その26 英雄の資質
英雄英傑。
群雄が割拠する大陸において、それは唯一無二の存在では無い。
特に、大陸全土に戦火を広げた十五年前の大戦には、英雄を名乗るに相応しい活躍をした人物は、多く存在しただろう。
武神の名を世に知らしめた、ホウセンもその一人だ。
また、直接戦争に介入こそしなかったが、大陸各地を放浪し、弱者を救済し守り抜くことに生涯を費やした聖女レインツェルも、英雄と呼ぶに足りる活躍と足跡を残している筈だ。
何も国を超えて名声が者達だけが、偉大な英雄と言うわけでは無い。
多くの国を巻き込んだ戦争の一つ一つに、名も無き英雄達は綺羅星の如く存在する。
帝国に立ちはだかる壁として存在感を発揮したスィーズ王国だが、何も頑丈で攻め難いだけの城塞都市だけで、帝国軍の猛攻を凌ぎ続けてきたわけでは無い。
防衛戦以外に派手な戦争に参加しない故に、知名度こそ著しく低いモノの、城塞都市での攻防戦に置いて、その人物の存在無くしては成し遂げることは叶わなかった。いわば、影の立役者と呼ばれる英雄が存在する。
高潔なまでの騎士道精神は、武神ホウセンに「貴公の剣の精神に、並ぶ者無し」とまで言わしめる。だが、純潔たる乙女が如き奥ゆかしさを持つ人物の為、己が功績を吹聴するようなマネを良しとせず、自国ですら英雄としての活躍を知る者は少ない。
多くの尊敬を集めながらも、驕らず出しゃばらず、そっと影から国を守護する名も無き英雄。その名は……。
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「名も無き英雄、パヴェ・ド・ショコラ?」
名を聞いたカタリナは、何とも変わった名前に、思い切り眉を潜めた。
黄金の虎を出発して、既に二日が経過している。
マルコット王が指定した、晩餐会の会場となる場所は、大平原から国境を越えスィーズ王国に入って直ぐの、喉かな田園地帯。その一角にマルコット王が個人的に所有している別邸があって、婚約者候補であるエリザベスが招かれたのだ。
国境は既に超えているので、周囲の風景も大分変っている。
見渡す限りに広がる大平原も爽快だったが、こんな風にのんびりとした田園風景の中を、馬で進むのも味があって悪くは無い。
それもレインツェル一人で、馬を操っているのだから、格別だろう。
真っ直ぐと続く街道を進むのは、エリザベス達黄金の虎の面々。
晩餐会に出席するエリザベスと、カタリナを隊長とした護衛役が計五人。そしてホウセンからカタリナのサポートを依頼された、レインツェルとドロッセルがそれぞれ馬に跨り、街道を目的地に向けて、ひたすら歩かせていた。
借り受けた馬を操るのに慣れてきて、余裕が出てきたレインツェルは、そう言えばと暇潰しの雑談として、横を馬に跨って歩くカタリナに、旅立つ直前、ホウセンから忠告を受けた人物の話題を振る。
「そそ。そのショコラって奴。おっさんから、会うことになったら十分注意しろって言われてたから、どんなんかと思ってさ」
喋りながら、ちょっとだけぎこちないが、随分と上達した手綱捌きを披露する。
まだ、尻は少し痛くなるが、揺れが緩やかになっただけで大分マシになった。
それが羨ましいのか、カタリナの後ろに乗るドロッセルが、青い表情でレインツェルのことを見つめていた。
「パヴェ・ド・ショコラだなんて、変わった名前、一度聞いたら忘れる筈無いと思うから、あたしは聞き覚えが無いわねぇ」
「わたしも、うぷっ……存じません」
口元を手で覆いながら、ドロッセルもカタリナに同意する。
「それにしても名も無き英雄だなんて、ちょっと肩書が大層過ぎない? 本当にそんな英雄様が存在するのか、あたしゃちょっと眉唾だと思うんだけどね」
「スィーズ王国の、プロパガンダの可能性もありますね……確かに、そこまで名の知れない人物なら、そっちの方がしっくりきます」
ドロッセルがそう推理するが、レインツェルは納得のいかない表情を浮かべる。
「う~ん。だが、あのシュウがわざわざ忠告してきたんだぜ? しかも名指しで、断定して注意しろって」
