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大聖樹の悪童物語  作者: 如月雑賀/麻倉英理也
第4章 虎と龍
34/47

その34 プリンセスの真実






 燃えるような高温が全身を包み込む。

 首筋から広がる、チクチクと痺れるような感覚は、身体全体に伝播しており、至るところから、それこそ骨の髄から高温を発している。


 丸焼きにされる羊は、このような気分なのでしょうか?


 馬鹿げた疑問が頭に過るほど、高温は思考までドロドロに溶かしていた。

 酷く喉が渇く。

 全ての水分が抜けてしまうのでは無いかと思う程、全身から滝のように流れる汗の所為か、喉が渇いて渇いて仕方が無かった。


 全身はびしょびしょなのに、喉や口内は乾いてパサパサだ。

 唾を飲み込むことすら出来ない。

 考えているのか、考えていないのか、起きているのか、眠っているのか。

 それすらも曖昧で、思考が上手く働かない。

 もしかしたら、自分はとっくに死んでいて、今まさに火葬の途中なのかもしれないな、などという笑えない冗談が頭を過った。


 だが、そんな冗談すらも、喉の渇きが掻き消している。

 喉が渇いた、喉が渇いた、喉が渇いた。

 水分が欲しくて欲しくて、喉がカラカラだ。

 グルグルとそのことだけが、脳裏に渦巻く。

 すると、そんな思いが天に通じたのだろうか、顔に何やらポツポツと水滴のようなモノが垂れるのに気付いた。


――水だ!


 咄嗟にそう判断して、張り付いた唇が水を求めるよう開く。

 無様に口を開いて、何処から垂れてくるかわからない雫を求めて、舌を彷徨い動かす。

 舌先が雫に触れると、求めるようにゴクリと喉に流し込む。

 たった一滴の水分は、水では無かった。

 酷く濃厚で、酷く生々しく、酷くドロドロと。

 そして極上に、甘露だった。


――もっと、もっと欲しい!


