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大聖樹の悪童物語  作者: 如月雑賀/麻倉英理也
第4章 虎と龍
36/47

その36 虎の母君






「こりゃ、相当キツイかもしれんなぁ」


 壁を登り始めて数分。早々にレインツェルは、後悔し始めていた。

 出口を求めて垂直の壁を登る為に、まずレインツェルが考えたのは、毒を受けて動けない状態のエリザベスを、どうやって運ぶかだ。


 当然、同じように登るわけもいかないし、置いて行くわけにもいかない。

 正確に毒の進行具合がわからない以上、可能な限り彼女を医者に見せたいから、助けを呼んで戻るなどという手間は極力省きたい。何より振り切ったとはいえ、リザードマン達がこの場を嗅ぎつけてこないとも限らないからだ。


 多少無茶でも、背負ったまま登る他、方法が無いだろう。

 とは言うモノの、エリザベスは手も碌に握れないくらい全身に力が入らない。

 体力的な問題はブースタースペルを使用すれば、エリザベス一人くらい問題は無いのだが、彼女自身がレインツェルに掴まることが出来ないのは、ちょっとばかり面倒。此方で支えることは出来ないのだから。


 方法は無いことは無い。

 その方法で現在、上手く背中で固定されているエリザベスは、申し訳なさそうな表情で眉根を寄せている。


「すみません、私の為にこんな真似をさせてしまって」

「気にするな、大したことじゃない」

「でも、大切な物では無かったのですか? このマント」


 エリザベスの身体には腕や腰などに、布で作った簡易的なロープが巻かれ、レインツェルの身体とくっ付けるようにして固定されていた。

 両腕を登るのに邪魔にならぬよう、レインツェルの脇の下を回して、前で確りと縛って固定する。更に輪にしたロープで二人を繋ぐよう、腕を通し肩に嵌め込んでいるので、万が一に腕の拘束が外れても、これなら落下することは無いだろう。

 更に胴回りも固定して、絶対に落ちないよう、尚且つ、登るのに邪魔にならないよう二人を繋いでいた。


 ロープの下になった布は、レインツェルの身に着けているマントだ。

 エンシェントエルフ特性の布地なので、ちょっとやそっとでは破れない。

 エリザベスが気にするように、育ての親であるリリーシャから貰った大切な物で、破る時に少しだけ躊躇はしたが、今は人命救助が最優先。むしろ、使わない方がリリーシャに怒られるだろう。


 大切な蛇矛も、エリザベスの背中に、確りと固定してある。

 万全の準備を整えた上でブースタースペルを起動し、いざ絶壁へと挑んだのだが、やはり天然自然はそんな甘いモノでは無かった。

 想像より壁は安定していて、突然崩れたり岩が落ちてくることは無かったのだが、反面、手足を引っ掛ける部分が、極端に少ない。


 レインツェルはロッククライミングの経験は無いので、実際はこんなモノなのかもしれないが、とにかく手をかける部分を探すだけでも一苦労。下手をすれば、指一本の力だけで、二人分の体重を持ち上げなければならない場面もある。

 どうしても引っ掛ける場所が無い時は、強引に指先で岩壁を削り、辛うじて出来た穴に指を突っ込む以外、方法が無かった。

 ブースタースペルが無ければ、絶対に不可能な芸当だ。


 心の支えとなるモノがるとすれば、背中に感じる柔らかな膨らみと、見上げた先にある洞窟の天井。前者は頑張る気力を奮い立たせ、後者は確実に目的地に近づいているという、安堵をレインツェルに与えてくれていた。

 上部には奥に続く、通路らしき物も確認出来るので、登り切れば何とか道が開ける筈。

 そう信じて進まないと、断崖絶壁なんか登っていられない。


「んぐっ……ふぅ、ふぅ」


 身体を上に引き上げる度に、全身の関節部分が軋みをあげる。

 特に指や膝、腕の部分の負担は、想像以上に厳しいモノがあった。

 ブーストアップ効果で、身体能力は向上しているが、体力や耐久性は元の通り。瞬間的な動作ならともかく、ロッククライミングのように長く地道な動作は、身体にかかる負担が大きい。

