その37 天下布武
スィーズ王国にある鉱山の一つ。
ここは既に廃坑になっており、訪れる者など無いに等しかった。
役割を終えた岩山は、ただひっそりと人気の無い静かな場所で、月夜と太陽に晒され続ける。草木一本生えていない乾き切った岩肌には、人は勿論のこと、鳥や動物すら寄りつかず、いるのは感想を好む爬虫類や、外敵に追われ逃げてきた虫くらいのモノだろう。
だが、今宵の廃鉱山は少しばかり賑やかだった。
数日前より頻繁に、廃坑の内部へと出入りする一団の他に、今夜は更に複数の人間、亜人達が大概の物は掘り尽くされ、何も残って無い筈の内部へと足を踏み入れては、戻ってくるなど。静寂に満ちた岩山の日常を思えば、何とも慌ただしいことだろう。
数刻の後、数人の人間達が坑道から抜け出て、鉱山を立ち去ったようだが、まだまだ騒がしい夜は続きそうだった。
何故ならば新たに、鉱山へと足を踏み入れた影があったから。
「あの女の話を信じるのなら、アイツらはあの中にいるってわけかぁ」
ガリッと、何かを噛み千切る音が、静かな夜に響く。
月夜に照らされて姿を浮かび上がらせたのは、刀の柄を右手に握り肩へと担ぐ、ポニーテールの女性の姿だった。
左手には、半分齧られた干し肉が握られている。
「んぐんぐ……さっき、意気揚々と引き揚げてった連中を見る限り、まんまと罠に嵌ったかぁ……間抜けも間抜け、大間抜けね」
呆れたように呟き、残り半分を口の中へと放り込む。
力を込めて噛み締めていると、足元の方から今の言を否定するかのよう、強い口調で「にゃー!」と鳴き声が上がった。
視線を落とすと、足元には一匹の黒猫が。
「口が過ぎるって? 先生は甘いからなぁ。基本、他人を下に見てる傲慢だから」
「に、にゃー! にゃッ!」
憤慨したように、黒猫はピンと尾を逆立たせて、怒鳴るように鳴く。
しかし、彼女、フランシーヌは悪びれた様子一つ見せない。
「違うって? 違わないさ。優しさと甘さは、似ているようで全くの別物。優しさは立場が同じでも成立するけど、甘さは対等な立場じゃ成立しない。親が子を遊ばせるように、甘さとは視線が上から下に向けられる時に、発せられるモノなのさ」
得意げに語るフランシーヌを、黒猫はジト目で見つめ、「にゃぁぁぁぁぁぁ」と少し長めに鳴き声を上げる。
それを聞いたフランシーヌは、指に付着した食べかすを舐めとる。
「夫婦や恋人の間柄はどうなんだって、馬ッ鹿だなぁ」
朗らかに笑ってしゃがむと、黒猫の頭をグリグリと乱暴に撫でた。
「恋愛ってのはね、あらゆる定石から除外されるんだよ。恋愛とは何ぞや、何て口にする奴の言なんざ信じな方がいいぞ。本人以外にその理屈は当てはまらないから、他人が真似ようとしたところで大失敗するに決まってる」
「…………」
嫌がるように撫でる手から逃れると、疑わしげに細めた視線をフランシーヌに送る。
言っていることを信じないというよりも、言っている人物が信じられないという視線だ。
視線の意味を察したのか、フランシーヌはちょっとだけ、戸惑った様子を見せる。
「な、何だよその目。失礼しちゃうなぁ」
「……にゃ。にゃにゃっ、にゃ」
「恋愛経験ゼロの女に語られてもなぁ、だって? 甘いぞ先生」
ニッと笑いながら、伸ばした指で黒猫の髭を弄ぶよう弾く。
「失敗し続けたから、今の真理に至ったんだ」
「……にゃぁにゃ」
呆れたように黒猫は肩を落とし、弄られてむず痒くなった髭を、肉球でちょいちょいっと撫でた。
馬鹿話に一区切りがつくと、フランシーヌは立ち上がり、坑道の方に視線を向ける。
「さて、と。これから一働きするわけだけど……ぶっちゃけ、どうする先生?」
「にゃっ。にゃにゃっ、にぁあにゃ」
「猫語わかり辛い。いつも通り力押しで構わんよね」
