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大聖樹の悪童物語  作者: 如月雑賀/麻倉英理也
第4章 虎と龍
29/47

その29 仮面の悪意





 晩餐会。

 体育館を連想させるほど、広いパーティー専用の部屋は、煌びやかなシャンデリアの光の下、真っ白なテーブルクロスに包まれた、長机が幾つも並んでおり、その上には様々な料理が所狭しと乗せられていた。

 周囲には飲み物の注がれたグラスを片手に、談笑に華を咲かせる貴族達の姿が。


 その隙間を縫うようにして、トレイを片手に持った使用人やメイド達が、忙しそうに、けれども、貴族達の目障りにならぬよう、優雅な足運びでせっせと仕事に励んでいた。


 そんな中、レインツェル達は、壁の花となって居辛そうに立ち尽くしている。

 談笑をする貴族達を眺めながらレインツェルは、場所や時刻が変わっても、やっていることに大差は無いなと、妙な感想を抱きながら、皿に取り分けてきた料理をフォークで突き刺し、口に運んでいた。

 外は既に日が暮れており、上の傾斜窓からは星空と月が顔を覗かせている。


 だと言うのにマルコット王はまだ到着せず、晩餐会は主催者不在のまま開催された。

 部屋の端では雇われた楽団が、晩餐会に相応しいムーディーな曲を奏でているが、それ以外に特別、何があるというモノでもなかった。


「はぐはぐ……晩餐会って言っても、退屈なモンだな」

「まぁ、貴族同士が交流を持ったり、社会的な威信を示す場ですから、わたし達にはあまり関係無いですよね」

「だね。ま、ダダ飯にありつけるだけ、ありがたいと思うしかないわね」


 壁を背にする三人。レインツェル、ドロッセル、カタリナはそんな会話を交わす。

 三人共、服装は旅装束では無く、スィーズ王国側が用意してくれた、晩餐会用の礼服を身に着けている。


 慣れているドロッセルはともかく、他の二人は着慣れない恰好に居心地が悪そうだ。

 特にカタリナなどは、普段スカートを穿かない為か、妙にもぞもぞと落ち着かない素振りを見せている。


「普段はそのドレスより露出度の多い恰好じゃないか」

「あのねぇ。露出とか、そういう問題じゃないっつーの」

「はは。まぁ、可愛いからいいんじゃない」

「――なっ!?」


 思ったことを、何の考えも無しに口にすると、予想以上の動揺をカタリナが見せる。

 頬を赤く染め、忙しなく視線を動かす。


「かかか、可愛いとか言うなっ……こっ恥ずかしい」

「わたしは? わたしは、似合ってますか?」


 褒められたいのか、ニコニコと笑みを浮かべ、ドロッセルは自分の顔を指差す。

 レインツェルは一瞥してから、


「ん。普通」

「普通って……もう。レイ君、酷いです」


 しょんぼりとドロッセルは肩を落とした。


「んんッ! ……んなことより、ベス姉、大丈夫かなぁ?」


 咳払いをしてから、少し強引にカタリナは話を変える。

 気恥ずかしさもあったが、ここにいないエリザベスを心配しているのは本当に、浮かない表情をして会場の出入り口の方を見つめた。


 恐らくはまだ、マリーゴールド王妃と私室で話し込んでいるのだろう。

 不思議なことに、マリーゴールド王妃は随分とエリザベスがお気に入りの様子で、到着して真っ先に話しかけると、あれよあれよと言う間に、用意されていた自室へと引っ張り込んでしまった。

 慌ててカタリナが同席を要請したのだが、何でも二人きりで語り合いたいからと、断られてしまい、今に至るというわけだ。


 昼過ぎからずっとだから、もう随分と時間も立つ。

 ソワソワとするカタリナに、食べ終えた皿を通りかかった使用人に渡しながら、落ち着けとレインツェルが肩を軽く叩く。


「アイツは考え方は固いが、腕は立つみたいだし頭も切れる。それに、部屋の近くに虎の仲間を待機させてるんだろ? 異変があったら何か知らせてくるだろうし、無いってことは問題無しってことだ。まぁ、今のところは大丈夫なんだろ」

