その25 必勝への道筋
レインツェル達が黄金の虎を訪れた翌日。
朝から三人が集まり、今後の行動をどうするべきかと頭を悩ませていると、意外なところから助け舟が出された。
「……晩餐会?」
「そうだ」
首を傾げるレインツェルに、ホウセンは髭を撫でながら頷く。
昼食を終えた後、シュウに呼び出されたレインツェル、ドロッセル、カタリナの三人は、昨日最初に通された部屋に連れて行かれると、中では既にホウセンと憮然とした表情で座るエリザベスが待ち構えていた。
案内したシュウは昨日と同様、入り口付近に控えている。
何事かと構えていると、挨拶もそこそこにホウセンは、呼び出した目的を切り出す。
「数日前から、スィーズ王国側から通知があってな。正式な婚約を交わす前の顔合わせとして、ちょっとした晩餐会を開くって話だ」
「そりゃわかったが、何故ここで俺達にその話をする?」
意図がわからないと、レインツェルが首を傾げると、ホウセンの横に座るエリザベスの眉間に、深い皺が宿った。
顔は可愛いのに、発せられる気配が異様に刺々しい。
彼女にとって都合の悪い話なのだろうことは、雰囲気から容易に察することが出来るが、無言なのを良いことに、ホウセンはさっさと話を進める。
「不躾ではあるが、お前さん方。お付きとして、エリザベスに付いてってはくれんだろうか?」
切り出された言葉に、ドロッセルとカタリナは同時に驚きの声を上げた。
レインツェルは腕を前に組み、ふむと顎を軽く上向きにする。
「カトリーナはともかく、俺とドロッセルはアンタの手下じゃないんだが?」
相変わらず遠慮のない口振りに、ドロッセルは顔色を青くして、エリザベスの眉間の皺はより深まる。
言われたホウセンは気にした様子は無く、むしろ好意的な笑みを見せた。
ちなみにレインツェルの横に座るカタリナは、彼に聞こえるような小声で、「カトリーナって呼ぶな」とツッコんでいた。
「ま、儂もそう思うんだがな……これは、息子の提案なのよ」
「シュウの?」
言われてレインツェルは、視線を襖の側に座を下ろすシュウに向ける。
視線に気づいたシュウは、普段通りのクールな表情で、ああと頷いた。
「実は厩舎の管理者が渋っていてな。何処の誰とも知れぬ輩に、大事な騎馬を任せられぬとな」
「な、なるほど……確かに何よりも馬を大切に思う騎馬の民ならば、そのお考えは理解出来ますね」
大きく頷いてドロッセルは納得した様子を見せるが、レインツェルは何とも無理やりな理屈に、本当かよと疑わしげに視線を細めた。
疑いの視線にシュウも気づいている筈だが、無視して話を進める。
「そこで厩舎の連中からの信頼を得る為に、少しばかり仕事を手伝って貰おうと思ってな。我らは少数精鋭、助けの手は幾らあっても困らない……それに、お前達としてもその方が、都合が良いのでは無いか?」
意味深に、シュウは問いかける。
横のドロッセルはいまいち理解していない様子だが、レインツェルは直ぐになるほどそういうことかと、シュウの意図に察しを付けた。
ハッキリと口に出して説明したわけでは無いが、シュウはレインツェルがカタリナに協力して、今回の結婚話を何とか潰そうとしていることに、気が付いているのだろう。そして、具体的な方法が見つからないことも。
具体的な案では無いが、一度マルコット王に会ってみてはどうだろうか。
要するにシュウは、遠回しにそう意見を出してくれているのだ。
立場上、レインツェルの行動を容認するわけにはいかないシュウが出来る、最大限のフォローなのだろう。
「ま、物見遊山にはちょうどいいかな。晩餐会ってことは、美味い食い物にも巡り合えそうだし」
渋る理由は無い。
内心で感謝しつつ、ありがたくシュウの提案を受け入れよう。
「そうか。そいつは有りがたい」
頷くと、ホウセンは満面の笑みを見せた。
英雄、武神とまで呼ばれる人物。此方の意図に関して、おおよその予測は付いているのだろう。その上で、シュウの提案を受け入れてくれるのだから、やはり彼も内心ではこの結婚話を、どうにかしたいという気持ちが強いらしい。
一方で納得のいかない表情を晒すのが、当事者であるエリザベスだ。
