その21 プリンセス
大平原には生ける神が存在する。
もう、十五年以上も近隣で囁かれている話で、お伽噺でも無ければホラ話でも無い。
その男は力自慢が三人集まっても、持ち上げるのがやっとの大薙刀を片手で軽々と振るい、鬼の如き眼光はドラゴンすらも怯ませる。彼の者と敵対することは即ち死を意味するが、高潔たる魂を持つ故に、討たれることすら誉れと語られた。
騎馬を駆り、大薙刀を掲げ戦場を闊歩する姿は、まさに圧巻の一言。
高らかに吠え猛る鬨の声は、どんな弱兵すらも鼓舞し、奮い立たせる魅力に溢れ、彼の者が率いる軍勢は一平卒まで、一騎当千の強さと気高さを身に宿す。
まさに、武の化身。
大陸に数多の英雄、英傑が存在しようとも、その呼び名に相応しき男は彼を置いて他には存在しない。
武神ホウセン。
十五年前の戦争で帝国軍を震え上がらせた男は、年老いても未だ衰えを見せず、その勇猛さを全身から漲らせていた。
★☆★☆★☆
「と、言うのが、近隣で語られている武神様のお姿です」
「えっ、誰の話?」
ドロッセルが語る武神の人物像に、レインツェルは思い切り眉を潜めた。
二人は見つめ合うと、黙ったまま視線を正面へ戻す。
開かれた通りのど真ん中には、締まりのない表情をしている髭の大男と、彼に抱き上げられ迷惑そうな顔をするカタリナの姿があった。
「うほほほほっ! 儂の可愛い愛娘リーナたぁん! 久方ぶりにお顔が見れて、儂、超ハッピー!」
「ああ、もうっ! いい加減にしろよクソ親父ッ!」
両手を脇の下に差し込んで、赤ん坊にするように軽々と、カタリナの身体を高い高いしていた。
嫌がるカタリナが父親の額を、何度も蹴るように踏みつけるが、ビクともしない。
それどころか、娘に踏まれてそこはかとなく嬉しそうな顔をしている。
「……親馬鹿の神様なんじゃないのか?」
「う、うぅ~ん」
否定しきれず、ドロッセルは困ったような表情を見せた。
あれが武神ホウセンだと言われても、俄かには信じがたいフランクさだ。
だらしなく目尻を下げて、愛娘の帰還に狂喜乱舞する父親の、見るに堪えない姿に沈痛な面持ちを見せるシュウは、これ以上恥を広げられては困ると、抱え上げたカタリナを振り回すホウセンの側へ寄った。
「親父殿」
「うん? おお、シュウか。警邏、ご苦労だったな」
豪快な笑顔を見せて、ホウセンは確りと息子の労をねぎらい、頭を撫でた。
あのクールなシュウも、父親に褒められて満更では無いのか、頭を撫でられ恥ずかしげにしながらも、何処か誇らしさを表情に浮かべていた。
武神と聞いて、どんな迫力のある頑固親父が登場するのかと思っていたが、想像よりずっと普通……では無かったが、予想より斜め上だったモノの、娘と息子の無事を素直に喜ぶ、気の良い人物のようだった。
「……ん?」
レインツェルがそんなことを考えていると、ホウセンの視線が此方に向いた。
こんな場所にエルフがいることが珍しいからか、視線を向けるホウセンの顔が、僅かに訝しげなモノとなる。
「親父殿。あの二人はカタリナの友人です。彼らが、カタリナに帰るよう諭してくれたと」
「なんと? 本当か、リーナたん?」
「……ふん。まぁ、そうよ」
もう諦めたのか、身体を脱力させるカタリナは、面倒臭そうに頷く。
ホウセンはそうかそうかと頷くと、豪快に破顔して、カタリナをゆっくりと地面へ下ろした。
ようやく解放されたカタリナは、息を吐きながら肩をグルグルと回す。
ホウセンは此方の方を向くと、立派な顎髭を撫でながら、ノッシノッシと近づく。
「……でかっ」
「――ちょ!? し、失礼ですってばレイ君ッ!」
迫りくる巨大な壁の如き巨漢とホウセンの迫力は、圧巻の一言。
思わず口から零れ落ちた本音に、横にいたドロッセルが慌てて肘打ちをしてくる。
耳に届いただろうがホウセンは気にせず、むしろ好意的な笑みを浮かべた。
「儂の愛娘が世話になったそうだな……儂はホウセン。黄金の虎の頭領で、この町の、まぁ責任者みたいなモンをやらして貰っておる。主らの名は?」
問われると、緊張気味のドロッセルはピンと背筋を伸ばした。
一方のレインツェルは、腕を前に組んで、何時もと変わらない落ち着いた態度。
