらも、ソファーへと腰を戻した。

 ふん、とマリーゴールドが大きく鼻を鳴らす。

 挑発に怒りを煽られ、また怒気を強めるカタリナを、隣からドロッセルが手を握って諌めた。

 レインツェルが横目でエリザベスに、話を進めるよう促す。


「それは、スィーズ王国の正式な返答と捉えて良いと?」

「ん~もう。そんな怖い顔しないでよ」


 困り顔で、マルコットは後頭部を掻く。

 何処までも軽い対応に、カタリナで無くともむかっ腹が立ってしまう。


「人の感情は国の政治ほど、上手くはままならないのさ。それが、男女間の関係ならば尚更ね。過ぎ去ってしまった事柄より、先を見据える方が美しいとは思わないかな?」

「馬鹿な……人が大勢死んでいるのですよ? 貴方の抱える兵士も」

「……それはとてもとても、痛ましいことだよね」


 鎮痛の面持ちで眉間に指を添え、マルコットは首をゆっくりと左右に振る。


「今回、被害にあった者達やその家族には、手厚い保障をしよう。望むならば、僕も君達にもこの場で頭を下げよう……それで、手打ちとして頂けないかな?」

「……ッ。それはッ!?」


 冷静に話を進めようと思っていたエリザベスも、これには流石に表情を顰めた。

 これが、事前にフランシーヌが言っていたことと、マリーゴールドが余裕の態度を崩さなかった正体かと、ようやくレインツェルは納得した。

 マリーゴールドの罪は明白だ。本人も認め、証拠も存在する。

 けれど、スィーズ王国の法では、彼女を捌くことは出来ない。何故ならば、マルコットが王であり、この国の法律だからだ。


「まぁ、真面目な話をするとね」


 困り顔のまま、マルコットは自分の頬を掻く。


「僕の奥さんは、大貴族の筆頭だからね。この程度の雑事で、処分することは出来ないんだよ……まぁ、それとは関係無く、僕は彼女を愛しているんだけどね!」


 堂々と言い切るマルコットに、頭痛すら感じてきた。

 話が通じない。いや、友好的な態度こそ取ってはいるが、最初からマルコットは此方のことを下に見ているのだ。

 それは、周辺諸国から黄金の虎に、無理やりな圧力をかけてきた時点で、明白だったのだろう。


 これ以上の追及は無意味。

 全部諸々、罪状を認めた上で開き直られたのでは、もう此方に攻め手は無い。

 言葉を失うように、エリザベスは悔しげに俯いた。

 その姿に溜飲が下がったのか、マリーゴールドはマルコットの肩に寄りかかりながら、満足そうに扇子を仰ぐ。


 カタリナも唇を噛み締め、フランシーヌはそもそも、話を聞いているのか聞いていないのか、壁に寄りかかり腕を組んだままジッと目を閉じている。

 当事者たちがこの状況では口が出せないと、ドロッセルはオロオロと戸惑う。

 気まずい沈黙を切り裂くよう、パンとマルコットは手の平を叩いた。


「さて。話が付いたところで、これからの未来に付いて語ろうじゃないか……」

「待て」


 一人で勝手に話を纏めようとするのを、レインツェルが強い口調で制止した。

 マルコットは笑顔のまま、視線だけをレインツェルに向ける。


「君は、エルフかな? 人間同士の会話に、口を挟むのは感心しないな……」

「口先だけで罪を認めたつもりになって、逃げるつもりか?」


 言葉を遮り、露骨に糾弾すると、皆はギョッと驚いた顔をした。

 一瞬、息が止まったかのような錯覚を感じる。


「……なんだって?」


 顔は笑っているが、声が一段低くなっていた。


「このまま話は終わらせない、逃がすつもりは無い。俺はそう言っているんだ」

「エルフというのは、口の利き方を知らないよう……」

「だったらアンタはそれ以下だな王様。言葉使いを正すより、自分の生き方を正した方がいいんじゃないか?」

「――ッ!?」


 挑発するような言葉に、マルコットは大きく目を見開いた。


「レインツェル殿!? 流石に、お言葉が過ぎますぞ!」


 慌ててショコラが仲裁に入るが、レインツェルは言葉を止める気は無い。

 より過激さを増すように、目の前のテーブルに右手を叩きつけレインツェルはソファーから腰を上げた。

 睨み付けながら、身を乗り出す。

 正直、一か八かの賭けだ。成功しても、払う代償の方が大きいかもしれない。

 だが、強権による理不尽を打ち抜くには、覚悟を決める必要がある。レインツェルも、エリザベス達も。

 レインツェルは、胸一杯に大きく息を吸い込み、どてっ腹に力を込めた。





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