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大聖樹の悪童物語  作者: 如月雑賀/麻倉英理也
第4章 虎と龍
37/47

その37 天下布武






 スィーズ王国にある鉱山の一つ。

 ここは既に廃坑になっており、訪れる者など無いに等しかった。

 役割を終えた岩山は、ただひっそりと人気の無い静かな場所で、月夜と太陽に晒され続ける。草木一本生えていない乾き切った岩肌には、人は勿論のこと、鳥や動物すら寄りつかず、いるのは感想を好む爬虫類や、外敵に追われ逃げてきた虫くらいのモノだろう。


 だが、今宵の廃鉱山は少しばかり賑やかだった。

 数日前より頻繁に、廃坑の内部へと出入りする一団の他に、今夜は更に複数の人間、亜人達が大概の物は掘り尽くされ、何も残って無い筈の内部へと足を踏み入れては、戻ってくるなど。静寂に満ちた岩山の日常を思えば、何とも慌ただしいことだろう。


 数刻の後、数人の人間達が坑道から抜け出て、鉱山を立ち去ったようだが、まだまだ騒がしい夜は続きそうだった。

 何故ならば新たに、鉱山へと足を踏み入れた影があったから。


「あの女の話を信じるのなら、アイツらはあの中にいるってわけかぁ」


 ガリッと、何かを噛み千切る音が、静かな夜に響く。

 月夜に照らされて姿を浮かび上がらせたのは、刀の柄を右手に握り肩へと担ぐ、ポニーテールの女性の姿だった。

 左手には、半分齧られた干し肉が握られている。


「んぐんぐ……さっき、意気揚々と引き揚げてった連中を見る限り、まんまと罠に嵌ったかぁ……間抜けも間抜け、大間抜けね」


 呆れたように呟き、残り半分を口の中へと放り込む。

 力を込めて噛み締めていると、足元の方から今の言を否定するかのよう、強い口調で「にゃー!」と鳴き声が上がった。

 視線を落とすと、足元には一匹の黒猫が。


「口が過ぎるって? 先生は甘いからなぁ。基本、他人を下に見てる傲慢だから」

「に、にゃー! にゃッ!」


 憤慨したように、黒猫はピンと尾を逆立たせて、怒鳴るように鳴く。

 しかし、彼女、フランシーヌは悪びれた様子一つ見せない。


「違うって? 違わないさ。優しさと甘さは、似ているようで全くの別物。優しさは立場が同じでも成立するけど、甘さは対等な立場じゃ成立しない。親が子を遊ばせるように、甘さとは視線が上から下に向けられる時に、発せられるモノなのさ」


 得意げに語るフランシーヌを、黒猫はジト目で見つめ、「にゃぁぁぁぁぁぁ」と少し長めに鳴き声を上げる。

 それを聞いたフランシーヌは、指に付着した食べかすを舐めとる。


「夫婦や恋人の間柄はどうなんだって、馬ッ鹿だなぁ」


 朗らかに笑ってしゃがむと、黒猫の頭をグリグリと乱暴に撫でた。


「恋愛ってのはね、あらゆる定石から除外されるんだよ。恋愛とは何ぞや、何て口にする奴の言なんざ信じな方がいいぞ。本人以外にその理屈は当てはまらないから、他人が真似ようとしたところで大失敗するに決まってる」

