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大聖樹の悪童物語  作者: 如月雑賀/麻倉英理也
第3章 武神の娘たち
22/47

その22 次女と三女





 プリンセス・エリザベス。


 少女は臆することなく、自らをそう名乗った。

 自らをお姫様などと胸を張って名乗る人物など、普通なら自意識過剰過ぎて、周囲から失笑を買ってしまうだろう。しかし、レインツェルは彼女がそう名乗った瞬間、ああ、なるほどと納得してしまった。


 容姿端麗。単純な四文字熟語だが、その全てに集約される。

 強面の父親を持つとはとても思えぬ程、エリザベスは可憐で美しかった。

 だが、その美しさは草花や、芸術品には例えられない。言うなれば鍛え上げ、研磨され続けた刀剣の如き、勇ましき美をその身に宿していた。

 武神と称されし父親を横に並べても、何ら遜色の無い存在感を持っている。


 こういう言い方は安っぽくて、本来ならば口にしたく無いのだが、エリザベスは確かに父親の大器を受け継ぎ、確かなカリスマ性を有していた。

 疑うべくなく、英雄英傑に相応しいと、誰もが同じ感想を抱くだろう。


 エリザベスの登場は、張り詰めていた室内の空気に、涼やかな風を呼び込んだ。

 音を立てない足取りで、座を下ろすホウセンの側まで歩み寄ると、背筋を伸ばした綺麗な佇まいでカタリナを見下ろす。

 一挙手一投足、無駄の無い動きに、思わず視線を注視させてしまった。


「おかえりなさい、カタリナ」

「……た、ただいま。ベス姉ぇ」


 微笑を浮かべ、まずは妹の帰還を歓迎するような気配を漂わせる。

 カタリナは彼女に対して苦手意識でもあるのか、先ほどまでの威勢は何処へやら、萎縮したように声を小さくしてしまう。


「…………」

「ん?」


 チラッと、エリザベスは視線を、レインツェルの方へと向けた。

 初対面だし挨拶くらいしておくべきかと、逡巡したレインツェルは、口を開き言葉を発しようとした瞬間、エリザベスは視線を外してしまう。

 タイミングを外されたレインツェルは、口を開いたまま、唇の端をヒクッと動かす。


「……この野郎。目ぇバッチリ合ってんだろうが」


 まるで無視するような露骨な動作に、レインツェルは小声で毒づいた。

 だが、そんな心情はお構いなしに、エリザベスは言葉を続ける。


「カタリナ」

「……なによ」


 負けん気の滲むカタリナの上目使いに、エリザベスはあえて一端言葉を置いた。

 それが、来るなら来いと待ち構えていたカタリナの気勢を削ぎ、無言の圧迫に動揺したのか、うぐっと怯んだ様子を覗かせた。

 その隙を狙い、エリザベスは強い口調で切り込む。


「此度の一件、兄者から厳しく言い含められたと聞きますから、私の方から追加して説教を述べる気は毛頭ありません……その上で問いましょう、カタリナ。貴女は現状をどう認識しているのですか?」

「そ、それは……」


 向けられる目線を直視出来ず、カタリナは忙しなく視線を散らつかせる。

 それでも、何とか対抗しようと、しどろもどろに言葉を返した。


「帝国との諍いを回避する為に、スィーズ王国をクッションにしようって腹だろ? その関係強化の為に、姉貴を嫁にして売り飛ばそうってこと……違うのかよ?」


 時折、睨み付ける視線をホウセンとシュウに向けながら、カタリナは言う。

 エリザベスはこれ見よがしに耳へ届くよう、大きく息を吐き出した。


「貴女の視野の狭さは、呆れを通り越して憐れみすら感じられますねカタリナ」

「な、何だってのよっ」


 酷い言われようにカタリナは噛み付くが、やはり何時もの気勢は感じられない。


「この数ヶ月の間、皇帝の崩御に始まり、帝国の内部情勢は大きく変化しています……当然、それは存じていますよね?」

「……まぁ、そりゃ」


 カタリナは頷く。

 後で座るレインツェルは、空気を読まず「いや、俺は知らん」と言いかけるのを、慌てて横のドロッセルが口を塞ぎ、邪魔するなと言いたげな視線を向けてきたエリザベスに、愛想笑いを浮かべた。


 皇帝の崩御によるお家騒動で、帝国の内部は皇族を含めて大きく様変わりした。

 一応は新皇帝の誕生により、国内は表面的には落ち着きを取り戻したかに見えるが、実権を握ったのが、新皇帝を擁立した張本人である宰相のクールーズである為、他の皇族、特に強い発言権を持つ、六家の反発が非常に激しかった。


