その29 仮面の悪意
晩餐会。
体育館を連想させるほど、広いパーティー専用の部屋は、煌びやかなシャンデリアの光の下、真っ白なテーブルクロスに包まれた、長机が幾つも並んでおり、その上には様々な料理が所狭しと乗せられていた。
周囲には飲み物の注がれたグラスを片手に、談笑に華を咲かせる貴族達の姿が。
その隙間を縫うようにして、トレイを片手に持った使用人やメイド達が、忙しそうに、けれども、貴族達の目障りにならぬよう、優雅な足運びでせっせと仕事に励んでいた。
そんな中、レインツェル達は、壁の花となって居辛そうに立ち尽くしている。
談笑をする貴族達を眺めながらレインツェルは、場所や時刻が変わっても、やっていることに大差は無いなと、妙な感想を抱きながら、皿に取り分けてきた料理をフォークで突き刺し、口に運んでいた。
外は既に日が暮れており、上の傾斜窓からは星空と月が顔を覗かせている。
だと言うのにマルコット王はまだ到着せず、晩餐会は主催者不在のまま開催された。
部屋の端では雇われた楽団が、晩餐会に相応しいムーディーな曲を奏でているが、それ以外に特別、何があるというモノでもなかった。
「はぐはぐ……晩餐会って言っても、退屈なモンだな」
「まぁ、貴族同士が交流を持ったり、社会的な威信を示す場ですから、わたし達にはあまり関係無いですよね」
「だね。ま、ダダ飯にありつけるだけ、ありがたいと思うしかないわね」
壁を背にする三人。レインツェル、ドロッセル、カタリナはそんな会話を交わす。
三人共、服装は旅装束では無く、スィーズ王国側が用意してくれた、晩餐会用の礼服を身に着けている。
慣れているドロッセルはともかく、他の二人は着慣れない恰好に居心地が悪そうだ。
特にカタリナなどは、普段スカートを穿かない為か、妙にもぞもぞと落ち着かない素振りを見せている。
「普段はそのドレスより露出度の多い恰好じゃないか」
「あのねぇ。露出とか、そういう問題じゃないっつーの」
「はは。まぁ、可愛いからいいんじゃない」
「――なっ!?」
思ったことを、何の考えも無しに口にすると、予想以上の動揺をカタリナが見せる。
頬を赤く染め、忙しなく視線を動かす。
「かかか、可愛いとか言うなっ……こっ恥ずかしい」
「わたしは? わたしは、似合ってますか?」
褒められたいのか、ニコニコと笑みを浮かべ、ドロッセルは自分の顔を指差す。
レインツェルは一瞥してから、
「ん。普通」
「普通って……もう。レイ君、酷いです」
しょんぼりとドロッセルは肩を落とした。
「んんッ! ……んなことより、ベス姉、大丈夫かなぁ?」
咳払いをしてから、少し強引にカタリナは話を変える。
気恥ずかしさもあったが、ここにいないエリザベスを心配しているのは本当に、浮かない表情をして会場の出入り口の方を見つめた。
恐らくはまだ、マリーゴールド王妃と私室で話し込んでいるのだろう。
不思議なことに、マリーゴールド王妃は随分とエリザベスがお気に入りの様子で、到着して真っ先に話しかけると、あれよあれよと言う間に、用意されていた自室へと引っ張り込んでしまった。
慌ててカタリナが同席を要請したのだが、何でも二人きりで語り合いたいからと、断られてしまい、今に至るというわけだ。
昼過ぎからずっとだから、もう随分と時間も立つ。
ソワソワとするカタリナに、食べ終えた皿を通りかかった使用人に渡しながら、落ち着けとレインツェルが肩を軽く叩く。
「アイツは考え方は固いが、腕は立つみたいだし頭も切れる。それに、部屋の近くに虎の仲間を待機させてるんだろ? 異変があったら何か知らせてくるだろうし、無いってことは問題無しってことだ。まぁ、今のところは大丈夫なんだろ」
「別に、あたしは……」
腕を組んで、ふんとカタリナは顔をソッポに向ける。
「人を心配性のように言わないでよね!」
何故だか認めたがらないカタリナの態度に、二人は顔を見合わせて、苦笑いを漏らす。
「……この二人、こういうところ、似てるよな」
「あはは。やっぱり、姉妹ですよね」