「…………」


 嫌がるように撫でる手から逃れると、疑わしげに細めた視線をフランシーヌに送る。

 言っていることを信じないというよりも、言っている人物が信じられないという視線だ。

 視線の意味を察したのか、フランシーヌはちょっとだけ、戸惑った様子を見せる。


「な、何だよその目。失礼しちゃうなぁ」

「……にゃ。にゃにゃっ、にゃ」

「恋愛経験ゼロの女に語られてもなぁ、だって? 甘いぞ先生」


 ニッと笑いながら、伸ばした指で黒猫の髭を弄ぶよう弾く。


「失敗し続けたから、今の真理に至ったんだ」

「……にゃぁにゃ」


 呆れたように黒猫は肩を落とし、弄られてむず痒くなった髭を、肉球でちょいちょいっと撫でた。

 馬鹿話に一区切りがつくと、フランシーヌは立ち上がり、坑道の方に視線を向ける。


「さて、と。これから一働きするわけだけど……ぶっちゃけ、どうする先生?」

「にゃっ。にゃにゃっ、にぁあにゃ」

「猫語わかり辛い。いつも通り力押しで構わんよね」


『……だったら聞かないで欲しいのです』


 思わず、苛立ちの混じる人の言葉が、黒猫の口から漏れた。

 月明かりの下、二人と一匹が、人の姿の無い鉱山の中を今、ゆっくりと行動を開始する。




 ★☆★☆★☆




 期待感が大きい程、当てが外れた時の落差が激しい。

 一か八かの希望を抱いて断崖絶壁を登り切った先も、崩れた土砂で埋まった行き止まりでしかなかった。


 可能性を想定していなかったわけでは無い。むしろ、高い確率でそうかもしれないという予感はしていた。だが、それ以上に現状を打破したいという気持ちが強く、無意識に期待感を高めてしまっていたのだろう。

 その所為もあってか、落胆による精神的負荷は、想像以上に痛かった。

 想定していたという予防線が、全く意味をなさない程に。


「…………」


 拘束を解いて背中から下ろされたエリザベスは、無言のまま壁に寄りかかっている。

 表情に生気は無く、目も虚ろだった。

 身体を蝕む毒の所為もあるだろうが、大部分は落胆によるモノだろう。

 真面目過ぎる性根故に、何も出来ない不甲斐なさと、レインツェルだけに負担を強いる現状に、自分を責め過ぎてしまったのだ。


 ゆっくりと休ませてやりたいが、生憎と地面はゴツゴツとした岩。横になっているだけで体力が奪われてしまうので、足を延ばして背中を壁に預けた状態で、エリザベスを座らせている。

 そして、レインツェルはと言うと。


「……ふぅむ。こりゃ、どうだろうなぁ」


 虚ろな視線を坑道の奥へと向けると、レインツェルは一人、崩れた土砂に這いつくばるようにして、何かを調べていた。

 その後ろ姿に、諦めたり心折れたりしている様子は見られない。


「……まだ、諦めてないのですか?」


 自分で自分が情けないと思いつつ、自然とそんな言葉が口を付いてしまう。


「ああ、諦めてない」


 当然のように、レインツェルは言い切る。

 僅かに震えている言葉を聞けば、強がりのは今のエリザベスにも察知出来た。

 けれど、自らを奮い立たせる為に言い放った言葉に、エリザベスの心はキュッと締め付けられるようだった。


「何故、そこまで?」

「カトリーナと約束したからな。後、おっさんやシュウも、お前の帰りを待ってる。当然、虎の住人達だってな。当たり前だろ?」

「……当たり前」


 土砂だけでなく、周囲の壁や天井、手の届く範囲は全て、顔を擦り付けるかの如く観察し、調べている。

 エリザベスの胸に去来するのは、カタリナを初めとする家族や仲間達の顔だ。


 諦めたくない、死にたくない。それは、人として当然の感情だ。

 一方で、ここを生き延びて、果たして正しいのだろうかという疑問も、胸の中に渦巻いている。

 生きて戻れば、戦争になるかもしれない。

 予感が、エリザベスの判断を余計に悩ませる。


「……自分も生き死にも満足に決められないようでは、未熟者と呼ばれても、仕方の無いことでしょうね」


 自然と皮肉が口から零れる。

 悪循環しか生み出さない、悪い癖だと自覚していても、どうにも止められない。

 思考が蟻地獄に陥ったように、一度負の感情に囚われてしまうと、どうしても抜け出せないのだ。

 言わなくて良いことを、一々口に出して言っている。

 そんなこと、エリザベス本人が一番わかっていることだ。


「生きるべきか死ぬべきか、それが問題だってヤツか?」

「……そうかもしれませんね」


 壁にへばりつきながらの言葉に、エリザベスは微笑を浮かべる。

 ハムレットの中に出てくる、台詞の一節なのだが、当然エリザベスに伝わる筈も無い。

 息を一つ付いて、レインツェルは傾斜になっている土砂から滑るようにして、地面にまで降り立つ。

 服に付いた泥や土埃を払いながら、エリザベスの方へと近づく。

 生気の薄い顔を見下ろし、少しだけ悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「死ぬってのは、辛くて苦しいぞ。経験者が言うんだから間違いない。悪いことは言わないから、止めといた方が身のためだって」

