その34 プリンセスの真実
燃えるような高温が全身を包み込む。
首筋から広がる、チクチクと痺れるような感覚は、身体全体に伝播しており、至るところから、それこそ骨の髄から高温を発している。
丸焼きにされる羊は、このような気分なのでしょうか?
馬鹿げた疑問が頭に過るほど、高温は思考までドロドロに溶かしていた。
酷く喉が渇く。
全ての水分が抜けてしまうのでは無いかと思う程、全身から滝のように流れる汗の所為か、喉が渇いて渇いて仕方が無かった。
全身はびしょびしょなのに、喉や口内は乾いてパサパサだ。
唾を飲み込むことすら出来ない。
考えているのか、考えていないのか、起きているのか、眠っているのか。
それすらも曖昧で、思考が上手く働かない。
もしかしたら、自分はとっくに死んでいて、今まさに火葬の途中なのかもしれないな、などという笑えない冗談が頭を過った。
だが、そんな冗談すらも、喉の渇きが掻き消している。
喉が渇いた、喉が渇いた、喉が渇いた。
水分が欲しくて欲しくて、喉がカラカラだ。
グルグルとそのことだけが、脳裏に渦巻く。
すると、そんな思いが天に通じたのだろうか、顔に何やらポツポツと水滴のようなモノが垂れるのに気付いた。
――水だ!
咄嗟にそう判断して、張り付いた唇が水を求めるよう開く。
無様に口を開いて、何処から垂れてくるかわからない雫を求めて、舌を彷徨い動かす。
舌先が雫に触れると、求めるようにゴクリと喉に流し込む。
たった一滴の水分は、水では無かった。
酷く濃厚で、酷く生々しく、酷くドロドロと。
そして極上に、甘露だった。
――もっと、もっと欲しい!
一瞬でその雫の虜となってしまい、再び必死に口を開き舌を伸ばす。
雛鳥が親鳥に餌をねだるより、もっと生々しく下品な行為だろう。
だが、そんなことより、なけなしのプライドより、その一滴が欲しかった。
一口で雫の虜となり、求めるよう口を開く。
二滴、三滴と飲み込むと、途端に身体を溶かすほど攻め立てていた熱が、少しだけだが和らいでいく。
ゆっくりと意識が覚醒し目を開くと、すぐ前に見慣れた少年の顔があった。
「……レイン、ツェル?」
「よぉ。気が付いたか」
詰まるような声で、レインツェルは笑顔を見せた。
口を開くと、暖かな吐息が顔にかかる。
そこでようやく、エリザベスは彼の顔が間近に迫っていることに気が付いた。
仰向けに横たわるエリザベスを押し倒すかのよう、レインツェルが上に圧し掛かっている。
「――ッ!? や、やぁ……!」
瞬時に顔を真っ赤に染め押しのけようとするが、気怠さと痺れの所為か、腕を上げることすらもままならない。
それでもモゾモゾと身体を捩るエリザベスに、労わるような声をかける。
「おい、落ち着け。何もしやしないって。直ぐに退くから、ちょっと待ってろ」
そう言って身体を起こそうとするが、ちょっと動かすと、苦悶の表情を浮かべる。
「……何処か、痛めているのですか?」
熱っぽく、荒い息遣いで問いかけると、誤魔化すように「いや」と視線を逸らした。
暗くてよく見えなかったが、レインツェルの額からは血が流れていて、それに気が付いたエリザベスは状況を理解し、直ぐに息を飲んだ。
「そ、その怪我……まさか、落ちる時に私を庇って?」
「何だよ。意識、あったのか」
「……おぼろげですが」
半分、気絶していたようなモノなので、記憶は断片的だが、確かに覚えていた。
マリーゴールドによって罠に嵌められ、毒針を刺された挙句、助けに来たレインツェルと共に、床が抜ける仕掛けによって、地の底へと落とされてしまったのだ。
感覚的には、結構な高さから落ちたと思うのだが、身体に怪我をした様子は無かった。
対してレインツェルは額から血を流し、身体を動かすのも辛そうだ。
「貴方、ほ、本当に……?」
驚くエリザベスの視線に、レインツェルは苦笑する。
「んな、大袈裟なモンじゃないって。落ちたといっても垂直落下じゃないし、正確に言えば急斜面を転げ落ちたって感じだ」
確かに、下は固い岩盤。
人を庇った状態で垂直落下すれば、痛いでは済まないだろう。
「気にする必要は無い。俺の身体は頑丈な方なんだ」