レインツェルが申し出を受け入れ、話が纏まりかけた隙を狙い、ゆっくりと手を上げて会話に口を挟む。
「失礼ながら、この判断には納得致し兼ねます」
「ふむ」
冷静な口調で反対され、ホウセンは片目を瞑り視線をエリザベスに向けた。
「此度の晩餐会は、黄金の虎の明日を左右する大切な場。その護衛役を部外者に願い出るのは、些か筋違いかと思います」
「なるほど。まぁ、確かにな……どうだ、シュウ?」
大きく頷いてからホウセンは、視線を今度は襖側にいるシュウへと向ける。
元々、護衛の任務につくのは、シュウの役目。その上で今回の提案を上げたのだから、説明責任は彼の方にある。
シュウは床にピンと背筋を伸ばして正座したまま、冷静な表情を二人に向けた。
視線がエリザベスと交錯すると、互いに意味ありげな様子で、目付きを険しくする。
こうして見ると、流石に兄妹だけあって、二人の佇まいは似通っていた。
それに引き替え、
「カトリーナは系統が違い過ぎだろ」
「っさいなぁ、気にしてることを……それと、カトリーナって呼ぶな」
「……二人共ぉ。静かにしていてください」
小声で無駄話をする二人を、困り顔のドロッセルが窘めた。
そんな三人の会話に構わず、シュウとエリザベスの睨み合いは続く。
「筋違いだという指摘なら、問題は無い。護衛役の代表者には、カタリナに担って貰う」
「――あ、あたしッ!?」
まさかそんな重要な任を与えられるとは、思っても見なかったカタリナは、驚きのあまり寸頓狂な声を張り上げた。
しかし、その発言にエリザベスの視線は一層険しいモノとなる。
「カタリナをですか? まさか、そんな冗談を……」
「冗談では無い。カタリナとて虎の娘。顔役としての立ち振る舞いくらい、出来ねば困る。いや、むしろ年齢的に考えて、こういった役目を担わせなかったのは遅すぎるくらいだ」
「……あ、兄貴」
シュウの発言に、カタリナは複雑そうな表情を浮かべる。
兄の心遣いに感謝する気持ちと、大役が務まるのかというプレッシャーが半々なのだろう。
その言葉に、ホウセンはうむと深く頷く。
「確かに確かに。考えてみれば、ずっとシュウやベスたんに頼り切りだったからのぅ」
「……一番上の姉貴には頼らんかったのか?」
ふと思いつき、レインツェルは深い考えなくそう会話に割り込む。
三姉妹だと聞くが、一番上の姉はちっとも顔を見せない。
何の気なしに問うかけた瞬間、ドロッセル以外の視線がレインツェルに集まり、無言で見つめられてしまう。
そして皆一様に、何故か物凄く困ったような顔を見せていた。
表情の薄いエリザベスやシュウですら、歯にモノが詰まったような、しょっぱい顔を晒している。
「ま、まぁ、その……なぁ。フーたんは特別な娘だから」
「んんッ! 姉者は少しばかり、頼りがいがあり過ぎるのです」
「フラン姉がいたら、こんな問題あっさり解決してただろうさ……最悪の方法で」
ホウセン、エリザベス、カタリナの何やら勿体ぶった言い回しが、非常に気になるのだが、向けられる視線がそれ以上ツッコまないでくれと物語っていた。
どうやら、よっぽどド派手な人物なのだろう。
黙ったまま固まっていたシュウが、誤魔化すように咳払いをして、補足説明をする。
「我らが長姉は、別の任務で長期遠征に出ている。まだ帰還は先だから、長く留まらないのなら、会う機会は無いのだろうな」
「なんだ、そうなのか」
「安心したような残念のような、微妙な気持ちですね」
「意外とフラン姉とレインツェル、気が合うかもしれないわね。変わり者同士で」
「……途端に会いたくなくなってきました」
「失礼だな、お前」
睨み付けると、額に汗を掻きながら、ドロッセルは視線を逸らした。
脱線してしまった話を戻すよう、「とにかく」とシュウは少し大き目に声を張る。
「姉者は遠征中。親父殿が動けば、帝国側を無駄に刺激することになる……それに大平原の治安が日々悪化を辿っている現状で、俺自ら率いる警邏隊の任務を、中断することは出来ない……あくまで我らは、自衛組織なのだからな」
そう言われて、エリザベスはグッと言葉を詰まらせる。