「経験者、ですか? ……つまらない冗談を言うのですね」


 本当につまらなそうに、エリザベスは視線を横に逸らす。


「冗談なモンか。これはリリーシャやオリカ……俺の育ての親なんだが、その二人しかしらない悪童のレインツェル、今世紀最大級の秘密なんだぜ? もう少し、吃驚仰天してくれて構わないんだよ?」

「……ふぅ~」


 疲れ切ったような、長いため息が口から零れる。


「大方、大怪我が病気の類で、三日三晩生死の境をさまよったとか、その程度のお話でしょう。それなら私は、自身を含めて両手では足りないくらい、一度死んだ人間を見ています」

「甘い、甘いなぁ、プリンセス・エリザベス」


 チッチッチと、レインツェルはワザとらしく気障に、指を左右に振った。

 心身共に疲弊しているところに、このテンションは余程面倒臭いのだろう。

 普段のエリザベスだったら、まずやらないだろう露骨な舌打ちを鳴らした。


「何なんですか、一体。何が言いたいんですか?」

「俺は一度死んで、この身体に生まれ変わってるんだよ」

「……ッ!?」


 そんな馬鹿なこと、あり得るモノか。

 言いかけたが、レインツェルがエルフの中でも、特殊なエンシェントエルフであることを思い出して、咄嗟に言葉が詰まってしまう。


 大聖樹の加護の下、転生を繰り返すエルフ一族。

 眉唾物のお伽噺と信じない人間も存在するが、少なくともエリザベスはそれが事実だと、師事していた先生に教えられている。


「……なるほど。エンシェントエルフなら確かに、生き死にに関しては人より詳しいのでしょうね」

「ところがどっこい。悪童のレインツェルは希少なエンシェントエルフの中でも、更に特殊な特異点なのであーる」

「……特殊? どういう意味ですか?」


 人差し指を上に一本立てて、解説風に喋ってみるモノの、当然エリザベスに伝わるわけも無く、ツッコみすら貰えず、レインツェルは内心でガッカリしてしまう。

 気を取り直すように、レインツェルは頭を一掻き。


「俺はさ。元々、この世界とは全く別の世界、異世界に住んでた人間なんだよ。色々あって死んじまって、気が付いたらレインツェルとして生活していた。大雑把に言えば、そんな感じだ」

