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大聖樹の悪童物語  作者: 如月雑賀/麻倉英理也
第4章 虎と龍
32/47

その32 突破






 ハオシェンロンに導かれたレインツェル達は、屋敷の玄関ロビーまで降り立った。

 服装は着替え、三人とも正装では無く元の恰好に戻っている。

 進むのはレインツェル達三人とショコラ、黄金の虎の面々。

 そして先頭を歩く、ハオシェンロンだ。


 ここまで来る途中、方々で来賓である貴族達の泣き叫ぶ声や怒声、錯乱した笑い声が響き渡っていた。

 無理も無い。

 チラリと窓の外から見える光景には、身の毛もよだつだろう。

 早朝の満員電車の乗り込もうとするサラリーマンが如く、黒山の人だかりが出来ていた。

 更に恐ろしいのが、アレが人間では無く、人の形をした怪物だということ。


 死霊と呼ばれる魔物を、ゾンビと評したが、まさにそのままの姿。

 黒ずんだ肌は爛れ、時折向けられる瞳には生気が無い。口元はだらしなく開きながら、「うーうー」と声に成らない呻き声を上げて、光源に群がる蛾のように、ふらふらと屋敷に向けて歩いている。

 怒鳴り声に混じり、ガリガリと何かを引っ掻く音が聞こえる。

 外のゾンビ達が中に入ろうと、壁や扉に爪を立てているのだろう。


「……窓ガラス、割られたりしないだろうな」


 耳障りな音に、レインツェルは忙しなく視線を飛ばす。

 平静さを装っているが、内心では心臓がバクバク。見たことも無い魔物が、周囲を取り囲んでいるのだ。当然だろう。

 流石のカタリナや他の虎のメンバー達も、表情が硬い。

 ドロッセルなど泣きそうな顔で、レインツェルのマントを握り締めていた。


「窓には緊急用の結界が張られておりますので、ゾンビ如きでは立ち入れません……此方からドアを開かなければ、で御座いますが」


 ショコラの言葉に、緊張感が宿る。

 その結界が常時張られていれば、襲撃を受けることは無かったのでは? と疑問に思うが、黒幕がマリーゴールドなのだとしたら、結界の有無など無意味なのだろう。

 そんな中で一人、ハオシェンロンは微笑を浮かべていた。


「皮肉なモノだな。危険とわかりつつ、我らは目的の為に少年を一人で送り出さねばならない。無事を祈りながらも、その背を押さねばならぬとは、何とも歯痒い」

「……張本人が、偉そうなこと言うじゃないか」


 カチンと来たのか、カタリナが睨み付ける。


「そもそも、あたしはアンタを信用したわけじゃないんだからね」

「……やれやれだ」


 敵愾心剥き出しの態度に、ハオシェンロンは大袈裟に肩を竦めた。

 素性はわからないが、この貴族らしい堂々とした態度と、回りくどい喋り口調がカタリナと合わないだろう。

 単に相性の問題、だけでも無いようだが。


「ま、もう腹は決まってんだ。天命を待つにはまず、人知を尽くさなきゃな」


 外に蠢くゾンビの群れに立ち向かわねばならないレインツェルは、そう言ってカタリナ達に笑みを向ける。

 楽観的に見えるだろうが、こうして強がってないと落ち着かないのだ。


 階段を下り、一向は屋敷の中でも一際豪華な扉の前に辿り着く。

 足を止め見上げる大きな扉の前には、大勢のゾンビ達が群がっているのだろう。ガリガリ、ガリガリと引っ掻く音が、絶え間なく響き渡る。

 一同は足を止め、先頭を歩くハオシェンロンが此方に身体を向けた。


「さて。では、作戦をおさらいしておこう」


 ハオシェンロンは、黙って見つめるレインツェル達を見回す。


「作戦は単純だ。ゾンビ達の群れを突破し、襲撃者達を追い駆けた我の部下と、指定のポイントで合流。エリザベス嬢やマリーゴールド王妃が連れ去られたとされる、目的地を目指す、それだけだ」


