その20 虎の町
疾風の如き速度で騎馬は草原を駆け抜け、見えてきたのは湖畔の側に聳え建つ、大きな外壁と扉だった。
「あれが、目的地か?」
揺れる馬の上、振り落されないよう抱き着くシュウの背中越しに見えた光景に、いい加減、尻の痛みにも限界を感じ始めていたレインツェルが、お願いだからそうであってくれという気持ちを込めて問いかける。
「ああ、そうだ」
シュウは短く肯定して、会話はそれだけで途切れた。
暫し、地を蹴る蹄の音だけが響き、
「それだけかよ! もっと会話を続けろよなっ!」
「……すまん。あまり、日常会話というモノは苦手でな」
申し訳ないと思ったのか、シュウの背中が少しだけ丸まる。
このシュウと言う青年、カタリナとの会話でもその片鱗を伺わせていたが、かなり人間関係に対して、不器用な人物のようだ。
その割には、上に立つ人間としての器量は十分に思える。
率いている他の騎馬達の中には、彼より年上も数名存在する。そんな彼らを率いて、一糸乱れることなく隊列を組み、その先頭に立って草原を疾走しているのだから、シュウの統率力というのは、武神である父親の七光りなどでは無く、彼自身の力なのだろう。
カリスマ性と社交性は、また別だと言うことらしい。
ただ座っているだけで、尻の痛みにヒーヒー言っているレインツェルに対し、シュウは右手に槍を握り、左手一本で手綱を取って涼しい顔で馬を操っていた。
その貫録たるや、まさに武人と呼ぶに相応しい。
更には後ろに乗るレインツェルに、無駄な負荷がかからないよう、極力馬の揺れを抑えて走っているのだから、無口でむっつりとした外見に比べて、気遣いの出来る紳士的な面も持ち合わせているようだ。
反面、普通の会話の中でも常に緊張感を漂わせ、どうも堅苦しさが残ってしまう。
「やれやれ。やっぱ、武神の息子ともなると、周囲からの期待感から、そういったお堅ぁ~い感じになっちまうのか? 真面目なのも結構だけど、度が過ぎると疲れるだけだぜ。自分も、周囲も。ああ、後女の子にモテなくなる」
率直な感想を述べると、シュウは軽く噴き出した。
「ふっ。他の人間なら口を噤むようなことも、お前はズケズケと問うのだな」
「そういう性分なんだよ。聞きたいことは遠慮せずに聞く」
「……なるほど。アレが気に入るわけだな」
少しだけ楽しそうな声を出して、シュウは隊列から外れ、前方右斜めを走るカタリナの方に顔を向けた。
シュウ達とのやり取りが尾を引いているのか、ストレスを発散させるよう、大きく蛇行しながら、遠慮なく馬を走らせている所為で、馬上は激しく揺れ動き、必死でしがみ付くドロッセルが大泣きしているのが、遠目からも確認出来た。
風に掻き消されて、叫び声は聞こえないが。
乱暴な走りで先行するカタリナ達を見つめつつ、シュウは会話を続ける。
「……さっきの問いだが」
「うん?」
「同じく性分だ。生まれのどうこうじゃなく、元々俺は、こういう性格なのさ……生まれついてのことだから、もう今更どうにもならん」
「それはまた、面倒な性格してんな。ご愁傷様」
二人は同時に、苦笑を漏らした。
三つ子の魂百までという言葉は、この世界でも通用するようだ。
気が付けば、シュウ達騎馬の一団は町を囲う壁の前まで近づいていた。
すぐ近くにある湖畔には、短い桟橋とボートが幾つか並んでおり、これから漁に出るのであろう男達が、その内数隻に網などの道具を手際よく乗せ、沖に出る為の準備をしていて、此方の姿に気が付くと、笑顔で挨拶をしてくれた。
騎馬達は速度を緩め、木製の大きな門の前に停止する。