 一瞬でその雫の虜となってしまい、再び必死に口を開き舌を伸ばす。

 雛鳥が親鳥に餌をねだるより、もっと生々しく下品な行為だろう。

 だが、そんなことより、なけなしのプライドより、その一滴が欲しかった。

 一口で雫の虜となり、求めるよう口を開く。

 二滴、三滴と飲み込むと、途端に身体を溶かすほど攻め立てていた熱が、少しだけだが和らいでいく。

 ゆっくりと意識が覚醒し目を開くと、すぐ前に見慣れた少年の顔があった。


「……レイン、ツェル?」

「よぉ。気が付いたか」


 詰まるような声で、レインツェルは笑顔を見せた。

 口を開くと、暖かな吐息が顔にかかる。

 そこでようやく、エリザベスは彼の顔が間近に迫っていることに気が付いた。

 仰向けに横たわるエリザベスを押し倒すかのよう、レインツェルが上に圧し掛かっている。


「――ッ!? や、やぁ……!」


 瞬時に顔を真っ赤に染め押しのけようとするが、気怠さと痺れの所為か、腕を上げることすらもままならない。

 それでもモゾモゾと身体を捩るエリザベスに、労わるような声をかける。


「おい、落ち着け。何もしやしないって。直ぐに退くから、ちょっと待ってろ」


 そう言って身体を起こそうとするが、ちょっと動かすと、苦悶の表情を浮かべる。


「……何処か、痛めているのですか?」


 熱っぽく、荒い息遣いで問いかけると、誤魔化すように「いや」と視線を逸らした。

 暗くてよく見えなかったが、レインツェルの額からは血が流れていて、それに気が付いたエリザベスは状況を理解し、直ぐに息を飲んだ。


「そ、その怪我……まさか、落ちる時に私を庇って?」

「何だよ。意識、あったのか」

「……おぼろげですが」


 半分、気絶していたようなモノなので、記憶は断片的だが、確かに覚えていた。

 マリーゴールドによって罠に嵌められ、毒針を刺された挙句、助けに来たレインツェルと共に、床が抜ける仕掛けによって、地の底へと落とされてしまったのだ。

 感覚的には、結構な高さから落ちたと思うのだが、身体に怪我をした様子は無かった。

 対してレインツェルは額から血を流し、身体を動かすのも辛そうだ。


「貴方、ほ、本当に……?」


 驚くエリザベスの視線に、レインツェルは苦笑する。


「んな、大袈裟なモンじゃないって。落ちたといっても垂直落下じゃないし、正確に言えば急斜面を転げ落ちたって感じだ」


 確かに、下は固い岩盤。

 人を庇った状態で垂直落下すれば、痛いでは済まないだろう。


「気にする必要は無い。俺の身体は頑丈な方なんだ」

「馬鹿な……血を流して置いて、説得力がありません……本当に、馬鹿ですよ」


 表情をくしゃっと、泣きそうに歪める。


「馬鹿とは失礼な。悪童と呼んでくれ……それと、熱出して水分が欲しいのはわかるけど、血を飲むのは止めておけ。余計、喉が渇くぞ」

「血? ……ああ」


 それでようやく、先ほどまで自分が飲んでいたのは、額から零れ落ちるレインツェルの血だということに気が付いた。

 血で汚れた顔を、レインツェルが苦笑しながら自分の袖で拭う。


「…………」


 こそばゆい感覚に照れながらも、エリザベスはされるがまま受け入れる。

 今までの、棘のある態度が嘘のようなしおらしさだ。

 まぁ、この状況を鑑みれば、当然のことだろう。

 ようやく身体の痛みが取れてきたのか、大きく息を吐き出してから、レインツェルは「よっこらしょ」と掛け声をかけて、エリザベスの上から退く。

 背中の乗ったっていたのか、その際にパラパラと小石が下に落ちる。


「身体、動かせそうか?」

「……いいえ」


 試しの上半身を起こそうとするが、全身に全く力が入らず、直ぐに諦めて首を左右に振る。

 顔色は大分良くなったように見えるが、まだ毒の影響が身体に残っているのだろう。

 そこでふと、レインツェルはあることに気が付く。


「あれ……ここ、少し明るいな」


 キョロキョロと見回すと、通ってきた坑道に比べて、ほんの少しだけ明るかった。

 と、言っても、屋内か屋外か程度の違いしか無いが。


「ここは、魔鉱石の採掘所なのでしょう……魔鉱石から滲み出る魔力が岩場に染み込み、魔力の残滓となって外に漏れだしている。それが、仄かに発光しているから、ただの坑道より明るく感じられるのです」