『……だったら聞かないで欲しいのです』
思わず、苛立ちの混じる人の言葉が、黒猫の口から漏れた。
月明かりの下、二人と一匹が、人の姿の無い鉱山の中を今、ゆっくりと行動を開始する。
★☆★☆★☆
期待感が大きい程、当てが外れた時の落差が激しい。
一か八かの希望を抱いて断崖絶壁を登り切った先も、崩れた土砂で埋まった行き止まりでしかなかった。
可能性を想定していなかったわけでは無い。むしろ、高い確率でそうかもしれないという予感はしていた。だが、それ以上に現状を打破したいという気持ちが強く、無意識に期待感を高めてしまっていたのだろう。
その所為もあってか、落胆による精神的負荷は、想像以上に痛かった。
想定していたという予防線が、全く意味をなさない程に。
「…………」
拘束を解いて背中から下ろされたエリザベスは、無言のまま壁に寄りかかっている。
表情に生気は無く、目も虚ろだった。
身体を蝕む毒の所為もあるだろうが、大部分は落胆によるモノだろう。
真面目過ぎる性根故に、何も出来ない不甲斐なさと、レインツェルだけに負担を強いる現状に、自分を責め過ぎてしまったのだ。
ゆっくりと休ませてやりたいが、生憎と地面はゴツゴツとした岩。横になっているだけで体力が奪われてしまうので、足を延ばして背中を壁に預けた状態で、エリザベスを座らせている。
そして、レインツェルはと言うと。
「……ふぅむ。こりゃ、どうだろうなぁ」
虚ろな視線を坑道の奥へと向けると、レインツェルは一人、崩れた土砂に這いつくばるようにして、何かを調べていた。
その後ろ姿に、諦めたり心折れたりしている様子は見られない。
「……まだ、諦めてないのですか?」
自分で自分が情けないと思いつつ、自然とそんな言葉が口を付いてしまう。
「ああ、諦めてない」
当然のように、レインツェルは言い切る。
僅かに震えている言葉を聞けば、強がりのは今のエリザベスにも察知出来た。
けれど、自らを奮い立たせる為に言い放った言葉に、エリザベスの心はキュッと締め付けられるようだった。
「何故、そこまで?」
「カトリーナと約束したからな。後、おっさんやシュウも、お前の帰りを待ってる。当然、虎の住人達だってな。当たり前だろ?」
「……当たり前」
土砂だけでなく、周囲の壁や天井、手の届く範囲は全て、顔を擦り付けるかの如く観察し、調べている。
エリザベスの胸に去来するのは、カタリナを初めとする家族や仲間達の顔だ。
諦めたくない、死にたくない。それは、人として当然の感情だ。
一方で、ここを生き延びて、果たして正しいのだろうかという疑問も、胸の中に渦巻いている。
生きて戻れば、戦争になるかもしれない。
予感が、エリザベスの判断を余計に悩ませる。
「……自分も生き死にも満足に決められないようでは、未熟者と呼ばれても、仕方の無いことでしょうね」
自然と皮肉が口から零れる。
悪循環しか生み出さない、悪い癖だと自覚していても、どうにも止められない。
思考が蟻地獄に陥ったように、一度負の感情に囚われてしまうと、どうしても抜け出せないのだ。
言わなくて良いことを、一々口に出して言っている。
そんなこと、エリザベス本人が一番わかっていることだ。
「生きるべきか死ぬべきか、それが問題だってヤツか?」
「……そうかもしれませんね」
壁にへばりつきながらの言葉に、エリザベスは微笑を浮かべる。
ハムレットの中に出てくる、台詞の一節なのだが、当然エリザベスに伝わる筈も無い。
息を一つ付いて、レインツェルは傾斜になっている土砂から滑るようにして、地面にまで降り立つ。
服に付いた泥や土埃を払いながら、エリザベスの方へと近づく。