門の内側、壁の向こう側からぴょこんと、見張りの為と思われる櫓が顔を出していて、シュウはそこにいる男達に向けて、顔を上げると持っていた槍を掲げた。
「警邏隊、帰参した。開門せよ!」
高らかに叫ぶと、櫓にいた男は内門である真下に顔を向け「開門! 開門!」と連呼。
程なくして、大きな門は音を立てて左右に開かれた。
「……おおう」
開かれた門の向こうから覗いた光景に、レインツェルは思わず声を上げた。
行き交う人々に賑やかな喧噪が、開かれた扉から溢れてくる。
一面果ての無い草原の中を進んでいた為、目の前に広がる雑多な町の雰囲気は、何だかホッとさせる安心感があった。
ゆっくり馬で門を潜ると、直ぐに数人の少年達がそれぞれの騎馬に駆け寄ってきた。
「レインツェル。馬はここまでだ、降りてくれ」
「お、おう」
促されて、馬上からピョンと飛び降りる。
軽くうよろけながらも、レインツェルは大きく伸びをしてから、ヒリヒリと痛む臀部を撫でた。
そして改めて、グルリと周囲を見回す。
門を潜って直ぐの場所は、広場のような開けた空間になっていた。
恐らくは騎馬を整列させ易いよう、こういった風の作りになっているのだろう。
その証拠に近くは厩舎らしき建物もあり、馬具の修繕に勤しむ職人の姿もあった。
城壁の側には一定間隔で櫓が並び、今し方潜ってきた門の左右にも櫓が二つ、上には見張りが一人立っていた。
櫓の足元には、数人の男達が待機していて、彼らは手動であの四、五メートルはある扉を、縄や丸太を使って、数人がかりで力一杯、押したり引っ張ったりしながら、重く分厚い扉を閉じていた。
広場を進んだ先は大通りになっており、入り口付近には店が密集して並んでいる。
並んでいると言っても、店構えがあるのでは無く、布によるテント張りや台座に品物を乗せただけなど、露天のような形式になっている。特に今がお昼時だからか、食べ物の屋台も多く出ているようで、あちこちから湯気が立ち上り、賑やかな声と、美味しそうな匂いを漂わせていた。
鼻孔を擽る香りに、昼食をまだ取っていないと、レインツェルは溢れる唾液を啜る。
「壁に囲まれているから、もっと閉鎖的な場所かと思ったんだが、随分と賑やかな町だな」
「食事時は特にだな。自衛組織の町だから、住人の大半は戦士だ。日々、訓練や任務、馬の世話に馬具や武具の手入れなど、やることは山積みなモノで、自炊している暇など無い。なので、必然的にこういった飯屋が増える」
「なるほどね」
頷きながらレインツェルが周囲を見回すと、乗り手を下ろした騎馬達は馬具を外され、休ませる為に厩舎へと戻されようとしていた。それを行っているのが、最初に駆け寄ってきた少年達だ。
「子供も働いているのか」
「ああ。まだ若い故に任務には着かせられないから、下働きとして経験を積ませている。ここで働く戦士……衛士とも言うが、誰もが通過する道だ」
「ふ~ん」
自分やドロッセルより若いと思われる少年達が、馬を引いて厩舎へと戻る姿を見送る。
深くは問わなかったが、あの中には両親がいない子供も含まれているのだろう。
他にもよく見れば、馬具の手入れをしたり、老朽化した櫓や建物の補修をしている少年達の姿も見受けられた。中には手際が悪く、側についている大人に怒鳴られている子供も存在した。
大変そうだとは思ったが、彼らの表情が生気に満ちていたからか、憐れみは感じなかった。そんなことを感じること自体、彼らにとって失礼なことなのだろうから。
「さて、と……おい」
シュウは一緒に警邏した男の一人を呼び寄せる。
「俺は彼らを親父殿のところに連れて行く。警邏に関する報告は任せた」
「わかりました」