「なるほどね」


 感心するように、レインツェルは頷いた。

 二人が落ちてきたのは、随分と広い空間で、僅かに見通しが利く状態でも、隅の方までは見渡せない。

 足元は岩盤のようになっているが、表面には砂や砂利が覆っている。

 まるで、河原のようだった。


「見たところ、人工的に作られたモンには見えないな」

「……僅かですが、水の匂いが感じられます。近くに、水場があるのではないですか?」


 エリザベスの言葉に、レインツェルは立ち上がると、周囲を見回すようにして軽く歩き回る。

 確かに言われた通り、水の流れる音が聞こえ、暗がりにぼんやりと大きな水溜りが浮かび上がった。

 いや、水溜りと言うより、湖とでも言って良い大きさだ。


「地下水が湧き出ているのか……随分とでかい、地底湖だな、こりゃ」


 近づくと水場のすぐ近くにしゃがみ、手の平で掬って口元に運ぶ。

 ほんの僅か、舐めるように水を口内に含んだ。

 氷のようにひんやりとした冷水は、傷つき火照った身体に染み込むよう。


「……変な味はしないか。ま、平気かな?」


 そう判断すると、今度は両手で水を掬い、エリザベスの下に戻った。

 また、熱が上がってきたのか、苦しげに息遣いを荒くするエリザベスの口元に、掬ってきた水を近づける。

 一瞬、躊躇した様子を見せるが渇きには勝てず、素直に水を口に含んだ。

 喉を鳴らし、あっという間に水を飲み干してしまう。


「…………」


 飲み足りないのだろう。

 エリザベスは残念そうな顔をするが、プライドがあるからか、催促したりはしない。

 素直になれば良いのにと肩を竦めつつ、レインツェルはまた水を救いに水辺へ。

 これを数回繰り返してようやく渇きが治まったのか、エリザベスは恥ずかしそうに視線を逸らして、「……ありがとうございます」と呟いた。


 だが、まだ身体が動かせるほど回復していないらしい。

 マントの一部を切り取り、濡らして氷嚢替わりにエリザベスの額に乗せると、側に座ったレインツェルは大きく息を吐き出して、痛む身体を解すよう肩や腕を動かす。


「やれやれ。とりあえずは、エリザベス確保大作戦は成功したわけだが、この状況はどうすっかなぁ」

「……あの」

「ん? まだ、水が飲み足りないのか?」

「い、いえ」


 顔を向けたエリザベスは、何やら落ち着かない様子で、視線を動かす。


「あの、私の蛇矛を、知りませんか?」

「蛇矛? ……あ~。ちょい待ち」


 座ったままレインツェルは、グルリと周囲に首を巡らせる。


「おっ。あった」


 目的の物は直ぐに見つかり、立ち上がると、細かい砂利や岩の破片の下敷きになっている蛇矛を引っ張り出す。

 落ちた時に、手から零れ瓦礫に埋まってしまったのだろう。

 蛇矛をエリザベスの横に置くと、彼女は安堵の表情を見せた。


「大事なモンなのか?」

「……ええ」


 問いかけると、エリザベスは噛み締めるよう頷いた。

 力の無い腕を引き摺り、横に置いてある蛇矛に添える。


「これは、私が初めて虎の部隊を率いて初陣を飾った際に、プレゼントされた物なのです。それ以来ずっと、もう五年以上は愛用しているでしょうか」

「……んなデカいモンを、五年も前からか」


 どんな幼女だと、心の中でツッコむ。


「まぁ、大切な物だってのはわかったが。アンタがそこまで入れ込むなんて、プレゼントの相手ってのは誰なんだ? 男か?」

「まさか」


 軽い口調で、即座に否定される。嘘では無いのだろう。

 じゃあ、誰? と問いかけると、エリザベスは何故か躊躇う様子を見せる。

 一度口を閉じ、また開いてから、相手の名前を口にした。


「……カタリナ、です」

「カトリーナから?」


 意外、でも無いかもしれないが、改めて聞くと、やはりレインツェルは驚いてしまった。

 そして確信する。

 やはり、エリザベスはカタリナのことを、大切に思っているのだと。

 だからこそ、ずっと感じていた疑問を、この機会にエリザベスにぶつけた。


「なぁ。何でお前は、カタリナに対して当たりの強い態度を取るんだ? 昔は随分と仲が良かったみたいなのに……特に今回の件に関しては、アンタが一方的に頑なな態度を取っているように思えるぞ」

「……それは」


 普段だったら、質問をはぐらかすか、そもそも答えようともしないだろう。

 だが、今のしおらしくなっているエリザベスには、迷いがハッキリと見て取れた。

 それが毒の所為で心身が弱っているからなのか、庇って怪我をしたレインツェルに対して、負い目を感じているのかはわからないが、今のエリザベスからは普段見せている、強気で凛とした態度が感じられない。

 抱える思いを口にするべきか悩む姿は、プリンセスなどでは無く、普通の少女のようだ。


「突き放さなければならなかった。その方が、あの娘の為だからです」

「だから、それは何故だ? 政略結婚することが、何でカトリーナの為になる?」

「……マルコット王が一目惚れした相手は、私とエリザベス、二人同時だからです」

「……は?」


 まさかの言葉に、レインツェルは思わず自分の耳を疑った。

 一目惚れした相手は二人だと、エリザベスは確かに口にした。


「い、いやいや待て待て。一目惚れってのは普通、複数に対する表現じゃないだろ」

「常人には理解し難くとも、王族にはそれを常識として押し通せる力があるのです」


 吐き捨てるように、エリザベスは言った。

 その言葉はきっと、サロンでハオシェンロンの語っていたことと同義なのだろう。


「当初、マルコット王はどちらかと言えば、カタリナにご執心でした。恋愛感情云々では無く、私と比べて籠絡しやすいと考えたのでしょう。現に圧力をかけられた周辺部族の中には、彼女ならば差し出しても、利益的にはプラスなのでは? とふざけたことを言う連中もいました」


 語る口調に、僅かだが嫌悪が滲み出る。


「そこを、私が自ら名乗り出たのです。案の定、マルコット王がアッサリと食いついて来ました。元々、どちらが手に入っても構わなかったのでしょう」

「聞きしに勝る好色王だな」


 怒るのを通り越して、呆れてしまう。


「しかしエリザベス。話はわかったが、何でお前はそこまでカトリーナを庇うんだ?」

「家族を大切に思うことは、至極普通のことだと思いますが?」

「いやまぁ、そりゃそうだが」


 レインツェルは困り顔をする。

 確かに言う通りだが、どうにも腑に落ちない。


「聞いたことろによると、今までカトリーナに重要な任務とか、与えたことが無いんだろ? 最前線で働いてるお前と違って、ほっぽり出されていた的なこと言ってたし……その所為で本人は、劣等感の塊だ」


