その31 龍の導き
意識が途切れるのも突然なら、取り戻すのも突然だった。
水の底から水面に飛び出すよう、急速に意識が覚醒したレインツェルは、何の前触れも無くパチッと両目を開くと、喉を鳴らして息を吸い込んだ。
「――レイ君ッ!? よかった……気が付いたんですね」
見上げた正面には、目に涙を浮かべ安堵の表情を浮かべる桃色髪の少女の姿が。
レイ君……?
上手く意識と記憶が繋がらず、見上げる少女が誰だか正しく認識出来ない。
呼びかける名も、恐らくは自分のだろうという自覚はあるのだが、何だか他人の名を呼ばれているようで実感が薄かった。
わかっていることは現在、自分はこの少女に、膝枕をされているということだけ。
「……どうしたんですか、レイ君? 気分とか悪いんですか?」
異変を察したのか、少女が心配そうに顔を覗き込む。
紛れも無い美少女なので、顔を近づけられると照れ臭い。
見た目は明らかに十代。女子高生? それとも、女子中学生か?
どちらにしても、成人男性が膝枕されていたら、現代社会では通報物なのだろうが、後頭部に当たる柔らかい感触は、何とも抗いがたい心地よさがあった。
「お、おい、本当に大丈夫なのかよ? 目開いてるだけで、まだ気絶してるんじゃないのか?」
もう一人、側にいた少女が、若干慌てた口調で、しゃがみ込んで同じよう顔を覗き込む。
動き辛いからか、スカートを大きくたくし上げている為、寝ている態勢からだと下着が丸見えだった。
やはり、純白は素晴らしいと、しみじみ思ってしまう。
視線の動きに気づいていないらしく、二人は返事をしないことに不安感を覚えたのか、呼びかける声に焦るが募る。
「レイ君、確りしてください、レイ君」
「れ、レインツェル……頑丈なお前らしく無いじゃないか。おい、何とか言いなよ」
名前を連呼しながら、二人は身体を揺さぶる。
やはり名前が違う所為か、呼びかけられている実感が薄く、反応しようが無い。
ああ、そうかと、思い出したことに内心で納得する。
聞き覚えがあるかと思ったら、レインツェル……これは、『あの娘』が口にしていた名前だ。
「――ッ!?」
鋭い痛みが頭……いや、脳みそを突き刺し、身体がビクッと跳ね上がる。
――兄さん
十歳前後か。幼い少女の姿と声が、弾けるように脳内でフラッシュバックした。
急に動いたかと思えば、痛みに苦悶の声を漏らす姿を見て、二人の声に緊張感が増す。
「レイ君!? た、大変!?」
「クソッ! 医者はまだなのかよ!? このままじゃ、レインツェルがッ!」
「お、俺の……名前は」
違う。
頭の中で否定する。
俺の名前は、遊佐玲二だと。
考えれば考えるほど、頭痛は酷くなり、汗がダラダラと滝のように流れる。
容体の変化に焦る二人の取り乱した声は、酷い耳鳴りに掻き消され聞こえない。
俺は、俺は、俺の名前は。
大きく息を吸い込んでから、掠れる声で自分の名前を呼んだ。
「俺は、悪童のレインツェルだ」
瞬間、頭痛は消え去り、繋がらなかった自我と意識が鮮明となる。
同時に、思い出しかけた記憶も、奥底へと沈んでしまった。
「……あれ?」
何故、自分はドロッセルに膝枕されているのだろうと、首を傾げてしまう。
意識を取り戻したことに、ドロッセルとカタリナは固まりながらも顔を見合わせ、安堵の表情と共にへなへなと脱力した。
ここは晩餐会の会場。
騎士達や襲撃者の死体は片付けられていたが、破損したテーブルや食器、血の痕などの生々しい痕跡はまだ点在していた。
レインツェルは会場の隅で、膝枕されて寝ていたらしい。
だが、レインツェルものんびりと膝枕の感触を楽しんでいる場合では無い。
弾かれるように上半身を起こすと、真剣な表情で二人を見回す。
「俺は、どれくらい気絶していた?」