男が敬礼して素早く動き出したのを見送ると、シュウはレインツェルの方を振り返る。
ちょうどそこに、バツが悪そうな表情をしているカタリナと、乱暴な馬の動きに酔ったのか、顔色を青くしてふらふらと、足取りの危ういドロッセルが集まってきた。
「これから俺はカタリナを連れて、親父殿のところに行くのだが、二人にも同行を願いたい。愚妹が迷惑をかけた詫びをしたいのでな」
「そんな、お詫びだなんて……」
遠慮するように手を振るドロッセルに、レインツェルは「いいじゃないか」と気楽な声をかける。
「どうせ頼みごとをするつもりで来たんだし、ちょうどいいじゃないか……それに、武神って呼ばれるおっさんの顔も、どんなモンか見てみたいしな」
「それは、そうですけど……と、言うかレイ君、失礼過ぎます……うっぷ」
青い表情で眉根を寄せて咎めるが、レインツェルはどこ吹く風。
シュウ達も特に気分を害した様子も無いので、ドロッセルはそれ以上うるさくは言わず、口元を押さえていた手を離す。
「はぁ……目上の方に対する口の利き方だけは、何とかならないものでしょうか。相手は英雄と名高い武神様なのに」
ドロッセルの独り言が耳に届き、シュウは軽く笑みを浮かべた。
「心配の必要な無い。親父殿は相手の方が困るくらい、気さくな方だ。むしろ、レインツェルくらい砕けた喋り方の方が、喜ぶだろうな」
「……ま、あの親父なら、そうかもね」
不機嫌そうな表情で腕を組むカタリナも、小さな声で同意した。
そうなのですかぁ? と、ドロッセルは二人に言われても、まだ半信半疑と言った様子で、首を傾げていた。
心配性なドロッセルの背中を、レインツェルは笑顔で叩く。
その衝撃に、また吐き気を催したドロッセルが口元を手で覆う。
「いいじゃないか。とりあえず、会ってみればわかるだろ」
「あうう……んもう。お気楽なんですから」
そんな二人に苦笑しつつ、シュウは先導するように歩き始めた。
「では、案内しよう。付いてきてくれ」
そう言って賑やかな露天が立ち並ぶ方面に足を向け、進んで行くシュウの背中を追うように、レインツェルとドロッセルは続いた。
更にその後ろにはカタリナが、居心地の悪そうな顔で付いて行く。
通りは左右ギリギリまで屋台がひしめき合っている。
路上に丸太と板を組み合わせた簡単なテーブルを作り、周囲に荒い作りの椅子や木箱などを置いて、それの上に客達が座り食事を取っていた。
人一人がようやく通れるほどの道幅。しかし、通るのがシュウだとわかると、店の店員や往来の客達は進んで道を譲る。はみ出して食事をしていた男達も、周囲からせっつかれて口をモゴモゴと動かしながら、慌てた様子で丼を片手に椅子を引いて場所を空けた。
見つめる住人達からは尊敬の眼差しと共に、景気のいい声で挨拶が飛んでくる。
黄金の虎の衛士らしき男達も食事の手を止め、立ち上がるとシュウに向かって一礼した。
それに対してシュウは微笑を浮かべ、軽く手を上げて返事に答える。
彼の後ろを歩くドロッセルは、感心したように大きく口を開いていた。
「ほへぇ、凄いですね、シュウさん。こんなにも、町の方々皆に慕われているなんて」
「英雄の息子っつー体面もあるんだろうが、あれだけ堂々とこなせりゃ、大したモンだ」
「わたし、シュウさんってもっと頑固で、怖い方だと思っていました」
「頑固っていうか、真面目過ぎるんだろうな。ま、仕方が無いんじゃないの立場上。本人も、損な性分だって言ってたし……んで」
言葉を区切り、レインツェルは自身の背後に顔を向けた。
「お前は、何で人の背中にへばりついてんだ?」