「全く、違う世界……異世界、ですか?」


 ポカンとした様子で、此方を見上げたエリザベスが、目を丸くしている。

 信じる信じない以前に、異世界という概念が、全く理解出来ていないのだろう。


「例えるなら、この世界がもう一つあるって感じかな。当然、互いの世界の行き来なんて不可能」

「……石と鉄の世界」


 ポツッと、エリザベスはその言葉を漏らす。

 聞き覚えのある言葉に、レインツェルは思わず身を乗り出した。


「――知ってるのか!?」

「以前、北方へ遠征に出た時に、古い文献で読んだ覚えがあります。この世の境界を越え、歪みの海の先に存在する外界。そのような世界があると」


 それを聞いたレインツェルは、大きく鼻から息を吸い込み、大きく目を見開いた。

 何せ殆どが霞みにかかり、おぼろげになっている記憶ばかりだ。

 自分が遊佐玲二として生き、死んでレインツェルとして転生した実感は、日に日に薄らいでいた。


 勿論、石と鉄の世界が地球である確証は無いが、異なる世界が存在するというだけで、不確かな記憶がほんの少しだけ、色づいたような気がする。

 予期せぬ事実に頬が緩みかけるが、慌てて引き締める。


「話がずれちまったが、要するにさ。生きることだってままならないのに、死ぬことを選んだって、思った通りになるとは限らないのさ」

「……私がここで朽ちたところで、事態が好転するとは、限らないと?」

「そうそう」


 レインツェルは頷く。


「だったらさ。無様でも情けなくても、生き恥を晒して生き抜こうぜ? 死ぬ気になれば、何でも出来る……俺も手伝ってやるからさ」

「…………」


 呆気に取られたように、エリザベスはレインツェルを見上げていた。

 何て馬鹿な人。

 率直なエリザベスの感想だったが、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。

 消えかけていた心の炎が、ほんの僅かだが、勢いを取り戻したような、そんな気がした。


「……んじゃ、そろそろ始めるか」


 顔に少しだけ生気が戻ったのを確認すると、レインツェルは腰の剣をベルトから外して、土砂の方を振り返った。


「何を、するつもりなのですか?」


 活力が蘇ってきたとはいえ、現状は何も変わらない。

 邪魔にならないよう剣を土砂から離れた場所に置き、鉱夫が使っていたモノらしき、錆だらけのスコップを、土砂の中から引っ張り出した。

 調べている最中に、目敏く見つけたらしい。


「道が無いなら開けばいい。いまから、土砂を掘る」

「――ハァ!?」


 そんな馬鹿な。

 思わずそうエリザベスは、そう叫びそうになった。

 だが、向けられる背中に、冗談を言っている気配は一切見られない。


「坑道の上に土砂が崩れただけなら、ここを掘れば先に続く坑道がある筈だ」

「そ、それは理屈で言えばそうですが、無茶です! それだったら、ここで体力の回復を待ってから、一度下に降りて別の道を探した方が……」

「下はリザードマンの巣窟だ。体力が低下したところに、群れで襲われたら一たまりも無い」

「なら、せめて私の毒が抜けるのを……」

「待っていて毒が抜ける確証も無い以上、無茶なことでもやらなきゃならないんだよ」


 有無を言わせぬ強い口調に、エリザベスはグッと押し黙る。

 水も食料も無い、不安と緊張感だけが募るこの状況では、体力は回復するどころか温存するのが精一杯。ここがスィーズ王国の領土である以上、黄金の虎達は無暗に立ち入ることは出来ない。救出を申し出ても、マリーゴールドに握りつぶされるのがオチだ。

 ハオシェンロン達の目的は不明だが、あまり目立った行動を起こしたくない様子から、わざわざ助けに来てくれる可能性は皆無だろう。


「……やはり、賛成できません」


 渋い表情で、エリザベスは首を左右に振る。

「無暗に掘れば、更なる崩落を招く可能性もあります。それに、穴を掘るという作業は想像以上に重労働。無理を押し通して打つ手としては、下策だと思います」

「へぇ」


 スコップを肩に担いだレインツェルは、感心した表情で振り返る。


「調子、出てきたじゃないか」

「――ッ!? ちゃ、茶化さないで下さい!」

「エリザベス」


 頬を赤らめて怒るエリザベスに、至極真面目な口調で語りかける。


「正直さ、俺もビビッてるんだよ。この状況に」

「……えっ?」

「だから、動いて無いと不安で不安で仕方が無いんだ。本音を言えば、今すぐにでも端っこで丸くなって、考え事を全部放棄して丸くなりたい。起きたら、嫌なことが全部解決してりゃいいって、都合の良い空想を思い描きながらさ」


 正直な心情を、レインツェルは吐露する。


「一人だったら、多分そうしてる。みっともなく泣き喚いてるかもな……でも、エリザベス、今はお前がいる。俺はカトリーナやシュウ、ホウセンのおっさんと、それとお前にも言い切ったんだ。全部まるっと解決してやるってな……だったらさ」


 もう一度振り返って、レインツェルは歯を見せて笑う。

 本音を口にした所為か、普段の能天気な笑顔では無く、緊張感の滲み出た強張った笑顔。明らかに、無理やりに作った顔だ。


「どんなに怖くても不安でも、やれることは全部やって進まなくちゃ、悪童のレインツェルの名が廃る……エリザベス。お前は俺が、絶対にここから引っ張り出して、大平原に帰してやる。散々苦労させられたんだ。そう簡単に嫁になんか行かせてやるもんか」