 まるで、襲撃を予測していたかのような手回しの良さだが、そのことを指摘したところで、はぐらかされてお終いだろう。

 時間も惜しい。不信感は募るが、あえて無視して続く言葉に耳を傾けた。


「扉を開けるのは一瞬。開けた瞬間、死霊共は群がってくるだろうが、それはショコラ殿や虎の方々に請け負って貰おう。雑魚とはいっても、物量的には相手の方が上だ。一歩でも下がれば押し込まれるので、そのつもりでいてくれ」

「承知いたしました」

「アンタに命令されるのは不満だけど、こっちもオーケイだわ」


 心得たとばかりに、ショコラは一礼。

 不満げなカタリナと虎のメンバーも、それぞれ頷いていた。


「そして、この作戦の胆は君だ少年」


 言いながら、視線をレインツェルに向ける。


「扉が開き、ショコラ殿が活路を開いたら、その隙間を一気に飛び出して行くのだ」

「そ、それは! レイ君じゃなければ、駄目なのでしょうか?」


 手を上げて、恐る恐るドロッセルが口を挟む。


「開かれた突破口。一瞬の隙間を抜け出せる瞬発力を生み出せるのは、ブースタースペルが扱える少年だけだ。それに、外に出たら厩舎に寄り、馬に乗り変える暇も無いのだから、足が一番早い人間が選ばれるのは当然だろう」

「でも、その、また倒れたりしたら……そそ、それに今度は外に怖いのが沢山いて、助けてくれる人も、いないんですよ?」

「無茶は承知の上よお嬢さん」


 レインツェルの身を案じるドロッセルは、しどろもどろになりながらも食い下がるが、それに対してハオシェンロンは、聞き分けの無い子供に言って聞かせるよう、確りと一音一音、口に出して語りかける。


「気絶してしまったのは、ブースタースペルの使用レベルが高かったからだ。レベルを引き下げれば、おのずと身体への負担が小さくなり、稼働時間も大幅に増える……無茶ではあるが、決して無理な作戦では無い。この、我が立案したのだからな」


 言ってから、ニコリと笑って見せる。


「理解したかい?」

「……ううっ」


 説得力と共に、有無を言わせぬ迫力を持つハオシェンロンに、気の弱いドロッセルは反論する言葉が続かず、唇を真一文字に結び俯くと、少し間を置いてから小さく頷いて見せた。


「わかり、ました」


 消え去りそうな声で呟いてから、掴んだマントをグイッと引っ張る。

 軽く後ろに引っ張られ、レインツェルが「どうした?」と振り向くと、ドロッセルは泣きそうな顔で、此方を見上げた。

 口を開きかけるが、何を言って良いのか迷い、逡巡するよう視線を彷徨わせる。

 数秒迷った結果。


「な、何も出来なくで、ごめんなさい」


 と、心底済まなそうな顔をして謝った。

 この場で、何の役割を持たないのはドロッセルだけ。

 歯痒さと無力感が、彼女から謝罪の言葉を引き出したのだろう。

 底抜けにお人好しで、時に無茶な発言、無謀な行動を取る時もあるが、基本的に彼女は愚かでは無い。自分が無力なことは理解しているし、出来ないことが多いことも、理解出来ている。