「馬鹿な……血を流して置いて、説得力がありません……本当に、馬鹿ですよ」
表情をくしゃっと、泣きそうに歪める。
「馬鹿とは失礼な。悪童と呼んでくれ……それと、熱出して水分が欲しいのはわかるけど、血を飲むのは止めておけ。余計、喉が渇くぞ」
「血? ……ああ」
それでようやく、先ほどまで自分が飲んでいたのは、額から零れ落ちるレインツェルの血だということに気が付いた。
血で汚れた顔を、レインツェルが苦笑しながら自分の袖で拭う。
「…………」
こそばゆい感覚に照れながらも、エリザベスはされるがまま受け入れる。
今までの、棘のある態度が嘘のようなしおらしさだ。
まぁ、この状況を鑑みれば、当然のことだろう。
ようやく身体の痛みが取れてきたのか、大きく息を吐き出してから、レインツェルは「よっこらしょ」と掛け声をかけて、エリザベスの上から退く。
背中の乗ったっていたのか、その際にパラパラと小石が下に落ちる。
「身体、動かせそうか?」
「……いいえ」
試しの上半身を起こそうとするが、全身に全く力が入らず、直ぐに諦めて首を左右に振る。
顔色は大分良くなったように見えるが、まだ毒の影響が身体に残っているのだろう。
そこでふと、レインツェルはあることに気が付く。
「あれ……ここ、少し明るいな」
キョロキョロと見回すと、通ってきた坑道に比べて、ほんの少しだけ明るかった。
と、言っても、屋内か屋外か程度の違いしか無いが。
「ここは、魔鉱石の採掘所なのでしょう……魔鉱石から滲み出る魔力が岩場に染み込み、魔力の残滓となって外に漏れだしている。それが、仄かに発光しているから、ただの坑道より明るく感じられるのです」
「なるほどね」
感心するように、レインツェルは頷いた。
二人が落ちてきたのは、随分と広い空間で、僅かに見通しが利く状態でも、隅の方までは見渡せない。
足元は岩盤のようになっているが、表面には砂や砂利が覆っている。
まるで、河原のようだった。
「見たところ、人工的に作られたモンには見えないな」
「……僅かですが、水の匂いが感じられます。近くに、水場があるのではないですか?」
エリザベスの言葉に、レインツェルは立ち上がると、周囲を見回すようにして軽く歩き回る。
確かに言われた通り、水の流れる音が聞こえ、暗がりにぼんやりと大きな水溜りが浮かび上がった。
いや、水溜りと言うより、湖とでも言って良い大きさだ。
「地下水が湧き出ているのか……随分とでかい、地底湖だな、こりゃ」
近づくと水場のすぐ近くにしゃがみ、手の平で掬って口元に運ぶ。
ほんの僅か、舐めるように水を口内に含んだ。
氷のようにひんやりとした冷水は、傷つき火照った身体に染み込むよう。
「……変な味はしないか。ま、平気かな?」
そう判断すると、今度は両手で水を掬い、エリザベスの下に戻った。
また、熱が上がってきたのか、苦しげに息遣いを荒くするエリザベスの口元に、掬ってきた水を近づける。
一瞬、躊躇した様子を見せるが渇きには勝てず、素直に水を口に含んだ。
喉を鳴らし、あっという間に水を飲み干してしまう。
「…………」
飲み足りないのだろう。
エリザベスは残念そうな顔をするが、プライドがあるからか、催促したりはしない。
素直になれば良いのにと肩を竦めつつ、レインツェルはまた水を救いに水辺へ。
これを数回繰り返してようやく渇きが治まったのか、エリザベスは恥ずかしそうに視線を逸らして、「……ありがとうございます」と呟いた。
だが、まだ身体が動かせるほど回復していないらしい。
マントの一部を切り取り、濡らして氷嚢替わりにエリザベスの額に乗せると、側に座ったレインツェルは大きく息を吐き出して、痛む身体を解すよう肩や腕を動かす。
「やれやれ。とりあえずは、エリザベス確保大作戦は成功したわけだが、この状況はどうすっかなぁ」
「……あの」
「ん? まだ、水が飲み足りないのか?」
「い、いえ」
顔を向けたエリザベスは、何やら落ち着かない様子で、視線を動かす。
「あの、私の蛇矛を、知りませんか?」
「蛇矛? ……あ~。ちょい待ち」
座ったままレインツェルは、グルリと周囲に首を巡らせる。
「おっ。あった」