「別に、あたしは……」


 腕を組んで、ふんとカタリナは顔をソッポに向ける。


「人を心配性のように言わないでよね!」


 何故だか認めたがらないカタリナの態度に、二人は顔を見合わせて、苦笑いを漏らす。


「……この二人、こういうところ、似てるよな」

「あはは。やっぱり、姉妹ですよね」


 二人はそう納得して笑い合う。

 一人、笑われる立場のカタリナは、二人の反応にむぅと不機嫌そうに頬を膨らませた。

 穏やかな調べと、和やかな雑談に包まれる晩餐会の会場。その隅っこで三人が、他愛の無い話に花を咲かせていると、不意に使用人以外で近づく人物がいる。

 いち早く気配を察知して、レインツェルが視線を向けると、その人物は恭しく一礼した。


「晩餐会、お楽しみ頂けて御座いますかな? 虎の方々」

「アンタ、ショコラ将軍?」


 レインツェルがその名を呼ぶと、ショコラはチッチッチと舌を鳴らし、人差し指を左右に振る。


「将軍と敬称されるほど、わたくしは偉い人間では御座いませんミスタ。わたくしのことはどうぞご遠慮なく、ショコラ、とお呼び捨て下さいませ」

「うぐっ……じ、じゃあ、ショコラ」

「はい。ありがたき幸せと存じます」


 引き攣った顔で名を呼ぶと、ショコラは嬉しそうに微笑み頭を下げた。

 現れたのはパヴェ・ド・ショコラ。

 この何とも言えない濃いキャラクター性と、何処となく感じさせられる危険な雰囲気には、流石のレインツェルも気圧されてしまう。

 皆のように正装では無く、来た時と同じよう露出度の高い衣装を身に纏っていた。

 訝しげな視線に気が付いたのか、ショコラはああと頷く。


「わたくしは晩餐会の参列者では無く、王妃様と来賓の方々の警護故に、こうして騎士としての正装で参上させて頂いております」


 腰のレイピアを、カチャリと鳴らす。


「無粋とお思いでしょうが、どうぞお許し願いたく思います」


 そう言ってショコラは、詫びるように頭を下げた。


「い、いえいえ! そんなことありません、頭を上げて下さいショコラ様!」


 常識人のドロッセルが、慌てた様子でそうお願いすると、ショコラはようやく「そうで御座いますか」と頭を上げてくれた。

 何とも風変わりなショコラに、レインツェルとカタリナは目を丸くする。

 曲がりなりにも国の英雄で、将軍職につく人物。

 立場だけで言えば、ここにいる貴族連中よりもずっと、偉ぶっていても構わない地位にいるだろう。

 それを証明するよう、他の貴族達はショコラに話しかける機会を伺い、チラチラと視線で此方を気にしている。


 だが、本人はこの腰の低さだ。

 平民である自分達に対して、ここまで下手に出られると、逆に恐縮してしまう。

 けれどそれ以上に、レインツェルにはどうしても気になることがあった。


「……なぁ、ショコラ」

「はい。何で御座いましょうか?」

「初対面でこんなことを聞くのも不躾だが。その……アンタはやっぱ、異性より同性の方を好む性質なのか?」

「なるほど」

「――ちょ!? レイ君!?」


 まさかのストレートな質問に、ドロッセルが血相を変えてレインツェルの袖を引っ張る。


「何時も失礼だけど、今回は何時も以上に失礼ですよ!」

「いやだって、気になるじゃんよ……なぁ?」

「ま、まぁ、あたしも正直、聞きたくてうずうずしてたけど……ねぇ?」

「か、カタリナさんまでぇ!?」


 問われて照れ臭そうに頬を掻くカタリナを見て、ドロッセルは泣きそうな表情をして、慌ててショコラに向けペコペコと頭を下げる。


「すみません、すみませぇん! この子達、遠慮を知らないモノでして!」

「いやいや、お気になさらないで下さいレディ。わたくしは気分を害してなど、おりませんから……何せ、本当のこと御座います」

「や、やっぱ、オカマちゃん。お姉系なのか?」


 レインツェルは表情を引き攣らせて、恐る恐る問いかける。

 すると、ショコラはいいえと首を左右に振ると、大きく開いたシャツの隙間から、贅肉の無い立派な胸筋を見せつけるよう胸を張った。


「わたくしはゲイです。男性の身で殿方を愛する、美と愛の探究者。それが、パヴェ・ド・ショコラの世界で御座います」

「…………」


 あまりにもあまり過ぎて、レインツェルは絶句してしまう。

 人間、正直が一番だと言うが、こうもあけっぴろげにカミングアウトされると、された方としては反応に困ってしまう。

 それとも、この世界では普通のことなのだろうか?