 限られた方法の中で、常にドロッセルは最善を見つけようと、努力しているのだ。

 でも、努力が必ず実を結ぶとは限らない。

 ドロッセルの努力は、実を結ぶ前に地に落ちてしまう。それが、一度では無く、二度、三度と。

 その度に落ち込み、涙を目に浮かべても、ドロッセルは決して進むことを諦めない。

 躓くことも多く無力を噛み締める場面が多くとも、彼女の直向きなお人好し加減、誠実さや前向きさが、ドロッセルの武器であり才能なのであろう。


「ま、適材適所ってね。人に出来ることは、人に任せておけばいいさ。ドロッセルに何か出来る時は、俺もドロッセルに丸投げするし」

「……わたしに、出来ることなんて、あるのでしょうか?」

「それを探す旅でもあるんだろ? 早々に見切りをつけて、諦めたりするなよ。俺をこの旅に引っ張り出したのは、お前なんだからさ」


 そう言ってレインツェルは、拳で軽く、ドロッセルの右肩を叩いた。

 向けられた笑顔に、ドロッセルはぎこちないながらも、笑顔を返してくれた。

 元気づけようとしてくれる、レインツェルの心遣いを、汲んでくれたのだろう。


「では、時間も惜しい。早速、始めようでは無いか」


 ハオシェンロンの言葉に頷くと、メンバーはそれぞれ、打ち合わせ通り所定に位置に立つ。

 非戦闘員のドロッセルとハオシェンロンが、まず後方へと下がる。

 扉の左右には虎のメンバーが二人。直ぐ正面に立ったショコラが、腰のレイピアを抜き放ち、顔の前に構え戦闘準備を整えた。


 ショコラの真後ろにレインツェルが。

 スタートダッシュが肝心なので、屈伸などの準備運動を怠らない。

 正確には、動いていないと落ち着かないからなのだが。

 そして、更にその後ろには、カタリナ達残りのメンバーが待機。

 彼女達も既に剣などを抜き身にして、戦闘態勢に入っている。


 雪崩れ込んでくる死霊達をショコラが裂き、その隙間を狙いレインツェルが上手く外へと飛び出せたら、再び死霊達が動き出す前に、カタリナ達黄金の虎が前進して連中を押し返し扉を閉める。大まかな作戦は、こんなモノだ。

 勿論、不測の事態に備えて、柔軟に対応出来るよう、様々な策を用意してある。


 準備は完了した。

 互いに視線を合わし、準備が完了したことを知らせると、皆は一回大きく頷く。

 扉の右側にいる虎のメンバーの一人が、ドアノブの下にある内鍵を指で掴み、確認を取るよう左側のメンバーに「行くぞ」と声をかけてから、二人はドアに手を添え、抑え付けるよう力を込める。

 そして、内鍵を捻り、かけられていた鍵が外された。


「「――ッ?!」」


 途端、押し込まれるような圧力が扉からかかり、手では押さえ切れないと判断した二人は、身体で無理やり抑え込む。

 軋むドアの音に、玄関ホールの緊張感は嫌でも高まる。


「初撃はわたくしが勤めさせて頂きます。皆々様、ご準備を」


 足を肩幅に開きながらの言葉に、扉を押さえる二人は頷いた。

 次の瞬間、二人が扉から離れると、勢いよく開かれた扉から、倒れ込むようにして大勢の人型、死霊達が雪崩れ込んできた。

 ツンと鼻を突く刺激臭に、向けられる濁った眼球。

 その場に立つ数人の口から、「ひっ」と悲鳴を噛み殺す音が聞こえる。

 まず動いたのは自らの宣言通り、ショコラだ。


「――セェェェイッッッ!!!」


 気合の入った野太い声と共に、地面を蹴ったショコラは、構えたレイピアを真一文字に薙ぎ払う。

 煌めく残光。

 鋭く飛んだ斬撃は、建物内に雪崩れ込もうとした死霊達を真横に斬り裂いた。


 しかも、斬っただけでは無く、踏み込んだ際に発生した衝撃波だろうか。裂かれ、胴体が真っ二つになった前列の死霊達は、身体がフワリと宙に浮き、そのまま吹き飛ばされるかのよう後方へと押し込まれた。

 それは、裂かれた死霊だけでは無く、衝撃波を浴びた者達も同様だ。

 前方に倒れるようかかっていた重心が押し返され、バランスを崩した死霊達は、後ろにバタバタとドミノ倒しのように倒れて行った。

 肉壁となって出入り口を塞いでいた死霊達に、突破口が生まれる。


「――ミスタ・レインツェル! 今、で御座いますッ!」

「――応ッ!」


 合図と共に、レインツェルは胸の紋様に手を添える。

 さっきは力加減がわからず、一気に力を解放してしまったから、身体が負荷に耐え切れなかった。

 今度は慎重に、針に糸を通すが如き精密さで、紋様を解放する。


「ブーストアップ……レベル1」


 呟いた途端、心臓が一際大きく鼓動を鳴らす。

 ピキピキと軋むような音が、骨や筋肉、脳内から鳴り響き、レインツェルの全身は高揚感に包まれていった。

 身体が強化される感覚はあるが、前回ほど圧倒的なまででは無い。

 ハオシェンロンから教えられた、制御が上手く働いているのだろう。


 それでも、普段のレインツェルに比べれば、十分と言っても良い力が、身体の奥からマグマの如く沸々と湧き上がってくる。その熱に、興奮に意識が負けてしまわぬよう、大きく深呼吸をする。