生気の薄い顔を見下ろし、少しだけ悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「死ぬってのは、辛くて苦しいぞ。経験者が言うんだから間違いない。悪いことは言わないから、止めといた方が身のためだって」
「経験者、ですか? ……つまらない冗談を言うのですね」
本当につまらなそうに、エリザベスは視線を横に逸らす。
「冗談なモンか。これはリリーシャやオリカ……俺の育ての親なんだが、その二人しかしらない悪童のレインツェル、今世紀最大級の秘密なんだぜ? もう少し、吃驚仰天してくれて構わないんだよ?」
「……ふぅ~」
疲れ切ったような、長いため息が口から零れる。
「大方、大怪我が病気の類で、三日三晩生死の境をさまよったとか、その程度のお話でしょう。それなら私は、自身を含めて両手では足りないくらい、一度死んだ人間を見ています」
「甘い、甘いなぁ、プリンセス・エリザベス」
チッチッチと、レインツェルはワザとらしく気障に、指を左右に振った。
心身共に疲弊しているところに、このテンションは余程面倒臭いのだろう。
普段のエリザベスだったら、まずやらないだろう露骨な舌打ちを鳴らした。
「何なんですか、一体。何が言いたいんですか?」
「俺は一度死んで、この身体に生まれ変わってるんだよ」
「……ッ!?」
そんな馬鹿なこと、あり得るモノか。
言いかけたが、レインツェルがエルフの中でも、特殊なエンシェントエルフであることを思い出して、咄嗟に言葉が詰まってしまう。
大聖樹の加護の下、転生を繰り返すエルフ一族。
眉唾物のお伽噺と信じない人間も存在するが、少なくともエリザベスはそれが事実だと、師事していた先生に教えられている。
「……なるほど。エンシェントエルフなら確かに、生き死にに関しては人より詳しいのでしょうね」
「ところがどっこい。悪童のレインツェルは希少なエンシェントエルフの中でも、更に特殊な特異点なのであーる」
「……特殊? どういう意味ですか?」
人差し指を上に一本立てて、解説風に喋ってみるモノの、当然エリザベスに伝わるわけも無く、ツッコみすら貰えず、レインツェルは内心でガッカリしてしまう。
気を取り直すように、レインツェルは頭を一掻き。
「俺はさ。元々、この世界とは全く別の世界、異世界に住んでた人間なんだよ。色々あって死んじまって、気が付いたらレインツェルとして生活していた。大雑把に言えば、そんな感じだ」
「全く、違う世界……異世界、ですか?」
ポカンとした様子で、此方を見上げたエリザベスが、目を丸くしている。
信じる信じない以前に、異世界という概念が、全く理解出来ていないのだろう。
「例えるなら、この世界がもう一つあるって感じかな。当然、互いの世界の行き来なんて不可能」
「……石と鉄の世界」
ポツッと、エリザベスはその言葉を漏らす。
聞き覚えのある言葉に、レインツェルは思わず身を乗り出した。
「――知ってるのか!?」
「以前、北方へ遠征に出た時に、古い文献で読んだ覚えがあります。この世の境界を越え、歪みの海の先に存在する外界。そのような世界があると」
それを聞いたレインツェルは、大きく鼻から息を吸い込み、大きく目を見開いた。
何せ殆どが霞みにかかり、おぼろげになっている記憶ばかりだ。
自分が遊佐玲二として生き、死んでレインツェルとして転生した実感は、日に日に薄らいでいた。
勿論、石と鉄の世界が地球である確証は無いが、異なる世界が存在するというだけで、不確かな記憶がほんの少しだけ、色づいたような気がする。
予期せぬ事実に頬が緩みかけるが、慌てて引き締める。
「話がずれちまったが、要するにさ。生きることだってままならないのに、死ぬことを選んだって、思った通りになるとは限らないのさ」
「……私がここで朽ちたところで、事態が好転するとは、限らないと?」