 背中にエリザベスを背負っていれば、尚更だろう。


「――痛ッ!?」


 力を込めて引っ掛けた指先が、パキッと乾いた音を立てて激痛が走る。

 ジンジンと痺れるような痛みは、恐らく負荷に耐え切れず爪が割れたのだろう。

 構わず強引に身体を引き上げると、零れた砂が割れた詰めの隙間に入り込み、耐え難い激痛にレインツェルは表情を顰めた。

 声を漏らさなかったのでは無く、痛すぎて声が出せなかったのだ。

 それでも必死に、抜けそうになる指先に、力を込めた。


「レ、レインツェル……」

「なぁ、エリザベス」


 心配げな声色を、レインツェルは強めの口調で遮る。

 また、似たような問答で、無駄な体力を消費したくは無かったからだ。

 かといって、黙っているのはお互いの精神衛生上よろしく無いので、レインツェルは雰囲気を少しでも和ませようと、ある提案を述べた。


「黙々と登ってるのもしんどいから、何か話をしてくれないか」

「話、ですか?」

「ああ、頼むよ」


 唐突な提案に戸惑った気配を見せるが、意図を察知してか、エリザベスはコクッと頷いた。


「そう、ですね」


 聞かせる話題を選別する為、エリザベスは少しの間思案する。

 一分ほどの短い沈黙の後、エリザベスはゆっくりと語り始めた。


「私達の母親の話は、カタリナから何か聞いてしますか?」

「いいや」


 そういえば、聞いたことが無いなと、レインツェルは首を左右に振る。

 虎の町を訪れた時も、それらしい人物とは顔を合わせなかったので、何となく問いかけるのを躊躇っていた。

 そう答えると、エリザベスはぷっと吹き出した。

 笑ってしまってから、慌ててエリザベスは取り繕う。


「す、済みません。レインツェルにも、そのような気遣いが出来る精神を、持ち合わせていたのだなぁと思うと、面白くなってしまって」

「どうせ俺は、礼儀知らずのイケエルフですよっだ」

「……全然、悪びれていませんね」


 ふぅと、エリザベスは耳元で息を吐いた。

 一息ぶんの間を空けてから、改めて話を続ける。


「もう、察しているかもしれませんが、私達の母親は数年前に亡くなっています。流行病にかかって、何年か寝たきり状態が続いたある日、眠るようにして鬼籍に入りました。最初に見つけたのは、私です」

「……そうか」


 言葉少なに、相槌を返す。


「母はとても厳しい人でした。何時も凛としていて、私やカタリナがお見舞いの為に病床を訪れると、必ず布団から身を起こしては正座をし、佇まいを直してから、私達を出迎えてくれました。そして、一礼してから眉を潜めてこう言うんです。『貴女達は、虎の娘としての自覚が足りません』って。そこから延々と、お説教が始まるんです。お見舞いに来た、実の娘達にですよ?」


 信じられますか?

 同意を求めるよう不満げな問いかけだが、何故だか声に嬉しそうな色が感じて取れた。


「身体の調子が宜しい時は、庭先に出て稽古をしている、私が兄者の様子を見てくれます」

「カトリーナや、一番上の姉ちゃんのは?」

「絶対に怒られるから、二人は毎回、母様が来ると逃げ回っていました」

「なるほど。性格が出てるな」


 逃げた二人だけの話では無く、絶対怒られるとわかっていて、律儀にも稽古へ参加するエリザベスとシュウの、滲み出る生真面目さ。

 相反する兄弟の、個性が浮き彫りになるエピソードだ。


「その母様は、強かったのか?」

「武術の才、と言う意味ならば、普通と言ったところでしょう。元々、身体の丈夫な方ではありませんから。ただ、武神と呼ばれる親父殿の側に、長らくいらっしゃった方ですから、目が肥えているらしく、こと武術の指導に関して言えば、親父殿を超えるセンスの持ち主だったと思います」


 優秀な選手が必ずしも、優秀な指導者になるわけでは無いように、逆の意味でエリザベス達の母親は、指導するという点で非常に秀でていたようだ。話を聞く限り、教育や礼儀作法に厳しい面が見られることから、観察眼が鋭い人物だったのかもしれない。