 しかし、その急先鋒だった改革派の当主が、内部告発により失脚。

 失脚した当主はとても優秀な人物で、帝国とは未だ微妙な関係の西方国家を、巧みな外交で抑え込んでいた、いわゆる西に対する壁役を担っていた。しかし、優秀過ぎたが故、後任の担当者では手に負えず、両国の間は急速に冷え込みつつあった。

 状況次第では、再び大陸に戦火が灯るやもしれない。


 そこでネックになってくるのが、帝国の東側にある連邦都市の存在。

 もしも、本格的に西方との戦争が始まってしまった場合、六家の一角が崩れ、内部的にもまとまりが欠ける今の帝国では、どうしても西方情勢に、戦力や政治力を注視しなければいけない。


 停戦協定が結ばれているとはいえ、帝国と連邦都市の禍根は深い。

 危機に乗じてこれ幸いと、帝国領土に踏み込んでくるかもしれないという疑心が、どうしても捨てきれず、連邦都市に対して無防備な背中を晒すのは、非常に強い抵抗感があった。


 キーパーソンとなるのが、両国を挟んで存在するスィーズ王国だ。

 国境に構える大規模な城壁都市は、守りが非常に硬く、攻めの拠点としても有効で、帝国としては非常に厄介な存在。逆を言えば、そこを帝国に抑えられると、スィーズは帝国に対して丸裸になってしまう。


 仮にスィーズ王国が帝国側に付くことになれば、連邦都市、特に大平原は喉元にナイフを突きつけられたも同然だ。

 大陸では中立的な立場を主張しているモノの、どちらかと言えば連邦都市に重きを置いていた。しかし、戦争が終結し新国王に代を移してからは、その信頼関係も僅かながら変化の兆しを見せつつある。


 非公式ながら、帝国の使者が頻繁に、スィーズ王国に出入りしているという噂もある。

 それが事実なら、大平原……いや、帝国西側の諸国にとっても大問題。

 万が一の事態を回避する為にも、スィーズ王国との関係強化は、急務を要するのだ。


「――だからって!」


 エリザベスの静かな語りを遮るように、カタリナは床を拳で叩く。


「何でその人身御供に姉貴が選ばれなきゃなんだいんだよッ!」

「小国とはいえ、スィーズ王国は歴史ある貴族国家。対して我ら大平原の民には、明確な序列という物が存在しません。故に、一国の王の妃になれるべき身分、という前提となると、選択肢は自ずと限られてきます」