目的の物は直ぐに見つかり、立ち上がると、細かい砂利や岩の破片の下敷きになっている蛇矛を引っ張り出す。
落ちた時に、手から零れ瓦礫に埋まってしまったのだろう。
蛇矛をエリザベスの横に置くと、彼女は安堵の表情を見せた。
「大事なモンなのか?」
「……ええ」
問いかけると、エリザベスは噛み締めるよう頷いた。
力の無い腕を引き摺り、横に置いてある蛇矛に添える。
「これは、私が初めて虎の部隊を率いて初陣を飾った際に、プレゼントされた物なのです。それ以来ずっと、もう五年以上は愛用しているでしょうか」
「……んなデカいモンを、五年も前からか」
どんな幼女だと、心の中でツッコむ。
「まぁ、大切な物だってのはわかったが。アンタがそこまで入れ込むなんて、プレゼントの相手ってのは誰なんだ? 男か?」
「まさか」
軽い口調で、即座に否定される。嘘では無いのだろう。
じゃあ、誰? と問いかけると、エリザベスは何故か躊躇う様子を見せる。
一度口を閉じ、また開いてから、相手の名前を口にした。
「……カタリナ、です」
「カトリーナから?」
意外、でも無いかもしれないが、改めて聞くと、やはりレインツェルは驚いてしまった。
そして確信する。
やはり、エリザベスはカタリナのことを、大切に思っているのだと。
だからこそ、ずっと感じていた疑問を、この機会にエリザベスにぶつけた。
「なぁ。何でお前は、カタリナに対して当たりの強い態度を取るんだ? 昔は随分と仲が良かったみたいなのに……特に今回の件に関しては、アンタが一方的に頑なな態度を取っているように思えるぞ」
「……それは」
普段だったら、質問をはぐらかすか、そもそも答えようともしないだろう。
だが、今のしおらしくなっているエリザベスには、迷いがハッキリと見て取れた。
それが毒の所為で心身が弱っているからなのか、庇って怪我をしたレインツェルに対して、負い目を感じているのかはわからないが、今のエリザベスからは普段見せている、強気で凛とした態度が感じられない。
抱える思いを口にするべきか悩む姿は、プリンセスなどでは無く、普通の少女のようだ。
「突き放さなければならなかった。その方が、あの娘の為だからです」
「だから、それは何故だ? 政略結婚することが、何でカトリーナの為になる?」
「……マルコット王が一目惚れした相手は、私とエリザベス、二人同時だからです」
「……は?」
まさかの言葉に、レインツェルは思わず自分の耳を疑った。
一目惚れした相手は二人だと、エリザベスは確かに口にした。
「い、いやいや待て待て。一目惚れってのは普通、複数に対する表現じゃないだろ」
「常人には理解し難くとも、王族にはそれを常識として押し通せる力があるのです」
吐き捨てるように、エリザベスは言った。
その言葉はきっと、サロンでハオシェンロンの語っていたことと同義なのだろう。
「当初、マルコット王はどちらかと言えば、カタリナにご執心でした。恋愛感情云々では無く、私と比べて籠絡しやすいと考えたのでしょう。現に圧力をかけられた周辺部族の中には、彼女ならば差し出しても、利益的にはプラスなのでは? とふざけたことを言う連中もいました」
語る口調に、僅かだが嫌悪が滲み出る。
「そこを、私が自ら名乗り出たのです。案の定、マルコット王がアッサリと食いついて来ました。元々、どちらが手に入っても構わなかったのでしょう」
「聞きしに勝る好色王だな」
怒るのを通り越して、呆れてしまう。
「しかしエリザベス。話はわかったが、何でお前はそこまでカトリーナを庇うんだ?」
「家族を大切に思うことは、至極普通のことだと思いますが?」
「いやまぁ、そりゃそうだが」
レインツェルは困り顔をする。
確かに言う通りだが、どうにも腑に落ちない。
「聞いたことろによると、今までカトリーナに重要な任務とか、与えたことが無いんだろ? 最前線で働いてるお前と違って、ほっぽり出されていた的なこと言ってたし……その所為で本人は、劣等感の塊だ」
黙って聞いているエリザベスの横顔に向ける視線を、スッと細める。
「本当はエリザベス。お前はカトリーナのこと、どう思っているんだ?」
「……どうって、決まっているじゃないですか」