「ど、ドロッセル・ラウンゼットです!」
「レインツェルだ」
「……ほう」
レインツェルが名乗ると、ホウセンは片眉をピクリと反応させる。
「主はエルフのようだが、何処から来た?」
「古代の森」
「ほほう……エンシェントエルフか」
やはりかと、ホウセンは小さく呟いた。
「……あん?」
思わせぶりなホウセンの態度に、ちょっとだけ引っかかるモノを感じたレインツェル。
お願い事をする身であるし、関係を乱すような発言は自重するべきかなと、珍しく空気を読む考えを働かせるが、やはり意味深な言葉と態度が気にかかり、直ぐに自重という単語を頭の中から掻き消した。
露骨な態度を取られると、レインツェルとしても気分が悪いし。
「……あ、あのレイ君?」
目敏くレインツェルの異変に気付いたドロッセルだが、釘を刺されるよりも早く、レインツェルは口を開いた。
「なぁ、おっさん。言いたいことがあるんなら、ハッキリと口に出して欲しいんだけど。そうやって目の前で口籠られると、気になって仕方が無い……それとも、それが武神様の普段の態度だってのかい?」
「――ちょ!? レ、レイ君!?」
歯に衣着せない発言に、横のドロッセルが思わず声を上げた。
同時に、周囲のざわつきが一瞬静止する。
言われた本人であるホウセンは、驚いたように大きく見開いた目を、何度もパチクリとさせていて、その背後では身体を折り曲げたカタリナが、口元を両手で抑え付けて必死で笑いを堪えていた。
怒鳴られる。
最悪の事態を予期したドロッセルの表情から血の気が引くが、次の瞬間、耳に届いたのは豪快な笑い声だった。
「わっはっは~っ! この儂相手に物怖じせとは、大馬鹿なのか胆が据わっておるのか。いや、どっちにしても面白い!」
大爆笑のホウセンは、上機嫌にその大きな手で、レインツェルの肩を叩く。
「痛ッ、痛い。痛いってのおっさん!」
「おお、済まん済まん」
本人は軽く叩いているつもりだろうが、丸太のように太い腕とデカい手から繰り出される一撃は、想像以上に骨身にズシンと打撃が響く。
逃れるようにレインツェルが飛び退くと、笑いながらホウセンは頭を掻いた。
「お前さんの名前が、とある有名人に似ていたからな。少し引っかかっただけだ。他意はありゃせんよ」
「それはやはり……!」
有名人と聞いて、ドロッセルの瞳が輝く。
「武神様は、聖女様とお知り合いなのですか?」
少し期待の籠った視線をドロッセルは向けるが、ホウセンはいやと否定した。
「名前を知っとるだけだ。聖女が主に活動したのは、ここより西方や北方の、差別が厳しい地域だからの。大平原や連邦都市じゃ、名前を知っている奴自体、少ないだろうて」
「そう、ですか」
ドロッセルは残念そうな顔をする。
確かに今まで何度か名前を名乗ったことはあるが、明確に反応を示した人間はいなかった。元々、聖女レインツェルと面識があるらしい、ラビリンスやその部下である、商業ギルド・ディクテーターの連中が、例外だったのだろう。
ホウセンは笑顔を止めると、真面目な表情で二人を見据える。
「レインツェルにドロッセル。我が愛娘を連れて来てくれたこと、改めて礼を言う。ありがとう」
そう言ってホウセンは、膝に両手を置いて頭を下げた。
あの武神が頭を下げたという事態に、ドロッセルは慌てふためいてしまう。
「い、いえいえいえ! 当然のことをしたまでですから、頭を上げて下さい武神様! 此方が恐縮してしまいます!」
「いやいやいや。恩に報いねば、我ら黄金の虎の仁義に関わる……むさくるしいところではあるが、我が屋敷にて是非ともお越し願いたい」
「……仁義、ね」
後のカタリナが、何故か一瞬だけ悲しげな表情で顔を伏せる。
だが、それに気づくことなく、押し問答は続く。
「で、でも……」
「いいじゃないか、ドロッセル」
恐縮しきりのドロッセルに対して、レインツェルは何処までもお気楽で、マイペースを貫く。
「ここはお言葉に甘えようぜ。野宿にも飽きたところだし、お前も久しぶりに屋根と壁のある場所で、ゆっくり休みたいだろ?」
「そ、それはぁ、そうですけどぉ」
煮え切らない態度を見せるドロッセル。