 冷静に、落ち着いた口振りで、エリザベスは自分の胸に右手を添える。


「英雄、武神の娘であるこの私ならば、ギリギリその条件に当てはまる……これが最善であり、最良の方法なのです」

「…………」


 腕を組み黙り込むホウセンは、より一層表情を険しくした。

 対するカタリナは、一瞬言葉に詰まってしまうが、強引に声を絞り出す。


「そっ、そんなの、おかしいだろッ!」


 立ち上がり、エリザベスの言葉を否定するよう手を振るった。


「そんな小難しいこと言ったって、そんなの体のいい生贄じゃないか!? 貴族でもあるまいし、好きでも無い男のところに嫁ぐなんで馬鹿げてる。なぁ、親父、そうだろ?」


 懇願するように、カタリナは顔をホウセンの方に向けた。

 ホウセンは黙ったまま何も答えず、ただ辛そうに唇を噛み締めていた。


「何とか言えよ親父ッ!」

「――カタリナッ!」


 ヒステリックなカタリナの叫びを、更に大きな声でエリザベスが遮る。

 ビクッと身体を震わせ、泣きそうな視線を向けるカタリナに、エリザベスは一切の妥協を許さぬ眼差しで見返した。


「親父殿を責めるのは筋違いですカタリナ……これは、このエリザベスが自ら決めて、自ら申し出たこと」

「そ、そんな……でも、だったら」


 後ろによろけそうになる足に、力を込めて何とか踏み止まる。


「だったら、あたしが代わりに……!?」

「分を弁えなさいカタリナ。貴女のような粗忽者に、そのような大役を命じるわけにはいきません」


 突き放すような言葉にカタリナは大きく目を見開き、握っていた両手の拳が解かれた。

 嫌な静寂が、室内に満ちる。

 肩から力が抜け落ち、俯いたカタリナは、その両腕を振り子のように揺らす。


「カタリナさんっ!?」


 後ろによろけ、倒れそうになるカタリナの身体を、慌ててドロッセルが支えた。

 手を添える方から、急速に熱が奪われていくのを感じる。

 脱力感の所為で上手く噛み合わないのか、カタリナはカチカチと歯を鳴らした。


「……ちくしょうッ」


 力の無い声で悔しげに呟き、顔を伏せたままカタリナは、逃げるように駆け出す。


「――カタリナさん!」


 ドロッセルが呼び止めるが、カタリナは振り向かない。

 勢いよく襖を開いて、そのまま外へと飛び出していってしまった。


 後に残るのは気まずい沈黙。

 怒ったような表情でドロッセルは、涼しげな表情を崩さないエリザベスを睨むが、家族間の出来事だからか、何も非難の声を発することが出来なかった。

 重苦しい静寂を阻害するかのよう、レインツェルがお茶を啜る音が響く。


「……んぐんぐ。ズズッ」


 時間が経ち、表面が乾いて硬くなったチョコ餅を、温いお茶で押し流す。

 指に付いた粉まで舐めとると、周囲の呆れたような視線を浴びながら、レインツェルは膝を一回叩いて、面倒臭そうに立ち上がる。

 欠伸混じりに大きく伸びをして、聞こえるようワザとらしい声を出す。


「やれやれ……仕方ないから、迎えに行ってくかぁ。面倒ったらないね全く」


 開かれた襖に向かいながらの言葉に、ドロッセルの表情がパッと華やぐ。


「レイ君……わたしもッ!」

「絶対に迷子になるからここに残っていろ」


 そう言葉を遮られ、自分でも思い当る節があるのか、渋々とドロッセルは上げかけた尻を座布団へ落とした。

 頭を掻きながら、レインツェルはエリザベスの前を素通りする。

 目の前を通り過ぎる瞬間、エリザベスは棘のある言葉をレインツェルに投げかけた。


「余計な真似をしないで頂けますか? これは、我らが一族、我らが家族の問題です」


 足を止めるが、レインツェルはエリザベスの方を振り向かない。


「勘違いすんなよ。俺は俺の仲間を迎えに行くだけ……野暮な口出しは、止めて貰いたいね。お姉様?」


 わざわざ喧嘩を売るような嫌味ったらしい口調に、エリザベスは眉を吊り上げた。


「――ッ!? 亜人種風情がッ」


 吐き捨てる言葉を無視して、レインツェルは部屋を後にする。

 もう一人、出入り口にいたシュウは立ち上がり、すれ違いざまに呟く。


「……妹は恐らく、厩舎の方にいると思う。悪いが、頼む」

「……頼まれる筋合いも無いってばよ」


 軽く横目を向けて、レインツェルは外へと出て行った。

 その背中にホウセンは、言葉には出さず感謝するように、恭しく頭を下げていた。




 ★☆★☆★☆




 やってしまった。

 屋敷を飛び出したカタリナは、ふらふらと町の入口付近にある厩舎まで赴き、自身の愛馬が休んでいる小屋の前に座り込み、ガックリと項垂れていた。


 周辺で仕事をする厩舎の職員達や、馬の手入れをする下働きの少年達は、時折心配そうな視線を地面に座り込んだまま、微動だにしないカタリナに向けるけれど、どう声をかけて良いのかわからないらしく、そっとした状態で業務を続けていた。


 カタリナは立てた両膝を抱きかかえるようにして、顔を押し付けている。

 細い息遣いが微かに聞こえることから、もしかしたら泣いているのかもしれない。

 勢いよく家を飛び出したカタリナだが、胸中は後悔の気持ちばかりだった。


「……これじゃあ、家出した時と変わらないじゃないか」


 押し付けていた顔を軽く上げ、カタリナは自嘲するように呟く。

 最初の結婚話を聞いた時も、父親のホウセンと言い争いになって、感情のままにカタリナは家を飛び出した。いや、言い争いと呼べる程の諍いは無く、ただ一方的にカタリナが感情的になっただけの話。今回と一緒だ。