「そうそう」
レインツェルは頷く。
「だったらさ。無様でも情けなくても、生き恥を晒して生き抜こうぜ? 死ぬ気になれば、何でも出来る……俺も手伝ってやるからさ」
「…………」
呆気に取られたように、エリザベスはレインツェルを見上げていた。
何て馬鹿な人。
率直なエリザベスの感想だったが、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。
消えかけていた心の炎が、ほんの僅かだが、勢いを取り戻したような、そんな気がした。
「……んじゃ、そろそろ始めるか」
顔に少しだけ生気が戻ったのを確認すると、レインツェルは腰の剣をベルトから外して、土砂の方を振り返った。
「何を、するつもりなのですか?」
活力が蘇ってきたとはいえ、現状は何も変わらない。
邪魔にならないよう剣を土砂から離れた場所に置き、鉱夫が使っていたモノらしき、錆だらけのスコップを、土砂の中から引っ張り出した。
調べている最中に、目敏く見つけたらしい。
「道が無いなら開けばいい。いまから、土砂を掘る」
「――ハァ!?」
そんな馬鹿な。
思わずそうエリザベスは、そう叫びそうになった。
だが、向けられる背中に、冗談を言っている気配は一切見られない。
「坑道の上に土砂が崩れただけなら、ここを掘れば先に続く坑道がある筈だ」
「そ、それは理屈で言えばそうですが、無茶です! それだったら、ここで体力の回復を待ってから、一度下に降りて別の道を探した方が……」
「下はリザードマンの巣窟だ。体力が低下したところに、群れで襲われたら一たまりも無い」
「なら、せめて私の毒が抜けるのを……」
「待っていて毒が抜ける確証も無い以上、無茶なことでもやらなきゃならないんだよ」
有無を言わせぬ強い口調に、エリザベスはグッと押し黙る。
水も食料も無い、不安と緊張感だけが募るこの状況では、体力は回復するどころか温存するのが精一杯。ここがスィーズ王国の領土である以上、黄金の虎達は無暗に立ち入ることは出来ない。救出を申し出ても、マリーゴールドに握りつぶされるのがオチだ。
ハオシェンロン達の目的は不明だが、あまり目立った行動を起こしたくない様子から、わざわざ助けに来てくれる可能性は皆無だろう。
「……やはり、賛成できません」
渋い表情で、エリザベスは首を左右に振る。
「無暗に掘れば、更なる崩落を招く可能性もあります。それに、穴を掘るという作業は想像以上に重労働。無理を押し通して打つ手としては、下策だと思います」
「へぇ」
スコップを肩に担いだレインツェルは、感心した表情で振り返る。
「調子、出てきたじゃないか」
「――ッ!? ちゃ、茶化さないで下さい!」
「エリザベス」
頬を赤らめて怒るエリザベスに、至極真面目な口調で語りかける。
「正直さ、俺もビビッてるんだよ。この状況に」
「……えっ?」
「だから、動いて無いと不安で不安で仕方が無いんだ。本音を言えば、今すぐにでも端っこで丸くなって、考え事を全部放棄して丸くなりたい。起きたら、嫌なことが全部解決してりゃいいって、都合の良い空想を思い描きながらさ」
正直な心情を、レインツェルは吐露する。
「一人だったら、多分そうしてる。みっともなく泣き喚いてるかもな……でも、エリザベス、今はお前がいる。俺はカトリーナやシュウ、ホウセンのおっさんと、それとお前にも言い切ったんだ。全部まるっと解決してやるってな……だったらさ」
もう一度振り返って、レインツェルは歯を見せて笑う。
本音を口にした所為か、普段の能天気な笑顔では無く、緊張感の滲み出た強張った笑顔。明らかに、無理やりに作った顔だ。