「……まぁ、確かに兄貴は、曖昧な判断を口にする人じゃないけど」
「でも、何も情報が無いんじゃ、注意しようがありませんよ?」
謎の英雄様の姿をそれぞれ脳裏に思い浮かべて、三人は同時に「う~む」と呻り声を漏らした。
「パヴェ・ド・ショコラ将軍は実在します。勿論、その名に恥じない英雄として」
唐突にそう肯定したのは、先頭を進んでいたエリザベスだった。
今回の護衛役の件、渋々ながら了承したモノの、本心では未だ納得しきっていないのだろう。レインツェル達との間には大きな隔たりが出来てしまい、それが修復出来ぬまま今日まで来てしまった。
実際、彼女に声をかけられたのは、ホウセンに依頼を受けた場で問答した時以来だ。
「べ、ベス姉ぇ?」
このことに一番心を痛めていたカタリナは、向こうから声をかけられ、戸惑いつつも少しだけ嬉しそうな色を表情に滲ませる。
そんな妹の方を振り向き、一瞥した後、エリザベスは軽く嘆息した。
「ショコラ将軍は毎回、戦没者式典に参加しては必ず、親父殿の下へ挨拶に参られます」
「……お前、サボってたのか?」
「ちょ、ちょっと抜け出しただけよ……毎回」
レインツェルに白い目を向けられ、カタリナは慌ててそう否定にならない否定を口にした。
その姿にエリザベスはもう一度、ため息を吐き出すと、馬の速度を落として、カタリナのすぐ側にまで寄せる。
怒られるのかと身構えるカタリナに、薄らとだが唇に笑みを浮かべた。
「そう言った意味ならば、今回貴女が責任ある立場に付いたことは、喜ばしいことなのでしょうね」
「ベス姉。じゃあ……!」
「誤解しないで下さい」
嬉しそうに表情をパッと明るくするカタリナに、釘を刺すよう鋭い視線を向けて表情を厳しくする。
「私はあくまで、今回の一件にカタリナを含め、貴方方が参加することを歓迎するつもりはありません……出来るならば、今からでも町へ引き返して頂きたいと、私は思っています」
辛辣な言葉に、カタリナは笑顔を引込め、しょんぼりと肩を落とす。
流石に厳し過ぎる。
エリザベスの態度と言葉に、ドロッセルは抗議したい気持ちは山々とあるのだが、馬の揺れに酔ってしまい、今感情を爆発させると必死で堰き止めているモノが、口から逆流してしまう。
現に反射的に口を開こうとして、込み上げてくるモノに、慌てて口元を押さえていた。
代わりにレインツェルが、言わなくていいことを多分に含んで、エリザベスに向けて苦言と言う名の挑発を飛ばす。
「プリンセス・エリザベスなんて大層な名前の割には、随分とチャチな器の持ち主のようじゃあないか」
「……なんですッて?」
カタリナを挟み、剣呑さを滲ませた視線が、レインツェルに向けられる。
が、構わずレインツェルは、涼しげな横顔で言葉を続けた。
「ごちゃごちゃごちゃごちゃと、言うことが小さいんだよお姫様。自分一人で虎の未来を背負い込むのは勝手だが、カトリーナだって遊びでやってんじゃないんだ。認められないからって、何時までも不貞腐れてんのは、ガキ以外の何者でもないだろう」
「……亜人の子供が、何の覚悟も無い癖に、随分と偉そうな口を叩くではありませんか」
「そういった物言いがガキ臭いって言ってんだよ、お姫様?」
皮肉たっぷりに顔を向け、唇の端を吊り上げる表情に、エリザベスは音が聞こえる程キツク奥歯を噛み締める。
交錯する圧のある視線に挟まれ、カタリナとドロッセルは固まってしまう。
「それは失礼しました。私は私自身のことを良く知り過ぎる故、貴方のように身の程知らずにはなれないのです」
「身の程知らず上等だね。自分で勝手に作った型に、無理やり嵌め込もうとするから、お姫様のように歪んじまうのさ」
「……人の世と覚悟を理解しない、森のエルフらしい身勝手な言い分ですね」
「アンタこそ、お姫様って呼ばれるだけあって、エゴイストな考え方だ」
バチバチと殺気の籠った視線が火花を散らす。
本心を隠すように笑顔を張り付けるレインツェルと、真面目さ故に本心が隠しきれず、怒りの形相を浮かべるエリザベスと、両者の反応は全く正反対だ。