「これまではエリザベス。お前の働きのおかげで黄金の虎の任務は、滞ることなく遂行されてきた。しかし、結婚してお前が抜けるとなれば、話は別だ……空いた穴は、誰かが埋めねばならない。そしてその役目は、同じ血を分けた姉妹である、カタリナにこそ相応しい……違うか?」
諭すように、シュウは語る。
生真面目な言葉の硬さは変わらずだが、節々に見えるのは、兄としての威厳、そして優しさが滲み出ていた。
エリザベスが抜けた穴。
結婚し、町からエリザベスが姿を消すのを想像してか、カタリナは表情を暗くする。
シュウの言葉は正論だ。
だが、エリザベスはまるで痛みを堪えるかのよう表情を歪め、しかしと食い下がる。
「な、ならばその任、反対でもよろしい筈です……警邏にエリザベスが出て、兄者が晩餐会に出席すれば……」
「女の付き人なら、女がやるのが筋だ。それに警邏隊は荒くれ者が多い。血族とはいえカタリナが急に隊長を担っても、扱いきれん。それは、お前もわかっている筈だが?」
「……ぐっ」
指摘を受け、エリザベスは悔しげに唇を噛み締める。
本人は気づいていない様子だが、既にエリザベスの主張は論点がずれていた。
本来はレインツェルの同行に関する応答だった筈なのに、何時の間にやらカタリナに関する話にすり替わっていた。
意地でも連れて行きたくない。エリザベスは必死で、そう主張しているように思える。
あまりにも必死な態度に、レインツェルは違和感を覚え、僅かに視線を細めた。
「……カタリナは粗忽者。自由奔放に育て過ぎた所為で、礼儀作法というモノがなっていません。王族の出席する晩餐会に出るには、少しばかり不相応かと……」
「――それならわたしがッ!」
ごねるエリザベスの言葉を遮って、ドロッセルが大きく手を上げた。
「わたしは曲がりなりにも貴族です! 礼儀作法なら、幼い頃から叩き込まれてきましたから、わたしがカタリナさんを指導します!」
「し、しかし……」
「体面を取り繕うくらいなら、一朝一夕で十分です! ですよね?」
話を急に振られ、カタリナはビクッと身体を震わせる。
「あ、ああ。大丈夫、大丈夫だよ……ベス姉」
頷き、気弱な、懇願するような視線をエリザベスに向けた。
手を上げたままのドロッセルの、むむむっと表情に力を込めながら、エリザベスを見つめている。
それに更に、シュウが追い打ちをかける。
「下手に言うことを聞かない部下を付けるより、気心の知れたレインツェル達なら、カタリナも力むことなく任務を遂行出来るだろう……どうだ、エリザベス。何も、問題は無い筈だが?」
観念しろとでも言いたげな口調に、エリザベスはギッと怒気を込めて睨み付ける。
「兄者ッ……貴方という人は、全てを知っている癖にッ」
「…………」
怒りに満ち満ちた視線を向けられるが、シュウの表情は変わらない。
そこまで連れて行きたくないのかと、カタリナはショックを受けたような表情をし、それを慰めるよう、反対側に回ったドロッセルがギュッと手を握り締めた。
長い沈黙の中、大きく奥歯を噛み締める音が響く。
「……わかりました」
怒りを強引に押し殺したような声を、エリザベスは喉の奥から絞り出す。
ギラギラと鈍く輝く瞳で、レインツェル達の顔をそれぞれ睨み付けた。
「兄者の提案を全面的に受け入れます……ただし、決して余計な行動を取らないよう、平にお願い申し上げます」
言いながらエリザベスは、深々とその場で頭を下げた。
言葉こそ丁寧だが、ありありと怒りが滲み出ている。
「……ありゃ、相当ご機嫌斜めだな」
呟くと、それが耳に届いたらしく、エリザベスにギロッと睨まれてしまう。
整った綺麗な顔立ちだけに、睨み付ける視線が鋭いと、腹の奥から何だかゾクゾクっと一風変わった感覚が込み上げてくる。
見つめていると、変な性癖に目覚めそうなので、鼻の頭を掻きながら視線を逸らす。
「どうやら、話は纏まったようだのぅ」
ホウセンはパシッと、胡坐をかく自身の膝を叩いた。
「ベスたんも納得してくれたところで、改めて問うがレインツェル。儂らの申し出を受けて、リーナたんと共にスィーズ王国に行ってくれるか?」
「ああ、任せておけ」
「全力を尽くします」