何を戸惑う理由があるのかと思われるが、ドロッセルにしてみれば、ディクテーターから助けられた身であって、カタリナに対して返すべき恩はあれど、こうして礼を言われる立場に無いと思っているので、素直にホウセンの申し出を受け入れられずにいるのだ。
「いいじゃんか、ドロッセル」
不機嫌そうに腕を組んでいたカタリナが口を挟む。
「家に寄ってきなさいよ。別に礼とかそんなの、関係無くっていいからさ。ね?」
そう言って微笑みかけるカタリナの顔を見て、一瞬だけ迷うような素振りを見せたが、直ぐに笑顔を見せてドロッセルは頷いた。
「……はい。では、お世話になります」
ペコリと、ドロッセルは大袈裟に頭を下げた。
その横でレインツェルは何故か、不満そうに唇を尖らせる。
「カトリーナってさぁ。ドロッセルには甘いよなぁ……もっと俺にも甘く接してくれ」
「……その人を舐めきった態度を何とかすりゃ、ちょっとは優しくしてやるわよ。それと、カトリーナって呼ぶな」
カタリナの言葉に、レインツェル以外の人間は、大笑いをする。
一人、レインツェルだけが、「別に普通だと思うんだけどなぁ?」と、不思議そうに首を傾げていた。
★☆★☆★☆
案内されたホウセンの屋敷は、町の中心部にあった。
住宅地のど真ん中にある建物は敷地面積こそ広いが、一階建ての平屋。門構えを抜けた先には、砂利を敷き詰めた庭があったり、屋根には瓦が張ってあるなど、何処か武家屋敷を思わせる、懐かしい印象をレインツェルに与えていた。
この建物の作りは、ドロッセルも物珍しかったのか、案内される途中ずっと、興味深げな声を漏らしていた。
抱いた印象は、屋敷に上がっても同じだった。
玄関を入ると屋敷で働いている人間達に出迎えられ、段になっている場所で靴を脱ぐよう促された。
歩くのは建物の縁部分に突き出した、板張りの通路。
いわゆる、縁側という場所だ。
長く伸びる縁側は屋敷の庭園にも面しており、そこでは広いスペースを利用してか、黄金の虎の衛士らしき若い男達が、指導者の厳しい声に合わせて、模造槍を額に汗して懸命に振るっていた。
レインツェルとドロッセルが物珍しそうに、周囲をキョロキョロと見回していたからだろう。ホウセンが軽く笑いながら口を開く。
「珍しいかの? 儂の生まれは元々、大平原じゃあなくて東方の、もっと大陸の端っこ側だったからな。そこいらじゃ皆、こんな風な家の作りをしとったんだ」
「へぇ……やっぱ、人間の文化ってのは、何処か似てくるモンなのかね」
独り言のように、レインツェルは呟いて納得する。
この屋敷の作りや、あくまで日本風であって、日本そのものでは無い為、細部の作りには多少の違和感はある。それでも、やはり心の奥底にある遊佐玲二の記憶故か、何処かほっとする郷愁を僅かながら感じていた。
縁側を進んでいたホウセンが足を止めると、横の扉を開き中へと招かれた。
扉、と表現したが、正確に言えば横にスライドさせて開く、襖のようなモノだ。
中は板張りの部屋になっていて、ディクテーター支店にあった洋間に比べれば、随分と地味で質素な作りになっている。そう感じてしまうのは、テーブルや椅子の類が存在しないからだろう。
床には既に、人数分の座布団が用意されていた。
ホウセンは上座に進むと、その上に胡坐をかいてどっさりと腰を下ろす。
「さぁ、座ってくれ」
「おう」
対面に用意された座布団に、レインツェルとドロッセル、そしてカタリナが座る。
シュウは用意された座布団では無く、出入り口のすぐ側に正座していた。
タイミングを見計らって入ってきた女中が、それぞれの前にお茶と茶菓子を置くと、一礼してから部屋を後にする。
用意されたのは、湯呑に似た陶器に注がれたお茶に、まんじゅうに似たお菓子だ。
正面のホウセンが、遠慮せず食べろと言うように手で促されたので、レインツェルはまんじゅうもどきを一つ手に取り、口の中に放り込んだ。
もちもちと柔らかい触感は、餅に近いかもしれない。
そして、中には何やら甘味の強いモノが練り込まれていた。
「……んぐんぐ。これは、チョコレートだな」
風味は少しばかり違うが、中々に美味しい組み合わせだ。
ゴクリと飲み込んでから、口の中に残る甘ったるい味を、渋めのお茶で洗い流す。