「だ、確かに、集落じゃあ百合っぽい奴らもいたけど、エンシェントエルフは女社会だし」


 向けられる熱の籠った視線が怖くて、思わずぶつぶつと呟きながら現実逃避してしまう。

 横のドロッセル、カタリナも引き攣っている表情をしているので、感覚としてはレインツェルの同じようなモノらしい。

 気を利かせた使用人が飲み物を差し出すも、仕事中だからとやんわり断ったショコラは、コホンと咳払いを一つして、改めてレインツェル達の方を向き直る。


「失礼。改めまして、ご挨拶をと思いまして……晩餐会、お楽しみ頂けていますかな?」

「あ、その……」

「あんまりだな。何だか堅苦しくて、肩が凝る」


 ドロッセルが当たり障りのない社交辞令を述べるより早く、レインツェルは思っていたことをそのまま、何のオブラートにも包まず口にする。

 これにはカタリナも、あちゃあと顔を手で覆う。

 しかし、ショコラは気分を害した様子も無く、朗らかに笑った。


「これは、中々正直なようで、ミスタ」


 言ってから、周囲の様子に気を配り、声を潜める。


「実はわたくしも、このような賑やかな場は、苦手なモノでして」

「そうな、んですか?」

「はい」


 カタリナの問い掛けに、ショコラは笑顔で頷く。


「美を心から愛しているモノの、生来の武骨者故に華やかな場に、わたくしは不釣り合いなのです……精々、丹精に育てられた薔薇園で、花を愛でるのが精一杯で御座います」

「そ、そうか」


 一々、反応し辛いことを言う。

 と、ショコラは何やらソワソワと、周囲を見渡し始める。

 何かを探していたり、人の目を気にしている。と言うより、何かを言いたいのだが、言いよどんでいる風に、レインツェルには見えた。


「此度は、シュウ殿はお見えになって、おられないのですね」


 とても残念そうな口調で、ショコラは言う。


「あ、はい……兄貴は、警邏の任があります、から」

「なるほど」


 カタリナの言葉に、神妙な表情で頷く。


「昨今、大平原の方では治安が低下していると聞き及びます。武神殿並びに、長兄であるシュウ殿は多忙極まるのでしょう……独りよがりの愛しさ故に、残念と思ってしまうのは、わたくしの思慮が浅いからなのでしょうな」


 言い終わり、口からはアンニュイな吐息が漏れ落ちる。

 自らを抱きしめるような仕草は妙にセクシーで、背後に薔薇が咲き乱れるような錯覚に陥ってしまった。

 悩ましげな表情と動作に、三人は同時に微妙な表情をしてしまう。


「……アイツ。本当はコイツに会いたく無くて、今回の件を押し付けたんじゃないだろうな?」


 あり得なくは無いだけに、他の二人も返事に窮し、曖昧な笑みを浮かべていた。

 このぶんだと、出かけに行っていた「気を付けろ」の意味も、若干変わってくるかもしれない。


「そ、それはともかく、エリザベスさん達、遅いですねぇ!」


 パンと手を叩いて、ドロッセルがそう誤魔化す。

 かなり露骨な話題変換だったが、ショコラは特に気には留めず、「そうですな」と元の表情に戻り頷いた。


「陛下ももう間もなく、到着するという一報が届いておりますから、恐らくは王妃様方も、そろそろ会場にお出でになられるでしょう……ほら、噂をすれば何とやら」


 ショコラがそう言うと同時に、会場の貴族達から「おおっ!?」とどよめきが起こる。

 視線を向けると今まさに、美しいドレスに身を包んだ二人の女性が現れ、会場の衆目を一身に集めていた。


 マリーゴールドと、エリザベスだ。

 情熱的な炎の如き赤であしらわれたドレスを身に着け、エリザベスは先を歩くマリーゴールドに導かれ、恥ずかしげに頬を染めながら歩いて行く。途中、呆気に取られるレインツェル達の視線に気が付き、頬を余計に赤く染めていた。


 その姿に貴族達、特に男性陣は「美しい」と呆けた様子で呟いている。

 気持ちはわかると、レインツェルは心の中で同意する。

 格言うレインツェル自身も、正直かなりときめいてしまう可憐さを、今のエリザベスは持っていた。


「す、素敵です。素敵すぎますエリザベスさん! 同性のわたしから見ても、思わず惚れ惚れしてしまいますね♪」

「ま、まぁあたしの姉だし。当然じゃん?」


 身内を褒められて嬉しいのか、カタリナが何故か自慢げに胸を張る。

 今までハッキリと明言してこなかったが、やはりカタリナはかなりのシスコンなのだろう。


「……いや、虎の一家は全員、あんな感じか」


 まだ出会っていない長姉はともかく、概ね皆家族大好きな集まりだった。

 身内の贔屓目を無しにしても、エリザベスの美しさは本物。

 プリンセスの名に、偽りは無かったと、再認識される瞬間である、

 エリザベスの美しさに見惚れ、目を奪われていたのもつかの間。金縛りから解き放たれたように、貴族達は一斉に二人の下へと集まっていく。


「こりゃ、長くなりそうだな」


 こういった光景は、社交界には付き物なのだろう。

 レインツェルがそう呟いた直後、貴族に囲まれていたエリザベスは、ぎこちない笑顔で数度会話を交わすと、済まなそうに頭を下げて強引に包囲を抜け出すと、キョロキョロと何かを探すよう首を回す。