滲み出る二人の緊張感は、周囲にいる部下達が止めに入れぬ程に濃厚。
ただ、一番迷惑を被っているのは、両者に挟まれている二人の少女だろう。
「あ、あわ、あわわわわ……か、カタリナさん。何とかしてくださいよぉ」
「……あたしに振るなよぉ。触らぬ神に祟り無しってね」
背中に縋りつくドロッセルにそう言いながら、カタリナは左右からビリビリと突き刺さる視線から逃れるよう、馬の首にもたれかかるよう前屈みになった。
喉かな田園風景の中、街道を歩く騎馬の集団は異様な雰囲気に包まれつつある。
二人とも引く様子を見せないモノだから、雰囲気はドンドンと緊張感を帯びていく。
誰もがどうしたモノかと状況を見守る中、唐突にエリザベスは手綱を引いて、馬をその場に停止させた。
軽く嘶き、エリザベスの白馬は脚を止める。
それに反応して、皆も馬を停止させた。
「……ベス姉?」
不思議そうにカタリナが首を傾げると、エリザベスはスッと浮かべていた怒りを薄めた。
「パヴェ・ド・ショコラ将軍は、溢れる騎士道精神と奥ゆかしさ故に、一切の功績、戦功を公表してしません。が、その実力はまさしく英雄英傑。確固たる決意と覚悟を持った武人……これは最後通告です。何を考えているかは知りません。もう帰れとも言いません……だ、けれど」
睨み付ける視線を細め、声色を一段低くする。
「余計な真似は一切しないで頂きたい……晩餐会で何か騒動を起こせば、ショコラ将軍を確実に敵に回す。そうなれば、騒動の主はその場で処断されるでしょう。確実に」
「……別に俺は、そいつに喧嘩を売りに行くわけじゃないんだけどな」
「軽口も誤魔化しも無用です。貴方はただ、首を縦に振ればそれでいい。私はそう、お願いしているのです……覚悟が無いのなら、私の邪魔をしないで欲しいと」
有無を言わせぬ口調。
お願いなどと言っているが、迫力ある声色と向けられる明確な殺気は、最早脅迫は恫喝の類に近しい。
だが、そんなことに怯み、頷く悪童では無い。
「いやだ」
聞いているカタリナやドロッセルの方が、胆を冷やして顔色を青ざめさせてしまう程、何の捻りも遠回りもせず、たった三文字の言葉でエリザベスの発する、脅しめいたお願いを断った。
「――ッ!?」
無言。
エリザベスは唇を固く結びつけ、絶句するが如く、大きく眉を吊り上げ目を見開いた。
「……貴方は、私達の大平原が帝国に飲み込まれても構わないと、そう言うのですか?」
感情を押し殺した声を絞り出すが、向ける視線だけはギラ付きを増していた。
回りで見守る者達が気圧され、ゴクリと唾を飲み込む威圧感を浴びても、レインツェルは一切動じた様子を見せない。
いや、本心では結構ビビッているのだが、ここで気圧されたら、もうエリザベスは一切此方の言うことに耳を傾けないだろう。
ここが正念場だと、鞍の上に乗っける尻を、キュッと引き締める。
「なら、アンタらが懸念していることを、全部マルっと解決すれば、何の問題も無いことだ」
「何を馬鹿な……」
「じゃあ聞くがお姫様。アンタは女ったらしの王様が好きで好きでフォーリンラブだから、嫁に行ってハッピー♪ って思ってんのか?」
一蹴しようとするエリザベスの言葉は、捲し立てるレインツェルに掻き消された。
そして真面目さ故に、聞く耳を持たなければいいモノを、レインツェルの問い掛けにわざわざ思考を巡らせてしまうから、エリザベスの鉄壁の守りに隙が生まれてしまう。
「そ、それは、その……政略結婚と恋愛は、また別物です」
「そもそも覚悟覚悟と口にするが、身を犠牲にする覚悟は出来ているようだが、お姫様。アンタ、お嫁さんに行く覚悟ってのが、本当に出来ているのか?」
「お、お嫁さんッ!?」
お嫁さんという単語が、隠していた乙女心に刺さったのか、エリザベスは聞いたことの無い裏返った声を上げる。
僅かに動揺する隙に漬け込むよう言葉を続け、レインツェルは指を一本立てる。
「王様とおはようからおやすみまで、一緒に生活できるか?」