「それだけではありません」


 先ほどまで落ち込んでいたとは思えない調子で、エリザベスは言葉を続ける。


「部隊の編制や馬の世話、町内の相談事など、母様は皆から頼られる存在でした。勿論、その前後で厳しい言葉を貰うことも少なくはありませんでしたが、物事に対して常に、真摯に向き合う方でしたので、慕う人間は家族を含めて大勢いました……飴と鞭、何て言い方は、あまり好みませんが、普段から厳しい人だからこそ、褒める言葉に重みが乗ります。なにより、褒めるべき場を間違えない。だから、反感を買うことが殆ど無く、人にとても好かれる方だったのでしょう」


 見るからに真面目キャラであるエリザベスに、そこまで言わせる人物だ。彼女やシュウに輪をかけて、生真面目で頭の固い人物なのだろう。

 想像しただけで、自然と頬が引き締まってしまう。


「何だか、お前ら一家ってのは両極端だな。真面目と不真面目が揃っている。それに、嫁がそんなにおっかないんなら、ホウセンのおっさんもさぞかし、普段から尻に敷かれているんだろう」


 調子が良いというか、武神の名に反して軽いところのあるホウセンと、真面目人間に厳しいと言わしめる嫁の二人だったら、ホウセンの方が尻に敷かれる姿は、目に浮かぶように容易かった。

 しかし、背後のエリザベスは「とんでもない」と首を左右に振る。


「母様が親父殿に対して、口応えをしたところなんて、一度だって見た覚えがありません」

「そりゃ、意外だな。亭主関白な家なのか」

「そうですね」


 昔のことを思い出してか、軽く零した笑みが耳元を擽る。


「聞いた話では、母様のお父上殿も厳しい方で、亭主関白もその影響かと。母は常々私に、妻は夫の影になるべし。と、嫁入りに対しての心構えを説いておられました。フラン姉様やカタリナは、眉を顰めてしましたが、私はその通りだと思っています……だから、此度の結婚も、周囲が言うほど悪いモノだとは思っていません。親父殿と母様も許嫁同士で、顔を合わせたのは結婚の当日だったと言いますし」


 それが意外なことなのが、当然のことなのか。

 この世界に対して知識の浅いレインツェルには判断がつき辛いが、エリザベス一家を見る限り、決して不幸せな結婚生活では無かったのだろう。

 だからと言っても、やはりレインツェルは納得しきれない部分が多分にあった。


「……相手が好色王様であっても、結婚生活を続ければ、家族としての絆が生まれる。そういうことか?」

「いいえ、逆ですね」


 首を左右に振りながら、エリザベスは否定した。


「子供染みたことを言うなら、憧れていたのでしょう。厳しく、笑った姿など安易に見せない母様が、親父殿といる時だけは、穏やかな表情を見せられる……結婚とは、かくも美しいモノなのだろうと。だからこそ、カタリナには大切な伴侶は、政略結婚など他の意思が混じる以外の方法で、見つけて欲しかったのです。それに……」


 言いよどむよう、エリザベスは言葉を一端区切る。


「どんなに厳しくとも、母様はいついかなる時も、家族のことを考え、心を砕いていられました。とりわけ、末娘のカタリナが心配だったのでしょう。病床についてからは、頻繁にあの娘の様子を気にしていました。勿論、表だって本人に見せたりはしませんが」


 それが、変わらぬ母としての意地だったのか、単純に気恥ずかしかっただけなのか。

 もう会うことが敵わぬ故に、レインツェルが真意を問いただすことは出来ないが、何と無く予想だけならたてられる。

 きっと、虎の母君も、不器用な人物だったのだろう。


「私やシュウ、フラン姉様と違い、母様がカタリナに何かを教えるということは、極端に少ないモノでした。それも、一つの心残りだったのでしょう。母様は私に、こうお願いしました」


『カタリナを、お願いします』


 自ら口にして、胸に込み上げるモノがあるのだろう。

 何かを堪えるよう、エリザベスは深く息を吸い込んだ。


「……私の想いは、当時から変わりません。カタリナには、虎の人間、武神の娘としてでは無く、一人の女として生きて欲しかった。迷いましたが、私は母様にその想いを素直に伝えました」