率直な問いかけに、エリザベスはふっと笑みを零した。
「愛しています、心の底から……家族の中で誰よりも同じ時間を過ごした、大切なたった一人の妹ですよ? 当然じゃないですか」
「だったら何故、アイツを一人、輪の中から外すようなマネをする」
「……あの娘には、一つの生き方に縛られるようなことを、したくなかったからです」
静かな口調で、エリザベスはポロッと本音を零す。
「武神の娘、黄金の虎と名乗っていても、所詮は一勢力の戦闘屋です。戦う以外に、生きる術が無い不器用な人間の集まり……勿論、磨き上げてきた武に誇りはあります。しかし、広い大平原を馬で駆ける度に、私は常々思うのです」
仰向けになりながら、エリザベスはただ真っ直ぐ、暗く上が見えない天井を見据える。
その目には、レインツェルには見えない、大平原の蒼穹が広がっているのだろう。
「大陸は、世界は一筋の地平の先に、更に広がっていると……私は型に嵌った生き方しか出来ない不器用な人間です。だからこそ、自由奔放なカタリナが羨ましく、愛おしかった。血生臭い世界で生死を彷徨うより、あの娘には自由に自らの意思で、進むべき道を選んで欲しかった……だから私は、徹底的に自分を、武を磨き上げました。カタリナの分も、黄金の虎を支えられるように」
そう言うエリザベスの視線には、力強い光が宿っていた。
彼女の横顔を見て初めて、レインツェルはわかった気がする。
プリンセス・エリザベスは、武神である父親の才を受け継いだだけの天才では無かった。
彼女の武、彼女の才は、全てが家族を思う為に、血を吐く努力で身に着けた結晶だ。
愛しい妹に自らの意思で未来を選べる自由を与える為、大切な家族の居場所である黄金の虎を守る為に、エリザベスは家族にもその心中を明かさず、一人で孤独に戦い続けていたのだろう。
何て不器用な優しさなのだろうか。
「……クソ真面目過ぎるだろ、アンタら家族はさぁ」
伝わり辛い愛情を目の当りにして、何故かレインツェルの脳裏に、集落に残して来た二人、リリーシャとオリカの顔を思い出した。
何故だか無性に、二人に会いたくなって、気恥ずかしくなってくる。
それを誤魔化すよう、レインツェルは乱暴に後頭部を掻き毟った。
「事情はわかったさ。でもそのこと、ちゃんと本人に伝えた方がよかったんじゃないのか? そうすりゃ、ここまで拗れることは無かっただろうさ」
「事情を話せば、あの娘のことです。自ら犠牲にある道を選ぶに決まってます」
「姉と同じく、な」
露骨な皮肉に、顔を上に向けたまま表情を顰める。
「それに……恥ずかしいじゃないですか、今更」
そう言って、照れるように顔をソッポに向けた。
可愛らしい態度。
先ほどから何回も、普段とは全く違う態度を見せるエリザベスに、思わずレインツェルはぷっと吹き出してしまった。
それが聞こえたのか、怒りを堪えるよう、エリザベスの身体がぷるぷる震えている。
身体が動かせていたなら、今頃蛇矛を振り回して、追いかけ回されていただろう。
「ま、要するにさ。お前も、エリザベスみたいな自由さに、憧れてたってことだろ?」
纏めるレインツェルに、エリザベスは深々とため息を吐く。
「……何を言っているのですか。そんなこと一言も……」
「羨ましいって、自分でも言ってたじゃないか。それに、自分と違う道を歩ませたかったってことは、多少なりとも、自分の歩む道に疑問があったってことだろ?」
「そ、それは……」
エリザベスは口籠る。
幼い頃から、父や兄、姉に従い、虎の為に身を捧げるのは当然のことと思っていた。
自由な世界、自由な行動、自由な意思。
奔放なカタリナを見ていると、自分がどれだけ狭い世界に留まっていたのか、思い知らされてしまう。
けれど、エリザベスは不器用者で、周囲が言うような天才などでは決してない。
「私は、私が出来ることは、戦うことだけ、守ることだけです。家族を、妹を……だから、もし私が自由な振る舞いをしたら、誰が妹を守るのですか」
声色に涙が混じる。
「私は妹を、カタリナを守りたかった。マルコット王からも、選択肢を狭めてしまう世界からも……私はただ、カタリナの人生と意思と、何よりも尊重したかったんです」