「ふ、夫婦なのだから、当然出来ます。出来なければいけません」
「チューとかするんだぜ?」
「――ッ!? あ、挨拶でする国もありますから、その程度、何の問題もありません」
強がるが語る言葉は、明らかに上擦っていた。
剣呑だった筈の空気が、徐々に変わり始める。
「挨拶なんてとんでもない!? 夫婦なんだから、もっと深く濃厚な絡み合うヤツがかまされるに決まってんだろ」
「か、絡み合うッ!? そ、そんなこと男の人となんて……い、いや。出来ます。出来ますとも、ええ、出来ます」
朱が差し込む頬の色が、顔全体にまで広がっていく。
気丈に振る舞っているつもりだろうが、顔色だけでなく、肩もぷるぷると小刻みに震えていた。
完全にレインツェルのペースに巻き込まれ、真面目で堅物なプリンセス・エリザベスのキャラが、剥がされ始めてしまう。
だが、そこはエリザベス。
頬を赤く染める程動揺していても、躓きかけた状況を立て直すバランス感覚には優れていた。
数回寸呼吸をしただけで、瞬く間に落ち着きを取り戻す。
「私は覚悟を持って、スィーズ王国へと嫁ぐのです。確かに恋愛経験が無く、親父殿や兄者以外の男性と、多く交流を持ったことの無い私では、不慣れなことが多いでしょう。しかし、それはこれから身に着けていけばいいだけの話。ただ、それだけです」
自分に言い聞かせるような言葉が功を奏して、エリザベスは見る間に冷静な、元のクールビューティーへと戻っていく。
が、そうはさせるかと、レインツェルは更に苛烈に攻め立てる。
「そいつは結構だ。普通の結婚とは違う、王様の嫁になるんだもんな。ただの嫁入りと比較しちゃいけない」
「当然です」
「なら余計に、お嫁さんのお仕事に手は抜けない、よなぁ?」
たっぷりと、意味深なニュアンスを込めて、レインツェルはニンマリと笑う。
嫌な気配に、エリザベスはグッと息を飲む。
動揺を誘うようにワザと間を空けた後、ハッキリとした口調で言い放つ。
「全力で頑張らないとなぁ、子作り」
「……え?」
一瞬、エリザベスは意味が理解出来ず、キョトンとした顔を晒してしまう。
「子作りだよ、子作り。一国の王様なんだから、世継ぎがいないと不味いだろう?」
「えっ……えっ?」
「まぁ、女好きって言うんだから、そっち方面にはお盛んな王様なんだろうな。その意味だと、処女のマグロ女でも十分なのかな?」
「しょしょしょ……だれが、未通ですかッ」
動揺しすぎて、処女を避けようとしてチョイスした単語が、より淫靡になってしまう。
指摘されるまで無く、自分で失言に気が付き、顔が首まで真っ赤に染まった。
「ああ、その反応。完全に処女だな」
心で思えばいいのに、レインツェルはわざわざ口に出して言ってしまう。
そんなレインツェルに、ドロッセルとカタリナは「コイツ、最低だ」と、白い目を向けていたが気にしてはいけない。
一気に突き崩す、今がチャンスだ。
「つまり、お互いに裸を晒すわけだ」
「――はだ、裸ッ!?」
「それで素肌と素肌が触れ合うわけだな」
「――す、素肌と素肌がッ!?」
「顔も近づくから、荒くなる吐息の音が自分にも相手にも聞こえるだろうさ」
「――あ、荒い、吐息ッ!?」
一々、大袈裟なリアクションを取る。
やはり処女だからか、想像しやすいシチュエーションから、色々と妄想を広げていっているらしく、エリザベスの目はぐるぐると渦を巻き始める。
脳天から、湯気でも吹き出しそうな勢いだ。
「む、無理。無理無理無理ですッ!? そんなの、出来ませんし、想像もつかないッ!」
思わずそう悲鳴に似た声を張り上げてしまう。
顔を首まで真っ赤に染め、潤んだ瞳で口をあわあわとさせるエリザベスの姿は、先ほどまでの凛とした女傑といった雰囲気からは想像が付かず、年相応の愛らしい少女の側面を覗かせていた。
余程、妄想を滾らせていたのか、顔色を赤から青へと変化させつつ、エリザベスはブルブルと馬上で恐怖に打ち震えていた。