二人はそう納得して笑い合う。
一人、笑われる立場のカタリナは、二人の反応にむぅと不機嫌そうに頬を膨らませた。
穏やかな調べと、和やかな雑談に包まれる晩餐会の会場。その隅っこで三人が、他愛の無い話に花を咲かせていると、不意に使用人以外で近づく人物がいる。
いち早く気配を察知して、レインツェルが視線を向けると、その人物は恭しく一礼した。
「晩餐会、お楽しみ頂けて御座いますかな? 虎の方々」
「アンタ、ショコラ将軍?」
レインツェルがその名を呼ぶと、ショコラはチッチッチと舌を鳴らし、人差し指を左右に振る。
「将軍と敬称されるほど、わたくしは偉い人間では御座いませんミスタ。わたくしのことはどうぞご遠慮なく、ショコラ、とお呼び捨て下さいませ」
「うぐっ……じ、じゃあ、ショコラ」
「はい。ありがたき幸せと存じます」
引き攣った顔で名を呼ぶと、ショコラは嬉しそうに微笑み頭を下げた。
現れたのはパヴェ・ド・ショコラ。
この何とも言えない濃いキャラクター性と、何処となく感じさせられる危険な雰囲気には、流石のレインツェルも気圧されてしまう。
皆のように正装では無く、来た時と同じよう露出度の高い衣装を身に纏っていた。
訝しげな視線に気が付いたのか、ショコラはああと頷く。
「わたくしは晩餐会の参列者では無く、王妃様と来賓の方々の警護故に、こうして騎士としての正装で参上させて頂いております」
腰のレイピアを、カチャリと鳴らす。
「無粋とお思いでしょうが、どうぞお許し願いたく思います」
そう言ってショコラは、詫びるように頭を下げた。
「い、いえいえ! そんなことありません、頭を上げて下さいショコラ様!」
常識人のドロッセルが、慌てた様子でそうお願いすると、ショコラはようやく「そうで御座いますか」と頭を上げてくれた。
何とも風変わりなショコラに、レインツェルとカタリナは目を丸くする。
曲がりなりにも国の英雄で、将軍職につく人物。
立場だけで言えば、ここにいる貴族連中よりもずっと、偉ぶっていても構わない地位にいるだろう。
それを証明するよう、他の貴族達はショコラに話しかける機会を伺い、チラチラと視線で此方を気にしている。
だが、本人はこの腰の低さだ。
平民である自分達に対して、ここまで下手に出られると、逆に恐縮してしまう。
けれどそれ以上に、レインツェルにはどうしても気になることがあった。
「……なぁ、ショコラ」
「はい。何で御座いましょうか?」
「初対面でこんなことを聞くのも不躾だが。その……アンタはやっぱ、異性より同性の方を好む性質なのか?」
「なるほど」
「――ちょ!? レイ君!?」
まさかのストレートな質問に、ドロッセルが血相を変えてレインツェルの袖を引っ張る。
「何時も失礼だけど、今回は何時も以上に失礼ですよ!」
「いやだって、気になるじゃんよ……なぁ?」
「ま、まぁ、あたしも正直、聞きたくてうずうずしてたけど……ねぇ?」
「か、カタリナさんまでぇ!?」
問われて照れ臭そうに頬を掻くカタリナを見て、ドロッセルは泣きそうな表情をして、慌ててショコラに向けペコペコと頭を下げる。
「すみません、すみませぇん! この子達、遠慮を知らないモノでして!」
「いやいや、お気になさらないで下さいレディ。わたくしは気分を害してなど、おりませんから……何せ、本当のこと御座います」
「や、やっぱ、オカマちゃん。お姉系なのか?」
レインツェルは表情を引き攣らせて、恐る恐る問いかける。
すると、ショコラはいいえと首を左右に振ると、大きく開いたシャツの隙間から、贅肉の無い立派な胸筋を見せつけるよう胸を張った。
「わたくしはゲイです。男性の身で殿方を愛する、美と愛の探究者。それが、パヴェ・ド・ショコラの世界で御座います」
「…………」
あまりにもあまり過ぎて、レインツェルは絶句してしまう。
人間、正直が一番だと言うが、こうもあけっぴろげにカミングアウトされると、された方としては反応に困ってしまう。
それとも、この世界では普通のことなのだろうか?