「……だが、それは間違っているぞ、エリザベス」
「――ッ!? 貴方に言われる筋合いなどッ……!」
「だって、辛そうな顔してるじゃないか。お前もカトリーナも」
頭に血が上って身体を起こそうとするエリザベスに、真っ直ぐと顔を見つめて発したレインツェルの言葉が、胸の奥に突き刺さる。
「お前がカトリーナを守りたかったように、カトリーナもお前を、エリザベスを守りたかった筈だ……それがお前の言う、紛れも無いカトリーナの、自由な意思なんじゃないのか?」
「……じゃあ貴方は、カタリナを犠牲にすればよかった。そう言うんですかッ!」
「誰も犠牲にさせん……その為に、俺はわざわざ国境を越えてきたんだ」
自信満々に胸を張るレインツェルに、思わずエリザベスは呆気に取られた。
何の根拠も無い癖にこの自信。
それが物珍しく、そしておかしくて、エリザベスは呆れ顔で呟いた。
「貴方、本当に馬鹿なんですね」
「違う。馬鹿なんじゃない」
ニヤッと、歯を見せて笑った。
「俺は悪童なんだよ。覚えておけ」
ドヤ顔をするレインツェルに、意味が分からないと、エリザベスは大きくため息をついた。
軽く場が和んだようが気がしたが、直ぐにエリザベスはまた、顔を上に向けてしまう。
その横顔に表情が薄い。
「……どちらにしても、もう終わりです。命運は尽きました。マリーゴールド王妃にまんまと騙された、私の間抜けさの所為で」
「おいおい。諦めが早すぎだろう。まだ、出口も探して無いのに」
「毒で指先を動かすのにも、一苦労な状況でですか?」
自嘲するように、エリザベスは笑みを零す。
長年の想いを吐露した所為か、急激にエリザベスから生気が抜けていく。
普段のエリザベスとは違う、気弱な姿。
いや、ある意味、これがエリザベスの、素を晒した姿なのかもしれない。
「私のことは放って置いて、一人で出口を探しなさい。これだけ広い地下道です。もしかしたら、彼女らの知らない道が、あるかもしれません」
いじけるような態度で、エリザベスはまた、そっぽを向いてしまう。
何だか、急に子供っぽくなってきたような気がする。
面倒臭い態度だが、確かに毒のことは気になる。
最初に見つけた時に比べれば、意識がハッキリしているぶんだけ、回復したかのように見えるが、実際には大きな差異は無いだろう。
「また、熱が上がってきたな」
額に乗せた布を取ると、氷のような地下水で冷やした筈なのに、既に温くなっていた。
相変わらず息遣いは苦しげ、気怠さと脱力感で、身動ぎも出来ないようだ。
暗がりで顔色こそ確認出来ないが、状況を見た上では悪い点しか確認出来ず、可能な限り早く、医者に見せなければ不味いかもしれない。
その為には、何としてもここから脱出しなければならない。
「エリザベスが動けない以上、俺一人で探索するしかないか」
目星がついたら、エリザベスを抱えて移動すればいい。
暗さと広さで苦労はするだろうが、何事も試してみなければ始まらないと、レインツェルは早速、行動を開始しようと腰を上げた。
と、その前に。
「額に乗せる布を、変えてからにするか」
そう思い地底湖の方に身体を向けると、不意に水辺から何かが跳ねるような音が聞こえた。
魚か何かが、生息しているのだろうか。
不審に思い闇の中に目を凝らすと、ぼんやりと発光する二つの点が、空中に浮かぶ。
一瞬、何かわからなかったが、闇に浮かび上がる輪郭に、レインツェルは息を飲み、腰の剣に手を添えた。
「……なるほど。俺達を地下に落として、終わりってわけじゃ無いわけね」
ズルズルと引き摺るような音を立てて、何かが水辺から上がってくる。
闇に浮かぶ発行体は、数を増やしていった。
そして、引き摺る音が近づくにつれ、不気味な体躯が姿を現す。
体長は二メートルを超えるであろう、二足歩行の巨大な爬虫類。
知っている姿とはサイズが大分異なるが、紛れも無くそれはトカゲの姿をしていた。
巨大トカゲ達は次々と水辺から姿を現すと、ギョロリとした爬虫類独特の目を、闇の中で爛々と輝かせ、先が二つに割れた舌をチロチロと見せる。
その姿はまさに、魔物と呼ぶに相応しい異形であった。