「へっ……え、ええっと」
急に問いかけられ、心配させるなと叱りつけようと思っていたドロッセルは、タイミングを外されてしまう。
正確な時間は把握していないらしく、答えに窮していると、別の人物が答えてくれた。
「一時間程です、ミスタ・レインツェル」
現れたのは、パヴェ・ド・ショコラだ。
ショコラの登場に、レインツェルは視線に警戒の色を滲ませる。
それを敏感に察知したのだろう。ショコラは、苦笑を浮かべた。
恐らく、警戒されている理由にも、察しがついているのだろう。
しかし、ショコラは自ら率先して口を開くこと無く、労わるような眼差しを向けながら、水の入ったグラスを差し出した。
「もし、喉が渇いておられるのならば、これを……大丈夫で御座います。毒の類などは、入っておりません」
「……ああ」
警戒心は緩めないモノの、グラスを受け取る小さく頭を下げて礼を述べた。
手に平に感じる水の冷たさに、自分が大量の汗を掻いて喉が渇いていることに気が付いた。
「焦り過ぎだろ、俺」
軽く笑いながら呟くと、グラスの水を一気に飲み干した。
勢いよく喉を鳴らす姿に、ドロッセルが慌てたような声を出す。
「い、いきなりそんな風に水を飲んだら、溺れちゃいますよ!?」
「んぎゅんぎゅ……ふぅ。大丈夫だ」
口元を袖で拭い、空になったグラスを床に置いた。
水の冷たさと清涼感が、胸の鼓動を鳴らす焦燥感を僅かながら緩めてくれた。
悠長に構えている暇は無いだろうが、焦っても良いことは無い。
ここは冷静に成らねばと首を左右に振ってから、レインツェルは心配げな眼差しを向ける三人に、それぞれ視線を向ける。
「状況は落ち着いたのか?」
「いえ、残念ながら」
真剣な表情で否定し、ショコラは窓の方を指差す。
「現在、この屋敷の周囲には大量の死霊が蠢いております」
「死霊? なんだそりゃ?」
「人や獣の死体から生み出された魔物のことよ。アンタ、エルフの癖にそんなことも知らないの?」
呆れ顔でカタリナが教えてくれると、レインツェルは納得したように頷く。
「要するにゾンビってヤツか……それがまた、何で大量発生してんだよ?」
「恐らくは件の襲撃者達の中に、死霊を使役する呪術に長けた者がいたのでしょう。何とか排除を試みたいところなのですが、いかんせん数が多すぎまして。死者や負傷者も出ていますので、駆除するのにも戦力が心許ないのが現状です」
「おいおい。そりゃ、随分とヤバく無いか!?」
思わずレインツェルは、首を巡らし窓の方を見てしまう。
夜の闇で外の様子は伺えないが、この屋敷を取り囲むほど大量にゾンビがウヨウヨしているかと思うと、かなりゾッとせず、途端に落ち着かない気持ちになってきた。
「ご心配には及びません。数は羽虫の如き多さで御座いますが、知能はそれ以下。無防備に外に出れば襲い掛かっても来ましょうが、彼奴らにドアを開き建物に侵入できるような、知能は持ち合わせておりません」
安心させるような言葉と共に、ショコラは一礼する。
「そうなのか?」
「はい。目的は我らを足止めすること……術の効果も今夜一晩程で、朝に成れば自然と消滅してしまうでしょう」
それを聞いても、レインツェルは安心したという気分には成れなかった。
何故ならば、襲撃者達が目的を達するのには、夜が明けるまでの時間で十分ということ。
そして、襲撃者達の目的は、
「それにしても、彼らは一体何者なのでしょうか? どんな目的があって、王妃様やエリザベスさんを連れて行ってしまったのでしょう」
「大方、スィーズ王国に恨みでもある連中だろうさ」
疑問を呈するドロッセルに、苛立ちの見え隠れする口調でカタリナが答える。
この状況下で、姉を一人外に出してしまったことに、心配を隠せない様子で、カタリナはウロウロとその場を往復していた。