「だ、確かに、集落じゃあ百合っぽい奴らもいたけど、エンシェントエルフは女社会だし」
向けられる熱の籠った視線が怖くて、思わずぶつぶつと呟きながら現実逃避してしまう。
横のドロッセル、カタリナも引き攣っている表情をしているので、感覚としてはレインツェルの同じようなモノらしい。
気を利かせた使用人が飲み物を差し出すも、仕事中だからとやんわり断ったショコラは、コホンと咳払いを一つして、改めてレインツェル達の方を向き直る。
「失礼。改めまして、ご挨拶をと思いまして……晩餐会、お楽しみ頂けていますかな?」
「あ、その……」
「あんまりだな。何だか堅苦しくて、肩が凝る」
ドロッセルが当たり障りのない社交辞令を述べるより早く、レインツェルは思っていたことをそのまま、何のオブラートにも包まず口にする。
これにはカタリナも、あちゃあと顔を手で覆う。
しかし、ショコラは気分を害した様子も無く、朗らかに笑った。
「これは、中々正直なようで、ミスタ」
言ってから、周囲の様子に気を配り、声を潜める。
「実はわたくしも、このような賑やかな場は、苦手なモノでして」
「そうな、んですか?」
「はい」
カタリナの問い掛けに、ショコラは笑顔で頷く。
「美を心から愛しているモノの、生来の武骨者故に華やかな場に、わたくしは不釣り合いなのです……精々、丹精に育てられた薔薇園で、花を愛でるのが精一杯で御座います」
「そ、そうか」
一々、反応し辛いことを言う。
と、ショコラは何やらソワソワと、周囲を見渡し始める。
何かを探していたり、人の目を気にしている。と言うより、何かを言いたいのだが、言いよどんでいる風に、レインツェルには見えた。
「此度は、シュウ殿はお見えになって、おられないのですね」
とても残念そうな口調で、ショコラは言う。
「あ、はい……兄貴は、警邏の任があります、から」
「なるほど」
カタリナの言葉に、神妙な表情で頷く。
「昨今、大平原の方では治安が低下していると聞き及びます。武神殿並びに、長兄であるシュウ殿は多忙極まるのでしょう……独りよがりの愛しさ故に、残念と思ってしまうのは、わたくしの思慮が浅いからなのでしょうな」
言い終わり、口からはアンニュイな吐息が漏れ落ちる。
自らを抱きしめるような仕草は妙にセクシーで、背後に薔薇が咲き乱れるような錯覚に陥ってしまった。
悩ましげな表情と動作に、三人は同時に微妙な表情をしてしまう。
「……アイツ。本当はコイツに会いたく無くて、今回の件を押し付けたんじゃないだろうな?」
あり得なくは無いだけに、他の二人も返事に窮し、曖昧な笑みを浮かべていた。
このぶんだと、出かけに行っていた「気を付けろ」の意味も、若干変わってくるかもしれない。
「そ、それはともかく、エリザベスさん達、遅いですねぇ!」
パンと手を叩いて、ドロッセルがそう誤魔化す。
かなり露骨な話題変換だったが、ショコラは特に気には留めず、「そうですな」と元の表情に戻り頷いた。
「陛下ももう間もなく、到着するという一報が届いておりますから、恐らくは王妃様方も、そろそろ会場にお出でになられるでしょう……ほら、噂をすれば何とやら」
ショコラがそう言うと同時に、会場の貴族達から「おおっ!?」とどよめきが起こる。
視線を向けると今まさに、美しいドレスに身を包んだ二人の女性が現れ、会場の衆目を一身に集めていた。
マリーゴールドと、エリザベスだ。
情熱的な炎の如き赤であしらわれたドレスを身に着け、エリザベスは先を歩くマリーゴールドに導かれ、恥ずかしげに頬を染めながら歩いて行く。途中、呆気に取られるレインツェル達の視線に気が付き、頬を余計に赤く染めていた。
その姿に貴族達、特に男性陣は「美しい」と呆けた様子で呟いている。
気持ちはわかると、レインツェルは心の中で同意する。
格言うレインツェル自身も、正直かなりときめいてしまう可憐さを、今のエリザベスは持っていた。
「す、素敵です。素敵すぎますエリザベスさん! 同性のわたしから見ても、思わず惚れ惚れしてしまいますね♪」
「ま、まぁあたしの姉だし。当然じゃん?」
身内を褒められて嬉しいのか、カタリナが何故か自慢げに胸を張る。
今までハッキリと明言してこなかったが、やはりカタリナはかなりのシスコンなのだろう。
「……いや、虎の一家は全員、あんな感じか」
まだ出会っていない長姉はともかく、概ね皆家族大好きな集まりだった。