 わかっている。理解している筈だった。

 悪いのは父親でも兄でも、ましてや姉でも無い。我がままな自分だということを。

 顔を上げると、栗毛色の愛馬がむしゃむしゃと目の前の飼葉を咀嚼しながら、つぶらな瞳をカタリナに向けていた。

 カタリナは赤く染まった目を手の平で擦り、クスッと笑みを零す。


「……全く。お前はお気楽だね。ご主人様がどっぷりと落ち込んでるのに。慰めてもくれないのかい?」


 そう言ってカタリナは手を伸ばすと、愛馬の顔を優しく撫でた。

 当然、自分の愛馬は何も語りかけてはくれない。

 代わりに、


「だったら、俺が慰めてやろうか?」

「――ッ!?」


 振り返ると、ここ最近ですっかり見慣れてしまった、チビのエルフが背後に立ち、悪戯っぽく笑っていた。

 恥ずかしいところを見られたと、カタリナは露骨に不機嫌を顔に浮かべる。


「……何さ。あたしを、笑いにでもきた?」

「卑屈なこと言うなよ、らしくないなぁ」

「アンタがあたしの何を知ってるってのよ、馬鹿にすんな……出会ったばっかで、歳も性別も種族も違うのに」


 拗ねたような態度を見せるカタリナに、レインツェルは困り顔で頭を掻いた。

 視線が彼女の撫でる愛馬に止まると、名案だとばかりに表情に笑みを浮かべる。


「だったら、相互理解に努めるってのが、正しい人間関係だと思わないか?」

「はぁ? ……一緒に飯でも食いに行こうとでも言うつもり? 悪いけど、あたし今食欲が無いから」


 素っ気ない態度で手を振るが、レインツェルは違うと首を左右に振る。

 だったら何だと眉根を寄せるカタリナに微笑みかけ、レインツェルは厩舎の方に指を向けた。


「馬の乗り方、俺に教えてくれない?」




 ★☆★☆★☆




 風になるという比喩表現があるが、馬で走るという行為は、まさしくそのことを表す。

 視界一杯に広がる大平原の大地を、二頭の馬が走る姿は、ただ真っ直ぐ駆けているだけで何とも絵になる光景だろう。


 栗毛の馬で並走するカタリナの横には、若干強張った表情で馬を走らせるレインツェルの姿があった。緊張で全身に無駄な力が入っている所為か、上下する馬の振動に合わせて、ガクガクと身体を不自然に揺らしていた。


「ハハッ! リラックスリラックス。馬に世話かけてないで、もっと肩の力を抜いて身を任せなさい。じゃないと、馬に乗る度に尻が腫れ上がるわよ」

「んなこと、簡単に、ホッ! 言われ、たって、なぁッ!」


 カタリナの後ろに乗っている時には、感じられなかった揺れに翻弄されるよう、レインツェルは必死で手綱を握り締める。これでは馬を操っていると言うより、振り落されないようしがみ付いているという方が正しい。

 必死の形相をする横で、慣れた感じに馬を操るカタリナは、ゲラゲラとレインツェルを指差して笑っていた。


 誘った時は微妙な表情をされたが、それなりに気分は変えられたようだ。

 一緒に旅をしている間も、カタリナは馬の世話や手入れを怠らなかったし、野宿している最中、度々抜け出して、馬を走らせては満足そうな顔で帰ってくるのを、何度か目撃している。

 今回も、気晴らしくらいになるかと思って誘ってみたが、ドンピシャだった。

 尻を腫れ上がらせるだけの甲斐は、あったのだろう。


 小一時間程、草原をグルッと走ったところで、流石にレインツェルの尻と体力に限界が見えてきた為、少し小高くなっている丘の上で休むことにした。

 滑り落ちるよう馬から降り立つと、汗だくのレインツェルはその場に倒れ込んだ。

 ぜぇぜぇと息を荒げ、見るからに疲れ切っていた。


「じょ、乗馬ってのは、疲れるんだなぁ……これなら、森の中を走り回ってる方が、ずっと楽だぜ」

「全身に無駄な力が入り過ぎなだけ。慣れりゃ、寝ながらって乗ってられるっての」


 苦笑しながら近くの木に手綱を括りつけてきたカタリナが、倒れ込むレインツェルの横に腰を下ろした。

 吹き抜ける風が、火照った身体に心地よい。

 見上げる空は高く、絶え間なく吹き続ける風の音色に耳を傾ける内に、気が付けば上がっていた呼吸も落ち着きを取り戻していた。


「お嬢。ドロッセルもそうだけど、さ」

「うん?」

「アンタも、大概お人好しだよね。レインツェル」


 寝そべったまま視線を向けると、カタリナは膝を立てそれを抱きしめた。

 特にレインツェルが答えなかった所為か、妙な沈黙で間が空く。

 少しだけ強めに風が抜けると、さわさわと草木が葉擦れの音を草原に広げていった。


「……ベス姉はさ、あたしの憧れなんだ」


 ポツリと、カタリナは呟いた。

 寝そべったまま、レインツェルは黙って耳を傾ける。


「ちょっと融通が利かないけど、強くてとっても優しい人。人一倍責任感も強いからさ、見ず知らずの人間、エルフを町に入れたことを警戒してるんだ。ほら、うちの親父とかあんな感じだし、兄貴も面倒見がいい所為か身内には厳しくても、それ以外に強く言うのはちょっと苦手だから……だから、ベス姉が憎まれ役を進んで買ってでちゃうんだ」