立ち止まると、苛々をぶつけるよう、拳を手の平に叩きつける。
「ああ、クソッ! 何だってこんな時に……国のいざこざに、ベス姉が巻き込まれなくちゃなんないのさッ!」
正確に言えば、エリザベスはまだスィーズ王国に嫁いで来たわけでは無い。
まだ正式に婚姻関係も結んでないのに、王家の一人と認識され巻き込まれたとあっては、いい迷惑だとした言いようが無い。
だがそれ以上に、側に付いていながら、何も出来なかった自分が悔しいのだろう。
長らく劣等感に苛まれ続けたカタリナが、やっと姉の役に立てると思っていたのだ。
内心のショックは、見た目以上に大きいだろう。
危機だとわかっていながら動けない状況に、歯痒さから親指の爪を噛むカタリナを、落ち着かせるようドロッセルが、やんわりと背中に手を添える。
「あまり自分を責めないで下さい……皆で考えれば、きっと良いアイディアが浮かびますよ」
極力、明るい声を作りながら、レインツェルの方を振り返った。
「ね、レイ君」
「…………」
「レイ君?」
同意を求めるが、レインツェルは何やら考え込んでいる様子で、両腕を組み怖い表情をしていた。
一瞬、躊躇うが、恐る恐るドロッセルは、もう一度声をかける。
「レイ君? どうしたんですか? ……まだ、体調が悪いとか?」
「いや、そういうわけじゃない」
心配げな声を出すドロッセルに、考え込んだ態勢のまま返答する。
何とも歯切れの悪い声に、カタリナは訝しげに頭を掻いた。
「何だよ紛らわしいな……ってもしかして、何か良い案でも浮かんだのか!?」
少しでも状況に変化が欲しいからか、問いかける言葉も急なら勢いも強い。
グイッと身体を寄せるカタリナを、「落ち着いて下さい」とドロッセルが諌めている間に、レインツェルは鼻の頭を掻きながら、考えを纏める。
現在のこの状況。腑に落ちない点が多すぎる。
「……もしかしたら」
口火を切ると、ドロッセルとカタリナは動きを止め、注視しながら次の言葉を待つ。
「もしかしたら、連中の目的はエリザベス自身なんじゃないか?」
「……あのねぇ」
落胆するように、カタリナは大きくため息を吐いた。
「そんなの、さっきから話してるじゃんか。やっぱ、まだ調子が悪いんじゃないの?」
「いや、そういう意味じゃなくって、俺がいいたいのは、王国がどうとか恨みがどうじゃなく、エリザベス本人が、エリザベスだけが、連中の狙いだったんじゃないかってこと」
「それって、黄金の虎の関係あるってことですか?」
「いいや、それも違うな」
レインツェルが首を振ると、二人は顔を見合わせ、眉間の皺を深くする。
彼が何を言いたいのか、ちゃんと理解出来ていないのだろう。
かく言うレインツェル自身も、上手く説明することが出来ず、眉を八の字にして頭を乱暴に掻き毟った。
「あ~、つまりだ。色々と面倒だから率直に言うぜ」
胡坐をかき、レインツェルはパシッと膝に両手を置く。
真剣な眼差しで見据えるのは、ドロッセル達では無く、無言で三人の話し合いに耳を傾けていたショコラだ。
「俺が言いたいのは、もしかして今回の襲撃、黒幕はマリーゴールド王妃様なんじゃないかってこと」
「――ええっ!?」
「――はぁ!?」
切り出した言葉に案の定、二人は素っ頓狂な声を上げて驚いた。
考えに至らなかったというより、想像もしていなかったのだろう。
流石の二人も疑惑と疑いの視線を、レインツェルに向けていた。
「それは幾ら何でも、すっ飛び過ぎだろう」
「そ、そうですよ失礼です、不敬ですよレイ君。一体全体、何を根拠にそんなことを……」
「根拠はある。状況証拠と、俺の勘だ」
そう言い切られ、二人は困惑を深めながらまた顔を見合わせた。
やはり、体調が万全では無いのだろうか?