身内の贔屓目を無しにしても、エリザベスの美しさは本物。
プリンセスの名に、偽りは無かったと、再認識される瞬間である、
エリザベスの美しさに見惚れ、目を奪われていたのもつかの間。金縛りから解き放たれたように、貴族達は一斉に二人の下へと集まっていく。
「こりゃ、長くなりそうだな」
こういった光景は、社交界には付き物なのだろう。
レインツェルがそう呟いた直後、貴族に囲まれていたエリザベスは、ぎこちない笑顔で数度会話を交わすと、済まなそうに頭を下げて強引に包囲を抜け出すと、キョロキョロと何かを探すよう首を回す。
何をやっているのだろうと、カタリナとドロッセルは不思議そうに顔を見合わせる。
「……やれやれ」
嘆息しながらレインツェルは、ちょうど通りかかった使用人を呼び止め、オレンジジュースが注がれたグラスを受け取る。
此方の姿を確認したエリザベスは、談笑するマリーゴールドに一礼してから、速足で駆け寄ってきた。
「済みません、皆さん。随分と待たせてしまって」
「ベス姉、わざわざ、それを言いに来たのかよ?」
「貴族様のご交流を断ってきたら、目の仇にされるんじゃないか?」
そう皮肉を言いながら、レインツェルは手に持ったグラスを突き出す。
むっとしながらも、グラスを受け取ったエリザベスは、一気に半分までオレンジジュースを飲み下して喉を潤した。
ふぅと、エリザベスは安堵の息を漏らす。
「ありがとうござ……んんっ!? ありがとうございました」
油断していたのか、思わず笑顔で礼を述べそうになるのを、わざわざ咳払いしてまで強引に、顰めっ面をレインツェルに向けた。
どうやらまだ、彼女の中では許されていないらしい。
「んで? いいのかよこっち来て」
一息ついたところで、改めてカタリナが問う。
周囲を見れば、貴族達がエリザベスに声をかけたいのか、ソワソワした様子で視線を此方に送っていた。
「直ぐに戻りますから、問題ありません……それに断りきれなかったとはいえ、やるべきことを押し付けて、長らく離れてしまったのですから、一言詫びを言いたかったのです」
そう言うとエリザベスは、律儀にカタリナに向けて頭を下げた。
「迷惑をかけてしまいました……同時に、ちゃんと虎の人間としての責務を果たしてくれていたようで、姉として妹の成長を嬉しく思います」
「い、いや、そんな……」
頭を下げられ戸惑いはしたモノの、姉であるエリザベスの褒め言葉に、カタリナは照れ臭そうに頬を掻いた。
基本的にこの晩餐会は、スィーズ王国側の主催なので、来賓である黄金の虎の面々が行うべき役割など殆どない。その中で警備の確認や、各地方の権力者からの情報収集。並びに、意見交換などを積極的に行っていた。
待機させていた部下達から、そのことを聞いたのだろう。
初めて責任ある職務につくカタリナの働きぶりに、エリザベスは満足そうに微笑んだ。
だが、気のせいだろうか。微笑む笑顔の中に、ほんの僅かだけ、陰りが確認出来たような気がした。
「ところで、エリザベスさん。随分と長いこと話し込んでいた様子ですが、マリーゴールド王妃様と、一体どのようなお話を?」
レインツェルが眉を潜めていると、ドロッセルがエリザベスに向けてそう問いかける。
「特に何かと言うわけではありません。世間話を少々と、スィーズ王国に関して色々、為になるお話を聞かせて頂きました」
「ホントぉ? 小姑みないに小うるさいこと言われて、いびられてたんじゃないの?」
疑わしげに、カタリナは視線を細めた。
「いいえ。気さくで、良いお方でしたよ。王家に入るにあたり、色々と助言を下さったり、励まして下さったりしました」
「ほぇ~……マリーゴールド王妃様って、良い方なのですねぇ」
「そうですね。正直、私も驚きました」
笑顔で頷き、女性三人は会場の真ん中で、貴族達の中心に立って談笑する、マリーゴールドに視線を向けた。
派手すぎる外見に似合わず、面倒見の良い方なのだろうと、好意的な色が視線に宿る。
一方で訝しげな表情をしているのが、レインツェルだ。
レインツェルは会話の邪魔にならぬよう、少し距離を取っていたショコラの横にさり気なく近づく。
「なぁ、ショコラ。お前さん方の王妃様って、気さくで良い人なのか?」
「……そうですね。第三婦人のシャーリー様は、とても明るく朗らかなお人柄かと……」
「下手くそな誤魔化し方すんなよ……名指ししないとわからない?」