 黙って聞いているエリザベスの横顔に向ける視線を、スッと細める。


「本当はエリザベス。お前はカトリーナのこと、どう思っているんだ?」

「……どうって、決まっているじゃないですか」


 率直な問いかけに、エリザベスはふっと笑みを零した。


「愛しています、心の底から……家族の中で誰よりも同じ時間を過ごした、大切なたった一人の妹ですよ? 当然じゃないですか」

「だったら何故、アイツを一人、輪の中から外すようなマネをする」

「……あの娘には、一つの生き方に縛られるようなことを、したくなかったからです」


 静かな口調で、エリザベスはポロッと本音を零す。


「武神の娘、黄金の虎と名乗っていても、所詮は一勢力の戦闘屋です。戦う以外に、生きる術が無い不器用な人間の集まり……勿論、磨き上げてきた武に誇りはあります。しかし、広い大平原を馬で駆ける度に、私は常々思うのです」


 仰向けになりながら、エリザベスはただ真っ直ぐ、暗く上が見えない天井を見据える。

 その目には、レインツェルには見えない、大平原の蒼穹が広がっているのだろう。


「大陸は、世界は一筋の地平の先に、更に広がっていると……私は型に嵌った生き方しか出来ない不器用な人間です。だからこそ、自由奔放なカタリナが羨ましく、愛おしかった。血生臭い世界で生死を彷徨うより、あの娘には自由に自らの意思で、進むべき道を選んで欲しかった……だから私は、徹底的に自分を、武を磨き上げました。カタリナの分も、黄金の虎を支えられるように」


 そう言うエリザベスの視線には、力強い光が宿っていた。

 彼女の横顔を見て初めて、レインツェルはわかった気がする。

 プリンセス・エリザベスは、武神である父親の才を受け継いだだけの天才では無かった。


 彼女の武、彼女の才は、全てが家族を思う為に、血を吐く努力で身に着けた結晶だ。

 愛しい妹に自らの意思で未来を選べる自由を与える為、大切な家族の居場所である黄金の虎を守る為に、エリザベスは家族にもその心中を明かさず、一人で孤独に戦い続けていたのだろう。

 何て不器用な優しさなのだろうか。


「……クソ真面目過ぎるだろ、アンタら家族はさぁ」


 伝わり辛い愛情を目の当りにして、何故かレインツェルの脳裏に、集落に残して来た二人、リリーシャとオリカの顔を思い出した。

 何故だか無性に、二人に会いたくなって、気恥ずかしくなってくる。

 それを誤魔化すよう、レインツェルは乱暴に後頭部を掻き毟った。


「事情はわかったさ。でもそのこと、ちゃんと本人に伝えた方がよかったんじゃないのか? そうすりゃ、ここまで拗れることは無かっただろうさ」

「事情を話せば、あの娘のことです。自ら犠牲にある道を選ぶに決まってます」

「姉と同じく、な」


 露骨な皮肉に、顔を上に向けたまま表情を顰める。


「それに……恥ずかしいじゃないですか、今更」


 そう言って、照れるように顔をソッポに向けた。

 可愛らしい態度。

 先ほどから何回も、普段とは全く違う態度を見せるエリザベスに、思わずレインツェルはぷっと吹き出してしまった。

 それが聞こえたのか、怒りを堪えるよう、エリザベスの身体がぷるぷる震えている。

 身体が動かせていたなら、今頃蛇矛を振り回して、追いかけ回されていただろう。


「ま、要するにさ。お前も、エリザベスみたいな自由さに、憧れてたってことだろ?」


 纏めるレインツェルに、エリザベスは深々とため息を吐く。


「……何を言っているのですか。そんなこと一言も……」

「羨ましいって、自分でも言ってたじゃないか。それに、自分と違う道を歩ませたかったってことは、多少なりとも、自分の歩む道に疑問があったってことだろ?」

「そ、それは……」


 エリザベスは口籠る。

 幼い頃から、父や兄、姉に従い、虎の為に身を捧げるのは当然のことと思っていた。

 自由な世界、自由な行動、自由な意思。

 奔放なカタリナを見ていると、自分がどれだけ狭い世界に留まっていたのか、思い知らされてしまう。

 けれど、エリザベスは不器用者で、周囲が言うような天才などでは決してない。


「私は、私が出来ることは、戦うことだけ、守ることだけです。家族を、妹を……だから、もし私が自由な振る舞いをしたら、誰が妹を守るのですか」


 声色に涙が混じる。


「私は妹を、カタリナを守りたかった。マルコット王からも、選択肢を狭めてしまう世界からも……私はただ、カタリナの人生と意思と、何よりも尊重したかったんです」

「……だが、それは間違っているぞ、エリザベス」

「――ッ!? 貴方に言われる筋合いなどッ……!」

「だって、辛そうな顔してるじゃないか。お前もカトリーナも」


 頭に血が上って身体を起こそうとするエリザベスに、真っ直ぐと顔を見つめて発したレインツェルの言葉が、胸の奥に突き刺さる。


「お前がカトリーナを守りたかったように、カトリーナもお前を、エリザベスを守りたかった筈だ……それがお前の言う、紛れも無いカトリーナの、自由な意思なんじゃないのか?」