「母様は、何て言ったんだ?」

「未熟者め……そう言って、笑っていました」


 言葉と裏腹に、エリザベスの口調は暗い。


「その翌日、母様は亡くなりました……私にはまだ、あの時に何故、母様が私を未熟者と言ったのか、その理由がわかりません。正しかったのか、間違っていたのか。永遠に答えは聞くことが敵わず、私はカタリナに対して、曖昧な態度を取り続けました。虎の使命から遠ざけるだけで、道を示すことなく、ただあの娘が自ら進む道を、私にとって都合の良い道を選び取ることを願っていた」


 フッと、自嘲気味の笑みを零す。


「最低ですよね。結局のところ、私は母様の影を演じていたに過ぎません。プリンセス・エリザベスは偶像。本当の私は、与えられたことしか出来ない、自分では何も決断出来ない未熟者なんです」


 そう言って、エリザベスはレインツェルの背中に、ぐっと顔を押し付けた。

 話はそれで終わり、背中のエリザベスは押し殺すよう、嗚咽を漏らしていた。


「うっ……うあっ、ううっ」

「…………」


 レインツェルは無言のまま、相変わらず絶壁を登り続ける。

 割れた爪の傷は更に開き、ジンジンと火傷でもしたかのよう熱い。

 落ちた時の打撲で全身の痛かったが、それ以上に眼球が気怠かった。

 この感覚、ブースタースペルの活動限界が近づいているのだろう。


 見上げる絶壁は、まだ目的地まで距離があり、身体が持つかはギリギリといったところ。だからあえてレインツェルは、レベル1の範疇で、上げられる限界まで力を引き上げ、登る速度を早めた。

 揺れる感覚で、速度が上昇したことに、気が付いたのだろう。

 エリザベスは驚いたように、伏せていた顔を持ち上げた。


「レインツェル?」

「エリザベス。未熟者って母様が言った理由だが、思い当る節が二つだけある」

「えっ?」


 これは、あくまでレインツェルが聞いた話から推測した、何の根拠も無い推論だ。

 詳しい人柄も知らなければ、実際に顔を合わせたことも無い。しかし、彼女の子供であるエリザベスやカタリナ、シュウの三人。夫であるホウセンの人柄を見れば、ぼんやりとだが輪郭くらい、浮かび上がらせることは出来た。

 考えた結果、レインツェルは二つの理由に辿り着く。


「そもそも母様は、お前達の自由を縛りつけるような考えを、持ってなかったんじゃないのか?」

「それは、どういう意味ですか?」

「話を聞く限り、母様は厳しい人だったみたいだけど、決して理不尽なことを言う人物じゃなかったんだろ?」


 コクッと、エリザベスは頷く。


「つまりさ、お前と似たような考えを、母様は元々持ってたんじゃないかってこと」

「私と、同じ考え、ですか?」


 意味がよく伝わっていないのだろう。エリザベスが、首を横に傾けた。


「何者にも縛られず、自由に自分の意思を持って、生きて欲しいってことさ」

「……あっ」


 小さく、驚いたような声を漏らした。

 母親はきっと、カタリナの内に潜む劣等感に気づいていたのだろう。だから、自らの教えを押し付けるようなマネを、しなくなったのだとレインツェルは推測する。そして、その切っ掛けとなる出来事は、恐らく以前話に聞いた、カタリナが家出をしたという事件。

 確かな観察眼を持つと思われる母親が、カタリナの心内に気が付かないわけが無い。


 だが、一方で持ち前の不器用さが、マイナスの方向に左右してしまったのだろう。

 病もあって、母親が手解きをする時間は大幅に減り、エリザベスはカタリナを守る為、より様々なことに打ち込むようになった。

 結果としてそれが、カタリナの劣等感を煽ることになったのは、皮肉な話だ。


「カトリーナを頼むって意味はさ、アイツの意思を尊重してやれって意味なんじゃないのか?」

「だ、だから私は、あの娘を守ろうと、自由な生き方をさせてやろうと……」

「そいつはお前の考えで、お前の都合だろ?」

「――ッ!?」


 息を飲む気配が伝わる。

 叱ったり、諭したりするのでは無く、レインツェルはただ淡々と、冷静な口調で言葉を発する。

 これは推測であり、レインツェルはただ、それを伝えるだけだ。


「自由ってのはさ、カトリーナが自分で考えて、自分で選んだモンのことを言う筈じゃないのか。それが正しい、間違っているに関わらずさ。お願いって言葉は、そういう意味だったんじゃないのか?」

