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大聖樹の悪童物語  作者: 如月雑賀/麻倉英理也
第3章 武神の娘たち
24/47

その24 そして少年達は動き出す





 シュウから事実の一端を聞かされたレインツェルは、その足でドロッセルが休んでいる客間を訪ねた。

 色々と思う所がレインツェルにはあるのだが、長く森の奥に隠れ住んでいたことや、遊佐玲二としての先入観が強い為、この世界の常識について疎い部分が多い。何より、貴族や王族の事情や認識は、レインツェルにはいまいち、正確に把握しきれなかった。


 その点、ドロッセルは貴族の令嬢だ。

 世間知らずと言った点では、レインツェルと変わらない部分も多いが、貴族社会に関してなら、十分に有益な情報を得ることが出来るだろう。

 何よりも、この旅はドロッセルの主導により行われている。


 今後、レインツェルがどのような行動を取るかは、まだハッキリと決めてはいないが、付き合うと言った手前、彼女にはちゃんと話を通しておくべきだろう。

 それはもう一人の当事者、カタリナにも言えることだ。


 用意されたのは、狭いが小奇麗な客間。

 この地方では椅子に腰かけるより、直接床に座るといった文化が根付いているらしく、室内には通常に椅子の代わりに、座椅子が設置されている。寝床もベッドでは無く、直接床に敷く敷布団が既に、屋敷の女中によって用意されていた。

 和風的な雰囲気の寝室は、記憶の奥に眠る、懐かしい気持ちを呼び覚ましてくれる。


「身体は疲れ切ってるし、このまま横に慣れたら最高だろうになぁ」


 思わるレインツェルは、そんな呟きを漏らしてしまう。

 だが、そういう訳にもいかない。

 大まかな話をした時点で、室内にはピリピリとした空気が充満し、とてもじゃないが落ち着ける雰囲気では無かった。

 空気の原因は、険しい表情をしているカタリナだ。


 部屋のちょうど真ん中。

 三人で三角形を描く形で、膝を付き合わせ座布団の上に座り、レインツェルがシュウから聞き出した話を終えてからずっと、カタリナはこの調子。ドロッセルも普段の気弱な雰囲気では無く、真面目な表情で正座をしていた。


「つまり、マルコット国王は、エリザベスさんと結婚したい一心で、なりふり構わず周囲に圧力をかけている……そういうことですね?」

「ああ、そうだ。なんとかって王国は、帝国とツルむんじゃないかって噂が出てるから、帝国と関係の良く無い連中は、こぞって武神のおっさんに脅しをかけてるらしいぜ」

「――ッ!」


 無言のままカタリナは、怒気を露わにするよう、大きく息を吸い込んだ。


「つまり。帝国と王国との関係にビビッてんのは、おっさんじゃなくって、周辺諸国や他部族の連中らしいって、そういう話だ」


 レインツェルがシュウから聞き出した、一連の流れはこうだ。

 始まりは数ヶ月前。戦没者を弔う式典に、エリザベス達黄金の虎が出席した際、彼女の姿を目にしたマルコットが一目惚れしてしまった。


 国王としては年若いく経験も浅いが、マルコット王は比較的優秀な人物。

 その最大にして唯一の欠点と言うべきなのが、病的なまでの女好きと惚れっぽさ。王侯貴族の男子ともなれば、愛人の一人や二人、いても何ら不思議では無いが、マルコットのそれは常軌を逸していた。


 気に入った女性ならば年齢や身分など、全くのお構いなしなのだ。

 それこそ、まだ蕾と言ってよい年齢の少女から、自身の母親と呼んでも差支えの無い熟女まで何でもござれ。更には配偶者がいようとも、マルコットには関係無く、権力を振るい強引に妻や恋人を奪われた人物は、数十人にも及ぶらしい。


 並べられた女性遍歴に、初心なドロッセルは嫌悪を示すよう、眉根を寄せる。


「……確かに、女の敵と称されても、言い訳できない方のようですね。わたしも少しですが、噂に聞いた覚えがあります」

「不幸なのは、そんなのに目を付けられたエリザベスだな。なりふり構わん奴は、手に負えないっていう見本みたいな男だ」


 如何に一国の王でも、相手は英雄である武神ホウセンの娘。

 自国の人間でも無いし、おいそれと手を出せる人物でも無い。

 下手な手段に出れば、黄金の虎だけでは無く、大平原自体を敵に回しかねない。


 そこで考えたのは、経済面で関わり合いのある諸国に働きかけ、外部から黄金の虎に圧力をかけるという方法だ。

 スィーズ王国は山が多い土地で、そこから取れる鉱石や木材の資源が豊富。反面、周辺諸国は大平原を始めとして、広い範囲で平野が続いている為、鉱石や木材の類が非常に重宝される。