ジトッとした横目を向けると、ショコラは困ったように小さく咳払いをする。
「綺麗な薔薇には棘があると申します。美しく、人を和ませる大輪の花が、その花の全てというわけでは御座いません……これが、わたくしの精一杯の回答で御座います」
「……なるほどね」
言いたいことを察したレインツェルは、一回だけ頷いた。
スィーズ王国の第一の忠臣であるショコラが、公式の場で王家の人間に、批判的な言葉を吐くわけにもいかない。むしろ、質問した直後に、無礼者として拘束されても、おかしくは無いだろう。
パヴェ・ド・ショコラは正直者故に、誠意ある回答をしてくれた。
「……ドロッセル辺りなら、そう考えるだろうなぁ」
顎の下を掻きながら、そう呟いた。
国を守り、英雄と呼ばれる男が、安易に王家を批判するとは思えない。
考えられるのは、ショコラ自身、マリーゴールドに対して思う所がるのか。もしくは、好意的に接する行動の裏に、何か人知れず企みを持っているのか。
そう考えると、途端に暗い影が脳裏に差し込む。
「ショコラ……王様は、まだ到着しないのか?」
「はい。もう少し、と言う連絡はあったのですが、随分と遅れているようで」
「俺は世の中について疎いからよくわからないのだが、王様がこんな風に大きく遅れるってこと、よくあることなのか?」
「いいえ。マルコット陛下は決して、時間にルーズなお人ではありません故。それに、今回の晩餐会の主催者。通常ならとっくに、会場入りしている筈なのですが……」
大きく遅刻している現状に、ショコラも少し心配げな表情をする。
質問の答えに、レインツェルの脳裏で様々な可能性が組み込まれていく。
そして、戸惑っているショコラの様子からみて、彼はレインツェルが思う嫌な予感には無関係なのだろう。
「……王様は、女好きだって言ったな」
「まぁ、その……英雄、色を好むと申されます故」
言葉を詰まらせるショコラ。
申し訳ないとは思うが、そこを更に突っ込ませて貰う。
「女をあてがって意図的に到着を遅らせる……そんな状況、ありえると思うか?」
「…………」
スッと、ショコラの表情から感情が消える。
無遠慮なレインツェルの言葉に、怒っているわけでは無さそうだ。
気配が変わる。
何かを予感してか、ショコラはゆっくりと会場に視線を巡らせた。
先ほどまでと、何かが変わったわけでは無い。あえて言うなら、マリーゴールドとエリザベスの二人が増えたことくらいだろう。
「…………」
自然と、レインツェルも無口になる。
昨日から現在にかけて、何度もカタリナが何度も警備の様子を確認して、黄金の虎でも独自に周辺に気を配っている。会場にはショコラ以外の姿はと殆ど見えないが、外や周辺では、多くの武装した兵隊達が守りを固め、万全の体制を整えている筈だ。
なのに何故だろう。背筋を伝う、急激な薄ら寒さは。
二人の気配が変わったのを察知して、エリザベスが訝しげな視線を向ける。
「……一体、どうし……」
たのですか?
そう言葉を続けようとした瞬間、音を立てて上の傾斜窓が割れ、何か黒い物体が数個、外から投げ込まれた。
上から振るガラス片と料理ごとテーブルを押し潰す黒いそれに、来賓の貴族達は大きな悲鳴を響かせた。
床やテーブルの上に落下してきたのは人。
外を警備していた、スィーズ王国の兵隊の遺体だ。
「――皆様方ッ! 即刻壁際までおさがり下さいませッ!」
いち早く反応したショコラが、腰の剣に手を添え叫ぶ。
それを切っ掛けに、半狂乱の悲鳴を上げて、逃げ惑う貴族達を、使用人が何とか宥め安全な場所に避難させようとする。
突然の状況に、カタリナ達も動揺が隠せない。
「ちょ、な、何がどうなってんのよッ!」
「落ち着きなさい、カタリナッ……次が来ますッ!」
身を低くし、警戒心を強めるエリザベスが言葉を発すると同時に、再び黒い影が割れた傾斜窓から飛び込んでくる。
今度は遺体では無く、生きている人間。
いや、人間かどうかも、怪しげな姿だった。
「な、なんだ……コイツら?」
現れた異形な者達の姿に、レインツェルは驚きに目を見開いた。
全身を獣の毛皮で覆い尽くした、大小様々な者達。
年齢も性別も、人かどうかすらわからぬ異形な者達は計八名程。
いや、続けて次々と割れた傾斜窓から飛来し、十、二十と数が増えていく。
彼らは迷うことなく真っ直ぐとレインツェル達……いや、エリザベスに視線を向けていた。