「だ、だとしたら、私は何の為に今まで……」

「だから、未熟者って言われたんだよ」


 掠れ消え去りそうな声を繋ぎとめるよう、レインツェルは力強く言う。


「母様は、お前の幸せも願ってたんだ。家族や生き方に囚われるんじゃなくってな。お前のその、クソ真面目すぎる生き方も、とっくにお見通しだったんだ……多分じゃ無く、きっとな」


 そう、レインツェルは断言した。

 エリザベスは自らを、母様の影と皮肉ったが、家族や仲間を大切に思う気持ちは、紛れも無く彼女自身のモノ。母親がそのことに多大なる影響を与えたのなら、似通った不器用な愛情を、無くなった虎の母君は心に宿していたのだろう。

 何とことは無い。エリザベスと母親は似ていた。ただ、それだけの話だ。


「わ、私は……私、は」


 唖然とした様子で、掠れる声を繰り返す。

 今まで信じて縋っていたモノが崩されたのだ、無理も無いだろう。

 この先に、どういった答えに辿り着くかは、エリザベス本人に任せる他は無い。


 孤独を胸に抱えていたエリザベスは、ある種の依存を黄金の虎や母、カタリナに抱いていた。責任感が強すぎるが故に、自分には果たすべき使命があると思い込み、嫌な言い方をすれば、自らが進む理由を他人に預けてしまっていたのだ。

 その中には、プリンセス・エリザベスを演じなけれなという、強迫観念もあった筈。

 彼女は英雄として、紛れも無い大器を抱いている。けれど、その精神はあまりに真面目過ぎて、未熟すぎた。


 母親はその点でも、エリザベスを未熟者と評価したのかもしれない。

 乗り越えて立ち直れるなら、エリザベスは虎の姫として、更なる成長を遂げるのだろ。しかし、万が一に乗り越えられなければ、今度こそ心はポッキリと折れてしまう。


「……駄目だったら、俺ぁカトリーナにぶっ殺されるんだろうなぁ」


 呟きながら、岩に引っ掻ける指先には、既に感覚が無くなりつつあった。

 頭痛も酷くなってきた。

 これは限界かもしれない。

 嫌な予感が脳裏を掠めた瞬間、手の平が岩の縁にかかった。


「――ッ!?」


 登り切った。

 限界ギリギリのところで、ようやくレインツェルは絶壁を登り切ることが出来た。

 安堵の気持ちが胸に広がるが、ここで焦って滑り落ちたら苦労が水の泡になる。

 縁に手をかけた状態で制止し、数回深呼吸してから、慎重に足場を確かめて、一気に身体を持ち上げた。


「――やった!?」


 思わず喜びの声が、口から漏れる。

 が、

 身体を持ち上げ、引き摺るように通路へ身体を乗せた瞬間、背後のエリザベスが息を止め、力の入らない身体を僅かに硬直させた。

 理由は、問わなくてもわかる。


「……おいおい、マジかよ」


 自然と、頬が吊り上り、引き攣った笑みが零れる。

 目の前には通路があって、周りの状況から見ても、先ほどまでの洞窟では無く、人の手が入った坑道らしき場所だった。

 しかし、通路は奥に続いてはいなかった。


「……崩落で、塞がってる」


 感情の抜け落ちた声で、エリザベスが呟く。

 希望をかけて登り切った先に道は無く、まるで抱いた希望を押し潰すかのように、土砂が行く手を埋め尽くしていた。

 絶望的な気持ちが広がり、指先が全身の痛みが、より鮮明にレインツェルを攻め立てる。

 流石にショックが大きすぎて、ヨロヨロとその場へと崩れ落ちた。


「じょ、冗談じゃないぜ、流石に……クソッ!」


 絶体絶命。

 考えたくなくても、嫌な単語が頭を掠め、ブースタースペルの負荷で痛む頭が、何とか奮い立とうとするレインツェルの邪魔をする。


 これは、本格的に不味いかもしれない。

 後には、奈落の底に繋がる断崖絶壁。

 正面には人の力で除去するのは難しい、土砂と岩で出来た壁。

 レインツェルは自然と震える膝を、無理やり抑え付けるのに、精一杯だった。





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