 外交の為に使うべき貿易のカードを、マルコットは私欲を満たす為だけに、切ったのだ。


 鉱石や木材の需要を、スィーズ王国に頼り切りだった諸国は堪ったモノでは無く、結局は言われるまま、黄金の虎に関係のある諸国に圧力をかけ、圧力をかけられた諸国、部族連中が、更に黄金の虎へ圧力をかけた。

 概要だけ聞けば、馬鹿げてるとしか言いようが無いだろう。


「黄金の虎は確かに大平原では著名です。けれど、大局的に見れば地方の一勢力にしか過ぎず、周辺諸国や他の部族との間に軋轢が生まれれば、黄金の虎と言う組織を維持す続けることが、難しくなるでしょう」


 単純だが効果的、それ故にえげつない行為だ。

 胸糞の悪さから、レインツェルは表情を顰め舌打ちを鳴らす。

 帝国からの使者が、スィーズ王国に出入りしているという噂も、状況の追い風になってしまった。


 その噂に危機感を抱いた者達の追い込みは、熾烈を極めたらしい。

 大平原の部族の中には、絶大なカリスマ性を持つホウセンと黄金の虎を、危険に思い敵視する存在も少なくない。彼らがそんな危機感を持つ部族を纏め上げ、一斉に黄金の虎を追い込み、遂にはホウセン自身、非情な決断を下さざるを得なかった。

 戦場では無敵の武神も、腹黒い駆け引きの前には、太刀打ち出来なかったようだ。


「いや、昼間の様子を見る限り、見兼ねたエリザベスが、自らおっさんに申し出たんだろうな」


 その辺りのことは、シュウは詳しく話してはくれなかった。

 親馬鹿で豪放なホウセンの姿を見ていると、脅しをかけられた程度で屈するなんて、レインツェルには到底思えない。そんな理不尽に立ち向かい、抗い続けてきたからこそ、彼は武神と呼ばれ、町の人々にこんなにも慕われているのだろう。


 そんな彼の首を、縦に振らせることが出来るとすれば、たった一人の人物。

 当事者であるエリザベス本人だ。

 一通り流れを説明し終えて、二人のため息と共に会話が途切れる。


「……っざけんなよ」


 歯軋りの音と共に、カタリナが震える言葉を口から零す。

 重く、押し潰した声色に、二人は同時にカタリナへ視線を向けた。

 キツク下唇を噛み締めるカタリナの目元には、薄らとだが涙が浮かんでいた。


「親父は、若い頃から戦場を駆けずり回っていて、あんなデカい図体してるけど、もう身体はボロボロなんだ……」


 涙の混じる声で、カタリナは語る。


「本当だったら隠居して、のんびり田舎暮らししたっていい筈なのに、自分を頼ってくれた連中を見捨てられないかって、黄金の虎を結成して……馬鹿だよ、親父」

「……カタリナさん」


 心配そうに名前を呼ぶと、カタリナはゴシゴシと手の甲で目を擦る。


「連邦都市とかそれ以外、色んなところから誘いは沢山あったんだ。けど、どんな好条件を出されても、親父は首を縦に振らなかった。何処かに肩入れすると、他の誰かを助けられないからって。武神として戦争で、多くに人達を殺めた償いをする為にも、出来る限り多くの人達を助けたいって……そう言ってた。なのにッ!」


 湧き上がる怒りに突き動かされて、カタリナは床を拳で殴りつける。

 だが、痛々しい音が響くだけで、一向に怒りが収まる様子は見せない。


「何でだよ。何なんだよこの仕打ちはッ! スィーズだけじゃない、周辺諸国や、普段親父のことを悪く言ってる部族連中だって、困り事がありゃあたしらに泣きついてくる癖にッ! 何で親父やベス姉達が、そんな連中の安心の為に、犠牲にならなくちゃならないんだよッ!」


 殴りつけ、怒りに任せた言葉に、涙がジワリと染みていく。

 何か声を懸けようにも、ドロッセルには何と言ってよいのか言葉が見つからず、結局は口を閉ざして、行き場の無い怒りの悲しみに暮れるカタリナを、ただ見つめているだけしか出来なかった。