レインツェルのすぐ後ろには、カタリナが身を小さくして、周囲から隠れるように歩いていた。
何故か此方を睨み付けるカタリナは、シッシッと右手を振る。
「うっさい。話かけんな、見つかるでしょ!」
「見つかるって、一体何から隠れているんですか?」
「そ、それは……」
「――あーッ!」
不思議そうに首を傾げるドロッセルの問い掛けに、言葉を濁していたカタリナは、急に響いた子供の声に身体をビクッと震わせた。
何事かとレインツェル達が視線を向けると、屋台と屋台の隙間にある路地で遊んでいた一人の男の子が、カタリナを見つけて指を差していたのだ。
カタリナは舌打ちを鳴らし、手で顔を隠しながら屈むが、時すでに遅し。
「――カタリナさま! カタリナさまだ!」
嬉しそうな男の子の声に、周囲がざわめく。
「カタリナ様?」
「カタリナ様だって?」
「帰っていらっしゃったのか」
ざわめきは波のように広がり、周囲にいた人間の視線が男の子の差す指先を追い、何とかレインツェル達の影に隠れようとするカタリナに注がれた。
途端、割れんばかりの歓声が周囲を包み込んだ。
「――う、うわぁ!?」
「――ちょ、何事だよこりゃ!?」
歓声と共に周囲に人間達は立ち上がり、カタリナを目掛けてドッと群がる。
それに巻き込まれ目を白黒とさせるレインツェル達だが、一番困っているのは騒ぎの中心であるカタリナだ。
一人先に進んでいた為、人だかりから逃れたシュウはやれやれと振り返った。
皆、ニコニコと満面の笑顔で、表情を引き攣らせるカタリナに群がる。
「お久しぶりですカタリナ様! 今度また、斥候の訓練をつけてやって下さい!」
「おや、カタリナ様。家でも結構ですが、あまり頭領様を泣かせるでないよ」
「ちょいとカタリナ様? 少し、お痩せになったんじゃない? 家で作った腸詰、持ってってちょうだいよ」
「カタリナ様、カタリナ様ぁ。また、あたし達と遊んでくれるって、約束したよね?」
老若男女。比率的には、妙齢の女性と子供が多いのか、群がる町人達を蹴散らすわけにもいかず、カタリナは成すがままだ。
「ああ、もう! だから嫌だったのよ!」
叫ぶカタリナの右手を、最初に声をかけてきた男の子が引っ張る。
「ねぇねぇカタリナさまぁ。このエルフのおとこのひと、だれ? かれし?」
「――バッ!?」
無邪気な子供の一言に、サッとカタリナの頬に赤味が刺す。
んなわきゃ無いだろうと、カタリナが怒鳴るより先に、悲鳴にも似た男達の叫び声が方々から轟く。
「な、なんだとっ! 俺達のアイドルであるカタリナ様に悪い虫がッ!」
「くぅぅぅ! そう言えば、警邏から帰って来た連中も、カタリナ様が男を連れて戻ってきたって言ってな」
「ゆるせねぇ! 何処の馬の骨だそのエルフはっ!」
俄かに殺気立つ若い男達に対して、反論を口にしたのはその場にいた女達だ。
「ちょっと。カタリナ様だってお年頃なんだから、恋人の一人や二人別にいいでしょ!」
「美少年エルフと英雄の娘。素敵な組み合わせじゃない……それに引き替え、ここ男共は」
「アンタら万年下っ端衛士が、カタリナ様と釣り合うわけないじゃん。顔も立場も含めて、ね」
酷い言われように、男達は傷ついたように顔を俯いてしまう。
そんな会話が交わされている間、カタリナの表情は見る間に真っ赤にたっていき、我慢の限界だと必死の形相で怒鳴り散らす。
「だからッ、この馬鹿とは別に何でもないんだっつーの! ほら、アンタからも何とか言っ……たら不味いから、さっさと先に行くわよ!」