 何をやっているのだろうと、カタリナとドロッセルは不思議そうに顔を見合わせる。


「……やれやれ」


 嘆息しながらレインツェルは、ちょうど通りかかった使用人を呼び止め、オレンジジュースが注がれたグラスを受け取る。

 此方の姿を確認したエリザベスは、談笑するマリーゴールドに一礼してから、速足で駆け寄ってきた。


「済みません、皆さん。随分と待たせてしまって」

「ベス姉、わざわざ、それを言いに来たのかよ?」

「貴族様のご交流を断ってきたら、目の仇にされるんじゃないか?」


 そう皮肉を言いながら、レインツェルは手に持ったグラスを突き出す。

 むっとしながらも、グラスを受け取ったエリザベスは、一気に半分までオレンジジュースを飲み下して喉を潤した。

 ふぅと、エリザベスは安堵の息を漏らす。


「ありがとうござ……んんっ!? ありがとうございました」


 油断していたのか、思わず笑顔で礼を述べそうになるのを、わざわざ咳払いしてまで強引に、顰めっ面をレインツェルに向けた。

 どうやらまだ、彼女の中では許されていないらしい。


「んで? いいのかよこっち来て」


 一息ついたところで、改めてカタリナが問う。

 周囲を見れば、貴族達がエリザベスに声をかけたいのか、ソワソワした様子で視線を此方に送っていた。


「直ぐに戻りますから、問題ありません……それに断りきれなかったとはいえ、やるべきことを押し付けて、長らく離れてしまったのですから、一言詫びを言いたかったのです」


 そう言うとエリザベスは、律儀にカタリナに向けて頭を下げた。


「迷惑をかけてしまいました……同時に、ちゃんと虎の人間としての責務を果たしてくれていたようで、姉として妹の成長を嬉しく思います」

「い、いや、そんな……」


 頭を下げられ戸惑いはしたモノの、姉であるエリザベスの褒め言葉に、カタリナは照れ臭そうに頬を掻いた。

 基本的にこの晩餐会は、スィーズ王国側の主催なので、来賓である黄金の虎の面々が行うべき役割など殆どない。その中で警備の確認や、各地方の権力者からの情報収集。並びに、意見交換などを積極的に行っていた。


 待機させていた部下達から、そのことを聞いたのだろう。

 初めて責任ある職務につくカタリナの働きぶりに、エリザベスは満足そうに微笑んだ。

 だが、気のせいだろうか。微笑む笑顔の中に、ほんの僅かだけ、陰りが確認出来たような気がした。


「ところで、エリザベスさん。随分と長いこと話し込んでいた様子ですが、マリーゴールド王妃様と、一体どのようなお話を?」


 レインツェルが眉を潜めていると、ドロッセルがエリザベスに向けてそう問いかける。


「特に何かと言うわけではありません。世間話を少々と、スィーズ王国に関して色々、為になるお話を聞かせて頂きました」

「ホントぉ? 小姑みないに小うるさいこと言われて、いびられてたんじゃないの?」


 疑わしげに、カタリナは視線を細めた。


「いいえ。気さくで、良いお方でしたよ。王家に入るにあたり、色々と助言を下さったり、励まして下さったりしました」

「ほぇ~……マリーゴールド王妃様って、良い方なのですねぇ」

「そうですね。正直、私も驚きました」


 笑顔で頷き、女性三人は会場の真ん中で、貴族達の中心に立って談笑する、マリーゴールドに視線を向けた。

 派手すぎる外見に似合わず、面倒見の良い方なのだろうと、好意的な色が視線に宿る。


 一方で訝しげな表情をしているのが、レインツェルだ。

 レインツェルは会話の邪魔にならぬよう、少し距離を取っていたショコラの横にさり気なく近づく。


「なぁ、ショコラ。お前さん方の王妃様って、気さくで良い人なのか?」

「……そうですね。第三婦人のシャーリー様は、とても明るく朗らかなお人柄かと……」

「下手くそな誤魔化し方すんなよ……名指ししないとわからない?」


 ジトッとした横目を向けると、ショコラは困ったように小さく咳払いをする。


「綺麗な薔薇には棘があると申します。美しく、人を和ませる大輪の花が、その花の全てというわけでは御座いません……これが、わたくしの精一杯の回答で御座います」

「……なるほどね」


 言いたいことを察したレインツェルは、一回だけ頷いた。

 スィーズ王国の第一の忠臣であるショコラが、公式の場で王家の人間に、批判的な言葉を吐くわけにもいかない。むしろ、質問した直後に、無礼者として拘束されても、おかしくは無いだろう。