言葉に出さずとも、二人の顔にはありありとそう浮かんでいた。
信じてくれていない様子に、ムッとしたレインツェルは、急に頭を抱えるとワザとらしい仕草で嘆いて見せた。
「あ~悲しいなぁ! 同じ釜の飯を食って、長らく一緒に旅して来た仲間だって思ってたのに、少年の主張を真っ向から否定だなんて……悲しいな、寂しいな。人情紙風船とはまさにこのことだぁ!」
「おお、大袈裟ですよぉ、レイ君」
「んなこと言われても、ねぇ?」
ドロッセルはともかく、カタリナにはその手は通じず、逆に呆れたような視線を向けて肩を竦められてしまう。
「今日初めて会ったような相手が、何だってベス姉を狙うのよ? 勘以外に理由も根拠も無いんじゃ、身内だって信用しようが無いっての」
「理由も証拠も無い。だから……」
大袈裟に喚くのを止めたレインツェルは、真っ直ぐとショコラを睨む。
「知ってそうな奴に、今から揺さぶりをかけてやるのさ」
「…………」
無言のまま何のリアクションも無く、ショコラはただ身を任せるとでも言うよう、静かに両目を閉じた。
その神妙な態度に、思わず二人は口を噤んでしまう。
「なぁ、ショコラ。外に大量のゾンビ、死霊がいるって言うが、駆除し切れない程大量の死霊ってのは、そんな簡単に用意出来んのか?」
「……いえ。相応の準備は必要かと。今回の規模なら、下準備に一週間はかかるでしょう」
一瞬躊躇い、間を置きながらも、ショコラは淡々と答えた。
その言葉に、ドロッセルとカタリナは言葉無く驚きを見せる。
「そもそも王族が駐留する予定だったんだろ? 大軍を動かさなくても、それなりの護衛は用意するモンじゃないのか? 襲撃者と時もそうだったが、この別邸にいる護衛の数は少なすぎるんじゃないか?」
「仰る通りで御座います」
肯定する声に、僅かに苦しさが宿る。
「本来ならば今回のような事態に陥っても、十分に対処出来る戦力を、護衛としてつける予定で御座いました。しかし、急な指示により予定数を大幅削減することに……」
「その指示を出したのは誰だ?」
重ねる問いかけに、ショコラは答えに窮する。
言葉を切り逡巡した後、一段低い声色で答えた。
「マリーゴールド、王妃様に御座います」
「「――ッ!?」」
二人の驚きに満ちた声が重なる。
レインツェルは、やっぱりかと厳しい表情を見せた。
「率直に聞くぜショコラ……アンタ、何処まで知っている?」
厳しく、棘に満ちた質問をショコラにぶつける。
他の二人は無言だが、ショコラへ向ける視線は、疑惑に満ちていた。
まさか、そんなことと思う感情も少なくは無いだろうが、名も無き英雄に対して疑問の目を向けるには、十分な情報だろう。
暫しの沈黙の後、ショコラは重い口を開く。
「わたくしの任務はただ一つ。別邸にご来場頂いた方々の、護衛に御座います。それすらも満足に果たせぬ身故、説得力は欠片も御座いませぬが」
「……知らなかったとでも、言うつもりなのかよ」
怒気の籠る低い声色で、カタリナが睨み付ける。
戻ってくる時に持ってきたのだろう。剣を鞘から抜くと、その刃をショコラに首筋に向けた。
「か、カタリナさんッ!?」
「……姉君をご心配するお気持ち、このショコラ。痛いほど理解出来ましょう。しかしながら、貴女様に対して謝罪すべき言葉は、持ち合わせておりませぬ故、ご理解頂きたい」
「なんだって……? 貴様ッ!?」
「止めて下さいカタリナさんッ!?」
衝動のまま、突き付けた剣に力を込めようとするのを、ドロッセルが慌てて腕にしがみ付き静止させる。
このままではドロッセルにも怪我をさせてしまうと思い、唇を噛み締めながらも、仕方なしに込める力を緩めた。
それでも睨み付ける視線を、ショコラは一切逸らさず真っ直ぐに見つめる。
「ご不満は重々承知です。ですが、わたくしはスィーズ王国の騎士。我が剣、我が忠誠は祖国と王家に捧げました。例え百万の人間に疑惑の目を向けられようとも、わたくしはこの身が塵芥と化するまで、王家の方々を信じ抜きましょう」
盲目的。
そんな一言では片付けられない程、真摯な姿勢でショコラは語りかける。
「これが、我が騎士道。決して曲げられぬ、信念で御座います」
力強い視線に、見つめるカタリナはグッと息を飲む。
迷いを表すよう視線を彷徨させると、何かを堪えるように固く奥歯を噛み慣らしてから、突き付けた剣を下ろした。
それに安堵の息を吐いて、ドロッセルも抱き着いた腕を離す。
少なくとも、ショコラがこの件に関わってないとう言が、信じて良いだろう。
見た目は少し変わっているが、英雄の名に相応しい誠実な人物。もしも、今回の事件の黒幕がマリーゴールドであり、計画の協力を彼に要請していたとしたら、事前の段階で諌めるか、何かしらの手段を講じていただろう。