「ううっ……不潔です、破廉恥です。しかし、夫婦となる以上、避けては通れぬ道筋……で、でも、男の人とあんなこととか、こんなこととか……いやいやいやぁ! は、恥ずかし過ぎて死んでしまいますッ!」
頬を両手で挟んで、嫌々するようにエリザベスは身体を捩る。
普段見られない程、壊れてしまったエリザベスの姿に、状況を見守っていた部下達も思わず唖然としてしまう。
当然だろう。
エリザベスは武神の娘で、黄金の虎内の実務を取り仕切っている。
プリンセスという呼び名が示すように、黄金の虎内での扱いも丁寧で、誰もが最大限の敬意を払って接している。
今のように、下ネタ全開で茶化されたことなど、経験皆無な筈だ。
「ベス姉は、三姉妹の中でも特に箱入りだからねぇ。親父の目も光ってるから、男連中も口説くどころか、下手に声もかけられないし……そういった意味だと、男に対する免疫がゼロに近いのかも」
「それって、政略結婚の相手として、どうなんでしょうか?」
「普段だったら、この程度の動揺、おくびにも出さないんだけど」
そう言って、何時の間にか馬を反対方向に歩かせ、エリザベスの横についたレインツェルが、ニヤニヤと意地悪な顔をしてからかう言葉を投げかけていた。
それに反応して、エリザベスは柳眉を吊り上げて怒鳴り声を張り上げる。
「クールビューティーが、ベス姉の売りなんだけど。この場合は、心の奥底にある本音を引き摺り出した、レインツェルの口八丁が勝ったってだけなのかも」
「レイ君、人の心の隙間に入り込むの、異様に上手いですからね」
困ったような顔で、ドロッセルは笑みを浮かべた。
口が悪く、誰に対しても尊大で、礼儀正しく人当りが良いとはお世辞にも言えない。
けれど、気が付けばレインツェルと仲良くなってしまう、不思議な魅力が彼には存在している。黄金の虎を出立する時も、まだ数日しか過ごしてないのに、何時の間に仲良くなったのか、大勢の町の人達が見送りに来てくれた。
カリスマとはまた違う、レインツェルの遠慮の無さ故に発揮される魅力なのだろう。
豪快に高笑いを上げるレインツェルの横顔を見て、ドロッセルはふと思った。
「これが聖女様とは違う、レイ君自身の力なのですね……悪童のレインツェル。もしかしたら、わたし達が思っている以上に、彼は物凄い人物なのかもしれません」
「あいつがぁ?」
そんな馬鹿なという顔をして、カタリナもレインツェルの方を見る。
相変わらず下ネタ前回のトークで、エリザベスをからかっていた。
下ネタ一つ一つに、百面相の如く表情を変えるエリザベスだったが、最後には許容量を超えてしまったようで、目をグルグルと回しながら、頭から蒸気機関車が如く湯気を立ち昇らせ、「ばかばかばかぁ!」と拳を振り回していた。
「わっはっは! 馬上でそんな攻撃、当たるか、よ? ……あれ?」
馬を引いて距離を取ろうとするが、手綱を引っ張っても何の反応も示さず不思議に思っていると、突然大きく嘶いて前脚を振り上げ、背中に乗っているレインツェルを振り落してしまった。
まるで、お仕置きだとでも言わんばかりの反逆だ。
「――ぎゃん!?」
予想外の行動に対応し切れずアッサリ落馬したレインツェルは、後頭部を地面にしこたまぶつけ、目を回して大の字になって伸びてしまった。
「――うわぁ~ん! 親父殿ぉ!」
一方のエリザベスは、落馬したことにも気が付かず、腕をグルグルと回していた。
あまりに阿呆な光景に、カタリナ達は言葉も出ない。
「……レイ君のお馬さんって、牝馬でしたっけ?」
「ああ、そだね」
「牝馬もやっぱり、下ネタって嫌がるモノなのでしょうか」
「あたしも初めて知った……それより」
カタリナは地面に目を回して伸びるレインツェルを、冷たい眼差しで見下ろす。
「凄い人物って、凄い馬鹿って意味?」
「あ、あはは……もう。レイ君のばかっ」
擁護も出来ない状況に、ドロッセルはしょんぼりと肩を落とし、拗ねるような言葉を残した。
二日後の夜にはもう、晩餐会は始まる。
こんな調子で本当に大丈夫なのかと、誰もが不安だけを募らせていた。