 パヴェ・ド・ショコラは正直者故に、誠意ある回答をしてくれた。


「……ドロッセル辺りなら、そう考えるだろうなぁ」


 顎の下を掻きながら、そう呟いた。

 国を守り、英雄と呼ばれる男が、安易に王家を批判するとは思えない。

 考えられるのは、ショコラ自身、マリーゴールドに対して思う所がるのか。もしくは、好意的に接する行動の裏に、何か人知れず企みを持っているのか。

 そう考えると、途端に暗い影が脳裏に差し込む。


「ショコラ……王様は、まだ到着しないのか?」

「はい。もう少し、と言う連絡はあったのですが、随分と遅れているようで」

「俺は世の中について疎いからよくわからないのだが、王様がこんな風に大きく遅れるってこと、よくあることなのか?」

「いいえ。マルコット陛下は決して、時間にルーズなお人ではありません故。それに、今回の晩餐会の主催者。通常ならとっくに、会場入りしている筈なのですが……」


 大きく遅刻している現状に、ショコラも少し心配げな表情をする。

 質問の答えに、レインツェルの脳裏で様々な可能性が組み込まれていく。

 そして、戸惑っているショコラの様子からみて、彼はレインツェルが思う嫌な予感には無関係なのだろう。


「……王様は、女好きだって言ったな」

「まぁ、その……英雄、色を好むと申されます故」


 言葉を詰まらせるショコラ。

 申し訳ないとは思うが、そこを更に突っ込ませて貰う。


「女をあてがって意図的に到着を遅らせる……そんな状況、ありえると思うか?」

「…………」


 スッと、ショコラの表情から感情が消える。

 無遠慮なレインツェルの言葉に、怒っているわけでは無さそうだ。

 気配が変わる。

 何かを予感してか、ショコラはゆっくりと会場に視線を巡らせた。

 先ほどまでと、何かが変わったわけでは無い。あえて言うなら、マリーゴールドとエリザベスの二人が増えたことくらいだろう。


「…………」


 自然と、レインツェルも無口になる。

 昨日から現在にかけて、何度もカタリナが何度も警備の様子を確認して、黄金の虎でも独自に周辺に気を配っている。会場にはショコラ以外の姿はと殆ど見えないが、外や周辺では、多くの武装した兵隊達が守りを固め、万全の体制を整えている筈だ。


 なのに何故だろう。背筋を伝う、急激な薄ら寒さは。

 二人の気配が変わったのを察知して、エリザベスが訝しげな視線を向ける。


「……一体、どうし……」


 たのですか?


 そう言葉を続けようとした瞬間、音を立てて上の傾斜窓が割れ、何か黒い物体が数個、外から投げ込まれた。

 上から振るガラス片と料理ごとテーブルを押し潰す黒いそれに、来賓の貴族達は大きな悲鳴を響かせた。

 床やテーブルの上に落下してきたのは人。

 外を警備していた、スィーズ王国の兵隊の遺体だ。


「――皆様方ッ! 即刻壁際までおさがり下さいませッ!」


 いち早く反応したショコラが、腰の剣に手を添え叫ぶ。

 それを切っ掛けに、半狂乱の悲鳴を上げて、逃げ惑う貴族達を、使用人が何とか宥め安全な場所に避難させようとする。

 突然の状況に、カタリナ達も動揺が隠せない。


「ちょ、な、何がどうなってんのよッ!」

「落ち着きなさい、カタリナッ……次が来ますッ!」


 身を低くし、警戒心を強めるエリザベスが言葉を発すると同時に、再び黒い影が割れた傾斜窓から飛び込んでくる。

 今度は遺体では無く、生きている人間。

 いや、人間かどうかも、怪しげな姿だった。


「な、なんだ……コイツら?」


 現れた異形な者達の姿に、レインツェルは驚きに目を見開いた。

 全身を獣の毛皮で覆い尽くした、大小様々な者達。

 年齢も性別も、人かどうかすらわからぬ異形な者達は計八名程。

 いや、続けて次々と割れた傾斜窓から飛来し、十、二十と数が増えていく。

 彼らは迷うことなく真っ直ぐとレインツェル達……いや、エリザベスに視線を向けていた。





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