ここで何か言えというフリをしたら、絶対に開口一番、碌なことを喋らないのは目に見えているので、ここは無理やりにでもレインツェルとドロッセルを引っ張って、この場から逃げ出そうと、カタリナは画策する。
そもそも、こんな面倒臭い方向に話が変化したのは、レインツェルの責任だ。
しかし、振り向いた先の光景に、ピシッと表情が固まった。
「えーっ? それ本当なの?」
「おう、マジマジ。いや、飛び込んだら三十人以上の武装した連中に囲まれてさぁ、生きた心地しなかったぞありゃ」
「それを無事で切り抜けちったんなら、レインツェル君って見た目に反して、実は強い?」
「いやいや、俺なんてまだまだ。がっはっは~」
振り向くと、何時の間にか人だかりから抜け出したレインツェルが、空いたテーブルに座り、若い女子二人と食事をしながら談笑していた。
「……誰の所為であたしがッ」
ヒクッと、口元を痙攣させ、カタリナは大きく息を吸い込むと、人だかりを飛び越えるように跳躍。
「こんな目にあってると思ってんだぁぁぁッ!」
「――あぶねッ!?」
背中を目掛けて飛んでくる蹴りを、気配を察知したレインツェルは丼と箸を手に、椅子から飛び退きギリギリで回避する。
空を蹴った一撃は、その場にあった椅子や丸太を蹴散らした。
ひょいっとテーブルの上に飛び乗り、膝を屈伸させた状態で振り返る。
「おいおい、危ないじゃねぇか食事中に。ズルズル」
「飯食ってんじゃねーし! 誰の所為であたしが、こんな辱めを受けてると思ってんの!」
「……いや、お前の所為だろう。ズルズル……この麺料理、美味いなぁ」
「うぐっ……ま、まぁ九割はあたしの所為だけど、アンタだって一割くらいは責任あんでしょ! 無理やり連れてきたんだから、責任取りなさいよ!」
責任と無理やりという言葉に、周囲は軽くどよめく。
男子は表情を般若の如き怒りに染め、女子は何故だか嬉しそうに頬を染めて鼻息を荒くしていた。
ズルズルと麺を啜りながら、レインツェルは眉を潜める。
「んなこと言われたってなぁ……そもそも、お前、町で浮いてたんじゃないの? みそっかすとか言われて」
「そ、それは……」
口ごもるシュウ。
それに答えたのは、近くで聞いていたおばちゃんだ。
「カタリナ様をみそっかすだなんて呼んでんのは、頭領様を逆恨みしている、周辺部族や諸国の嫌な連中だよ。あたしらはむしろ、親しみやすいカタリナ様を慕っているんだ。そりゃ、器量の悪いとこもあるけど、シュウ様達と比べたりなんか、あたしらはしないよ」
怒ったようにおばちゃんは、恰幅の良い身体を揺らした。
なるほど、とレインツェルはジト目をカタリナに向けた。
「外からはボロクソ言われてんのに、皆は優しくしてくれるから、その自己嫌悪とプレッシャーで、そんなに捻くれちゃったわけね」
「うっ、うるさいっ! 訳知り顔で分析してなんで、さっさと先に……あれ?」
何かに気が付いたカタリナは、キョロキョロと周囲を見回す。
「ドロッセルは?」
「ああ、アイツなら……」
レインツェルは自分が座っているテーブルの、すぐ側を指差す。
視線を落とすと、下には目をドロッセルが目を回して倒れていた。
「お前の蹴りで飛び散った丸太に激突して気絶してる」
「ちょ!? ご、ゴメン、確りしてドロッセル!」
慌てた様子で助け起こすカタリナ。
その騒ぎを人だかりの外から眺めていたシュウは、やれやれとちょっとだけ呆れた様子を見せていたが、元気な妹の姿が見られて嬉しかったのか、口元には軽く笑みが浮かんでいた。
★☆★☆★☆
「くっそぉぉぉ……えらい目にあった、えらい恥かいたッ」
頬を赤く染めたカタリナが、涙声で文句を口にする。