だから、マリーゴールドは何も知らせなかった。
ことが起これば、最後まで自身の味方をすることを、理解していたから。
「とにかく、このまま手を拱いている暇は無い」
重い雰囲気になりかけたところ、レインツェルは横に置いてあった剣を取り立ち上がった。
その行動に、ドロッセルは目を大きく見開く。
「まさか、追い駆けるつもりですかッ!?」
「ああ、そうだ。エリザベスが狙いなら、追い駆けて行った先に、罠が仕掛けられている可能性もあるからな」
「でも、何処に行ったのかもわからないし、外は死霊で一杯……そもそもレイ君、急に倒れたんですよ!?」
「そういや、原因は何だったんだ?」
思い出したように、カタリナが首を捻る。
旅をしている最中、何か病気にかかったような兆候は無かったし、頑丈さが取り柄のレインツェルが、急に倒れるなんて考え辛い。
「俺にも心当たりは無いんだよなぁ。別段、ここまで普段と同じ調子だったし」
エリザベスを追おうとした時、急に頭痛が来て視界が暗くなった。
また急に倒れるかもしれない。
もしも、死霊の群れの中で倒れれば一貫の終わり。
それがわかっているから、この状況下で一番焦っている筈のカタリナが、急かすようなマネをせず唇を噛み締め、ジッと堪えていた。
「とにかく、駄目です。原因がわからない以上、行かせるわけにはいきません。罠が仕掛けられているなら、尚更です」
「――エルフの少年が倒れた原因は、ブースタースペルのオーバーロードさ」
唐突に、全く別の人物の声が割り込む。
何事かと警戒しながら四人が視線を向けると、何時の間に現れたのか、眼帯の少女が微笑を湛えて立っていた。
ハオシェンロンだ。
視線を一身に浴び、ハオシェンロンは眼帯を親指で撫でると、言葉を続けた。
「ブースタースペルの使用は人体に多大な負荷をかける。恐らく、急激な強化に肉体が耐え切れず、強制的に意識がブラックアウトしたのだろう……少年。君は実に運が良い。下手をすれば、負荷に耐え切れず、廃人になっていた可能性もあるのだよ?」
「……なるほど、な」
納得したように、レインツェルは頷く。
そう考えると、急な頭痛や目眩暈など、相当ヤバかったのかもしれない。
だが、そんなことより今は、目の前のハオシェンロンだ。
彼女とは一番交流があるレインツェルが、一歩前に出て話を聞く。
「それで? このタイミングで何のようだ。まさか、俺の倒れた原因だけを、親切で教えに来たわけじゃあるまい?」
「それも含めてだ。諸君らは中々に興味深い……だが、それを差し引いても、人が困っているのだ。助けの手を差し伸べるのが、人の道だとは思わぬかい」
言っていることは最もだが、何となく素直に肯定し辛い雰囲気を醸し出す。
それはドロッセル達も同じようで、困惑や警戒、様々な色を表情に浮かべている。
レインツェルはふんと鼻を鳴らし、腰のベルトに繋げた剣を鳴らす。
「信用できないって意味じゃ、この場でアンタが一番なんだぜ?」
「ならばその信用、行動を持って示そうでは無いか」
不敵に笑うと、また眼帯を親指で撫でる。
「エリザベス嬢達の行き先と、そこに辿り着くまでの道筋。我らがキッチリと、諸君らに進呈しようではないか」
自信満々に言ってのける。
その表情に見覚えがるのか、ショコラはハッと息を飲む。
「ま、まさか……貴女様は」
驚くショコラの視線に微笑みながら、立てた人差し指をそっと唇に寄せた。
秘密だとでも言うように。
困惑を深めるレインツェル達だったが、迷っている暇は無いと、心配げな視線を向ける二人に頷いてから、視線をハオシェンロンに戻した。
「いいだろう。乗ってやるぜ」
二つ返事で、レインツェルは即決した。
「……ほ、本当に、大丈夫なんですか?」
「信用、出来ないんだけど」
不安げなドロッセルと、疑うように目を細めるカタリナ。
二人の言葉には、レインツェルもほぼ同感だ。
しかし、
「虎穴に入らずんば虎児を得ず。ってね。罠だろうが危険だろうが、虎のお姫様を助け出すには、それくらいのリスクは付き物さ」
そう力強く言い切る。
真面目で堅物なのだが、やはり血筋なのかエリザベスには、直情的な面が見られる。
実力的には心配無いだろうが、どんな罠が仕掛けられているかわからな以上、油断や楽観をすることは出来ない。
それに、このまま誰かの手の平で、踊らされていること自体も気に入らなかった。
「時間が無い。信用も信頼もしないが、アンタの作戦、丸呑みさせて貰うぞ」
「ふっ。いっそ清々しいまでの返答だ。やはり、君は面白い」
不愉快とも思える言葉にも、ハオシェンロンは楽しげな表情を浮かべていた。