横のドロッセルも、久しぶりの甘味ということで、嬉しそうな顔をしてモグモグと頬張っていた。
一拍置いて落ち着くのを待ってから、ホウセンが「さて」と口火を切る。
「改めて愛娘のリーナたんを連れ戻してくれたアンタらに、礼をしたいんだが……何か入用なモノな無いか? あまり無茶なことでなければ、大抵の礼ならさせても貰うぞ」
開口一番。渡りに船な質問に、二人は顔を見合わせた。
「だったら、馬を一頭用立てて貰えないか?」
「馬を?」
はい、とドロッセルが頷く。
「私達は旅の途中でして、馬があれば色々と便利かと思いまして」
「なるほどの。確かに、長旅を続けるなら馬は必須だ。足と言う意味だけでは無く、荷物も多く運べるし、いざって時には売って路銀にしたりも出来るからの」
ホウセンは言いながら、自分の顎髭を撫でた。
「まぁ、良いだろう……一頭、主らに我らの騎馬を譲ろう」
「あ、ありがとうございます!」
色よい返事を貰い、満面の笑顔でドロッセルは頭を下げた。
床に頭が付く勢いの大袈裟な態度に、ホウセンは苦笑しながら、両腕を組んで首を横に傾けた。
「と、するとどの馬にするかのう……シュウ」
「はい」
視線を向けられたシュウは頷くと、立ち上がり襖に手を伸ばした。
「長旅に適した馬が無いか、直ぐに確認してきます」
「んぐんぐ。ちょっと待ちなよ兄貴」
そう言って襖を横にスライドさせ、部屋を出て行こうとするシュウの背中を、胡坐をかいてチョコ餅を齧っていたカタリナが呼び止めた。
「どうした、カタリナ?」
「むぐむぐ」
振り向くシュウを待たせるよう手で制して、咀嚼した口の中の餅を、お茶で流し込む。
「確か、若い銀星の牝馬がいたじゃん。アレにすれば?」
言った途端、軽く絶句したシュウの眉間の皺が、一際深くなる。
娘に甘いホウセンですら、少し狼狽する様子を見せた。
「……お前なぁ」
「リーナたん……流石にそれは、無茶な部類に入るんじゃないかなぁと、パパは思うんだよね」
呆れる兄と、困った顔をする父に対して、カタリナは挑発するような笑みを見せる。
何故、二人がこのような反応をしているのかわからないレインツェルは、グルッと上半身を捻って、這いつくばるように手を突き、カタリナの方を見た。
「なぁ。その、ぎんせいって馬は、凄い馬なのか?」
「昔、戦争で手柄を立てた親父が、どこぞの王様から賜った名馬。正確には幻馬って幻想種の末裔で、その血が混じってるから並の馬より賢い上に頑丈。多少の魔物程度なら、軽く蹴散らしちまうだろうさ」
説明を聞いて、ドロッセルは「ほへー。凄いんですねぇ」と感心する。
しかし、レインツェルは、ホウセン達と似た渋い反応を示す。
「確かに凄いが、流石にそんな馬、譲って貰えんだろ」
「当然だ」
素早くシュウがレインツェルの言葉を肯定し、カタリナを睨み付ける。
「銀星は黄金の虎にも四頭しか存在しない希少馬だ。恩人とはいえ、他人に譲り渡す道理は無い。あるとすれば、親父に続き我ら黄金の虎の時期頭領になるべき人物だけだ」
「そうだよ、リーナたん。レインツェル達がどうこうという訳では無く、銀星を他人に譲り渡すということは、我ら黄金の虎の面子というモノがね……」
「――ハッ! 面子、ね」
叱るシュウと窘めるホウセンの言葉を一笑し、カタリナはバンと床を手で叩いた。
「自分の娘は他人に売り渡す癖に、馬の一頭は譲れない? それが面子だって言うなら、馬鹿馬鹿しいにも程があるわッ!」
「――ッ!? そ、それは……」
糾弾するよう声に、ホウセンは怯んでしまう。
ホウセンが何か言葉を返す前に、シュウの怒気に満ちた叱責が飛ぶ。
「――カタリナッ! 親父殿に向かって……口を慎めッ!」
「いいや、慎まないね!」
ギロッと、カタリナはシュウを睨み返す。
再会した当初は叱責に意気消沈する姿が見られたが、今度は一歩も引かないという気迫が、彼女の言葉から滲み出ていた。
突然の剣幕にレインツェル達は戸惑い、口を挟むことも出来ない。
二人を置いてけぼりに、話は勝手に、熱を帯びてドンドンと進んで行く。
「確かにあたしは帰って来たけど、あのことに関して納得したわけじゃない!」
「……リーナたん」