 黙って聞いていたレインツェルは、手を伸ばし、床を殴りつけるカタリナの手首を掴む。「……その辺にしとけ。血、滲んでるぞ」

 何度も床を殴りつけたカタリナの拳は、皮膚が裂け、赤い血が滲んでいた。

 見上げた瞳には涙が溜まり、レインツェルと視線が交錯すると、クシャッと表情を顰めた。


「……馬鹿はあたしだ。何も知らなかった、何も出来ないあたしが、一番の大馬鹿なんだ……これじゃ、他の連中にみそっかすだなんて呼ばれても、反論出来ないよ。はっ……ははっ」


 カタリナは力無く笑う。

 掴まれた手首を強引に振り払い、反対に胸倉を掴み上げてカタリナは腰を上げると、ぶつけどころの無い怒りを、レインツェルに八つ当たりするかのよう、キツイ眼差しで睨み付けた。


「笑えよレインツェル。役立たずのあたしを、遠慮なく笑えばいいさ……笑えよッ!」


 昼間と同じ台詞を、カタリナは叫ぶ。

 言葉は似ていても、込められた意味合いは違う。何も出来ない自分に対しての不甲斐なさに、苛立つ感情が押さえ切れないのだろう。


「カタリナさん。そんなに自分を責めては……」

「――ぷっ」


 自棄になるカタリナを案じて、ドロッセルが割って入ろうとした瞬間、レインツェルの口から空気が漏れた。

 一拍間を置いて、大口を開き、


「ぶっははははははははははははははははははははははははははは!!!」


 唾を飛ばして大爆笑した。

 座布団の上に胡坐をかき、両腕を胸の前で組んで、レインツェルは一切の遠慮も躊躇も無く、大声を張り上げて笑った。

 まさか本当に笑うと思ってはいなかったドロッセルは唖然。

 カタリナも、茫然といった様子で、間の抜けた表情を晒していた。


 あり得ない行動だ。普通だったらこの状況、自棄になったカタリナを抱きしめ、慰めの言葉や激励の言葉の一つでもかけるだろう。そこまで大胆な行動が取れなくても、笑えと自らを自嘲する言葉を、そのまんま受け取る人間なんて、常識的にあり得ない。

 空気を読まないにも程がある行動だ。


「だぁぁっははははははっはは、ははは。ひっく、くひひひひ……あ~っくっくっく!」


 流石に笑い疲れてきて、痛くなった腹筋を押さえながらも、まだ引き笑いを続けるレインツェルに、ようやく正気を取り戻したドロッセルが噛み付く。


「――ちょ!? 幾ら何でも酷すぎます!」

「ふぅ……別に酷くは無い」


 一息付いてから急にテンションを普通に引き戻し、詰め寄るドロッセルの頭を掴んで、グッと後ろに押し戻す。

 そして、まだ茫然とするカタリナを、真正面から見据える。


「どうだ。笑ってやったぞ役立たず。これで満足か?」

「……えっ? あ、ああ。その……」

「カタリナさん! ビシッと言ってやってください、この悪童エルフにッ!」


 頭を抑え付けられたまま、ぶんぶんと両腕を振り回してドロッセルは怒るが、カタリナは先ほどまでの勢いは何処へやら。毒気の抜けたような表情で、ぼんやりとレインツェルの顔を見つめていた。