「どんなに怖くても不安でも、やれることは全部やって進まなくちゃ、悪童のレインツェルの名が廃る……エリザベス。お前は俺が、絶対にここから引っ張り出して、大平原に帰してやる。散々苦労させられたんだ。そう簡単に嫁になんか行かせてやるもんか」
「……レインツェル」
キュッと、胸の奥が強く締め付けられた。
瞳が潤み、エリザベスは結んだ下唇を軽く噛み締める。
頼りになる。お世辞にもそう言い切れない、情けない言い草ではあったが、確かにエリザベスの心に響くモノを感じた。
だからだろうか、自然と頬が吊り上り、笑みが浮かび上がる。
「……ひ、人の結婚話を潰しておいて、勝手な言い草ですね」
「ハハッ。俺もそう思う」
苦笑しながらレインツェルは土砂に近づき、サクッとスコップを突き刺す。
地底湖の影響で空気が湿っているからか、思っていたより楽に刺さった。
逆に言えば、掘り進めた時に崩れる可能性が高いということ。
「ま、出会いってのは縁だ。今回は悪縁だったと割り切って、次に良縁に巡り合えるよう期待しとけって。頭は固いが、エリザベスは美人なんだから問題ない」
とりあえず、ヤバくなるまで掘り進めようと、構わずスコップを動かす。
「人の結婚を潰したのですから、責任は取って頂けないのですか?」
「俺がぁ? 何で俺なんだよ。カトリーナとか、他にも納得してないのは、一杯いただろう」
「主導は貴方ではありませんか」
「はぁ……まぁ、そうかもしれんが……俺に、どうしろって?」
掘り進める手を止めず、腑に落ちない様子のレインツェルに、少しだけエリザベスは頬の赤味を濃くし、探るように問いかける。
「わ、わた、私が、貴方の妻に、なってあげても、よろしいかと……」
「…………」
レインツェルからの返答は無く、黙々とスコップを動かしている。
言うんじゃなかった。
後悔の念が押し寄せ、顔が先ほどとは違う意味で真っ赤に染まってしまう。
どうやって誤魔化そうか。
泣きそうな表情でアレコレ言い訳を考えていると、一際大きく土を掘る音が響いた。
「……美人にそう言って貰えるのは嬉しいけど、遠慮しとくわ」
「そう、ですか」
やっぱりと思いながらも、口から出た言葉は自分で意識した以上に、落胆の色が混じっていた。
やっぱり、言うんじゃなかったと、エリザベスは顔を伏せてしまう。
「勘違いするなよ。エリザベスのことを、嫌いってわけじゃない」
「えっ?」
「悪童のレインツェルの冒険は、まだまだ始まったばかりだからさ、結婚とかはまだ考えるつもりは無いってだけ」
「けれど、何時かは腰を落ち着ける日が、来るやもしれないでは無いですか。それとも、元の世界に戻りたいのですか?」
「戻りたいかと言われると、微妙だな。俺の自我って奴の殆どは、レインツェルなわけだし。こっちの世界は面白いしな」
本気とも、冗談とも取れない口調。
きっとレインツェル自身、まだわからないのだろう。
「でも、そうだな。旅の終着点って奴を、おぼろげに考えておくのもいいかもしれない」
こんな状況だからと、心の中で付け加えた。
先の見えないどん詰まりの中で、あえて未来を語ることで、心を奮起させる。
考える未来はなるべく大きく、なるべく明るくだ。
「そうだな。やっぱ、男として生まれたからには立身出世! 一旗上げて大聖樹に錦を飾るってのが、男の子の生き様だと思うんだよ」
「例えば、何ですか?」
「そりゃ、アンタ……殿様に決まってんだろう。天下布武だよ、天下布武」
「てんか、ふぶ……天下布武。天下に武を布くと言うのですか?」
「まぁ、七徳の武って説もあるらしいが、俺はそっちの方が好みかなぁ、男の子だし」
何気ないことのように言っているが、実際はとんでもないことを言っている。
レインツェルはたった一人の武力で、天下を平定すると言っているに等しい。