 そして、身を思い切り屈めると、床に右手を添えた。


「んじゃ、行ってくる」

「行ってらっしゃい、レイ君」

「ベス姉を、頼む」


 仲間二人の言葉を受け頬を緩ませると、同時にレインツェルは地面を蹴り出した。

 その動きは、まさに弾丸と呼ぶに相応しかった。

 この世界に火薬で弾を打ち出す武器が存在するかはわからないが、床を蹴り前へと飛び出した自身の感覚を、正確に伝えるなら、自分は弾丸になったと例えるのが、最も相応しいとレインツェルは実感していた。


 飛び出すレインツェルは、全身が凶器と言って良いだろう。

 弾丸の如き速度で跳躍するレインツェルは、次の態勢を整えようとするショコラとすれ違う。

 その際に、チラリと横に視線を向けたショコラが、武運を祈るように軽く頭を下げる。

 一秒にも満たない刹那の瞬間であったが、ショコラ程の人間なら、十分に認識出来たのであろう。


 仲間達の激励を受け跳躍するレインツェルは、扉を抜け、外へと飛び出す。

 正面では死霊達が山になってひしめき合っていたが、レインツェルは超高速で跳躍している表現した通り、全身が弾丸のような物であり、凶器でもあるのだから、普通の人間に比べ、強度の劣る死霊など肉壁にもならない。

 破裂音のような者が響いたかと思うと、正面にいた死霊の群れの一部が、円状になって抉られていた。

 肩や頭が吹き飛ばされていたり、上半身が丸々存在しない者までいる。

 愚鈍な死霊達にレインツェルの高速移動を捕えられる筈も無く、黒山の人だかりを一気に抜け、走り去っていってしまった。


 まさに、一瞬の出来事。

 だが、呆けている暇は無い。


「――死霊共を押し返すよ、続けッ!」

『――応ッ!』


 剣を構え、勇ましく声を張るカタリナに続き、虎のメンバーも戦列に加わる。

 何も倒し切る必要は無い。押し返して、また扉を閉めればいいだけだ。

 ドアの縁や敷居に手をかけ、這いつくばるようにして中に侵入しようとする、死霊達の腕や足を、剣が切り裂き槍が貫く。


 人なら絶叫モノのダメージだろうが、相手は痛みを知らない死霊だ。

 腕や足が無くなったところで、進むのを止めようとはしない。

 ふらふらと迫りくる死霊達の中には、ショコラやレインツェルがやったのだろう。頭が無い者や、下半身だけで立っている者まで存在する。


「まともに相手をする必要は御座いません。とにかく、押し返して扉を閉めてしまえば、彼奴らに成す術はありません!」


 ショコラがそう激を飛ばしながら、細身のレイピアを振るう。

 その様子を祈るような気持ちで見守るドロッセルに、気取られぬよう、ハオシェンロンは周囲に注意を払いながら、そっと彼女の側から離れる。

 すると直ぐに、物陰に隠れていたのか、イザベルが背後へと近づいてきた。

 腕を組み戦闘を眺めながら、背後に立つイザベルに問い掛ける。


「……状況は?」

「ハッ。既に主要貴族の何名かと、約束を取り付けております。後は、ハオ様自ら会談の席について頂ければ、当初の目的である過半数は突破することが出来るでしょう」

「ふむ。予定通りだ、ご苦労」

「勿体ないお言葉です」


 モノクルの女性イザベルは、お褒めの言葉に頬を染め、嬉しそうに一礼した。

 しかし、直ぐに頭を上げると、表情を引き締めた。


「しかし、よろしいのでしょうか?」

「ほう?」


 疑問を呈す言葉に、ハオシェンロンは唇の端を吊り上げ、眼帯を親指でなぞった。


「我が策に、何か意見があると」

「い、いえそんな恐れ多い!?」


 慌てて首を左右にふるイザベル。

 その様子が可笑しかったのだろう、ハオシェンロンはクッと含み笑いを漏らす。


「少しからかっただけだ。構わん、話せ」

「は、はい……では」


 ゴホンと咳払いをし、気分を仕切り直す。


「マリーゴールド王妃の件ですが、本当に奴らに情報をくれてしまって、よろしかったのですか? あの馬鹿王妃と取り巻きの計画を握れば、我々の目的に大きなプラスになると思うのですが……」