「……じゃあ貴方は、カタリナを犠牲にすればよかった。そう言うんですかッ!」

「誰も犠牲にさせん……その為に、俺はわざわざ国境を越えてきたんだ」


 自信満々に胸を張るレインツェルに、思わずエリザベスは呆気に取られた。

 何の根拠も無い癖にこの自信。

 それが物珍しく、そしておかしくて、エリザベスは呆れ顔で呟いた。


「貴方、本当に馬鹿なんですね」

「違う。馬鹿なんじゃない」


 ニヤッと、歯を見せて笑った。


「俺は悪童なんだよ。覚えておけ」


 ドヤ顔をするレインツェルに、意味が分からないと、エリザベスは大きくため息をついた。

 軽く場が和んだようが気がしたが、直ぐにエリザベスはまた、顔を上に向けてしまう。

 その横顔に表情が薄い。


「……どちらにしても、もう終わりです。命運は尽きました。マリーゴールド王妃にまんまと騙された、私の間抜けさの所為で」

「おいおい。諦めが早すぎだろう。まだ、出口も探して無いのに」

「毒で指先を動かすのにも、一苦労な状況でですか?」


 自嘲するように、エリザベスは笑みを零す。

 長年の想いを吐露した所為か、急激にエリザベスから生気が抜けていく。

 普段のエリザベスとは違う、気弱な姿。

 いや、ある意味、これがエリザベスの、素を晒した姿なのかもしれない。


「私のことは放って置いて、一人で出口を探しなさい。これだけ広い地下道です。もしかしたら、彼女らの知らない道が、あるかもしれません」


 いじけるような態度で、エリザベスはまた、そっぽを向いてしまう。

 何だか、急に子供っぽくなってきたような気がする。

 面倒臭い態度だが、確かに毒のことは気になる。

 最初に見つけた時に比べれば、意識がハッキリしているぶんだけ、回復したかのように見えるが、実際には大きな差異は無いだろう。


「また、熱が上がってきたな」


 額に乗せた布を取ると、氷のような地下水で冷やした筈なのに、既に温くなっていた。

 相変わらず息遣いは苦しげ、気怠さと脱力感で、身動ぎも出来ないようだ。

 暗がりで顔色こそ確認出来ないが、状況を見た上では悪い点しか確認出来ず、可能な限り早く、医者に見せなければ不味いかもしれない。

 その為には、何としてもここから脱出しなければならない。


「エリザベスが動けない以上、俺一人で探索するしかないか」


 目星がついたら、エリザベスを抱えて移動すればいい。

 暗さと広さで苦労はするだろうが、何事も試してみなければ始まらないと、レインツェルは早速、行動を開始しようと腰を上げた。

 と、その前に。


「額に乗せる布を、変えてからにするか」


 そう思い地底湖の方に身体を向けると、不意に水辺から何かが跳ねるような音が聞こえた。

 魚か何かが、生息しているのだろうか。

 不審に思い闇の中に目を凝らすと、ぼんやりと発光する二つの点が、空中に浮かぶ。

 一瞬、何かわからなかったが、闇に浮かび上がる輪郭に、レインツェルは息を飲み、腰の剣に手を添えた。


「……なるほど。俺達を地下に落として、終わりってわけじゃ無いわけね」


 ズルズルと引き摺るような音を立てて、何かが水辺から上がってくる。

 闇に浮かぶ発行体は、数を増やしていった。

 そして、引き摺る音が近づくにつれ、不気味な体躯が姿を現す。


 体長は二メートルを超えるであろう、二足歩行の巨大な爬虫類。

 知っている姿とはサイズが大分異なるが、紛れも無くそれはトカゲの姿をしていた。

 巨大トカゲ達は次々と水辺から姿を現すと、ギョロリとした爬虫類独特の目を、闇の中で爛々と輝かせ、先が二つに割れた舌をチロチロと見せる。

 その姿はまさに、魔物と呼ぶに相応しい異形であった。





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