「私は断固反対よ……この意見は変わらない」
両手を前に突き、前の目になって自らの主張を語る。
愛娘に対して強く出られないのか、それとも気迫に押されてしまっているのか、ホウセンは両腕を組み、「む、むぅ」と戸惑いの色を表情に浮かべ、呻り声を漏らしていた。
「……いい加減にしろ。もう、決まったことなんだ」
代わりにシュウがそう言うが、彼も何か思う所があるらしく、口調に冴えが見られない。
納得できるか。
暗にカタリナの視線がそう語り、無言のプレッシャーを兄と父親にかける。
重苦しい沈黙の中の睨み合いに、これじゃ埒が明かないと判断したレインツェルは、この空気を断ち切る為に、そっと右手を伸ばす。
伸ばされた右手は、無防備なカタリナの鼻をギュッと摘む。
「――ふんぎッ! にゃ、にゃにひゅるのよっ!」
「お前が人の話の最中に割って入って、いきなり自分の主張を押し通そうとするからだろ? 理由くらい話せ」
「しょ、しょれは……」
「理由がわからんことには、味方もしてやれないだろうが……なぁ?」
「はい?」
振り向き、急に同意を求められたドロッセルは一瞬戸惑うが、すぐにギュッと両手を握り、決意の籠った視線をカタリナに向ける。
「そ、そうです! わたしもレイ君も、カタリナさんの味方ですからっ!」
「…………」
その言葉を聞いたカタリナの身体から、スッと力が抜けていく。
摘んでいた鼻を離すと、カタリナは違和感が残る鼻頭を、手の平で軽く擦ってホウセン達を一睨みしてから、硬い口調で口を開いた。
シュウは口を開き何かを言おうとするが、ホウセンが制し首を左右に振った。
「……あたしが家出した原因は、二番目の姉貴に、結婚話が持ち上がったからだ」
「結婚、ね。それだけ聞くなら、めでたい話に聞こえるけど?」
頑ななカタリナの態度を見る限り、言葉通りの意味では無いのだろう。
現に話を黙って聞いているホウセン達も、口を真一文字に結んで、厳しい表情を浮かべていた。
「そりゃ、あたしだって姉貴に好きな人が出来て、それで結婚するってんなら反対なんかしないさ……だけど」
キッとホウセンを睨む。
「政略結婚なら話は別だ」
「…………」
責めるような声に、ホウセンはゆっくりと両目を閉じた。
「結婚相手は西方の、大平原と帝国のちょうど間にある小国、スィーズ王国の王様。新皇帝を擁立して体制を立て直しつつある帝国にビビッて、親父はスィーズが間に入るクッションになるようにって、姉貴を売り渡したんだッ! そうだろ、親父ッ!」
「…………」
何も答えないホウセンに苛立ったカタリナは、立ち上がり更に大きく怒鳴り声を張り上げた。
「答えろよ親父ッ!」
「……それは、誤解だ」
「兄貴は黙ってろよ!」
睨み付け言葉を遮ると、再び視線をホウセンへと戻す。
「誤解だってんなら、親父の口からハッキリと説明してくれ」
「…………」
それでも答えない父親に態度に、息を吸い込んだカタリナが柳眉を吊り上げる。
「――親父ッ!」
「待てって」
飛び掛かろうとするカタリナを、素早くレインツェルが腕を掴んだ。
微動だにしないホウセンは、カタリナに殴られることも覚悟していたのだろう。
目を閉じ、腕を組んでジッと耐え忍ぶような姿に、カタリナは怒りとやるせなさが入り混じったような表情で、行き場の無い感情に言葉が詰まり、全身に力が入っている所為か、掴んだ腕がぷるぷると震えていた。
そんなカタリナを下がらせるように腕を引きながら、レインツェルはホウセンを見る。
「……なぁ、おっさん。今聞いたこと、本当か?」
「……それは」
「――本当のことです」
答えたのは、全く別の人物の声だった。
同時に襖が開かれ、一人の女性が室内へと足を踏み入れてきた。
色素の薄い水色の長い髪の毛を靡かせ、流麗な物腰を見せる美少女は、ホウセン達との間に割って入るようレインツェルの前に立った。
右手を腰に当て、見下ろす涼しげな視線とレインツェルの視線が交錯する。
「……アンタは?」
「武神の次女でありカタリナの姉……人は」
首を軽く振ると、艶やかな髪の毛がキラキラと差し込む日差しに輝く。
「私のことを、プリンセス・エリザベスと呼びます」