 そして、フッと視線を落とし、掴んでいた胸倉を離した。


「そう、だよな。やっぱりあたしは……」

「それでお前はこれからどうしたいんだ?」


 間髪入れずに、レインツェルは問いかける。

 カタリナは驚いた表情で、伏せていた視線を上げた。


「えっ? ど、どうって……?」

「お前が役立たずの馬鹿なのは理解したし、お望み通り笑い飛ばしてやった。んで? 色々と事情を知った今、お前はどうしたい? 何がやりたいんだ?」


 畳み掛けるように問いかけると、カタリナは戸惑った様子を見せる。


「そ、そんなこと、考えてもなかったよ」

「だったら今考えろ直ぐ考えろ。お前は、エリザベスを、この黄金の虎をどうしたいんだ?」

「そりゃ……そりゃ守りたいさ!」


 腰を上げて、反射的にそう答える。

 その言葉を聞いて、レインツェルは頭を掻く。


「だったらやればいいじゃないか。お前が役立たずだろうとみそっかすだろうと、何かをしようとしなけりゃ、何にも変えられないんだよ」

「……いいのか? 親父やベス姉が、散々悩んで決断したことを、今更あたしの我儘でひっくり返して」

「良くは無いかもな。苦渋の決断を蒸し返されるのは、誰だって嫌なモンさ」


 気勢が萎えるようなことをアッサリと吐くが、レインツェルはでもな? と言葉を続けた。


「自分の知らないところで、色んなことが決められちまうのは、ムカつくじゃないか」

「……レインツェル」

「俺はお前の親父や姉貴のように、英雄でもなければカリスマでも無い。だから、悪童は悪童なりの生き方とやり方を、無理やりにでも押し通す!」


 右手の平をゆっくりと翳し、勢いよく床へと叩きつける。

 ビリビリと痺れるように床が振動し、レインツェルは力強い視線をグッと、カタリナに顔に近づけた。


「選べ、カトリーナ。清濁を飲み砕いて姉を見送るか、手前の身勝手を押し通すか。二つに一つだ」

「……あたしは」


 迷うように、間近に迫る瞳が揺れる。

 今、彼女の中で様々な思いが渦巻いているのだろう。

 家族や町の人間に対する思い、自分に対する劣等感。それら一つ一つを噛み締めるように吟味し、カタリナが大きく息を吸い込むと、宿った力強い意思が、惑う瞳の揺れを打ち消した。


「どうせ、あたしには最初から何も知らされてなかったんだ……だったらあたしは、最後まであたしの勝手にやらして貰う……レインツェル」


 何時のもカタリナらしい口調に戻り、口元に笑みを宿した。


「あんたには散々引っ張り回された借りがあるんだ。まさか、手伝わないなんて言わないよな?」

「……と、言うことなんだが、どうする? ドロッセル」


 話を振られ、ドロッセルは少し驚くが、答えは既に決まっていたのだろう。

 迷うことなく、力強く頷いて見せた。


「はい! カタリナさんには恩がありますから、全力でお手伝いさせて頂きます」

「オーケイ、決まりだ!」


 カタリナは嬉しそうに、指をパチンと鳴らした。


「だったら早速、どうするか作戦会議だね! レインツェル、ドロッセル……その」


 二人の顔を交互に見ると、カタリナは何やら言い辛そうに言葉を切る。

 照れているのか、頬が少し赤く、それを誤魔化すように首筋や後頭部を掻きむしるなど、落ち着かない様子を見せた。

 ドロッセルは不思議そうに首を傾げるが、何となく察しがついたレインツェルが、ニヤニヤと笑みを浮かべていた。

 深呼吸をして気持ちを切り替え、カタリナは意を決して切り出す。


「ありがとう。あんたらのおかげで、少しすっきりしたわ……後」


 ギロッとレインツェルを睨み付ける。


「カトリーナって呼ぶな」


 お約束の言葉を頂戴して、レインツェルはやれやれと肩を竦めた。




 ★☆★☆★☆




 カタリナがどうしたいのか。その意思と決意を確認することが出来た。

 既に決定事項となった結婚を、今更覆すことは用意では無い。カタリナだけでは無く、本心ではシュウやホウセンも、この結婚には難色を示している。しかし、エリザベス自身の意思、そして何よりも、黄金の虎を取り巻く状況が解消されなければ、この話を白紙にするのは難しいだろう。


 行動することを決意しても、立ち塞がるその問題に頭を悩まされる。

 名案が浮かばないまま時間だけが過ぎ、流石に夜も更けすぎたので、三人は一度解散して翌日改めて、話し合いの場を設けることにした。

 眠そうな眼を擦り、カタリナは部屋を出て行くのに続いて、レインツェルも自室を戻ろうとするが、ドロッセルによって呼び止められた。


「あの、レイ君。少しだけ、お時間を頂いてもいいですか?」

「う? ああ、別に構わんぞ」


 数日続いた野宿生活と、慣れない馬での移動に身体は疲れ切っていたが、呼び止めたドロッセルの表情は真剣で、とても断れそうな雰囲気は無かった。


 半開きだった襖を閉め、レインツェルは再びドロッセルの対面に座る。

 何だよ? と視線で問いかけると、ドロッセルは少しだけ言葉を躊躇した。


「……これはあくまで一般論ですので、誤解しないで聞いて頂きたいんです」

「ああ。そりゃま、わかったけど」


 前置きをしてから、緊張しているのか数回大きく深呼吸を繰り返し、自分を鼓舞すると力強い視線をレインツェルに向けた。


「レイ君。正直に申しまして、政略結婚と言うモノは、大局的なモノの見方をすると、絶対的な悪というわけではありません」

「……ふむ」


 伺いを立てるような視線に、続けてくれとレインツェルは顎をしゃくる。


「勿論、結婚と言うモノは互いに好き合ってするのが、絶対的に良いことです。それは、貴族も平民も変わりはありません……ですが貴族の場合、好きと言うだけでは結ばれないことが多いのも、事実です」