ようやく落ち着きを取り戻した一行は、屋台通りの客や店員らから生温かい視線で見送られ、再び大通りを歩き始めた。
屋台が立ち並ぶ通りを抜ければ、道幅も広がり人通りもガクッと減ったので、随分と歩きやすくなった。
大股で一人ドンドンと先に進むカタリナの横に並び、レインツェルはポンと肩を叩く。
そのすぐ後ろには、ドロッセルも続いていた。
「むぐむぐ。まぁまぁ、そう喧々すんなよ、久しぶりに帰って来たんだろ? ハグハグ」
「そうですよ。モグモグ……町の方々に慕われているなんて、素晴らしいことじゃないですか。はむはむ」
「……慰めるんなら、せめて物を食うの止めてくんない?」
片手に持った串焼きを頬張る二人に、カタリナは握った拳をプルプルと震わせた。
カタリナの知り合いということで、屋台のおっさんから貰った、鶏肉の串焼きだ。
余程、腹が減っているらしく、仲良く肉に食らいつく姿が微笑ましくて、つい不機嫌だったカタリナの表情に笑みが宿ってしまう。
「……ふっ」
零した笑みが、少し離れた場所を歩くシュウと重なる。
「……ッ」
何となく気まずくなって、カタリナはワザと視線を反対歩行に向け、歩く速度を早めた。
シュウもあえてそれを、指摘したりはしない。
やはり、再会した時に叱責を受けたことが尾を引いているらしく、ふとしたことが切っ掛けで、特にカタリナは露骨に表情を暗くしてしまう。
微妙な空気の二人を眺め、レインツェルは肉に被りつき、串から引き抜いた。
無言で肉を咀嚼していると、そんな二人を心配したドロッセルが、レインツェルに小声で耳打ちをする。
「レイ君レイ君。あの二人、このままで良いんでしょうか? わたし、心配です」
「良いも悪いも、俺達はそもそも、カタリナが家出した原因も知らんしなぁ。それを知らんことには、口の挟み用がないぞ」
「そう、ですよね」
眉毛を八の字にして、ドロッセルは先を歩く兄妹の背中を見る。
「町の方々との仲も良好のようですので、やはり家族関係なのでしょうか?」
「ううん。俺が見た限り、シュウって奴は生真面目で厳しいが、理不尽なことを口にするタイプにも見えないし、町の連中からさり気なく聞いたんだが、不仲ってわけじゃ無いみたいだぜ?」
「そうなんですか?」
振り向いてから、ドロッセルは眉を潜める。
「……何時の間にそんな情報を集めてたんですかぁ?」
「お前が軽く気絶する前。俺の武勇伝を聞かせてた、姉ちゃん連中からだ」
そう言われて痛みを思いだし、ドロッセルは脳天を両手で押さえた。
話の上では、少なくとも町の連中が見える範疇では、武神一家の家族関係は良好らしい。
家族間でカタリナが孤立しているわけでは無く、どちらかと言えば、カタリナの方が周囲から距離を置いているのだと、串焼きをくれたおっさんは心配そうに語っていた。
それを聞いて、ドロッセルは前を歩くカタリナの背中に視線を向けた。
釣られて、レインツェルも視線を同じくする。
僅かに背中を丸めて歩くカタリナの姿は、何故だか少し寂しげに思えた。
無言で暫く歩いていると、不意に何処かと遠くの方から、重い地響きが聞こえてきた。
長い耳をピクッと動かすと、レインツェルは足を止めて周囲を見回す。
「な、何だぁ? この家の側を、巨大なダンプカーが走り抜けていくような物音は?」
「……レイ君の例えって、基本、意味わかんないですよね」
前を歩く二人も異変に気付いたらしいが、反応はレインツェルとは違い、何だか頭痛でも堪えているような表情をした。
何事かとドロッセルと顔を見合わせている間、物音は凄い速度で近づいてくる。
そして、音が一瞬途切れたかと思うと、
――ズズンッ!