 なるほど。だからエリザベスは、レインツェルに対して冷たく、当たりが厳しかったのだろう。


「兄貴と一番上の姉貴とは年が離れてたし、早くから親父の仕事の手伝いをしてたから、あたしとベス姉は四六時中一緒だった。遊ぶのも、勉強するのも、眠る時だって……でも、褒められるのは何時もベス姉ばっかで、出来の悪いあたしは皆に呆れられっぱなし。姉が出来ることが、何でお前には出来ないんだって、被害妄想ってヤツでさ。そんな風に皆が言ってるように思ってたんだ」


 昔を思い出してか、カタリナはクスッと笑みを零した。


「一度だけ、どうしても辛くなっちゃって、勉強の時間をサボって、町を飛び出した時があったんだ……そんな日に限って嵐になっちゃってさ。昼間なのに、外は夜みたいにくらいし、闇雲に歩いたから道なんかわからないしで、大きな岩陰で一人膝を抱えて泣いてたんだ……ああ、駄目なあたしは、ここで死んじゃうんだなって思いながら」


 話ながらカタリナは、ぶちぶちと地面に生えている雑草を引っこ抜いている。


「そんなあたしをさ、一番最初に見つけてくれたのが、ベス姉だったんだ。全身びしょ濡れの泥だらけで、寒さに唇を真っ青にしてさ、見つけてくれたことに安堵して、抱き着こうとしたあたしの頬に、手痛く平手打ち」


 ペシッと、自分の頬を軽く叩く。


「その後で、身体が折れるんじゃないかって馬鹿力で、抱き締めてくれた。二人で抱き合ったまま、大人達が来るまでわんわんと泣き喚いてたっけ……」


 カタリナは雲の無い、懐かしそうに目を細めた。


「そんで、家に帰って二人して、親父に頭の形が変わるくらいドギツイ拳骨を喰らったの。後から聞いた話だとベス姉、あたしが家出したと聞いた途端、回りが止めるのも聞かず、血相変えてあっちこっち駆けずり回ったんだって」

「……何だよ。いい姉貴なんじゃないか」


 そう感想を述べると、カタリナは抱きかかえた膝を胸の方に引き寄せ、照れるようにコクッと小さく頷いた。


「姉貴のこと、大切なんだな」

「……うん」

「大好きなんだな」

「……うん」


 真上を見上げたカタリナは、何かを堪えるよう鼻を啜る。


「大好きだし、大切だし、尊敬してる……強くて、優しくて、誰よりも自分に厳しいベス姉が、エリザベスが大好きなんだ……好きだから、どうしても我慢出来ないッ。誰にも頼らず自分で勝手に決めて、勝手に犠牲になろうとするベス姉が悲しくって、助けてやるどころか、身代わりにすらなれない自分が情けなくって……だから、だからあたしは逃げ出したんだッ」


 決壊するように、ボロボロと天を見上げた瞳から、涙が溢れ落ちる。

 それでも嗚咽は漏らすまいと、我儘から発する醜態をレインツェルの前で晒したくないからか、必死で唇を噛み堪えた。


「また、またあの嵐の日みたいにッ……ベス姉が全てをかなぐり捨てて、あたしのことを追っ駆けて来てくれないかなって、甘いことを考えて……ッ!」


 遂には我慢しきれなくなり、カタリナは溢れる涙を堰き止めるように、歯を食い縛りながらキツク瞼を閉じた。

 けれど、熱い雫は止めどなく流れ、カタリナは顔を抱えた膝に押し付け、泣いた。


 もう誰にも迷惑はかけたくないと、そう周囲を遠ざけるように、声を殺してただ、カタリナは肩を震わせる。

 だからレインツェルは、放って置くことなどせず、カタリナの頭にポンと手を置いた。


「我慢せずに泣け。ここには、俺以外いないんだから」

「……アンタが、いるじゃんかよぉ」

「気にすんな……だから、気が済むまで泣いとけ。後のことは、後で考えればいいさ、カトリーナ」


 グスッと、カタリナは大きく鼻を啜ると、顔を伏せたまま一言。


「……カトリーナって、呼ぶなぁ」


 いつも通りのツッコみの後、気持ちいいくらい大きな泣き声が、誰もいない大草原の蒼天に吸い込まれていった。





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