「……レインツェル」


 キュッと、胸の奥が強く締め付けられた。

 瞳が潤み、エリザベスは結んだ下唇を軽く噛み締める。

 頼りになる。お世辞にもそう言い切れない、情けない言い草ではあったが、確かにエリザベスの心に響くモノを感じた。

 だからだろうか、自然と頬が吊り上り、笑みが浮かび上がる。


「……ひ、人の結婚話を潰しておいて、勝手な言い草ですね」

「ハハッ。俺もそう思う」


 苦笑しながらレインツェルは土砂に近づき、サクッとスコップを突き刺す。

 地底湖の影響で空気が湿っているからか、思っていたより楽に刺さった。

 逆に言えば、掘り進めた時に崩れる可能性が高いということ。


「ま、出会いってのは縁だ。今回は悪縁だったと割り切って、次に良縁に巡り合えるよう期待しとけって。頭は固いが、エリザベスは美人なんだから問題ない」


 とりあえず、ヤバくなるまで掘り進めようと、構わずスコップを動かす。


「人の結婚を潰したのですから、責任は取って頂けないのですか?」

「俺がぁ? 何で俺なんだよ。カトリーナとか、他にも納得してないのは、一杯いただろう」

「主導は貴方ではありませんか」

「はぁ……まぁ、そうかもしれんが……俺に、どうしろって?」


 掘り進める手を止めず、腑に落ちない様子のレインツェルに、少しだけエリザベスは頬の赤味を濃くし、探るように問いかける。


「わ、わた、私が、貴方の妻に、なってあげても、よろしいかと……」

「…………」


 レインツェルからの返答は無く、黙々とスコップを動かしている。

 言うんじゃなかった。

 後悔の念が押し寄せ、顔が先ほどとは違う意味で真っ赤に染まってしまう。


 どうやって誤魔化そうか。

 泣きそうな表情でアレコレ言い訳を考えていると、一際大きく土を掘る音が響いた。


「……美人にそう言って貰えるのは嬉しいけど、遠慮しとくわ」

「そう、ですか」


 やっぱりと思いながらも、口から出た言葉は自分で意識した以上に、落胆の色が混じっていた。

 やっぱり、言うんじゃなかったと、エリザベスは顔を伏せてしまう。


「勘違いするなよ。エリザベスのことを、嫌いってわけじゃない」

「えっ?」

「悪童のレインツェルの冒険は、まだまだ始まったばかりだからさ、結婚とかはまだ考えるつもりは無いってだけ」

「けれど、何時かは腰を落ち着ける日が、来るやもしれないでは無いですか。それとも、元の世界に戻りたいのですか?」

「戻りたいかと言われると、微妙だな。俺の自我って奴の殆どは、レインツェルなわけだし。こっちの世界は面白いしな」


 本気とも、冗談とも取れない口調。

 きっとレインツェル自身、まだわからないのだろう。


「でも、そうだな。旅の終着点って奴を、おぼろげに考えておくのもいいかもしれない」


 こんな状況だからと、心の中で付け加えた。

 先の見えないどん詰まりの中で、あえて未来を語ることで、心を奮起させる。

 考える未来はなるべく大きく、なるべく明るくだ。


「そうだな。やっぱ、男として生まれたからには立身出世! 一旗上げて大聖樹に錦を飾るってのが、男の子の生き様だと思うんだよ」

「例えば、何ですか?」

「そりゃ、アンタ……殿様に決まってんだろう。天下布武だよ、天下布武」

「てんか、ふぶ……天下布武。天下に武を布くと言うのですか?」

「まぁ、七徳の武って説もあるらしいが、俺はそっちの方が好みかなぁ、男の子だし」


 何気ないことのように言っているが、実際はとんでもないことを言っている。

 レインツェルはたった一人の武力で、天下を平定すると言っているに等しい。

 馬鹿げた話。武神と呼ばれるホウセンですら、武のみで天下に指を触れることすら敵わなかった。


 恐るべき無謀、まさしく悪童の戯言だ。