足元が揺れる程の地響きに、レインツェル達はバランスを崩す。
地面に四肢を突き、ドロッセルは慌てふためく。
「あわ、あわわわわ!? なんですか、何なんですかぁ!?」
「――来るぞ!?」
肌がざわつく気配を察知したレインツェルは、片膝を付いた状態でドロッセルを守るよう、前に態勢を移動させる。
少し間を置き、何か硬い物がぶつかる衝突音が、上から響く。
腰の剣に手を添えながら見上げると、何か巨大な物体が上空を跳躍。太陽を背に、人型のシルエットを作り出していた。
何事だ。
レインツェルが疑問を口にするより早く、その物体は正面に落下し、轟音と共に突風を纏った砂埃が、目の前にいたレインツェル達を襲う。
建物が揺れる程の衝撃と突風に、あちこちから悲鳴に似た声が漏れた。
立ち昇る砂埃が周囲を覆いつくし、レインツェルも身を低くして手で顔を覆い隠す。
「くっ……ほんと、何だよこりゃ!?」
ピシピシと顔に砂粒がぶつかり、まともに目も開けられない。
吹き抜ける風が弱まり、舞い上がった砂埃も落ち着くと、ようやく目を開くことが出来たレインツェルは、服に付いた埃を払いながら、口の中に吸い込んでしまった砂粒を、ペッと唾液と共に吐き出した。
背後では地面に伏せるよう、頭を押さえていたドロッセルが、激しく咳き込んでいた。
「ったく……一体全体、こりゃなにご……と?」
言葉は言い終わる前に、絶句へとすり替わる。
真正面に立つ物体は、紛れも無く人の形をしていた。
だが、レインツェルは思わず目を疑う。これが本当に、人間なのかと。
「…………」
無言で仁王立ちするのは、腹まで届く長い髭を蓄えた大男。
年齢は五十近いのだろう。顔には色濃く皺が年輪を刻んでいるけれど、逞しい体格と滲み出る気迫から、同年代は勿論、十代の若者と比較しても引けを取らぬくらい、若々しい生気に満ちていた。
恐るべきはその筋骨隆々の巨躯。
実際は二メートル程なのだろうが、受ける威圧感の所為か、何倍にも巨大に見えた。
タフでマッチョなその出で立ちは、まるでハリウッド映画に出てくる、アメリカンヒーローを実写化したかのようだ。
「……すげぇ。超人って、本当にいたんだな」
思わずレインツェルは、そんな言葉を呟いてしまう。
一方のドロッセルは、あまりの迫力に顔を真っ青にして固まっていた。
ギロッと、彫の深い眼光がレインツェルに向けられる。
「……お主は?」
「お、親父!?」
「ぬ?」
言いかけた言葉を、驚いたカタリナの声が遮る。
視線をカタリナの方へと向けた髭の大男は、一際眼光を鋭くした。
「親父って、このでっかいおっさんが武神?」
「ちょ!? 失礼ですよレイ君!」
まだ身体を地面に伏せた状態で、ドロッセルはレインツェルのマントを引っ張った。
武神は無言で表情を険しくし、ドロッセルだったら向けられた瞬間、卒倒してしまいそうな眼力でカタリナを睨み付ける。
流石のカタリナも、この眼光には怯んでしまったのか、すぐに言葉を紡げないでいた。
息をすることすら躊躇われる緊張感の中、武神は大きく息を吸い込んだ。
怒鳴られる。
反射的にそう思い、カタリナの何故かドロッセルが、ビクッと身体を震わせた。
「――お帰りリーナたん! パパ、超寂しかったよぉぉぉぉぉ!」
目茶目茶渋いバリトンボイスからは、あり得ない言葉が飛び出し、レインツェルとドロッセルは目を点にしていた。
無駄に張りのはる声が空気を震わせ、気まずい空気を周囲に撒き散らす。
そんな中、カタリナはやっぱりかと白目を剥き、シュウは槍で身体を支えながら顔を覆っていた。