「確かに」


 ハオシェンロンは、同意するよう頷く。


「今回の一件。愚か者の口車に乗せられた所為で起きた、国家を揺るがす大スキャンダルだろう。我らがこの件を解決すれば、大きな貸しと弱みを、スィーズ王国に握らせることが出来る」

「でしたら、何故……」

「それだけだからだよ」


 疑問の晴れないイザベルに、短くそう言う。


「思い返せ。我らの目的は、スィーズ王国と仲良しこよしになることでも、従属させることでも無い。それに、好色ではあるがマルコット王も馬鹿では無い。薄汚い宮中の毒虫共も、表だって動けば、我らの仕掛けに気が付く恐れがある」

「な、なるほど……大局を見よ、ということですね。流石、ハオ様。素晴らしい慧眼です」


 本気で感心しているのだろう。イザベルはうっとりとした表情と、潤んだ瞳でハオシェンロンを見つめていた。


「今回は黄金の虎に対して、良い手土産を持ちこむ為に裏方に徹しよう……何よりも」


 ハオシェンロンは細めた視線を、玄関の方へ向けた。

 必死で死霊を何とか外まで押し返し、今まさに扉を閉めようとしているところだった。


「あのエルフの少年……中々に興味深い」


 そう言って、ハオシェンロンは含み笑いを漏らした。

 何処か楽しげな主の様子に、イザベルは少しだけ、不満げな表情を見せていた。




 ★☆★☆★☆




 暗い夜道を、レインツェルは高速で疾走する。

 既に群がっていた死霊達の姿は無く、つい数分前までいた屋敷は、後方の彼方に薄ぼんやりとした灯りを残すのみだった。

 幸いなことに、死霊がひしめいていたのは、屋敷の周辺だけ。

 下にある一般人が住まう、町の区画までには、襲撃者達の手は及んでいないようだ。


「うへぇ……まんま、ゾンビじゃないか。なんか、ベタベタする気持ち悪いモンが、服に付着してるぞ」


 突進して死霊を打ち砕いた時に、付着したのだろう。

 暗がりでハッキリとは確認出来ないが、服やマントには、血液以外の何やらドロリとした物がくっ付いていた。

 鼻を突く腐臭が気になるが、精神衛生上よろしくないので、深くは考えないようにした。


 今、レインツェルは街道を外れ、草の生い茂る原っぱを走っている。

 当然、外灯などは無いから、周囲は真っ暗。頼りになるのは、月明かりくらいだ。


「確かハオは、月が出ている方をひたすら目指せって言ってたな」


 出る直前、ハオシェンロンから言われた言葉を思い出す。

 彼女の部下からの情報によると、襲撃者達とエリザベスは月が出ている方向に向かって、走り出したそうだ。

 現在、別の部下が後を追っているそうなので、行き先を示す為に、途中で落ち合う手筈になっている、らしい。


「手回しがいいこった……まるで、最初から襲撃を予期していたかのような」


 走りながら、レインツェルは眉根を寄せる。

 ハオシェンロンという少女、どうも油断ならない気配がぷんぷんとする。

 饒舌な喋り口調と物怖じしない態度。

 基本、レインツェル達に対して友好的な態度を取っているが、何処か底の見えない雰囲気が不気味さを演出していた。

 決して気軽に心を許し、油断して接するべき相手では無いだろう。


 それでも今回、彼女の言を信じたのは、立ち振る舞いから感じ取れる、覇気というか高潔さ故だろう。

 彼女の言う通りにすれば、不可能も可能になる。

 大袈裟かもしれないが、そう思わせる不可思議な魅力が、ハオシェンロンという少女には備わっていた。


「アレが、カリスマってヤツなのか」


 全く同じでは無いが、近しい雰囲気を持つ人間には、過去二人程出会ったことがある。

 武神ホウセンと、ラビリンスだ。


「……本当に何者なんだ、アイツは」


 疑問は尽きない。

 だが、今はエリザベスを追うことが先決だと、思考を一端切り替えて、レインツェルは正面から自分を見下ろす半月に顔を向け、走る足に力を込めた。





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