 けれど、エリザベスは酷く晴れやかな気分にさせられた。

 身も実も無い言葉なのに、もしかしたら、もしかするかもという予感をエリザベスは抱いてしまった。

 馬鹿は感染する、とでも言うべきか。

 自然と笑みが込み上げてくる。


「ふ、ふふっ……ならば、私は貴方の一番槍となりましょう」

「お? やっちゃう? 天下布武?」

「私の拙い武が、貴方様の道筋を切り開けるのならば、我が心、我が夢。悪童の篝火にくべるのも良いでしょう」


 何やら熱の籠った潤んだ瞳で、エリザベスはレインツェルを見つめる。

 それはまさしく、恋に落ちた少女の瞳だった。

 しかし、当のレインツェルは、背中を向けて一心不乱に土砂を掘り続けているので、その熱視線に気が付くことは出来なかった。


「……ん?」


 背中に悪寒のようなモノが走ったが、疲労によるモノだろうと直ぐに打ち消した。

 その一瞬、気が逸れた所為か、思い切り突き出したスコップが、土砂の中に埋まっていた岩に直撃。甲高い音が響く。


「――痛ッ!?」


 かなり勢いよくスコップを叩きつけた為、痺れるような衝撃が両腕を抜ける。


「う、うわっ!?」

「――危ない!?」


 更には突き出したスコップが岩に弾き返された所為で、レインツェルは後方に大きくバランスを崩してしまった。

 斜面になっている土砂の、上部分から掘っていた為、真後ろの転がり落ちてしまう。


 派手に土煙を上げて、地面に背中から叩きつけられるレインツェル。

 差ほど高さは無いからといっても、背中からデコボコした地面に叩きつけられたのだ。息が止まるかもと思う程の衝撃に、レインツェルは暫しその場で声も無く蹲ってしまう。


「だ、大丈夫ですか!?」


 駆け寄りたいが、毒の影響でエリザベスは動くことが出来ず、声だけをかける。

 心配そうな声に反応して、仰向けのレインツェルは背中の痛みに、エビぞりに背を逸らしながら、大丈夫だと示すよう片手を軽く上げる。

 その瞬間、ゴフンと空気が爆ぜるような音が鳴り響く。


「――えっ?」

「――はっ?」


 音に反応して顔を向けた土砂の先に、あり得ないモノを目にして、レインツェルとエリザベスは驚きに固まってしまう。

 坑道を塞ぐように埋め尽くされていた土砂が、つい数秒前までレインツェルが賢明に掘り進めていた土砂が、無くなっていた。

 正確に言うなら、人が通れる大きさの穴が開き、此方側と向こう側を繋いでいたのだ。


「おっと。思ったより上手くいったじゃんか、土塊喰らい。ドワーフの技術って、本当にインチキだよなぁ。こと、土や石、鉄に関して言えば、魔術より魔術みたいな技法を持ってやがる」


 聞こえてきたのは、暗い行動の雰囲気にはそぐわない、凄く明るい女性の声だ。

 開かれた穴の先に、一人の女性が立っているのがわかる。

 その姿を視認して、信じられないとばかりに、エリザベスが呼吸を止めた。


「……フラン、姉様」

「よぉ、エリザベス。元気そう……じゃあ、無いな」


 軽やかに挨拶をして上げた手で彼女、フランシーヌは自分の頬を掻く。

 未だ状況が呑み込み切れず、エビぞりになった状態でフランシーヌを見つめるレインツェルに気が付き、彼女がニカッと歯を見せて笑った。


「悪童のレインツェル……噂には聞いてるよ、随分と面白い奴らしいじゃあないか」

「そりゃ、どうも」


 辛うじて、それだけを答える。

 蝕んでいた不安や絶望を、一気に押し流してしまう清流、いや、激流の如き雰囲気を身に纏った女性に、流石のレインツェルも言葉を失ってしまった。


 クィーン・フランシーヌ。


 薄暗い奈落の底でレインツェルは、女王の名を持つ虎の長姉、フランシーヌとの邂逅を果たした。





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