両腕を前に組み、偉そうな態度で頷くレインツェルと、やる気を示すように、両手の拳をギュッと握りしめるドロッセル。
そして。
与えられた重責に緊張感を滲ませながらも、硬い決意を瞳に宿すカタリナに、ホウセンの視線が向けられた。
「……リーナたんも、儂らの代表として、確り任務を務めてちょうだいな」
「うん……いや」
感慨深そうな表情を左右に振り、胡坐をかいていたのを正座に座り直し、胸を張るようにして背筋を伸ばした。
床に両拳を付いて、ホウセンに向け頭を下げる。
「黄金の虎。武神が三女カタリナことカトリーナ。粉骨砕身の覚悟を持って、任務をお請け致します」
固い口調で恭しく、カタリナは口上を述べた。
ぎこちない、様になっているとは到底呼べない、不恰好な礼だったが、覚悟と責任を双肩に乗せたカタリナの姿を笑う者は無く、父のホウセンや兄のシュウは、嬉しそうに視線を細めていた。
「……カタリナ」
掠れる声で妹の名を呟くエリザベスもまた、複雑そうな面持ちで頭を下げるカタリナにキュッと唇を結んだ。
微かだが、レインツェルは確かに見た。
エリザベスの眼差しには、悲しみや戸惑いに混じり、確かに喜びと愛情が混じっていることに。
カタリナの一礼を持ってして、レインツェルの次なる旅路は決まった。
進む道筋が立っただけで、肝心の結婚話に対する解決法は、全く持って見つかっていない。だが、今はシュウが与えてくれた、頼りないが確かな道筋に、希望を見出すしか方法は無い。
百聞一見にしかず。
額を付き合わせ首を捻っているだけでは、妙案など浮かびようが無い。
実際に目で見て、肌で感じてこそ、見えてくる妙案、采配があるやもしれない。
そう自分達に言い聞かせ、レインツェル達の挑戦が今、幕を開ける。
★☆★☆★☆
同時刻。
マルコット王が主催する晩餐会の会場となる屋敷では、一ヶ月以上も前から使用人相でで、その準備に追われていた。
集まるのはただの貴賓では無く、周辺諸国を含めた王侯貴族だ。
床に落ちる塵一つ、テーブルクロスの皺一つが、国や王への無礼に通じてしまう。
特に、第一夫人であるマリーゴールドも、今回の晩餐会に参加すると言うのだから、彼女の我儘な傍若無人っぷりを耳にするメイドや執事、全ての使用人達は戦々恐々とし、普段の何倍も、何十倍も気を使って準備を推し進めていた。
晩餐会も数日後と迫り、忙しく立ち回る廊下の途中で、一人の若い見習いの使用人が名簿を片手に立ち尽くす。
若い使用人は、来賓を記した名簿に怪訝な表情をして、視線を落としていた。
「どうした? 何か不都合なことでも?」
目の前を通りかかった、彼の先輩である中堅の使用人が声をかけると、若い使用人は「見てください」と名簿を差し出した。
「最重要の項目に記載されているところに、見慣れない名前がありまして……数日前に確認した時には無かったから、不思議に思ってたんです」
「見慣れない名前? どれどれ……ああ、この方か」
「ご存じなんですか?」
問いかけると、中堅の使用人は左右を確認しながら、若い使用人を廊下に隅っこにまで引っ張っていき声を潜める。
「俺も詳しくは知らないんだが、どうやら『さるお方』からの招待客らしい」
「さるお方? って、誰なんです?」
怪訝な表情で質問すると、中堅の使用人は「知らん」と首を振った。
「興味も無いし、調べる気も無い。言うだろ? 好奇心、猫をも殺すって。お前も妙な気を起こさないで、与えられた業務だけこなしてろ……じゃあな」
肩を叩くと、中堅の使用人はさっさと行ってしまった。
彼も長年、王族に使える身の上。
その生活の中で、色々と生臭い事情を見聞きしているからこそ、こういった唐突なゴリ押しを不審に思いつつも、首を突っ込みたくな無いのだろう。
知らなければ、幸運なことがある。
王侯貴族の社会は、まさしく知らなければ良いことの、固まりなのだ。
若い使用人は不満げな表情をしながらも、言われた通りに、それ以上誰かに追及することはしなかった。
「……ハオシェンロン。変わった名前だけれど、どんな人なんだろうか?」
それだけを気にして、若い使用人は開いていた名簿をパタンと閉じた。