「それは、結婚という行為自体が、政治的駆け引きの一つだからか?」

「そ、そんな乱暴な言い方をされると、頷き辛いですけれど……」


 困り顔をしながらも、ドロッセルは結果的にはそういうことですと頷いた。


「貴族の結婚とは、血の存続や繁栄の為。戦時中なら時として、敵対する王家に嫁ぐ娘も存在します」

「……良く聞く話だな」


 渋い表情で、レインツェルは頷く。

 政略結婚という単語と概念は、知識として勿論ある。戦争回避や経済的支援、または侵略の為と目的は様々だが、それらは歴史上やフィクション、創作物の中で語られた物ばかりで、こうやって身近に感じされられる機会など、遊佐玲二の時には無かった。

 この世界でも同様ということは、手段として確実性のある方法なのだろう。


「こういう場合、政略結婚なんか許せるかっ! って、ぶっ壊しに行くのが相場だよな」

「確かに、大衆娯楽としてそういったお話のお芝居が、人気だって聞いた覚えがあります」


 見たことはありませんがと続ける言葉に、レインツェルは内心で「こっちにもあるのかよ」と心の中でツッコんだ。

 世界が変われども、その手のロマンスは万人受けするらしい。

 そしてそれが現実で通用すると限らないのも、また異世界共通なのだろう。


「政略結婚が絶対的に正しいとは言いません。けれど、政略結婚をすることで、救われるモノがあるのも事実なのです……レイ君。ノブリスオブリージュ、と言う言葉をご存じですか?」

「高貴なる物の義務、だっけか?」


 はい、とドロッセルは頷いた。


「貴族や特権階級にいる人間は、庶民に比べて絶対的な権力を握っています。だからこそ、権力者は庶民に対して模範的な行動を示し、振る舞う必要があります……政略結婚もその一つなのだと、わたしは考えています」


 両手の平を胸の前で組んで、ドロッセルはそう自信を持って言った。

 人の善性を信じ、臆病ながら世を正す為に率先的に行動する、ドロッセルらしい言葉だ。


 残念なことに、多くの貴族達はその義務を建前に、私腹を肥やし自らの欲望を満たす為だけに行動している。


 今回の結婚に関してもそうだ。

 黄金の虎、大平原側から見れば、帝国の脅威から身を守る為に、スィーズ王国との関係性を強化するのが目的だが、スィーズ王国のマルコット王は、ただ己の色欲を満たす為だけに、持てる権力を行使している。

 ドロッセルの語るノブリスオブリージュとは、ほど遠い行動だ。


「要するに、お前は何が言いたいんだ? 今回の行動、実は反対なのか?」

「……この結婚話を潰せば、黄金の虎は多くの敵を抱えることになります。それどころか、下手をすればスィーズ王国との戦争に発展するやもしれません……レイ君。わたし達がやろうとしていることは、本当に正しいことなのでしょうか?」


 真っ直ぐと目を見て、ドロッセルは問いかける。

 彼女自身が迷っているわけでは無い。これは、レインツェルに対して、覚悟を問うているのだ。

 暫し見つめ合い、レインツェルは乱暴に、自分の頭を掻き毟った。


「結婚話は潰す。敵も作らない。王国の連中も納得させる。帝国って奴らの介入も許さない……そいつを全部クリアーすれば、何の問題も無い話だ」

「……無茶苦茶すぎますよ、それ」


 キッパリと暴論を口にするレインツェルに、思わずドロッセルの口からため息が漏れた。

 無茶なのは重々承知。そもそも、国が関わる問題に、個人が首を突っ込むこと自体問題であり、あり得ない事態なのだ。

 だが、それ以上に、


「ノブリスオブリージュなんて言うが、そもそもエリザベスや黄金の虎の連中は、貴族でも何でも無いんだ。あるのは上に立つ人間として、町の連中を守るって善意だけ。そんなお人好しに漬け込もうとする、色ボケエロ王様に、好き勝手されるなんて気に入らないね。ああ、全く気に入らない」


 熱の籠った声に、ドロッセルはゾクリと肌が粟立つ。


「やるぞ、ドロッセル。これが俺達の、最初の世直しだ」

「……はい!」


 レインツェルの言葉に、ドロッセルは嬉しそうに頷いた。

 たった一人で始めた世直し。無理やり付き合わされる形になったレインツェルのことが、心のどこかで引っかかっていた。だからこそ、彼が率先してカタリナの為に動き、私欲を正す為に立ち上がってくれたことが、堪らなく嬉しかった。





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