馬鹿げた話。武神と呼ばれるホウセンですら、武のみで天下に指を触れることすら敵わなかった。
恐るべき無謀、まさしく悪童の戯言だ。
けれど、エリザベスは酷く晴れやかな気分にさせられた。
身も実も無い言葉なのに、もしかしたら、もしかするかもという予感をエリザベスは抱いてしまった。
馬鹿は感染する、とでも言うべきか。
自然と笑みが込み上げてくる。
「ふ、ふふっ……ならば、私は貴方の一番槍となりましょう」
「お? やっちゃう? 天下布武?」
「私の拙い武が、貴方様の道筋を切り開けるのならば、我が心、我が夢。悪童の篝火にくべるのも良いでしょう」
何やら熱の籠った潤んだ瞳で、エリザベスはレインツェルを見つめる。
それはまさしく、恋に落ちた少女の瞳だった。
しかし、当のレインツェルは、背中を向けて一心不乱に土砂を掘り続けているので、その熱視線に気が付くことは出来なかった。
「……ん?」
背中に悪寒のようなモノが走ったが、疲労によるモノだろうと直ぐに打ち消した。
その一瞬、気が逸れた所為か、思い切り突き出したスコップが、土砂の中に埋まっていた岩に直撃。甲高い音が響く。
「――痛ッ!?」
かなり勢いよくスコップを叩きつけた為、痺れるような衝撃が両腕を抜ける。
「う、うわっ!?」
「――危ない!?」
更には突き出したスコップが岩に弾き返された所為で、レインツェルは後方に大きくバランスを崩してしまった。
斜面になっている土砂の、上部分から掘っていた為、真後ろの転がり落ちてしまう。
派手に土煙を上げて、地面に背中から叩きつけられるレインツェル。
差ほど高さは無いからといっても、背中からデコボコした地面に叩きつけられたのだ。息が止まるかもと思う程の衝撃に、レインツェルは暫しその場で声も無く蹲ってしまう。
「だ、大丈夫ですか!?」
駆け寄りたいが、毒の影響でエリザベスは動くことが出来ず、声だけをかける。
心配そうな声に反応して、仰向けのレインツェルは背中の痛みに、エビぞりに背を逸らしながら、大丈夫だと示すよう片手を軽く上げる。
その瞬間、ゴフンと空気が爆ぜるような音が鳴り響く。
「――えっ?」
「――はっ?」
音に反応して顔を向けた土砂の先に、あり得ないモノを目にして、レインツェルとエリザベスは驚きに固まってしまう。
坑道を塞ぐように埋め尽くされていた土砂が、つい数秒前までレインツェルが賢明に掘り進めていた土砂が、無くなっていた。
正確に言うなら、人が通れる大きさの穴が開き、此方側と向こう側を繋いでいたのだ。
「おっと。思ったより上手くいったじゃんか、土塊喰らい。ドワーフの技術って、本当にインチキだよなぁ。こと、土や石、鉄に関して言えば、魔術より魔術みたいな技法を持ってやがる」
聞こえてきたのは、暗い行動の雰囲気にはそぐわない、凄く明るい女性の声だ。
開かれた穴の先に、一人の女性が立っているのがわかる。
その姿を視認して、信じられないとばかりに、エリザベスが呼吸を止めた。
「……フラン、姉様」
「よぉ、エリザベス。元気そう……じゃあ、無いな」
軽やかに挨拶をして上げた手で彼女、フランシーヌは自分の頬を掻く。
未だ状況が呑み込み切れず、エビぞりになった状態でフランシーヌを見つめるレインツェルに気が付き、彼女がニカッと歯を見せて笑った。
「悪童のレインツェル……噂には聞いてるよ、随分と面白い奴らしいじゃあないか」
「そりゃ、どうも」
辛うじて、それだけを答える。
蝕んでいた不安や絶望を、一気に押し流してしまう清流、いや、激流の如き雰囲気を身に纏った女性に、流石のレインツェルも言葉を失ってしまった。
クィーン・フランシーヌ。
薄暗い奈落の底でレインツェルは、女王の名を持つ虎の長姉、フランシーヌとの邂逅を果たした。




